日日の幻燈

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【note】美味なる馬刺しを求めて松本へ(5)-威風堂々、松本城(でもちょっと改修中)-

2017-09-20 | 日日の幻燈

9月10日(日)松本城

朝から晴れ渡った日曜日。昨日の酒も全く残っていません。やっぱりわけのわからない飲み放題の日本酒とは違って、美味しい酒は翌日に響かないんですよね。
さて、今日は東京へ戻るわけですが、松本へ来たら、もちろん松本城でしょう。

【松本城1】


ホテルから松本城まで、歩いて15分くらい。松本に来たのは30年ぶり(!)ですが、とてもきれいな街並でした。松本城を中心にしてよく整備されている印象です。

【松本城2・天守閣など】


さて松本城。
写真だと中央に天守閣、その右側には乾小天守。左奥が辰巳附櫓でその手前に月見櫓。
戦国時代に築城された深志城が始まりで、秀吉の時代にここを治めた石川氏によって、天守閣の築造と城下町の整備が行われたとのこと。天守閣が造られたのは、まだ戦国の余燼が燻っていた頃。実践に備えた造りとなっているようです。それと対照的に江戸時代に築造された辰巳附櫓と月見櫓は、戦いとは無縁。
あれ?月櫓が修復中だ…。あの朱色の欄干が松本城をさらに優雅に見せているのに。ちょっと残念。なんでもこのままだと耐震性に問題があると診断されたとのこと。熊本城の例もあるし、ここはしっかりと補強を。そのためならば、いたしかたあるまいというもの。

【松本城3・天守閣】


間近で見上げると、すごい迫力。のしかかってくるようです。白亜一色の天守閣もいいけれど、松本城のように黒と白のコントラストも、ちょっとビターな感じで魅力的です。
それでは30年ぶりに、松本城天守閣へ登城します。

【松本城4・天守閣からの眺望】


まだ10時前なのに、けっこう観光客が来ています。天守閣の中も行列になり始めています。とくに階段は狭くて急なこともあって、係員が登城制限をしている階も。
それにしても古い城の階段は急だよなぁ。こりゃ、絶対に明日は筋肉痛だわ…って思いながら登っている最中に、すでに筋肉痛発症。運動不足だな。
それでも、苦労して登った天守閣からの眺めは絶景。よく晴れていて、遠くの山々まではっきりと見えました。
松本平を手中にした殿様気分を少々。

【松本城5・埋橋と天守閣】


松本城といえば、小学校のころ、長野県の昔話みたいな物語の中に、多田加助と松本城の話があったのを思い出しました。
江戸時代、重税に喘ぐ百姓を救うため、多田加助は殿様に直訴しました。直訴などとは不届き千万、とばかりに加助は磔にされました。絶命の間際、加助が天守閣を睨むと、音を立てて天守閣が傾いたとも言われ、後年、天守閣が傾いたとき、これは加助の怨念だと人々は恐れましたとさ…みたいな話。子供向けの本だったのですが、磔にされた加助の挿絵が、ぼんやりとよみがえってきます。
多田加助は江戸時代中期に実在した人物で、年貢減免を願い出て処刑されたのも事実(貞享騒動)。そして、明治時代、松本城が大きく傾いてしまったのもこれまた事実(古写真が残されています)。加助の呪いかどうかは別として、優雅な姿の天守閣の裏には、影の部分もあるということですな。

そんなところで、観光客(けっこう欧米系の外国人も目立ちました)で賑わう松本城をあとにして、この旅最後の目的地・開智学校へと向かいます。


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