変化を受け入れることと経緯を大切にすること。バランスとアンバランスの境界線。仕事と趣味と社会と個人。
あいつとおいらはジョージとレニー




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カテゴリの 『連載』 を選ぶと、古い記事から続きモノの物語になります。
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 <目次>      (今回の記事への掲載範囲)
 序 章         掲載済 (1、2)
 第1章 帰還     掲載済 (3、4、5、6、7)
 第2章 陰謀     掲載済 (8、9、10、11)
 第3章 出撃     掲載済 (12、13、14、15、16)
 第4章 錯綜     ○   (20:4/4)
 第5章 回帰     未
 第6章 収束     未
 第7章 決戦     未
 終 章          未
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第4章 《錯綜》  (続き 4/4)

 そして、本格的に野心に目覚めた国王を演じる男は、生来の明晰な頭脳で立てた自らの策略に陶酔し始めていた。この場合、もともとの目的や行動の発端になった理由が忘れ去られてしまうことはよくある。早くも保身という課題にその頭脳を働かせることで、彼もまた盲目になりつつあったのだ。明らかなのは、ルナは彼を許さないだろうということだった。本当の王やルナと会い、その権威や人柄に屈服した男は、そのようなことがあったことなど忘れてしまったかのようだ。彼等が自分の首を狙って来るだろうという恐怖心から、その排除をも考え始めていた。力を揮える立場を得た時から、人は変わっていくものなのだ。
 今となっては、宰相派からルナを擁護したのは軽率だったか、との後悔が王の心を占めていたが、それには自らを慰める理由を考え出した。庶民上がりに自分が、これほどの大舞台を踏もうというのだ。始めから全てを見通せるはずもない。未だ充分に間に合うはずだ。できる処から片付けることとしよう。
 軍の統帥が王室に来る前に、王は一人の親衛隊員を王室に入れた。そして宰相に聞こえるように大声で指示を出した。
「地下牢の男、もういいだろう。」
「御意に。」
宰相も、さもありなん、という顔をしていた。
 王通達を持って親衛隊の隊員は王室から出て行ったが、彼は地下牢の男が本当の王であることを知らないままに、確実に男を抹殺する。これで、再び宰相と対立するようなことになったとしても、彼等が本当の王を担ぎ出して自分に対抗することはできなくなる。先手は打てたと考えていいだろう。たった今殺人の命令を発したにも関わらず、王の顔はすがすがしいものであった。本当の王が『王家の秘蹟』を放棄した真意、それを確認したいと考えたのが処刑を見送らせた本音であった。何らかの崇高な意図が有るに違い無い、それが知りたいと思ったのだ。しかし、今の彼にはそんな好奇心も余裕も無かった。

 職務が人を作るという。それは事実なのだろう。良くも悪くも。王と宰相は、既に自らの野望に対して相応の役割を演じていた。そして、自らに甘くなってしまうのも人というものなのだろう。他人は自分に都合よく動くという錯覚が彼等を支配し始めていた。決してそうはいかないものなのだが、この意味で王は、皇帝と同じ過ちを犯していると言える。ルナが持つ純粋な王家の血筋だけが、自らを厳しく律せることには、誰も気付かないのであった。
     ◆
 軍の統帥が、王と宰相からの呼び出しに応じて足早に王室に向かっていた頃、港では統帥の命を受けた数名の工作員がとあるモーテルの一部屋を囲んでいた。
 部屋で寝ていたベルァーレは、外の殺気に目を覚ました。軍人としての教育を受けたわけでもないのに、彼女は気配と空気を読む力を持っていた。本当の彼女の住まいを知る者は殆どいないが、それはルナ隊の移動に応じて各地を転々として来たからだし、彼女の部屋に辿り着いた男が一人しかいないためだ。昨晩は、そのたった一人の男という名誉を勝ち得たカクがこの部屋にいたのだが、彼はルナに従って出動してしまっていた。カクに出会うまでの彼女の暮らしぶり ~知らない土地に女一人で繰り出す上での警戒心と、ルナ隊という軍人との駆け引き~ それらが相まって生まれ持った才能を引き出したのだろう。しかし、悲しいかな如何に優れた能力を持っていたとしても、一人の人間ができることはたかがしれていた。ベルァーレも一人でなければ、例えば戦闘や逃走に長けたパートナー、あるいはカクと一緒であれば、これから起こる屈辱を避けられたかもしれない。敵もさるもの、ベルァーレが一人になるのを、殺気を悟られないように遠くから待っていたのだ。工作員達が距離を詰めて来たという危機をいち早く察知したものの、彼女ができることは殆ど何もなかった。数人の男達は部屋の出入り口に素早く散会し、一人が錠をこじ開けた。その間僅か数秒。ベルァーレはベッドの上に横たわって寝たフリをして、後手に小さなナイフを隠し持っていた。襲い掛かってきた時に切り付けるために。それが適わねば、刺し違えても構わないと思っていた。それ程にどろどろとした悪意が彼女を包んでいたのだ。それにしても『なぜ』自分を狙うのか、『誰』が何の目的で。分からなかったが、近付く殺気に意識を集中させることにして、息を潜めた。慎重に音を立てずに進む男達は専門の工作員であり、あらゆるケースを事前に想定していた。彼等にとってベルァーレが準備していた抵抗手段は初歩的なものでしかなく、唯一の武器であったナイフは瞬く間にねじ上げられた腕から滑り落ちた。そのままガスを吸わされてうなだれたベルァーレは、誰に気付かれることもなく連れ去られてしまった。薄れて行く意識の中で彼女は『なぜ』の答えを見つけた。カク・サンカクである。彼の技術を手中に収めたい者がいるのだ。そのために自分はこれから人質にされるのだろう。しかし、『誰』が。その答えに辿り付く前に、彼女の意識は霧散した。
 気絶した人間というのは重いもので、また関節があるために持ち運ぶのは困難なものだ。にもかかわらず、工作員達は運送用の箱を運ぶかの如く、いとも簡単に彼女を車に運び入れた。これから王宮近くの軍施設に向かうのである。途中のアジトで車を替えながら。人を誘拐するといった任務は、工作員としても名誉な任務ではない。勿論、軍人でもある彼等が命令を拒否することは有り得ない。上からの命令であれば、確実にやってのけるように訓練されている。しかし、今回の命令は只事ではない。恐らく情報部長、もしかするともっと上、つまり軍の統帥から出たものである可能性が高い。官僚機構である軍の中で、命令の下達が現場に届くまでのプロセスと期間によって、発令元は概ね想像できてしまうのだ。工作員も人であり、トップ付近からのミッションには一層力が入るものだ。そして、それは確実に遂行されようとしている。しかし、そんな彼等であっても所詮は現場の工作員に過ぎない。最終兵器リメス・ジンの存在も、それの増強にカク・サンカクの技術を投入しようと軍の統帥が考えていることも、彼等の知るところではなかった。分かっているのは、誘拐というのは誘拐した人間の近しい誰かを思い通りに操るための手段でしかないということだ。殺してはならないが、操りたい誰かに衝撃を与える程度には傷付ける必要があり、誘拐したのが女性である限り、その手段は太古から変わらない。そしてその役目は、工作員が担うことになるだろう。ルナ隊が港に集結し始めた頃から、工作員達はカク・サンカクを監視していた。そして、彼に女ができたこと、それもぞっこんであると報告した時、上からは『カクが港を離れた後に女を確保せよ』という隠密指令が降りた。暫く続いた監視だけの退屈な日々が報われるという思いに駆られ、工作員達の口元は卑猥に笑っていたが、その目は畜生のものでしかなかった。
 工作員達が従事しいているのは、皇帝の陰謀に基づいた王室の策略に沿って、軍の統帥が立案したミッションである。皇帝の陰謀こそ変わっていないが、共謀していたはずの王や宰相派については、このミッションが立案された時とは全く異なった考えのもとに動き出している。皇帝とは袂を分けたのだ。にもかかわらず、末端に下された指示はそのまま遂行されていった。通常は、上層部の混乱は末端では途方も無く拡大して、収集が着かなくなってしまうものである。しかしながら、軍の統帥が指示したベルァーレ確保のこのミッションについては、たとえ状況が変わった今から指示が出されたとしても、同じ内容になっていたことだろう。むしろリメス・ジンの重みは増したと言え、カクの力はより強く求められているのだ。
 様々な思惑が錯綜して混乱した状況において、結果が変わらないことが稀にある。ベルァーレにとってのこの悲劇もその一つの例ではあるが、運命と言うものがあるのなら、これが彼女にとってのそれであるということなのだろうか。
     ◆
 既に天井近くの窓からは、日の光が差し込まなくなっていた。この部屋の主、本当の王は、偽りの王がこの部屋の外では国王として主体的に振る舞っているので、元国王と呼ばれるべき存在なのだが、彼が本当の国王であることを知る者は一部を除いて存在しなかった。未だ一日はこれから始まるという時間帯なのに日が差し込まないという状況が、部屋の住人の落日を現しているようでもあった。
 実際には未だ陽が高い時間帯にもかかわらず、部屋の主はベッドに横たわっていた。翌日まで訪問者は無い予定だったので、眠っていても良かったのだが、この部屋に新たに訪問者を告げる足音が近付いて来た。
 部屋を監視する憲兵は、親衛隊の到着に困惑した。ここには国王だけが訪問を許されている。親衛隊といえども、単独の訪問は断るべきか。
 そんな憲兵の心情を察し、親衛隊の隊員は真先に勅令を差し出した。国王の勅令であり、この国では最も力のある文書である。それを見せられては拒む理由は何も無く、憲兵は大袈裟な鍵を開錠して親衛隊員に入室を許した。
 親衛隊員は足早に部屋を検め、ベッドに横たわる男に銃を向け、起立を求めた。しかし、男は微動だにしない。そして、男の服装に気付き、判断を求められていることを理解した。男が身に付けているのは、王の礼装である。冠こそ戴いていないが、王を除いて何人も身に付けることはできない、最も高貴な服装なのだ。一介の親衛隊員が、王や宰相の陰謀を知っていたわけもなく、目の前に横たわる男がなぜ王の服装を着ているのかは分からなかった。ただ、この男は無言ではあるが、服装で王の身にまで及ぶ動乱が存在することを示していることは理解できた。そして、冷静に考えを整理した結果、恐らくもう二度と目覚めることはないこの男こそが本当の王であり、その気高い命を以って訴えているものこそ、今のこの国にとって最も必要で重要な何物かに違いないという結論に至った。親衛隊の隊員として、王国の将来と秩序に誰よりも責任があるという自負を持ち、徹底的に王に忠実であることを存在意義として生きて来た者として、究極の決断を迫られている。ベッドの上の男は、黙して何も語らない。しかし、その安らかな表情からは、自ら絶ったであろう命を賭けて、どんな言葉よりも強烈なメッセージを送ろうとして、それを成し遂げた者の潔さが伝わって来ていた。

 古代より、親衛隊というものは政争に深く関わって来た。場合によっては親衛隊自体が引金を引いたという事例も少なくない。今、まさに親衛隊が政争の表舞台に立とうという瀬戸際にあって、この隊員は亡き王のメッセージを彼なりに忠実に受け止めようと考えていた。ある意味、泥沼にあってこそ親衛隊は持てる力を発揮するのかもしれない。

