オヤジのひとり言

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京の町衆は・

2011年08月21日 | オヤジのひとり言
8/21

節電してTVを消して・読書しています。

最近ハマッテる本を紹介しています。

京の歴史がわかる

読み出すと・・これが結構オモシロイ・・

京都検定の参考書にもなっているとか、いないとか?


千年の古都のタイムトンネル

京都の歴史 その壱百弐拾六


因幡の国から飛来した因幡堂の仏像

京都市下京区烏丸高辻にある因幡堂 ( 現在は正式には平等寺という ) は、

そうした町堂 の代表格です。

『 因幡堂縁起 』によると、

この地にはもと因幡守・橘 行平 の邸宅がありました。

平安中期以来、『 京の町衆 』がこの仏像を祀り、守り続けてきたのです。

平安京には、かって、東寺、西寺の官が認めたお寺を除いて、

私的な寺を建立することが認められていなかったので。

当時の貴族たちは、

それに配慮し平安京に接した

一条大路(今で言う今出川通り辺り)の北や東京極大路(今で言う寺町通り)の東に寺を建てることになる。


 ところが、京内に住む多くの一般的な都市市民は、

そんなことはお構い無しに、

「 霊験 」とか「 神のお告げ 」と称して京の街の内に新しく仏を祀った。


当時の記録は、

そうした宗教施設を「 堂 」や「 小霊験所 」などと呼んでいた。

こうした堂は、はじめは寺号を持たず、

寺院としての扱いを受けない「 堂 」として

京内にあることが許されていた。

後の室町時代には、

京の街内で自冶的な組織を持ち始めたいわゆる「 町衆 」の集会場所となり、

「 町堂 」と呼ばれるようになりました。


今回はここまで・・   

続きは次回に・・ 


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