みちくさをしながら

いろいろあって、生活を見直している日々。

慌ただしかったよ

2005-11-24 18:54:53 | 日常の出来事
なんだかこのブログ、日記じゃなくて週刊になってしまったような。

先週から今週にかけて、相も変わらずバタバタしていました。
私は抜いた歯にブリッジを入れたし、おチビは齢1歳ににして切れ痔でお医者通い、旦那は大阪出張やら研修やら。

ダウン症の子は便秘になりやすいって言うけれど、ウチのおチビも便が硬くて苦労しています。
お尻が切れちゃって痛いから、我慢しちゃってまた便秘になる悪循環。
便秘に効くって言うものは、プルーンやら柑橘類やらオリゴ糖やらいろいろ試しているんだけどねぇ。
結局、ラキソベロンという下剤を食事に混ぜて使っています。
これがおチビの場合、4滴だとあまり効かなくて、5滴だと下痢気味になっちゃうんだよね。
食事との混ぜ具合にもよるのかもしれないけれど、頃合いが難しい~。
これを切れ痔が治るまで続けていきます。早く良くなるといいなぁ。

強くなんかない

2005-11-14 19:15:24 | 日常の出来事
先週、未熟児の母親教室へ行ってきました。
その日はカリキュラムの最後の日だったので、子供は保育室に預けお母さん同士でお互い自分の経験を話しました。

終わった後保育室に向かう途中、一人のお母さんに話しかけられました。
「くりず(仮名)さんって強いですね。」
「障害も受け入れて…。やっぱりこういう人のところに授かるんだなって思いました。」と。

「私なんてダメダメですよ~」と否定したのですが、たぶん、そのお母さんは謙遜としかとらなかっただろうと思います。
その後は、預けた子供を受け取るときのバタバタであまりお話ができませんでした。
謙遜でもなんでもなく私は強い人間ではないのだと、そのお母さんに伝えたかったのですが。

私は強い人間じゃない。

超早産で人工呼吸器やたくさんの点滴につながれたおチビを見た後で、先天性の遺伝子疾患があるかもしれないから遺伝子検査をさせてほしいと言われたときは、一目もはばからず泣いた。
不妊治療をしていたこともあって、「やはり自分は子供を産んじゃいけなかったんだ」という自己否定の気持ちを抑えることができなかった。
退院してから初めておチビの面会に行った日は、おチビを後にしてかえるのがつらくて、おチビをこんな目に合わせてしまった自分が情けなくて、帰り道泣きながら歩いた。

現在も胎内感染の後遺症である慢性肺疾患の経過が悪く、おチビは酸素吸入が必要だ。
早産でさえなければ、私のところにさえ生まれなければ、この子はもう少し楽に生きることができたのだという思いは、今でも消えることはない。

だから、今でも「乗り越えた」なんてとても言えない。

「障害を受け入れ」ているかどうかだって、よくわからない。

ダウン症の同じような月齢の子がもう歩いているのを見ると、それが早期療育に熱心なお母さんの子だったりしたときはなおさら、気持ちがざわつく。
おチビは、首が据わるのに1年を費やした。
心肺に難があるからと思いつつ、適当な療育ができていないんだろうかとも思うこともある。
学校就学まで視野に入れてがんばっている立派なお母さんを見ると、風邪を引かさないように日々を過ごすことだけでひーひー言っている自分が情けなく感じることもある。
「あせってもしょうがない」「なんとかなるさ」と言いながら、それは単に現実から目を背ける言い訳にしかすぎないのかもしれない。

ただね、自分を責めてどうにかなることならいくらでも責めるけれど、どうにもならないことをあれこれ思い悩んでもしょうがないのは確かなんだよね。
だから、私はどっかで自分の気持ちを「棚上げ」しちゃったんだと思う。
とりあえず自己否定はこっちにおいといて、と。

それは強さではなく、ただの生活の知恵だ。

それに、「慣れ」は必ず生じてくるものだし。
1年半もおチビとつきあえば、投薬も酸素吸入のためのカニューラ装着も日常生活の一部なんだ。

泣いてばかりいることって、案外できないものなのだよ。

巨像3体で指が切れました

2005-11-08 19:25:48 | その他のゲーム
私事で申し訳ありませんが(笑)、おチビが生まれてからというもの、すっかりアクションゲームからは遠ざかっていました。
ボス戦の途中でも、セーブポイントが見つからなくて1時間の苦労がパーなんてことになっても、ぐずり始めたら中断しないわけにはいきませんものねぇ。
なので、育児の合間にちょこちょこできるゲームしか出来なかったわけですわ。
携帯機(DSとかな)や「遙か」のようにマメにセーブできるやつじゃないと。
だから、私にとって「ワンダと巨像」はほぼ2年ぶりに手を付けた本格アクションゲームなわけです。