<当分続きます。>

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 <目次>      (今回の記事への掲載範囲)
 序 章         掲載済 (1、2)
 第1章 帰還     掲載済 (3、4、5、6、7)
 第2章 陰謀     掲載済 (8、9、10、11)
 第3章 出撃     掲載済 (12、13、14、15、16)
 第4章 錯綜     ○   (19:3/4)
 第5章 回帰     未
 第6章 収束     未
 第7章 決戦     未
 終 章          未
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第4章 《錯綜》  (続き 3/4)
     ◆
 ドーバー海峡を見渡す臨海地域から豊かな内陸地域まで、ケルトの地は本来、穏やかで平和な土地柄である。人々が豊かな生活を謳歌する土壌があるのだ。ところが皮肉なことに、この地域の高い農業生産性と工業技術力、そして洗練された文化レベルが、ケルトを様々な権力者による争奪の舞台にさせて来たという歴史がある。近くは、ドーバー戦役の時にブリテン王国軍が臨海地域を攻撃し、その前には、神聖同盟の地上軍が内陸地帯を蹂躙した。急速に復旧して来てはいるが、どちらの傷跡も未だ残っている。ケルトの地に住む人々にとって、帝国も神聖同盟も王国も、侵略者という意味で同じなのであった。かつて王国がブリテン島に建った時は、王国に与して帝国と戦った。その時、大量の兵員とその犠牲、そして戦場を提供することになったこの地は、結果として王国への帰属を勝ち得たが、引き換えに重税を課された。その不満が積もり積もって、帝国の先鋒として神聖同盟が侵攻してきた時には、そちらに加担した。それは治安の悪化から来る社会情勢の不安定化と、更には経済の低迷をもたらした。その傷跡も癒えぬ間に、ドーバー戦役では臨海施設が破壊された。そんな窮地に立ったこの地の救援には、誰も手を上げない始末。この地域の人々は、カエサルがガリアを攻略して以来、概ね従順であったが、ここに来て独自の為政者を求める機運が強まっていた。いや、周辺の国々に強められた、と言うべきか。何らかのきっかけさえあれば、飽和状態の機運は雪崩のように自主独立に向けて動き出すだろう。失敗したとは言え、北方の半島に配備された王国の軍隊がケルトに向けて進軍しようとしたということを、人々は既に伝え聞いていた。ケルトを取り巻く国々は、再びこの地を戦場にしようとしているのだ。ケルトの人々にとって、これ以上のきっかけがあるだろうか。後は誰かが引金を引きさえすればよかったのである。そして、その引金は決して重いものではなかった。
 一人の労働者が失業し、その原因が神聖同盟にあると逆恨みした飲み屋での愚痴が、街でよく見かける労働者階級の喧嘩を引き起こした。神聖同盟の放置状態を責める者、王国の失政が現状を生み出したと主張する者。普段であれば、酔っ払い同士の小競り合いで済むところだったが、この喧嘩は両者の言い分を支持する派閥を形成してしまい、噂話という尾ひれを付けながら急速に広まって行った。そしてそれは、ある時から暴動という形を伴いはじめ、あっという間にケルト全土を騒乱の中に陥れることになったのだ。
 最初に暴動の標的にされたのは、現時点で実質的に西ケルト公国を支配していた神聖同盟の現地総督である。総督は沈静化に向けた有効な対策を何ら取られないまま、施設とともに葬られた。そして、その生首を掲げた暴徒達が行き着いた先は、形だけの元首として存在していた西ケルト公爵の宮殿であった。元々は大人しく事なかれ主義に徹する男と噂されている西ケルト公爵は、民衆からケルト民族の『王』として担ぎ出され、独立運動の先鋒として祭り上げられてしまった。彼はそれに抵抗しなかったと言うが、状況が抵抗を許さなかったのか、それとも彼なりの決意があったのか。
 ここまでがたった一晩の内に起こった。当然のように神聖同盟の軍隊が進軍して来るだろう。帝国軍も動くかもしれない。独自の軍だけでは到底適うはずもなく、西ケルト公爵はブリテン王国への共闘を求めた。対して、神聖同盟は王国との戦争以外に割ける戦力が限られており、帝国も直接手を下さないという方針から脱却しようとしない。王国とて戦力に余裕が無いのは神聖同盟と変わらず、増してや王と宰相が対立して国の運営が滞っている状況では、具体的な支援は望むべくもない。表面的には、独立運動を成就させるための格好の条件が揃っているかのように見え、このまま西ケルト公国が主権を獲得する可能性はあった。しかし、この独立運動は如何に状況が後押ししていたとは言っても性急に過ぎた。ケルト内部の急進派と穏健派や、他の勢力との調整は何ら成されていなかったのだ。急進派の勢いに任せた運動は、その始まりから内部分裂の芽をもっており、それらはただちに発芽してしまったのだ。これらの必然的結果として、神聖同盟と帝国と王国の各陣営の斥候やスパイが、ケルト側の様々な派閥や勢力を買収したり、あるいは扇動することによって、結局はケルト民族同士が争うという構図が出来上がってしまった。何か一つ、例えば西ケルト公爵が『王』としての資質を持っていた、または、住民自体が支配されることに慣れきっておらず、自らの運命を自らが作り出すという習慣を身に付けていた、といった要素があれば、これからの悲劇は避けられたのかもしれない。しかし、現実は違った。歴史というのは、概ね悲劇の方向に進もうとする推進力を持っているのだろうか。あるいはそれが人の性か。
 ケルトの地を舞台に繰り広げられた血で血を洗う争いは、それぞれ異なった思惑が錯綜した結果、こうして始まったのであった。
     ◆
 最初に音を上げたのは宰相だった。
「貴様の考えを聞こうか。」
宰相の打算的な目が輝き出していた。
「このままでは、この国は統治者を失って消滅してしまう。」
呆れ顔を隠さずに王が応える。
「認識の甘いことよ。既に崩壊していると言ってもいい状況だ。」
「それなら尚更のこと、ただちに回復させねばならん。」
「まず、憲兵を引かせろ。話はそれからだ。」
「親衛隊が先だ。立場を考えるのだな。貴様は我々の駒なのだから。」
それには思わず王から笑いが漏れた。
「駒でしかないだと? 貴公とて皇帝の野望の駒であることに変わりはあるまい?」
「目的を達成するためには実際に動く駒が必要で、誰もが何らかの駒なのだ。ただ、役割が違うというだけだ。」
「それでは、貴公には余の駒という役割を担う覚悟もあると言うのだな?」
「考えを聞くと言っている。まずは親衛隊を引け。」
「いや、憲兵が先だ。それとも、全員死んで一端白紙に戻すか。」
「強情な……。良かろう、憲兵を引く。親衛隊に手を出させるな。」
宰相はゆっくりと慎重に王室の扉を開いた。
「憲兵! 退却だ。下がって次の指示を待て。」
憲兵と親衛隊ともに目に安堵の色を浮かべ、憲兵だけが銃を降ろした。そして憲兵は、流れ出た汗の匂いを残して、親衛隊の銃口に見送られながらその場から立ち去った。
宰相が王に視線を投げ、今度は親衛隊の番だ、と促した。
「甘いな、貴公は。」
王の台詞に宰相の顔が凍り付いた。
「貴様! 謀ったか!」
言葉の強さとは裏腹に、宰相の体は無様に震えている。
「勘違いするな。そういうことではない。貴公をここで殺しても何にもならん。」
「どういうつもりだ、貴様。」
「ちょっと待て。親衛隊にも聞こえている。王への礼節は踏まえてもらわねばならん。貴公を生かしておくためにもな。」
当惑しながらも、宰相は懸命に考えていた。これはどういうことか。この王には自分が必要ということらしい。しかし、親衛隊を引かないのは何故か。王が自らの意見を通すための脅しか。それとも……。王が宰相の思案を遮って言葉を発した。
「親衛隊、扉を閉めろ。影に隠れてそのまま待機しろ。」
瞬時に親衛隊の隊長が反応して扉を締めたの見届け、宰相の疑問に王が答えを言った。
「軍だ。我が軍には自らの判断で為政者を質す権限がある。」
王国の軍には、古代から為政者に対してモノを言って来たという自負がある。国があらぬ方向に行こうとした時、それを質せるのは軍部だけなのだ。軍が王室の制圧に動いてしまったら、親衛隊と言えども守り切ることはできない。よって、親衛隊は軍の統帥が単独で王室にやって来た時に、彼に圧力をかける手段として残らせているのだ。それには、軍の統帥が王や宰相を仲間と思って油断している今を置いて無い。ようやく宰相もそこまで全てを見通したようで、自分の存在意義を主張した。
「幸い軍の統帥は文官上がりで、私がコントロールできる。親衛隊を使わずともクーデターを起こさせはしない。信じてもらって結構だ。」
「礼節を踏まえろと言ったろう?」
血が滲む程に唇を噛み締めてから宰相が謝罪した。
「は。軍を押さえたとして、それからどうなされます?」
「リメス・ジンだが、あれは実際のところどうなのだ?」
「最終兵器です。地上を焼き尽くすことができます。ブリタニアに出撃した機体と待機中のものを含め、十機以上が作戦稼動可能です。これだけで、神聖同盟の支配地域を焼け野原にすることができるでしょう。」
「それは凄まじいな。」
「更なる増備も進めております。また、ルナ隊にいた凄腕の整備士を招聘することも、軍の方で進めているはずで、リメス・ジンの次のロットはもっと強力になるはずです。」
「分かった。では、ここに軍の統帥を呼んでくれ。作戦を詰める。」
「いったいどのような……」
「根源を付くのだよ。」
「まさか、皇帝陛下を?」
宰相は、王から大胆な発想を聞くことになりそうだと思い、年甲斐もなく興奮するのを覚えた。その興奮故に、王が皇帝や自分達の思惑に反して今まで何をして来たのか、その行ないに落ち度は無かったのか、といったことを確認する必要性を失念させた。時の流れは連続しており、今までの経緯を無視して次のことは考えられないものなのだが。いや、自分の想定よりも優秀であった王を演じる男が、皇帝の策略よりも自分を大きな駒に仕立ててくれるかもしれないという期待が、宰相を盲目にさせていたのかもしれない。いずれにせよ、打算的で欲に目が眩んでしまった男の感覚とはその程度のものでしかないのであった。

<続くけど、ちゃんと纏まる?>

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 <目次>      (今回の記事への掲載範囲)
 序 章         掲載済 (1、2)
 第1章 帰還     掲載済 (3、4、5、6、7)
 第2章 陰謀     掲載済 (8、9、10、11)
 第3章 出撃     掲載済 (12、13、14、15、16)
 第4章 錯綜     ○   (18:2/4)
 第5章 回帰     未
 第6章 収束     未
 第7章 決戦     未
 終 章          未
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第4章 《錯綜》  (続き 2/4)

「無礼であろう!」
親衛隊に引き立てられている王子は、手錠こそはめられていないものの、問答無用の連行であり、囚人の扱いを受けていることに憤慨していた。それでなくとも彼には不満が鬱積していたのだ。王は、王国を上げた行動を起こそうとしている。秘密裏に進められていて公表はされていないが、王子にもそんな雰囲気は伝わって来る。こういった国の一大事に、彼は蚊帳の外に置かれているから面白くない。最早子供ではない。王子としての役目をもらえば、それを果たす自信はあったし、そもそも王子不在では国威が高揚しないと彼は考えていたのだ。王子の取り巻きとて思いは同じであった。将来は王子と自分達が王国を運営するのだという自負もあった。兎に角自分を認めてもらいたい、自分の力を試してみたい、何をするのかも分からない段階でそんなことを考えている王子は、やはり幼いと言わざるを得ない。しかし、少年がそんな気持ちを抱くのは当然のことであって、それが放置されているというのは、王と王子の血の繋がりが問題なのか、それとも王家という特殊な家庭の中では、一般的な親子の気遣いは成されないものなのか。
「陛下の命なれば、大人しくされますよう。」
親衛隊が優しい口調でなだめようとしたが、それでも王子は納得しない。
「俺を幽閉するだと? こんなバカなことがあるか! 王を、親父を呼べ!」
王子の取り巻きも親衛隊に掴みかからんばかりの勢いで応酬する。
「そうだ! 王を呼べ! 王子を連行するのなら、お前達だけでは役不足だ!」
数では圧倒的に不利なはずの親衛隊は、少年達の罵声にも全く動じない。業を煮やした取り巻きの一人が、腰の短剣を抜いて凄んで見せた。
「そんな物を出して、どうされるおつもりか?」
短剣に一瞥をくれただけで、尚も動じない親衛隊に少年達は次の手を失った。
「陛下からは、丁重に扱うように、との命も受けております。我々もその命令に背きたくはありません。ご理解ください。」
 王子の体が恐怖心から硬直していた。彼が知っている幽閉とは、地下牢での拷問や不潔極まる監禁といった非人道的な行ないなのだ。親衛隊に自分をそんな所に連行するように命じておいて、丁重に扱えとはどういうことなのか、彼には理解が及ばなかった。そんなやり取りを王宮の者達が遠目で眺めていたが、騒ぎを聞きつけて宰相が走り寄って来た。
「貴様達! 王子をどこにお連れするつもりだ!」
国を預かる職務を担う者として、この事態を知らないでは済まされないという自負から、宰相の語調は珍しく厳しくなっていた。しかし、親衛隊の隊員はあくまでも冷静である。
「お応えする必要はありません。」
「何だと! 私を誰だと思っている? この狼藉は誰の目論見だ!」
「我々は親衛隊です。陛下の命によってのみ行動します。誰であっても、そう、宰相であるあなたであっても我々を止めることはできません。お分かりですね?」
宰相の出現に、状況の改善を期待していた王子の顔に落胆の色が現れている。怒声だけでなく武器まで取り出してしまった取り巻きの少年達は、やり場の無い怒りのはけ口を宰相でさえも用意できないことを知って、ただ立ち尽くすしかなかった。そんな雰囲気を鋭く感じ取った宰相は、自らの不甲斐なさを恥じて口調を一層厳しくした。
「いいだろう。陛下に直接確認することにする。貴様を親衛隊から罷免してやるから、そのつもりでいろ!」
精一杯の宰相の強がりに聞く耳も持たず、親衛隊は王子を連行していった。もう王子も抵抗を諦めたようだ。いや、少年には余りある恐怖のために、何も考えることができなくなったのだろう。見かねて宰相が王子の背中に語り掛ける。
「王子、ご心配なされますな。私が付いております。何かの手違いがあっただけのこと、すぐに元に戻ります。戻してみせます。」
宰相の言葉を背中に受け、王子は右手を上げて承諾を現した。しかし、振り向きもしないその素振りが、宰相が王に接見した後の結果を絶望視しているという本音までをも表現してしまっていた。

「陛下。あれはいったいどういうおつもりなのでしょうか? 王子を幽閉するなど・・・・・・。」
王室まで駆け上がって来た宰相は息が上がっていたが、それが親衛隊に邪険にされた怒りを若干落ち着かせたのか、口調はいつものように戻っていた。
「遅かったな。そろそろ来るだろうと思っておった。」
「何をお考えなので? 親衛隊を使っての狼藉、黙認するわけにはいきませんぞ。」
宰相の言葉を受けて、王はそこで立ち上がった。
「狼藉と言ったな? それが余に対して使う言葉か!」
この男に国王の威厳を学ばせて来たが、ここまで習得して見せるか、と妙な感慨を持ちながら、宰相は最後の手段を出すことにした。
「皇帝陛下の思惑、それと異なってはおりますまいな?」
国王に仕立て上げたとは言え、所詮は皇帝の謀略を担う一端でしかない男なのだ。そんな男がいったい何をしようと言うのか。いや、この男の思惑は明瞭だ。自分の保身を図っている。しかし、何故今になって保身を考える必要があるのか。二つしかない。皇帝の思惑が変わったか、あるいはこの男の変心だ。皇帝の思惑は変わるまい。変わったとしても、王国の宰相である自分抜きに進めるとは思えない。よって、この男が変心したと考えるのが妥当だろう。それを裏付ける言葉が王から発せられた。
「国は民のものだ。皇帝のものではない。余のものでもなければそなた達のものでもない。それに気付いたまでのことだ。」
「民は統治する必要があります。より良い統治こそがより良い国家を作り、ひいては民のためにもなるのです。皇帝陛下は、より良い統治の基礎を作ろうとなさっておられる。我々はその思想に共鳴してお手伝い申し上げているのですぞ! お忘れか?」
「そのためには、ブリテン王国の王族が犠牲になるのも仕方なし、というわけだな。」
王室の周辺がざわめき出した。宰相派の憲兵が王室を取り囲んでいるのだ。王室に上がるにあたり、憲兵の手配まで済ませているのは、この宰相もただの文官ではない。
「潮時、ですな。最後にお聞かせ願いたい。何故に変心された?」
「千数百年に渡って国を統治して来たという実績、貴公等は軽く考え過ぎているのだ。皇帝とて、ブリテンの王族に比べれば成り上がりに過ぎん。」
宰相は、ここで男を王として扱うのを止めて切り返した。
「何事にも『はじめ』があるもの。それを認められないとは、軽率な男よ。」
「貴公に軽率と言われようとはな。」
ククッと笑いを漏らした王は、あくまでも余裕の表情で続けた。
「さて、どうする?」
「憲兵をここに踏み込ませ、貴様を捕らえることにする。短い間ではあったが、王の役目、ご苦労であった。」
宰相の顔にも笑みがあった。憲兵という力を背景に持たせた自分に、自信を持っているのだ。
「余を殺しても、後は王子が継ぐぞ?」
「結構だ。所詮は子供のこと、我々が操ることが可能。心配はご無用だ。」
言い終えると宰相が笛を吹いた。憲兵に突入の合図を送ったのだ。
王室の扉を打ち破って憲兵が突入して来るのを想像していた宰相は、憲兵の邪魔にならないように部屋の隅にそそくさと移動したが、静寂が続くのに当惑した。再び笛を吹いてみたが、それは空しく王室にこだまするだけであった。相変わらず余裕表情の王とは対照的に、宰相の顔が引きつって行く。
「貴様、何をした?」
「貴公と同じことだ。王室は親衛隊が警護している。念入りにな。扉の向こうでは、親衛隊と憲兵が睨みあって両者とも動けない、ということだ。」
国の治安を守る憲兵と、王を警護する親衛隊。彼らが王室の外で睨みあっている。一人でも動けば、壮絶な銃撃戦が瞬く間に繰り広げられることだろう。その状況を想像するために暫し沈黙を持った後、宰相は不適な笑みを浮かべた。居直ったのだ。
「やるようになったな、貴様。」
王も負けずに切り返す。
「全て貴公から教わったことだ。」
「どうかな。如何に精鋭とは言え、親衛隊の数は限られている。対して憲兵の増派は容易だ。この現実、どうする?」
「コトが始まれば、親衛隊は確実に貴公を抹殺する。これも事実だ。」
今度は、永遠とも思われる沈黙が続いた。扉の外でも、誇り高き親衛隊のユニフォームに身を包んだ隊員と、憲兵の中でも優秀な者だけが抜擢される王宮憲兵隊が、呼吸も憚られる静寂さで対峙していた。各々の銃口の先に、自分に銃口を向ける相手を見据えて。それは、実はかつての部下や上官であったりと、知人関係の者も少なくなかった。このまま事なきを得たいという親衛隊や憲兵の本心は、王や宰相の判断に微塵の影響くらいは与えられるのだろうか。皆が極度に緊張していた。これ以上この状況が続けば、恐らく、偶発的に銃撃戦が始まってしまうだろう。物音一つでタガは外れ得るのだ。そうなった時、本心では拒んでいても、彼等は引金を引くことに躊躇しないだろう。惨劇の前の静けさに王宮さえもが震えるかのようであった。

<続きます。>

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カテゴリの 『連載』 を選ぶと、古い記事から続きモノの物語になります。
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 <目次>      (今回の記事への掲載範囲)
 序 章         掲載済 (1、2)
 第1章 帰還     掲載済 (3、4、5、6、7)
 第2章 陰謀     掲載済 (8、9、10、11)
 第3章 出撃     掲載済 (12、13、14、15、16)
 第4章 錯綜     ○   (17:1/4)
 第5章 回帰     未
 第6章 収束     未
 第7章 決戦     未
 終 章          未
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第4章 《錯綜》  (1/4)

 男は半地下の広い部屋の中で眠っていた。贅沢ではないが、日々を送るために必要なものは全て揃った部屋である。明るい色調の壁や毛足の長い絨毯からも、傍目にはこの部屋が男を幽閉する為の牢だとは見えない。広間と区切られた寝室には、天井近くに格子がはめられた小さな窓があった。そこからは一日に数時間しか陽が差し込まないが、窓の小ささも格子も、王宮の中の部屋という意味では珍しくはない。天井からぶら下がっている照明達は、男が眠っている間は灯を灯してはいないが、簡単ではあっても装飾が施されており、陰鬱な雰囲気を微塵も感じさせるものではなかった。
 その小さな窓から差し込む朝日が男を目覚めさせた。ベッドに横たわったままの虚ろな頭で、毎日繰り返され、そして今日も繰り返されるであろう一日に思いを馳せた。いつものように、間も無く彼がやって来るだろう。そう思った矢先、男の部屋に近づく足音が響いた。機敏ではないが億劫な様子でもない、ゆっくりとしているが着実さを匂わせながら、男は立ち上がった。そして彼を迎えるべく、上着を羽織って広間に添え付けられた食卓の椅子に座った。そこにはいつものように、質素ではあるが温かみのある朝食が並べられていた。

「王国は、いや帝国や神聖同盟も含め、状況は混乱を極めております。」
男の部屋に入って来て来賓の椅子に座ろうともせず、彼は立ったまま唐突に切り出した。
「恐らく、ルナ殿は持ちこたえるでしょう。彼が既にリモー艦隊から離脱したとの報告も入って来ております。しかし、大陸北方の王国領土の喪失は決定的です。そしてついさっき、私はブリタニアの殲滅作戦に署名して来ました。本当にこの状況はあなたの望んでいたものなのですか?」
 食卓の椅子に腰掛け、朝食を食べ始めていた男は、問い掛けに一端は動きを止めたが、再び並んだ食事に手を伸ばしながら応えた。
「取り返しの付かない犠牲を強いることになった。」
そんなものなのだろうか、と彼は憤慨した。想定外の犠牲? それだけで済まされることではないはずだ。なぜなら、臣民の生命と財産を守るのは、国王の最低限の責務ではないか。それをするために『王』という職務があるのではなかったか。彼は更に詰め寄った。
「この先にあなたの望む結果が導き出されるとお考えなのですね?」
 この部屋に閉じ込められ問い掛けられているのは本当の王であり、この部屋を訪れて問い詰めているのは偽りの王である。
「皇帝が今の状況を想像していたわけではなかろう。それは確かだ。未だ余地はある。」
「本当にそうでしょうか。私には皇帝が恐ろしくてなりません。皇帝は全てお見通しなのではないかと考えてしまいます。」
「そうかもしれん。だが、それなら宰相達が黙ってはおるまい?」
「宰相派はもはや制御不能です。ブリタニアの殲滅作戦についても、私のサインは形式上のもので、私の意見など入る余地はありませんでした。」
「そうか。しかし、それは奴等の暴走と考えていいだろう。皇帝の指図ではないな。」
「それはそうでしょう。そして、宰相派の暴走を止められなくなっているのも事実です。」
 ブリテン国王は粗食である。彼はそれも真似た。顔も素振りも、何もかもが瓜二つになった。傍目には同じ人間が鏡と会話しているように見えるだろう。多くは兎も角、血縁であるルナや王子までをも騙し通すために、王の複写は徹底的に進められた。皇帝のもとでの訓練の日々。宰相達を交えた仕上げの時期。そして、本当の王を拉致して観察し続けた。あれは何のためだったか。皇帝の野望を成し遂げるため、身も心もささげたのではなかったか。ところが、この王の人間性に惹かれ、宰相達の近視眼的な私利私欲に嫌悪を覚えた。対応に窮した時のためと本当の王の処刑を止めさせた時から、自らの野望が目覚めたのである。生殺与奪の権限を握りながら相手を頼る者が頭を垂れ、囚われの身でありながら権威をふるう者が粗食を旺盛に啄ばむ。そんな不自然で非常識な図柄は、二人の王が同一と見まがう外見を持ちながら、内面では極端な両極性を有しながら並存する、といった有り得べかざる構図を端的に現していた。
「一つ知恵を授けよう。」
食事の手を再び止めて、本当の王が語りかけた。
「王子だ。あれは切り札になる。貴様のためにも、王国のためにも、な。」
「しかし、どうやって……。」
もはや話を聞いてもらえなかった。朝食は大事な儀式なのだ。これ以上の邪魔立ては許さないという威圧感が偽りの王を圧していた。
「善処します。また、明日も参ります。」
偽りの王は男の部屋から退出した。
 部屋に残された王は、粗食をついばみながら溜息をついていた。王を演じるあの男も、『王家の秘蹟』に毒されようとしているのか。玉石によってもたらされる力、それは王家の正当性を示すものとして長く敬われて来た。しかし、この王はその本質に気付いたのだ。五感を研ぎ澄まし、第六感を発動させる。そう信じられている王家の力は、実はそんな綺麗事ではない。人の心、それを食って玉石は生きているのだ。人から溢れ出る心の力とは、邪心に他ならない。良心はその人の中で昇華されてしまうものなのだ。よこしまなものやあくることのない欲望、妬み、暴力、体内から溢れ出たこういった思いが玉石を力付けている。玉石からすると、良心に司られる世が現れてしまうと、自らの存在を否定されることになってしまうのだ。これを防ぐために為政者に力を与え、争いの絶えない絶望の世界を作り出すのが、玉石の意思である。人間の根本的な欲望である性欲を極限まで高める『王家の秘蹟』。その隠微な儀式によって、王族は玉石に力を与え続けて来たということだ。この王の鋭い直感は玉石の意思と通じ、そしてそれを拒絶した。秘蹟の放棄である。しかし、こんなハナシを誰が信じるだろうか。時間を掛けて、そして確実に玉石の排斥を試みようとしていた矢先、宰相派の謀略にはまった。それ自体が玉石の介入によるものなのかどうかは分からない。そして今、王の職務はあの男と宰相派によって遂行されており、彼等に玉石の手が伸びても不思議ではない。究極の破壊兵器が、玉石の力を用いて開発されたとも言う。その兵器が発動した暁には、数多の欲望と怨念が渦巻くことになり、玉石の腹は大いに満たされることだろう。本当に取り返しが付かない事態が迫っている。ヤツなら、ルナならこの事態を収拾してはくれまいか。この期待は、為政者として、いや元為政者として、親心に政治力が曇った愚かな思いなのか。
 そんな真相も知らず、部屋を出た途端、偽りの王は国王の威厳を振る舞いに付け加え、国王としてモノを考え始める。庶民の出とは言え、優秀な為政者の要素を持った男なのだ。本当の王は、答えをくれなかった。しかし、国王としてモノを考えれば、自ずと答えは見えてきた。宰相派は所詮官僚でしかない。国王だけが持つ権限、国王なればこそ揮える力、それらを駆使すれば、宰相達との関係を逆転させることは可能なはずだ。王室に急ぎ戻った王は、親衛隊の隊長を呼んだ。