で、その2年のブランクはどこに現れたかというと。

「手」です。
ワンダを操作するスティックのあたる左親指の先がひび割れ、コントローラーのあたる右中指に水泡が出来て割れました。
いや、もともと家事で荒れていたんですがね。寒くなってくると炊事にお湯使うしね。

でもさ、1体目の巨像に向かう前にチュートリアルを兼ねて壁をよじ登らなければならないんですが、上りきるのに5分もかかってるんだよ。
1時間かけて巨像を倒したら、手が汗でぐっしょりになっているんだよ!!!
これじゃあ、まあ、手も荒れるわな。
もしかしたら、アクションについて行けないのは、ブランクだけじゃなくて、年のせいかもしれないんだが…(泣)

でも、プレイしているときはとても楽しいですよ。
とにかく巨像の迫力は圧倒的です。
最初に見たときは、マジでびびりました。まあ、私の場合1体目でいきなり踏まれたんで(笑)、必死に逃げ回りましたよ。
だから、手から脂が抜けるほど汗をかいたわけだ(苦笑)

こんなダメダメプレイヤーなので、操作性云々を言うのは大変おこがましいのですが、一言不満を言うならカメラ操作に難がある気がします。
L1で視点を固定、右スティックでカメラ操作をするのですが、それが結構ふらつくんですわ。
ワンダが勝手に首を振ってしまうので、すぐに視点がずれてしまう。慣れるのに結構時間がかかりました。

馬(アグロ)の操作は、同じく馬で草原を疾走する64ゼルダのエポナの印象が強く、それに比べてやりにくいと思っていたんですが、慣れたら気にならなくなりました。
つうか、アグロはまさしく「馬」なんですね。ただの乗り物ではなく、主人公とは別の意志を持つ生き物。
最初に感じた動きの伝わりにくさは、手綱1本で意思を伝えるリアルさを追求した結果なんだろうと思います。
しばらく動かしていると、結構爽快になってきます。よく作られていますよ。
とにかく、アグロはゲームに登場するたった一人の友だからね。
こっちも、つい肩を叩いて親交を深め合ったりして(何も持っていないときに◯ボタンを押すと、肩を叩くの)。
アグロが水を飲み始めたら、もう少し待っていてやろうかなんて思ったり(笑)
草原を走っているだけで、充分楽しんでいます。

まあ、指が治るまでしばらく巨像攻略はお休みにせざるを得ないからなぁ。
細々とトカゲ狩りでもするしかないか~。

始めました!「ワンダと巨像」

2005-11-03 12:55:49 | その他のゲーム
ついに手を付けましたよ、「ワンダと巨像」

まずびっくりしたのが、予約特典に付いていたDVDの「NICO」
ネオロマンスゲームでは、まずこんな特典は考えられないような…(笑)
「ICO」の続編として企画されたプロジェクトの名前が「NICO」で、後に正式に「ワンダと巨像」となったそうなんですが、「ICO」や「ワンダ」のパイロットムービーや資料が入っていました。
「ICO」のムービーなんか、もう懐かしくて。

それにしても、当初の「ワンダ」のイメージは、イコのような角の生えた少年たちが数人で馬を駆って巨人と戦うものだったのですね。
こういうゲームも面白そうだなぁ。
二人プレーヤーで「FFクリスタルクロニクル」のような協力プレイができるとか。
一人でやるときは、もう一体はAIで。でも、「ICO」のヨルダみたいに勝手に動き回るのであてに出来ないとか(笑)

まあ、それだと「ICO」とは全く違うテイストになってしまうから、今回のように一人で巨人に挑む物語のほうが正解なんでしょうが。
ただ、全体的には暗い感じですね。
パイロットムービーのような草原を駆け抜ける明るい爽快感は失われてしまっています。
物語も、亡くなった恋人をよみがえらせるため、禁断の地に足を踏み入れ巨人を倒すというものです。
広がる草原は、誰もいない寒々とした世界。
馬を走らせていても、聞こえるのは風の音ばかり。
おまけに対峙する巨人の圧倒的迫力。たった一人で挑む主人公には悲壮感すら感じます。

「ICO」もそうだったのですが、これは世界観を楽しむゲームですね。
実際にプレイした感想は、また後ほど。