「陛下、お呼びでございますか。」
椅子にちょっと体を傾けて座るいつもの姿勢で、王は親衛隊の隊長を手招きした。この仕草が重大な任務であることを意味する。
「王子を幽閉しろ。親衛隊が哨戒すること。」
ことの重大さに隊長の顔がわずかに引きつったが、すぐに承諾した。
「はっ。王子殿を幽閉致します。」
下がろうとする親衛隊の隊長を王が呼び止めた。
「面会は許さん。しかし、扱いは丁重に、な。」
「心得ております。」
「親衛隊として、余の警備にも余念がないように。」
王の身に危機が迫っていることを悟った親衛隊の隊長は、丁重に頭を下げて了解の意を現してから踵を返した。親衛隊独特の服装が王室から出て行くのを見つめながら、王は自問自答した。
 これでいいはずだ。親衛隊に守らせておけば、宰相達は王子に手が出せない。宰相達が自分を抹殺しても、王子が健在な限り彼が次期国王になるので、宰相達が勝手な王を立てるわけにはいかないはずだ。
 さて、次はどう手を打つか。宰相派の出方を見て……いや、後手に回るわけにはいかない。王国は崩壊の危機に立っている。立て直すには……。
 王室で一人、思案に耽る王は、国王の責任というものの重さを味わっていた。

<そろそろ折り返し地点です。>

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 序 章         掲載済 (1、2)
 第1章 帰還     掲載済 (3、4、5、6、7)
 第2章 陰謀     掲載済 (8、9、10、11)
 第3章 出撃     ○ (16:5/5)
 第4章 錯綜     未
 第5章 回帰     未
 第6章 収束     未
 第7章 決戦     未
 終 章          未
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第3章 《出撃》  (続き 5/5)

 ルナ編隊のシンガリが離陸し、甲高いエンジン音を残して夜空に紛れていった。未だエンジン音が聞こえる時点で、ルナ隊の艦船要員は、フェルチアに導かれて気密室に駆け込んだ。そして、気密室の扉を中から固定し、部屋の中の非常ハッチから舷側に出た。そこには救命艇が吊るされていた。この動きの速さといい、盗聴器の件といい、フェルチアの振る舞いが機敏に過ぎ、そして気転がきき過ぎている。新規に配属された仕官であればこそ、でき過ぎた人間を怪しむ者がいても不思議ではない。しかし、扉を固定してから五分もしないうちに、リモー一派の戦闘員が気密室の扉を叩いたのは事実であり、その緊迫感がルナ隊から彼女を疑う余裕を奪った。敵と仲間をただちに見極める必要に迫られており、仲間は多い方がいい。疑い出したらキリが無いのだ。結果的に、この判断は正しかったと言える。

 ルナの憂鬱は極限に達していた。
 両翼に吊るされている増装は爆弾ではなく、燃料を積んだ補助タンクである。眼下に北方半島の稜線が、町の明かりでうっすらと浮かび上がっていた。
 突如としてルナの乗機が編隊から離れ、副官乗機の後に付いた。副官が危険を察知する間くらいはあったかもしれない。あっという間に副官の機体は、ルナ機から発せられた『何故だ』の思いと『理由は関係ない』という二つの思いを伴った銃弾に引き裂かれ、漆黒の海に消えて行った。
 このような裏切りがあった場合、ルナが副官を処刑するという結果は、理由によらず変わらないだろう。しかし、今後のルナの成長を考えると、その理由を質しておくべきだった。若さもあるに違いないが、臨機応変で対処が迅速な指揮官というのは、こういった拙速に走るという側面も併せ持つ。人は万能では無いのだ。
 スローモーションのように落ちていく副官の機体を見る各機が、身震いするのをルナは鮮明に感じ取っていた。これからが難しい。ルナは自機を全機の後方に位置付け、通信回線を開いた。
「俺は信用していた。あいつとはドーバーより前からの付き合いだった。」
副官だけがリモー派だったとは考えにくい。他にもいるはずだ。
誰も反応しない。
「去る者は去れ。追ったりはしない。ヤツの仲間でなくとも、俺に付いて来るのが不安なら去れ。」
誰も応答して来ないし、編隊を乱す者もいないので、更に畳み掛けてみた。
「暫く俺は国賊だが、本当にいいのか? 去らずに俺の配下に残るのなら、その後に裏切った者に容赦はしない。パイロットであっても、栄誉ある機上の死を期待するな!」
それでも去る者はいなかった。本当だろうか。信用していいのだろうか。信用できないなら全員を撃ち落とすしかないが、たった今、旧知の仲間を撃墜して疑うことに疲れ果てていたルナに、その選択肢は有り得なかった。
「分かった。俺の作戦に歓迎する。付いて来い! 決して後悔はさせない。」
ルナは敢えて先頭を飛び、後を隊員達にさらした。一旦信用して見せた限りは、疑いが残っていると感じさせてはならないのだ。一機だけ減ったルナ隊が、北方半島とは異なる方向に静かに進路を変えた。

 離陸前に、緊急用の極秘通信で斥候であるブルータスに連絡してある。ブリテン北方の過疎地で、我々を待っているはずだ。だが、あの副官がリモー一派だった。ブルータスとて信用して良いものか。いや、信用しよう。キリが無い。
 フェルチアは逃げ果せただろうか。彼女が空母でリモー派に捉えられていたとしたら、我々の行き先や彼女との合流予定地に、王国の軍隊が待ち受けていることになるだろう。しかし、これも信用しよう。彼女は脱出に成功したと。
 さて、フェルチアがうまく脱出したとして、リモー派はどう動くだろうか。俺達の編隊が作戦から離脱したことに気付くのはいつだろう。攻撃に参加しないことが共同攻撃する部隊の現場から報告されてからか。もっと前に気付くことは有り得るか。……有り得る。編隊が出撃に際して搭載したものは、殆ど燃料だけだ。爆弾は積んでいない。これだけでバレるには充分だ。艦隊防衛用に残っているはずの第八編隊が近くにいないことに気付くのが先か。いずれにせよ、もう察知されたかもしれない。
 では、俺達は見つかるだろうか。……見つかるのは間違いない。それがいつか、の問題だ。搭載燃料はすぐに割り出せるし、それで到達できる範囲の算出も容易だ。その範囲内で、俺達が着陸できる所はそんなに多くは無い。今が真夜中なのは幸いだ。捜索には、リモーの作戦に直接関係しない者が投入されるはずだ。すぐにかき集めたとして、実際に捜索に出られるのは、夜明け以降になるだろう。それでも、夕方には探り当てられると思った方が良い。王国の軍人は、官僚的とは言え優秀なのだ。
 また、ブリタニアは諦めねばならないだろう。俺に拠点を築かせないために、王国はすぐに軍を派遣するに違い無い。ただ、ブリタニアは恐らく抵抗しないはずだ。その方がいい。犠牲は最小限になる。ブリタニアの統領がうまくやってくれることを祈るしかないが、彼はやってくれるはずだ。
 兎にも角にも、ブルータスからの情報は正しかったと判断せざるを得ない。こうなれば、現国王の正体を暴き、宰相派を駆逐するまでやり果せなければならない。

 ルナの憂鬱と熱い決意を載せて、そして部下の計り知れぬ不安とともに、彼の編隊が低空を飛び続けている。闇夜を低空で編隊飛行できる彼等の高い操縦技術も、それが彼等の心を晴らすことはなかった。

「どうしたんだ? 出て来い!」
リモーが気密室の外から呼びかけた。気密室の中には、甲板用の暖房で暖められた毛布が、ここに逃げ込んだ人数分置いてあった。外にいるリモー達は、熱源が部屋の中にあることから、ルナ隊の要員が中に立てこもっているものと誤解した。但し、それも毛布が冷えてしまうまでの間だけだが。
「扉を破壊しますか? 艦長。」
「大事な艦だ。燃料に引火でもしたら大事でもある。出られないなら、ほうっておけ。」
「は! 扉の前に監視兵を立てます。」
「それで良い。……奴等は出られないのだな?」
「はい。部屋の中に非常ハッチがありますが、これは外からの施錠です。中からは開きません。」
「そうか。非常ハッチはいつもカギがかかっているのだな?」
「気密室では通常は施錠されています。ここの非常ハッチを空けるのは、よっぽどの緊急事態か、清掃の時くらいです。」
「そのハッチはどこに繋がっている?」
「舷側の救命艇の横です。」
「気密室の掃除担当は?」
返事が来る前にリモーは走り出していた。走りながら、周囲の海兵にどなった。
「救命艇を確保しろ! 手動で降りているはずだ!」
別の海兵にも立て続けに指示を出した。
「上陸艇準備! 緊急出動だ! 救命艇が離艦していた場合、見つけ次第撃沈しろ!」
武装した海兵が救命艇を掲揚するリフト付近に到着した時、リフトは下がっており、救命艇は見えなかった。海兵はリフトと救命艇を求めて海面を覗いたが、そこにはリフトだけが波に洗われていた。そして、遠くに離れていく救命艇を確認した。
「報告! 救命艇は既に離艦しています。方向は……」
上陸艇が出撃の準備を終え、ハッチから出て行った。だが、それは無駄になるはずである。偵察任務をもこなせる救命艇に、上陸艇は追いつけない。
リモーはブリッジに戻って、索的用の軽飛行機を上げ、救命艇を攻撃させる準備を進めていた。しかし、離陸とともに索的機はエンジンが停止し、海面に落ちてしまった。
「……カクの仕業か!」
リモーの怒鳴り声が空しく響いた。

「もう大丈夫です。」
フェルチアが誰にともなく言い放った。
あとは、ルナとの合流地点に進むだけである。そんな安堵感からちょっと心に余裕ができたのか、彼女は周りを見渡してみて、一様にふさぎ込む隊員達に不安を覚えた。カク・サンカクだけは、電気信号だけで操舵を管理する最新式の操舵システムに夢中で、操舵室に閉じこもって何やらごそごそとやっていたが、他には誰も動こうともしない。
「みなさん、どうしたんですか? もうリモー艦長は我々に手出しできませんよ。安心してください。」
誰も返事をしない。考えてみれば当たり前かもしれない。リモー艦隊は、軍の統帥の直轄で王国を上げた作戦に従事していたのである。王国の臣民は、臣民で有ること自体にアイデンティティとプライドを持つ。増して彼等は軍人であり、その傾向は一層強い。
「反逆者……」
この言葉が船内に重くのしかかっていた。
「隊長を信じられないのですか?」
フェルチアは、彼女なりの熱意で以って、仲間の不安を取り除こうとした。しかしこれはそういう問題ではない。
「心配するな、小娘。」
いかにも熟練といった甲板要員が応えた。
「事の重大さに、心の準備に時間がかかっているだけだ。もう後戻りはできないしな。」
後戻りなど考えられない。反逆罪に問われた者の末路は、想像するのも憚られる。

 黙り込む隊員を乗せた救命艇が、夜明けが近くなって水平線と空の境界がうっすらと判別できるようになった海を疾走して行った。

<続きます、先は長い・・・。>

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 第1章 帰還     掲載済 (3、4、5、6、7)
 第2章 陰謀     掲載済 (8、9、10、11)
 第3章 出撃     ○ (15:4/5)
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 第7章 決戦     未
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第3章 《出撃》  (続き 4/5)

 空母という船は、とにかくでかい。右舷倉庫までフェルチアに連れられて歩いているルナと副官は、自分達だけで仕官室に戻られるか少し不安になっていた。倉庫に入り、奥の機密室に向かいながらフェルチアが話し始めた。
「本艦の給油ノズルは固定式じゃないんです。」
倉庫に詰めている兵員には、フェルチアがルナと副官をこんな所に連れて来たのを訝しく思う者もいたが、フェルチアが給油装置の話を説明しているのを聞いて、納得顔をしてそれぞれの持ち場に意識を戻した。話しながら気密室の扉を開けて中に入って行くフェルチアを、ルナと副官が追った。
「このノズル部分が動くということは……」
フェルチアは、副官の腕を引っ張ってルナと副官を気密室に入れるや、気密室の扉を締めるボタンを押した。機密室の中が三人だけなのを確認して、彼女は話を続けた。
「充分に注意する必要があります。」
フェルチアの視線が扉の閉まったことを確認しながら、今までとは声色が全く違ったトーンになっていた。
「こんな所までお呼びたてして申し訳ありません。他の誰にも聞かれるわけに行かなかったものですから。」
突然の変化を怪訝に思いながらルナが問い掛けた。
「何の話をしている?」
「この作戦に疑問は感じませんか?」
「俺は今、軍人だ。作戦に猜疑心を持つことは許されない。」
「ですが、この艦のスタッフは怪しいです。」
話が繋がらないことへの苛立ちを目に現したルナを見て、副官が割り込んで来た。それはフェルチアを咎める類のものではなく、並々ならぬ雰囲気を感じ取ったために話を続けさようとしてである。
「構わんさ、ありのままに話せ。ルナ隊長は俺が抑えてやる。」
ルナは、フェルチアが話し易い雰囲気を作ってくれた副官に感謝の目配せをし、彼女が話し出すのを待った。
「リモー艦長は宰相派です。そして、宰相は隊長が王国に帰還したことを喜んでいません。理屈もさることながら、彼等は隊長が嫌いなんです。」
自分の考えを他人に披露するというのは、子供の時に人前で歌う時に感じた気恥ずかしさにも似たものを伴うものだ。それが軍隊の上官相手とあっては、その気持ちは一層強い。ルナは、彼女が深呼吸をして話の続きを整理している様子を見て、上官相手に萎縮してはならないという強い意志を読み取った。それだけの事態を訴えようとしているのだろう。
「確かに、今回の作戦に隊長は必要で、それは誰もが認めるところです。ただ、この作戦の後は分かったものじゃありません。」
「と、言うと?」
「捨て駒です。隊長の航空隊は、相当な戦果を上げるはずです。でも、ドーバー戦役のような武勇伝を残してもらっては迷惑なんです。」
「ルナ隊長が迷惑だって?」
「私じゃないです! 宰相派としては、隊長のドーバー戦役の武勇伝を汚し、今回の作戦は成功させ、そして作戦後にはいなくなってもらいたいのです。」
国を挙げての作戦であったドーバー戦役、あの時、作戦を立案した宰相派は無能を曝け出す結果になった。ルナに支えられて成功裏に終わったのだが、それはルナの功績であって、宰相は『所詮、軍務には向かない。』というレッテルを民から貼られたのだ。宰相と連携して作戦を遂行していた軍部についても、その威信は失墜したと言える。あの屈辱、ルナは気にもとめていないが、宰相や軍の統帥が忘れるはずもない。彼等には名誉を挽回する必要があったのだ。そのためには、フェルチアが言うような結果を残すのが最も望ましい。副官はそういった経緯を理解しているが、そもそも名声や肩書きに無頓着なルナには、理解が及ばない。邪魔者扱いされたことに対して単純に血が昇って来たルナを副官が再び制した。
「それだけ影響力があるってことさ、気にするな、ルナ。」
説明してルナを納得させるのは至難の業だろう。そこは付き合いの長い副官らしく、うまく凌いで見せ、フェルチアの次の言葉を待った。
「ここからは私の想像なんですが、この艦隊、変です。」
「そろそろ核心に進んでくれ。」
「あ、はい。すみません。兵装と燃料のバランスが作戦に合致しません。空母部隊なので、対空兵器を搭載しているのはいいのですが、対陸用の砲弾が多過ぎます。」
「そうなのか? 確かに、我が航空隊の今回の任務は、対地攻撃と陸上部隊の支援だ。艦隊は航空隊の補給と対空防御に徹するべきだ。しかし、どれくらい多過ぎるんだ? それにそれだけで何を疑うんだ?」
副官の指摘は正しい。
「艦が搭載できる兵装なんて限られています。目的以外のものを積んでいく余裕なんて無いんです。航空隊が出撃中の時のことを考えれば、対空兵器はいくらあっても充分とは言えません。それに燃料も納得がいきません。陸上部隊が侵攻するんですよ。侵攻後に入港して、補給船が来るのを待っていればいいんです。最悪を考えても、王国に帰還できるだけ積んでいれば充分のはずです。」
「続けてくれ。」
「次の作戦があると思えるくらい、大量に、いや、満タンです。予備燃料を含めて。」
「よし、そこまでは分かった。それで、何が起こる?」
「待ってください。これだけじゃないんです。艦隊編成も不自然です。巡洋艦がいません。」
「空母の防衛なんだからいいじゃないか。対空も対潜も、小回りが利く駆逐艦が有利だ。」
「神聖同盟の海軍は王国に比べ弱小ですが、戦艦の比率が高いんです。潜水艦が来ることなんてあまりないと思います。」
「こういうことか? この艦隊は、対地攻撃を想定した別の作戦を次に控えていて、その前に他の巡洋艦艦隊と合流するだろう、と?」
「そうです。」
「かもしれん。だからと言って……」
興奮したフェルチアが遮った。
「隊長の航空隊に次の作戦は無いと考えるべきです!」
「何でそうなるんだ?」
「隊長は次の作戦を聞いていないんでしょう? それに、航空隊だけ上陸するのなら、タイガー・ルナの補給はどうするんです?」
そうだった。タイガー・ルナと呼ばれるカクバージョンの高性能版タイガー・シャークⅡは、規格品の補給では賄えないのだ。
「整理させてくれ。ルナ、お前も良く聞いていてくれよ。」
副官が順を追って纏め始め、ルナもフェルチアも静かに耳を傾けた。
 艦隊の編成や装備から類推すると、この艦隊は今回の作戦の後に別の作戦を計画しているものと思われる。そして、ドーバー戦役からの経緯を考え合わせると、今回の作戦の中でルナ隊排斥の目論見があると見られ、それは、次の作戦についてルナが何も知らされていないという事実に裏付けられている。作戦としては、各々の実行部隊に役割が与えられるのであり、その実現手段は航空隊等の実行部隊側で考案する。次の作戦があるなら、それを考えるために、ルナに役割を与えておかねばならない。それが無いということは、ルナの航空隊は次の作戦における役割が無いことを意味する。同時にそれは、次の作戦ではこの空母にルナ隊ではない別の航空隊が配属されるということも物語っている。つまり、ルナ隊は行き場を失うのだ。占領地区に転属しても、専用部品の補給を要するルナ隊は、そこでは活動できない。消えて無くなれ、と言っているようなものである。
「リモー艦長は知っているはずです。はっきりさせましょう、隊長!」
ルナは迷っていた。今回の作戦を成功させ、この艦に帰還すれば良いだけとも思う。そうすれば、宰相派は何も言えまい。いや、空母が夜間に消灯して移動してしまうと、帰還できないかもしれない。王に確認すべきか。いや、王とて怪しい。親父ではないかもしれないのだ。
「こうしよう。君はタイガー・ルナに、目一杯燃料を積んでくれ。補助タンクも付けて。」
「空母を探すことになった時のためですか?」
「そうだ。空母まで帰って来られれば、着艦はさせてくれるだろう。」
「ルナ、俺からリモー艦長に探りを入れてみる。」
副官の提案に、待て、と言いかけて、やらせることにした。自分が行っても、リモーとは衝突するだけだろう。
「頼む。」
フェルチアにも言い添えた。
「君もな、頼むぞ、燃料。」
副官と女性仕官が気密室から出て行った。
本当にこんなことがあるのだろうか。ルナはその場に座り込んでしまった。

 艦長はブリッジにいた。
「艦長、人払いを。」
怪訝な目でルナの副官を見たリモーが応えた。
「私の部屋に行こう。ちょっと休もうと思っていたところだ。副艦長、暫く頼む。」
「はっ!」
二人はブリッジから出て、艦長室に向かった。
広大ではないが、艦の中という意味で、艦長室は充分に広い空間である。新造艦ではあるが、クラシカルな装飾を施された艦長室は、激務の艦長が唯一休める空間を演出していた。
「ルナが気付きました。いや、気付いたと思うべきです。」
「なぜだ!?」
この部屋でされる会話としては、この感情の起伏の大きさは不似合いである。しかし、防音処置が行き届いていて外に会話が漏れ出る心配が無いという意味では、適切な場所であった。
「ルナ隊に編入させた女性士官がいますね。あの小娘、大した奴です。」
「ルナは出撃しないのか?」
「するでしょう。作戦終了後、この艦が移動していても探し出せるように燃料の追加を指示していました。」
「良かろう。それでは、このまま進めるとしよう。ところで、貴様がここに来た理由をルナにはどう説明するのだ?」
副官は、なるほど、と思った。裏切りとはこういうことなのだ。分かってはいたし覚悟もしていたが、もう二度と誰からも信用されることはあるまい。ドーバー戦役の時、たった二十機の戦闘機で、百機の神聖同盟編隊に突入した。ルナは勝てると断言していた。それだけの訓練を積んで実力を身に付けたのだから心配するな、と。それでも無謀に思えた。結果的には味方に損害は出なかったのだが、あの時の恐怖は忘れられない。四方八方から迫る砲弾や銃弾。その合間を縫って突撃して敵機を撃墜する。撃たねば殺される。命令でもあった。しかし、自分を殺そうとしている敵とは言え、照準機の向こうで引き裂かれていく敵機の乗員達。断末魔の悲鳴が自分の生への執着と同じ重みで伝わって来る。それは音声ではなく念波として押し寄せるので、周囲の轟音もかき消してはくれないし、耳を塞いでも途切れる事は無い。あるいは、目を閉じれば遮断できるのか。しかし、それは同時に自らの命を敵にくれてやることを意味する。もうたくさんだと思った。ルナに付いていく限り、こんなことが続くと考えた時、途方も無く彼が許せなくなった。もう繰り返してはならないという思いが頭を締め、何かをしなければならないとう衝動に突き動かされた。その結果、今は宰相派の隠密としてルナ隊に身を置いている。ルナを排除したとしても、あの時のような出来事はなくなるまい。事実、王国は戦争を始めようとしている。他人は自分のことを短絡的だと笑うかもしれない。信用されることももうないだろう。それでも、何かをせずにはいられなかったのだ。後悔はしていないし、するつもりもない。自分なりの気持ちの整理を付けて、再び意識を現実に戻した。
「貴方に直接会って真意を確認しに来たことにしてあります。作戦上の機密に触れるので多くは話してもらえなかったとでも言っておきます。」
「そうだな。くれぐれも大事にな。」
「心得ております。」
そこで思い出したようにリモーが付け加えた。
「それと、ルナ隊の離陸後だが、艦に残ったルナ配下の艦船スタッフは……」
「消します。」

 リモーと副官の会話は、フェルチアが副官に取り付けた ―気密室に招き入れる時に腕に取り付けた― 盗聴器から、ルナの耳にも届いていた。

<続きます・・・>

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 <目次>      (今回の記事への掲載範囲)
 序 章         掲載済 (1、2)
 第1章 帰還     掲載済 (3、4、5、6、7)
 第2章 陰謀     掲載済 (8、9、10、11)
 第3章 出撃     ○ (14:3/5)
 第4章 錯綜     未
 第5章 回帰     未
 第6章 収束     未
 第7章 決戦     未
 終 章          未
----------------------------------------------------------------
第3章 《出撃》  (続き 3/5)

 ルナがリモーとの不愉快な会話を切り上げてフェルチアに艦内を案内されていた頃、一機の輸送機が空母への着艦コースに入っていた。戦闘航空隊にやや遅れて、カク・サンカクが山のようなパーツ群とともに到着したのである。空母から発着できる飛行機としては、限界ぎりぎりの大きさを持つ輸送機は、図体の割に華奢に見えるフックを甲板のワイヤーに引っ掛けて停まった。すぐに書類を携えて甲板に降り立ったカクは、発着艦ブリッジに入ったところで甲板仕官に迎えられた。
「配属指令書を提出してください。」
事務的ではあるが、何物も見逃すまいとする鋭い視線がカクを見据えていたが、当のカクは気にもとめない。というよりも、他に興味の対象があり、仕官の言葉など上の空の様子であった。書類を仕官の机に置きながらも、カクの視線は辺りをさまよい続けている。甲板仕官はカクの振る舞いを怪訝な目で見てはいたが、役目の遂行に徹することに余念は無い。
「ルナ隊整備士、カク・サンカクですね。」
「ああ、そうだよ。この船の外装は炭素繊維の表面に金属加工したハイブリッドコンポジットらしいね。」
「輸送機の積載物は、書類に記載されたものと相違無いですね?」
「タイガー・ルナは、駆動系を含めて八割以上が炭素繊維さ。原型機よりニ割は使用率が上がっていて、エンジン一機分は軽量化したんだぜ。」
「ウチの監査係がこれから輸送機を検めます。立会いますか?」
「そうだね。確かにそれでエンジン一機分ってのは少ないよね。悪かったよ。二割っていうのは、部品点数の比率で、重量比率じゃないんだよ。いや、騙すつもりじゃなかったんだ。」
「輸送機の他の搭乗員は中で待機中ですか?」
「それよりさ、この艦のエンジンは共鳴式の加給機が付いてんだって? 見せてよ、是非!」
最新式の空母に来てカクの目は輝いていたが、あまりに話が噛み合わないので、甲板仕官は会話の継続を断念した。
「ルナ隊長からご伝言を預かっています。何でも旋廻補助機能の同期がうまく行っていないとか。詳しくはこのメモを見てください。」
仕官が取り出したメモをひったくってカクが吼えた。
「大したもんだよ、隊長は! エンジン出力の個体差を吸収するソフトウエアの開発に手間取ってね。諸元表のスペックだけで調整したんだ。当然の結果だけど、誰でも気付くレベルじゃないものを!」
甲板仕官は既にカクの話を聞いていなかった。部下に輸送機の臨検を指示し、カクを先に到着していたルナ隊の隊員が待機している部屋に案内しようとした。
「いいよ、別に。先に格納庫に連れてってよ。すぐにタイガー・ルナの調整を始めるから。」
既に何を言っても無駄と悟っていた仕官は、言われるままに格納庫に向けて歩き出したが、カクの口は未だ止まらない。
「調整ソフトはもう完成しているんだ。どんな誤差も見逃さない精度さ!」
カクは、彼の言葉に耳を貸さず無言で先を急ぐ士官の背中を捕まえて振り向かせた。驚いた仕官は無視した無礼を謝罪しようとしたが、カクの顔が笑っているのを見て、何も言わずにカクの次の言葉を待った。
「この船のエンジン、動力室を見せてくれるよな?」
仕官は溜息が出てしまうのを止められなかった。
「艦長の許可が必要です。ルナ隊長経由で申請してください。」
もう甲板仕官が振り返ることはなかったが、カクの口が閉じられることもなかった。

「隊員諸君。」
ブリーフィングルームの壇上から、ルナが呼びかけるように話しはじめた。彼自身が昨夜受けたブリーフィングを咀嚼し、隊員に伝えるのだ。三十九名の航空隊隊員と航空隊直属の六名の甲板要員が神聖な面持ちで聞いている。二十名を越える艦所属の甲板要員は後方で静かに座っており、整備スタッフは壁面のベンチから眺めている。
「所属の違いはこの際無視しよう。皆のベストパフォーマンスのみが作戦を成功足らしめる。」
航空隊所属の甲板要員には、先般ルナ隊への編入を希望した女性仕官、フェルチアも含まれており、感激の余り涙目になりながらルナを見つめていた。
「では副隊長、説明を頼む。」
ドーバー戦役の時に副官を務めた歴戦の勇士が、ルナに変わって壇上に上がった。
「戦友諸君、機は熟した。」
本来、彼の方がルナより指揮官には向いているのだろう。如何に歴戦の勇士とは言え、皇族の血統を継ぎ王家の秘蹟を受けたルナには、パイロットとしての腕は劣るだろう。それでも、通常のパイロットとしては、限界地点にいるのは間違いない。彼をはじめ、ドーバー戦役時代のパイロットが殆ど参集したのは幸運と言うべきかもしれない。増強したパイロットもその多くがブリタニアから召集した兵であり、ルナに鍛えぬかれている。航空編隊としては、磐石と言えるだろう。
「我が空母戦闘群は現在、北方の海域に向かっており、明日未明に出撃する。」
ブリーフィングルームの空気が緊張に包まれ、それを確認してから副官は続けた。
「王国は神聖同盟に対して、既に北方の半島に配備している爆撃隊と陸上部隊でニ面攻撃をかける。我が隊は、爆撃隊の先導防衛と、地上部隊の防空援護を担当する。地上部隊の援護には、敵地上防衛部隊をかく乱し、友軍の侵攻支援も含まれる。」
静まり返った室内に、空母のメインエンジン音が低く響いている。
「第一から第四編隊は爆撃機援護にあたり、ルナ隊長が指揮する。第五から第七編隊は地上部隊支援で私が指揮する。第八編隊は艦隊防衛として旋廻飛行にて警戒待機。」
副官がルナに視線を送って締めを促した。
「艦隊勤務者にはこの後に俺が個別に詳細を説明する。航空隊の編隊長は残って副官から詳細の説明を受けること。何か質問は?」
隊員の昂ぶりに艦が応えるかのように、エンジン音が高まった。いよいよ作戦海域に向け、加速したのである。
「隊長!」
ルナ隊に編入したフェルチアが起立して発言を求めた。ルナが手を振って続きを促す。
「今回の任務でも作戦中に補給が有り得ます。給油装置が新型になっている関係で、給油手順の見直しが必要です。ご説明しますので検証して頂けませんでしょうか。」
ルナと副官は顔を見合わせた。ひょっとするとこの女性仕官は拾い物だったかもしれない。
「良かろう。補給要員も同席させるか?」
「それが望ましいのですが、連日の訓練で疲弊しておりますので、私だけで結構です。」
「よし、詳細のブリーフィングの後に行なう。」
「イメージもありますので、後部右舷の甲板倉庫までお出で頂けますか?」
「分かった。こちらが終わるまでそこで待て。後で倉庫まで案内してくれ。」
「はっ!」
ルナはフェルチアの敬礼に頷いて応えてから部屋を見渡し、締めくくった。
「他に無ければこれで解散。作戦は五時間後に開始する!」

<次回、やっと最初の佳境到来!?>

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 <目次>      (今回の記事への掲載範囲)
 序 章         掲載済 (1、2)
 第1章 帰還     掲載済 (3、4、5、6、7)
 第2章 陰謀     掲載済 (8、9、10、11)
 第3章 出撃     ○ (13:2/5)
 第4章 錯綜     未
 第5章 回帰     未
 第6章 収束     未
 第7章 決戦     未
 終 章          未
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第3章 《出撃》  (続き 2/5)

 編隊が空母に到着したのは、未だ日差しが強く、風も弱い時で、着艦には打って付けの条件だった。洋上には、一隻の空母を駆逐艦が輪形陣を取って警護している艦隊がはっきりと見られた。
「順次着艦する。行け!」
ルナの指令が飛び、各機が事前の打ち合わせ通りに降下して行った。どれもお手本の様な着艦だったが、最後まで旋回して順番を待ったルナは、それらにも増して見事な着艦をやって見せた。これだけで空母の兵員は、今や伝説となったルナ隊がやって来たことを思い知ったことだろう。ドーバー戦役直後の頃は、ルナ隊は編隊飛行や離着陸だけでも羨望の眼差しを集めたものであり、今再びそれが成されたのだ。
 着艦すると、パイロットを待機室に行かせ、ルナ自身は左右のエンジンの出力バランスについて、カクが空母に来てすぐに調整できるように、現象を纏めて書き置きした。その後、ブリッジに上がり、艦長に接見した。ブリッジに至る道すがら、空母の一部の兵員から集まる視線が単なる羨望とは言えない複雑なものであることに違和感を覚えたが、その原因を突き止める価値も手段も見出せなかったので、それは放置された。
「遅かったですな、ルナ隊長。」
「すまん。至急整備に回さなきゃならんことがあったもので。」
「作戦直前にそんなことで大丈夫ですかな?」
この艦長は、王国海軍の叩き上げで、ルナとは殆ど初対面であった。多くの軍人がドーバー戦役の勇士としてルナに好意を抱いているが、チームワークが命である海軍の中には、勝手気ままに行動するルナに批判的な将校もいる。この意味で、全ての臣民がルナを支持すると言った王の言葉は外れている。
 リモー艦長は、同時に艦隊司令官でもある。通常は司令官と艦長は兼任されないが、機動力を発揮すべき空母戦闘機群の艦隊として、迅速な行動のために特別に兼任制を採用しているのだ。故に、絶大な権限を持ち、極めて多忙な艦長が生まれたことになる。そして、この艦長はルナに批判的な軍人であった。救いは、それを隠そうとしないところか。
「リモー艦長、いや、提督とお呼びすべきかな?」
「海軍の軍人は『艦長』を好むことぐらい、ご存知でしょう?」
「ではリモー艦長、作戦の詳細をお聞かせ願いたい。」
「いいでしょう、お聞きになるのはあなただけで?」
「隊には俺から伝える。ブリーフィングを始めてくれ。」
「海軍のシキタリでは、小隊長までにブリーフィングするのが常ですが。」
「それは通常の作戦だ。この部隊は数こそ少ないが、今回の作戦の中核を担っていると思っている。それなりの配慮が必要だ。」
「おやおや、作戦の中身を既に知っておいでのような発言ですな。」
ルナの鋭い視線がリモーを捕らえて何かを言おうとした時、臆したリモーが切先を制した。
「移動でお疲れでしょう。食事を先に済ませて頂きたい。ブリーフィングは今夜行ないます。」
リモーが入り口に控えている女性仕官に振り向き、指示を与えた。
「ルナ隊長を食堂にご案内しろ。ついでに艦内の説明もしてくれ。」
「はっ! それではルナ隊長、ご案内致します。」 言いたいことは山ほどあるような気がしたが、ルナはリモー艦長に一瞥をくれただけで、女性士官に従った。

 ルナと女性仕官は、一通り艦内を見終わって、最後に食堂に至った。
「隊員もここに連れて来たいのだが。」
「ルナ隊長。ここは上級将校専用の食堂です。一般の仕官の食堂は先程お見せした所です。」
「では、君はここにいてもいいのかな?」
「幸運です。伝説のルナ隊長とご一緒させて頂ける上に、上級将校用の食事が取れるなんて。」
「艦長は、君に食事をせよとは言われなかったぞ。」
「食事を取るなとも申されませんでした。」
これがここの流儀なのだろう。とりあえず、暫くはここのシキタリに従うことにした。
「旨いでしょう? 海軍の食事は旨いものですが、上級将校用のメニューは逸品です。」
「悪くない。」
「特にデザートが素晴らしいんです。中でも王宮にも上納しているのと同じアイスがあるんですよ。隊長はよくご存知なのですよね?」
「昔はよく食ったものだ。ブリタニアにはそんな贅沢なものは無かったが……」
ブリタニアで振るったルナの政治手腕は目を見張るものであったが、若い士官にとってそれは興味の対象ではなく、戦場でのルナの武勇伝に惹かれていたとしても止むを得まい。ブリタニアの話には興味を示さず、他に話したいことがあるのは明らかな顔をしていた。
「伺ってもよろしいでしょうか?」
精一杯控え目に、しかしながら目を爛々と輝かせながら女性仕官が話し始めた。
「私を航空隊に編入してもらうことは可能ですか?」
「飛びたいのか?」
「はい。いや、艦内勤務でもいいんです。ルナ隊長の隊に所属したいのです。」
「なぜ?」
「あなたに一歩でも近付きたいからです。」
リモー艦長のような部類は例外なのだろう。多くの者達は、この女性仕官のようにルナを慕っている。
「俺の隊は、間違いなく何時でも最前線にいることになる。戦闘の真っ只中に置かれるという意味を君は分かっているか?」
「隊長のように英雄の一員になるということです!」
彼女の目は一層輝きを増していた。このような若者が、空に海に、幾つ散っていったことだろう。生き残った者の多くも、殺戮の繰り返しに輝きを失っていく。事の重大さに気付き、心を閉ざすことで現実を受け入れるようになってしまうのだ。ルナにとって、いや、誰にとってもこれは耐え難いことだ。敵も味方も無い。女性であれば尚更のことである。
「……俺は、本来は指揮官に向かない。一人で空を飛んでいたいだけなのだ。そういう意味で、そもそも軍人にも向いていないのだと思う。」
「お手伝いさせてください。」
興奮しきった彼女は、立ち上がらんばかりの勢いでルナに噛み付いた。引き下がりそうにないので、諦めたようにルナは言った。
「発着艦要員が不足している。艦長に相談してみるが期待するな。」
「ありがとうございます! でも、発着艦要員って艦船要員では?」
「航空隊の人間が指揮を採らないと、発着艦はうまくいかんのだ。分かるだろう?」
「はぁ。」
 女性仕官はどうやら分かっていないようだが、ルナには分かったことがあった。
作戦内容と航空隊の状況を見極め、発着艦はスタンバイされねばならない。ドーバー戦役時のルナの空母では、作戦仕官が発着艦要員を統括していた。しかし、この艦では違うのだ。運用体制から見直すことになるとは思っていなかった。あの艦長とやり合って変えさせなければならない。それはルナにとって非常に苦痛であった。そもそも、宰相レベルの官位を頂戴し、自ら作戦を立案して遂行するつもりだった。それが現状はどうだろう。ドーバー戦役時代のスタッフの招聘は、最小限だと言わねばならない。整備士のカクやパイロットの多くが揃ったのは不幸中の幸いだが、艦内スタッフが殆ど揃っていない。
 前途多難だが、王国の将来を誰よりも憂いでいるのはルナであった。また、本人の認識は兎も角、状況に応じた行動こそが、彼の持ち前でもあった。
「名前を聞いておこうか。」
「失礼しました。フェルチアと申します。」


<どんどん続きます>

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 序 章         掲載済 (1、2)
 第1章 帰還     掲載済 (3、4、5、6、7)
 第2章 陰謀     掲載済 (8、9、10、11)
 第3章 出撃     ○ (12:1/5)
 第4章 錯綜     未
 第5章 回帰     未
 第6章 収束     未
 第7章 決戦     未
 終 章          未
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第3章 《出撃》  (1/5)

 曇天に甲高いエンジン音を響かせながら次々に離陸して行くのは、最新鋭であるタイガー・シャークⅡ戦闘機の兄弟機だ。
 ルナと配下の整備士が、ルナ戦隊に必要な能力をタイガー・シャークⅡに持たせるべく改造した機体である。仲間内では、タイガー・ルナと呼ばれているその機体は、明らかにタイガー・シャークⅡとは違っていた。外観はさほど変わらないが、エンジンは始動した時から別物の音を奏でる。ドーバー戦役時代の秘蔵っ子整備士、カク・サンカクがチューンアップしたそのエンジンは、芸術的な鼓動と、野獣のような力を発する。極端に気分屋のカクは、周りの人間がご機嫌を取っておかないと、彼が手掛けるモノの性能まで落ちてしまう。そういう扱いにくさはあるが、彼の腕は神がかり的であり、機嫌が良い時に改造したタイガー・ルナは恐ろしいまでに高性能化されていた。そして、カクは今とても機嫌が良く、整備としても万全を期した状態なのは明らかであり、それをエンジン音が裏付けていた。カク程は極端でなくとも、人というのは気持ちの持ち方で発揮される能力が段違いになる生き物である。最高の状態にチームを導くのは、隊長であるルナの重要な役目の一つであった。
 隊員達の機嫌も上々のようだ。一昨日の夜、久しぶりに皆と飲み明かしたおかげだろう。ドーバー戦役の勇士とブリタニアから招聘した兵士の親睦を深め、信頼関係を築いておく必要があったのだ。軍用と商業用が併設された港を持ち空軍の基地も近くにあるこの街には、軍人や商人を初めとした、ありとあらゆる階層の人々とその生業が集まっていた。良くも悪くもこの街は王国の縮図と言える。ルナ達が繰り出したその店は、如何にもそんな港町にありがちな、雑踏の延長線上にありながら、何らかの分野で腕に覚えのある連中が集まる、ちょっと淫靡で刹那的な酒場だった。
「あんた、ルナ皇太子じゃないのかい?」
酒場の髭面マスターが、カウンター越しにルナに話し掛けてきた。カウンター席の椅子は高く、カウンター内外の者の視線に高低差が少ないので、マスターとルナの距離は不自然なまでに近付いていた。ルナはそんな状況が息苦しく、軽く手を上げてやり過ごそうとしたが、髭面は引き下がろうとしない。
「そうかい、あんた戻って来たのかい。元皇太子。」
それには隊員達が応じた。
「マスターよぉ、誰だっていいじゃねぇか。俺たちゃ酒が旨く飲めればそれでいいんだよ。」
隊員達には既に相当な酒が入っているが、軍人の本能なのか、何とかごまかそうとしてくれている。ルナが王国領土で大勢の隊員といることが知れれば、王国は協定違反で追求される。いや、そんなことより作戦が控えていることが漏れることになる。そういう意味では、場末の酒場に繰り出したのは軽率だったのかもしれない。そんなルナと隊員達の危惧等知るはずもなく、髭面は陽気に話を続ける。
「いやぁね、俺だって大将達には旨い酒を飲んでもらいたいわけさ。もしあのあんちゃんがルナなら、とっておきの酒を出さにゃならんと思ってね。」
「何だよ、そのとっておきって。俺達には出せねぇのかい?」
何とか話を逸らせようとしているところに、格好の話題を持って別の隊員が割り込んで来た。
「マスター、強ぇ酒をニ杯だ、あそこのカップルに。」
皆につられてルナも視線を動かした。古来より帝国の文化圏であるこの街には、基本的に石造りの建造物が並ぶ。しかし、庶民の階級には木造の独自の文化が育っており、洒落た木造建築が石造りの立派な建物の狭間を至る所で埋めている。この店もそんな木造の建物である。天井から吊るされている照明は木造故に人の動きに応じて絶え間なく揺れ動いており、店内を一様に照らすには照度が不足しているために、揺れに応じて店内を光の輪が走り回っていた。店の中心に陣取るカウンター席の隅にルナ達の視線が集まっていたが、そこに向けて光が動いて行くに連れ、そのカップルがカク・サンカクとベルァーレであることが照らし出された。技術畑一筋で危なげ眼光が貧相な顔の中で異様に光るカクと、酒場の雰囲気がよく似合う色気を醸し出しながら高貴な風貌も併せ持つベルァーレ、この異色の組み合わせは、それだけでも人目を引く。ドーバー戦役以前から、ルナが街に繰り出す度に何処からとも無く現れてはグラスを重ねて来たベルァーレ、いつしか彼女はルナ隊のマドンナ的存在になっていた。普段は飲み歩く時間があれば研究室や作業室にこもって機械をいじっていたいカク、彼をしてもルナ隊再編成のこの宴には出て来ざるを得なかった。そしてここでカクは、ベルァーレと運命的に出会ったと考えたのだ。ここまで極端な一目惚れも珍しい。ガラにもなく真剣な表情でベルァーレを口説くカクに皆が大笑いしていたが、中には茶化して邪魔する隊員もいる。
「カクよぉ。お前どけよ。ベルァーレは俺様と話がしてぇんだとよ。」
ギリギリまで空いた胸元と深いスリットから覗く太股、交互に視線を配る隊員は、カクではなくベルァーレに拒まれた。カクに意味ありげにもたれかかり、その肩に頬をあずけながらベルァーレが一喝する。
「あんた何が出来んのさ。」
そこでカクの手に自らの指を這うように絡ませ、組み替えた脚に隊員の視線を感じながら、うっとりしたような目でカクに呟きかけた。
「あんたの指にかかったら、何だって最高に良くなるってハナシだよ。機械だけじゃなく、何だって……。」
周辺の隊員達は大ウケである。皆からそそのかされ、カクはベルァーレを伴って二人だけで階上の部屋に消えて行った。カウンター横の階段を昇って行く二人を、ベルァーレに振られた隊員は面白くなさそうに見つめていたが、それは仲間から酒がシコタマ振舞われ、愚痴と歓声が辺りを埋め尽くしていった。
 階下のルナ達の大騒ぎと、階上のカクとベルァーレによる床の軋み音で賑やかなこの夜は、いつまでも続くようであったが、それから数時間たつと、酒場のフロアにルナ隊の隊員は誰もいなくなった。飲み直しに行った者、女を買いに行った者、ギャンブルで運試しに行った者、それぞれがこの一夜を存分に堪能しようとしていた。一人残ったルナも、もはやルナと確信していたが敢えて追求しなくなった髭面マスターから出された最後のグラスを飲み干すと、町に消えて行った。最後の一杯はとても旨い酒だった。
 パイロットの宿命で、作戦の前日に酒は飲めない。昨日は個々人が出撃に備えていたことだろう。今朝集まった隊員は、漏れなく皆が戦士の顔に戻っていた。カクの眼も輝いており、新しい『機械』に出会った時とは違ったその表情から、あの夜以降にベルァーレと随分とよろしくやったであろうことが想像された。

 最後の機体が格納庫から引っ張り出された。運搬員がシャフトを突っ込み、僅かなクランクを与えただけで、カクバージョンのリニアロータリーエンジンが唸り始める。そのままフルスロットルを与えると、たちまち離陸していった。
 最初に離陸していたルナは、最後の機体が編隊のしんがりに付いたことを確認し、空母への編隊飛行に移った。満足げにタイガー・ルナを見送ったカクは、ルナの編隊を追うべく輸送機の離陸準備に取り掛かった。

 ルナ隊が空母への編隊飛行を続ける道程で、重く垂れ込めていた雲はみるみる晴れていく。それはまるで、隊員達の陽気さが空に届いたかのようであった。
「ルナ隊長、ベルァーレはカクの口説きに本当に落ちたかな?」
ブリタニアから来た腹心が陽気に話し始めたが、それにはドーバー戦役時代の勇士が応えた。
「落ちたと見るべきだな。タイガー・ルナの調子の良さが物語っている。」
「ベルァーレは俺に気があると思ってたんだがなぁ。」
隊員達が苦笑する中、勇士がルナに話題を振った。
「いやいや、間違いなくベルァーレは隊長に惚れてたぜ。もともとはな。」
ルナが返事をする前に陽気な腹心が続けた。
「それだったら俺も引き下がるんだけど、オタク野郎のカクのどこが俺より良いって言うんだ?」
これにはほぼ全員が反応した。彼とカクの魅力の大小についてではない。
「待ってくれよ、カクの機嫌を損ねるようなことは言いっこ無しだぜ。どこで聞いているかわからん。」
「そうだよ、全く。敵はおろか味方にさえ封鎖している密信ですら、奴なら聞いているかもしれねぇ。」
「カクの場合、機嫌損ねると機体の性能も損ねちまうからな! 困ったやつだぜ、整備の腕は天下一品なんだが……機嫌さえ良ければ!」
潮時と見てルナが話題を変えた。
「それよりこの機体、どうだい?」
「すげぇ! すげぇの一言だぜ、隊長!」
「俺じゃない。カクのお陰だ。」
「カクの機嫌に俺達の命がかかっているとあっちゃ、ベルァーレにはよろしくやってもらわんとな。」
「切ないぜぇ……。俺のベルァーレが……。」
「またベルァーレの話に戻っちまった。諦めろ! 大陸にも良い女はいっぱいいるさ。」
「そんなもんかねぇ……。」
部下との会話を適当に流しながら、ルナは慎重にタイガー・ルナの挙動を確認し続けていた。
「ちょっとおかしいな。」
独り言のようなルナの言葉にドーバー戦役以来の歴戦の勇士が応える。
「左右のエンジンパワーがしっくりせんな。左右のパワーを変えて操舵をサポートするシステムが、うまく機能していないのかもしれん。」
「そんなところだろう。個体差かもな。多分、カクが来れば空母上でも対処してくれるだろう。」
「俺の機は慣れで克服できるレベルだが、カクが直してくれるなら本来の性能が楽しみだぜ、隊長。」
「まったくだ。みんなはどうだ?」
「そうだなぁ……、ベルァーレも空母に呼んであるんだよな? 隊長。」
「呼ぶわけねぇだろ。」

 ベルァーレが如何にルナ隊と親交が深いとは言え、軍人ではない彼女を作戦行動に同行させるわけにはいかない。それは当然のことなのだが、何とかして連れて行くことができていれば、この後に繰り広げられる惨劇の中で、港町で起こる屈辱的な悲劇だけは避けられただろう。しかしながら、この時にそれを予想することは、王家の秘蹟を施されたルナを持ってしても不可能であった。

<まだまだ続きます>

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 序 章         掲載済 (1、2)
 第1章 帰還     掲載済 (3、4、5、6、7)
 第2章 陰謀     ○ (11:4/4)
 第3章 出撃     未
 第4章 錯綜     未
 第5章 回帰     未
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 第7章 決戦     未
 終 章          未
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第2章 《陰謀》  (続き 4/4)

「水と油では何事もうまくは行くまい?」
ルナが退室した王室で、王がうんざりした声で臣下を再び諭した。
「充分に理解しております。しかしながら、理性では如何ともし難いこともあります。……本質とはそういうものです。陛下。」
狸である。この宰相が国を支えている。
「適度にな。……では統帥、軍の立てた作戦を聞こう。」
 軍が立案した作戦であり、宰相が検証している。それをこれから王に諮るのであって、この場で作戦の内容を知らないのは王だけである。王を軽視している宰相達からすれば、これは単なる儀式に過ぎないと考えていた。しかし、この王は凡庸ではない。優れた指導者であり、秀逸な洞察力を持っている。また、為政者に不可欠な鋭いセンスも兼ね備えていた。惜しむらくは、臣下の力が強すぎることか。
 軍事作戦を立案するのには向いていない宰相が作成した作戦ということから、作戦の内容は至極大雑把なものであった。リメス・ジンの完成が遅れ、大陸からの侵攻に間に合わない可能性が高まった。そこでルナを招聘して戦線を維持させ、その上更にルナの排除も同時に成し遂げる、という二つの目標を持った作戦なのだ。このように戦略的な作戦であればこそ、綿密に計画されなければならない。しかし、立案したのが所詮は文官で、更にはリメス・ジンを使った本格侵攻作戦までの繋ぎでしかないという思いから、大雑把で隙だらけの作戦計画でしかなかった。
 鋭敏な指摘と質問、現実的な代替案、それらが王から発せられ、議論は紛糾したが、丸一日を要して作戦の大筋は纏まった。
 皆疲れていたが、臣下は満足の笑みを浮かべていた。しかしながら、王は悲痛な表情が顔面に密着して今にも崩れ落ちんばかりであった。ルナなら、厳しくはあっても何とか切り抜けられるように、微妙に作戦を調整したことに側近達は気付いていないようだ。こんな側近達や皇帝の思うままになってたまるものか、という本心は誰にも悟らせずに、しかしそれだけを心の支えとして、疲れながらも彼は王の威厳をもって宣言した。
「これで閉会する。ご苦労であった。」
「王国に栄光あれ。」
臣下が退室して行こうとした。
「私はカエサルではない……」
誰にともなく王が呟いた言葉を聞きとめた宰相が、怪訝な表情で振り向いた。
「カエサルはガリアを征服しましたが、今とはあまりに状況が違います。」
王は手を上げて承諾を現し、宰相が去って行くのを見守ってから再び呟いた。
「状況ではない。能力を言ったのだ……」
今度は誰も聞いてはいなかった。

     ◆
 南方帝国の皇宮では、開け放たれた窓に夕暮れの市街から二千年の重みを載せて二百万人の息遣いが吹き込んで来ていた。フォルムや河畔の喧騒、議場の熱弁、縦横無尽に流れる水道の水の音、これらは永遠に変わることはあるまい。この二千年の間、帝国の首都は各地を転々としたこともあったが、「カプトゥ・ムンディ」(世界の首都)にはやはりここが相応しい。過去の皇帝には、北方の騎馬民族に蹂躙され、ここを追われた者もいた。しかし、新たに建設された街では、如何に豪奢であったとしてもこの街の代わりを務めることはできない。カエサルが暗殺の魔の手から逃げ仰せ、元老院を押さえ込んで初代皇帝の座に着いたこの街。暑い時期が長く、埃っぽい街ではあっても、ここを凌ぐ伝統は何処にも無い。少なくとも今の皇帝はそう考えていた。
 自分が「カエサル・アウグストゥス」(皇帝)として認知された朝、ここに集まった数万の民衆や元老院の議員たちはあらん限りの声で「インペラトール」(総司令官)と叫び、それは大歓声となって自分の体を包んだ。古代より続く、皇帝選出の儀式である。軽く片手を上げ、その重責と己の無能さ故にと、一旦は辞退してみせるという白々しい手順を経て、皇帝になったのだ。誰も反対しない、全員一致での皇帝選出。可もなく不可もない、言葉を変えれば誰にとっても無害な皇帝の登場を、皆が待ち望んでいたのである。あれから十余年、もはや飾り物とは言わせない実力を身に付けた。元老院の大部分は、自分への同調を最優先に考えるようになった。それだけに、ブリテン王国の連中は真にもって疎ましい。彼等は自分を認めないだけでなく、自分を恐れない連中の拠り所になっている。小さな島に引きこもり、そこで正当な皇族の系統を名乗るブリテン王国など、認めるわけにはいかないのだ。そして、神聖同盟もまた増徴させてはならない。先代の皇帝が崩御し、自分が選任されるまでの数年間の空位期間、ここぞとばかりに暗躍した神聖同盟は、所詮は蛮族の末裔でしかなく、卑しくも帝国の運営に口を挟むなど、もっての他だ。帝国の一部に過ぎないということ、自分の配下に甘んじるべき者達であること、改めて分からしめさせる必要がある。
 人民からの皇帝職の委託という古代からの儀式の他に、自分は皇族の系統であることを示すことができる。極秘裏にではあるが、ブリテン王国の連中が言う『王家の秘蹟』も受け、その能力を得たのだ。なぜ皇帝である自分が、秘蹟を受けるということを元老院や神聖同盟の目を盗んでやらねばならないのか。秘密を守るために、必要最低限の者だけ、この策略に直接関わる者だけで進めることが必要なので、それも今は我慢しよう。ブリテン王国の王室を取り込み、傀儡の王を立てたのが自分であることに気付いている者は一人もいない。いや、この策略自体を何人も知らないのだ。最も疎ましいはずのブリテン王国を使う処にこの策略の妙がある。
 実力が伴う皇帝の出現を嫌った帝国内外の連中は、間も無く思い知ることになるだろう。民衆から絶大な支持を受けている奴を除いては。何よりも腹立たしいあの男、ルナと言ったか、奴の存在を抹消しなくてはならない。奴が皇太子に任命された時、ブリテン王国はその儀式を大々的に放映した。普段は軽率な格好かパイロットスーツしか身に付けないルナが、紫色のトーガを難なく着こなし、民衆に視線を投げかけた時、自分までもがその威厳に萎縮してしまったことを覚えている。自分の皇帝着任時のような打算的な雰囲気はかけらもなく、心から奴の皇太子への就任を祝う人民の声。これが正当な皇族の迫力か。その上、神聖同盟を屈服させたドーバー戦役を奴が成功たらしめたという事実。帝国の元老院にすら、ブリテン王国との共存を言う者が数多く出る始末。危険極まりない男だ。ドーバー戦役の停戦条約に介入し、奴をブリタニアという辺境に追い出すことはできた。いや、当時は未だ奴を完全に駆逐するための謀り事を成す程の力が無かったために、抹殺することに失敗したと言うべきだ。ブリテンの民の間で、ルナ回帰の思いは未だ強いと聞く。如何に自分がブリテンの王室を押さえていたとしても、恐らく早晩あの男は戻って来るだろう。それを受け入れざるを得ない環境が整ってしまうのは、不都合極まりない。その前に事を成さねばならない。今度は違う。徹底的に蹴散らしてくれる。ただ殺してしまうだけでは不十分だ。奴の名声を貶めてからでなければならない。そして、ルナがいなくなった後、ブリテン国王から、王位を自分に禅譲させるのだ。往年の帝国の回復、そして皇位の統一。この手で再び『パックス・ロマーナ』(ローマによる平和)を再現させるのだ。考えるだけでも血が沸くのを感じるではないか。それも、あと一息のところまで来ている。
 今でも自分は、表面的には温厚な皇帝として通っているはずだ。既に元老院の基本戦略になってしまったブリテン王国との融和路線、これに同調しているように振舞っても来た。ブリテン国王のここへの招聘も、融和路線に乗った共存のための話し合いをしようとしている、としか見えないだろう。しかし、ブリテン国王は今、ここには来られない。来朝を拒否するようにと言ってある。従って自分に対する、平和を愛する皇帝、という民の印象は一層強められ、イメージを落とすのはブリテン国王になるはずだ。後は、ルナという王位継承権を持つ英雄さえいなくなれば、平和主義者という印象を持ち、そして王位を禅譲されて正当性も身に付けた自分を、民衆は熱狂して支持するに違い無い。心から「インペラトール」と叫ぶことだろう。そして、『王家の秘蹟』という神秘主義者の戯言を葬り去るのだ。帝国は、科学的で純粋な『力』によってのみ支えられなければならない。一部の超人的血統や怪しい儀式が裏付けるものなど、必要無いのだ。だからこそ、自分の先祖は皇位を奪った。この国を正しい道に導くために。ブリテン王国の消滅を以って、我が一族の思いは成就する。百年に渡る抗争に終止符を打つ時が来たのだ。
 機は熟した。カエサルはルビコン河を渡る時に「賽は投げられた」と言ったというが、自分も今、後戻りができない局面に立とうとしている。歴史上、カエサルは初代皇帝とされているが、初代は唯一の存在なのでカエサルだけのものであってもしょうがない。後年、歴史を記述する者どもは、初代と同等の尊厳を持つ大帝と自分を呼ぶことになるだろう。かつて、わずかにその称号を得た皇帝がいたが、自分も大帝と呼ばれるためには、この策略を是が非にも成功させねばならない。そして民は、須らく自分に跪くために生まれ出た存在、ということを思い知ることだろう。

 数千年の歴史と現代が同居する世界最大の大都市の中心で、大帝の栄誉を夢見る皇帝のその口に、笑みがこぼれた。

 自分以外の人間を利用することしか考えないことに、皇帝たる彼が何のためらいも感じないのは仕方の無いことであったのかもしれない。そして、『王家の秘蹟』による皇位継承を否定しながらも、結局は自らの血統による皇位の世襲に何ら疑問を感じていないという矛盾。これもまた人として止むを得ないのだろう。人とは自らに都合が良い思考から脱却できないものなのだ。しかし、利用される側の誰もが彼の思惑の一端を成すことにだけに満足するわけではない、ということもまた事実なのである。傀儡の王としてブリテン王国に送り込んだ者が、側近達との確執や、ルナの人間的な魅力、そして国王という甘美な響きによって、必ずしも皇帝の思惑だけに従って行動している訳ではない、ということなど思い至るはずも無い。傀儡の王のできることなど、些細であって取るに足らない、というのが皇帝の認識なのであった。この認識の欠如から、状況のチェック機関の設置を怠ったというのは、彼の妄想を成し遂げる障壁と成り得るのだ。敵は言うもでもなく、味方も監視・監督する必要があるという事実は、古今東西変わらぬ真理である。
 結局、最大の敵は常に内部に存在し、究極的には自分の中にいるのだ。それは『油断』と呼ばれ、全くの強敵である。誰もが腐れ縁を持つ相手だが。


<まだまだ続きます>

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 <目次>      (今回の記事への掲載範囲)
 序 章         掲載済 (1、2)
 第1章 帰還     掲載済 (3、4、5、6、7)
 第2章 陰謀     ○ (10:3/4)
 第3章 出撃     未
 第4章 錯綜     未
 第5章 回帰     未
 第6章 収束     未
 第7章 決戦     未
 終 章          未
----------------------------------------------------------------
第2章 《陰謀》  (続き 3/4)

     ◆
 ブリタニアの町は賑やかであった。ルナの側近や斥候が言っていた通り、この国に心配は要らないようだ。既にルナが不在でも、自力で運営できる力を人々が身に付けていたのだ。また、宰相を統領と呼んではいるが、基本的には王国の統治システムを真似た行政府には、安心して任せられるスタッフが揃っていた。
 素朴で質素ではある。確かに未だ貧しくもある。しかし、王国のみならず、神聖同盟は言うまでもなく、帝国を含めてみても、ブリタニアの人々の方が満たされており、栄えていると言っていいだろう。人々は自由と平等をどこの国や町よりも享受していた。享受するだけの基盤が育まれていたのだ。自由とは他人の権利を奪わないもの、権利とは持てる義務を果たして得られるもの、平等とは努力する自由であってその結果として得られるものが公平であるということ、といったことを理解できるだけの能力が備わっていなければ、これらの要素は人々の活動を阻害こそすれ、発展させはしないものなのだ。辺境であり小さくはあっても、結果的に共同体社会を運営して来たブリタニアの人々は、未だ野蛮な神聖同盟や、成熟してしまって本来の意味を履き違えてしまっている王国や帝国の人々よりも、むしろ社会性に富んでいると言える。人々には活動の自由があり、社会は自由な活動の機会を平等に与えている。社会が正常に進歩し、栄えていくための環境が整っているのだ。彼等は、突き詰めると矛盾するかに見える『自由』と『平等』は、陳腐ではあるが『愛する心』によって両立する、ということを経験的に知っていたのだ。このまま成熟が進んで行くと、伝統を持つ国々のように『自由』の主張が『平等』を阻害する関係に陥って行くのかもしれないが、幸運にもこの国は未だその域には達していない。厳しい自然環境と辺境故に乏しい経済基盤が、彼等に生き抜く術を教えたのか、堕落や衰亡とは無縁なように見えた。それらが相まって、ブリタニアは歴史的発展を遂げており、活気に満ちた町からは、隣国でこれから戦争が勃発するかもしれないといった危惧は微塵にも感じられなかった。不安が皆無の世は没落を招くが、ブリタニアにそれが無いわけではない。しかし、ブリタニアにある不安要素とは、王国が抱えているような戦争といった破壊方向のものではなく、成長方向の勢いに乗り遅れまいとする、人々を発奮させる類のものなのであった。ルナがどれくらい意識していたかは不明だが、理想に近い状態にブリタニアはあったのだ。かつて、後年に賢帝と呼ばれる皇帝が北方の蛮族とブリテン島で戦っていた時代、その蛮族ですら立ち寄らなかったこの地は、その後の長い空白の時代を経て、空前の繁栄に向けて邁進していたのだった。このまま行けば、ブリタニアの事例はこの時代の成功例として、歴史に名を留めたことだろう。しかし、歴史の難しさは、関わり合うあらゆる要素に後押しされなければ、本当の成功には至らないという所にある。勿論、衰退しない成功や繁栄という事例は、今のところ存在しない。数世代に渡る繁栄を歴史は成功と見なしていると言っていいだろう。この後に続くブリタニアの歴史は、ルナを取り巻く環境がわずかに違っていれば、悲劇を回避できたのかもしれない。歴史上に刻まれた多くの事例と同様、あと少しで一部の例外だけが手にすることができる成功例と成り得たはずだ。そうはならなかったのだが、人々は、現実の厳しさを後どれくらい思い知れば惨劇を繰り返さなくなるのか。それは類稀な強運だけが導くことができる要素なのだろうか。そんな強運の持ち主だけが優秀な為政者と言うのであれば、ブリタニアにとってルナは、その資格が無かったということなのだろう。

     ◆
 王室の憲兵が、ルナの到着を告げた。
「暫し待たせておけ。すぐに呼ぶ。」
「は。」
王に侍る側近は二人。宰相と軍の統帥の二名である。彼等を諭している王は、ルナを余り待たせたくない思いから、一気に核心をついた。
「貴公等は、何か勘違いしているのではないか?」
「心外ですな、陛下。我等一同、陛下と王国の将来のため、良かれと考えております。」
「それなら良いのだが、ルナがおらねば王国は存続すら危ぶまれる。」
「その点については我等とて同じ意見です。」
「国家の存続とは、目の前の危機だけを回避すれば良いというものでは無かろう?」
「仰せの通りです。さればこそ、ルナ殿の役割には限界があると申し上げているのです。」
「ルナはあれの完成までの繋ぎ役でしかないと?」
「申し上げるまでもありません。リメス・ジンが全てを決します。守り一辺倒だった王国の軍備は、リメス・ジンの実戦配備によって一気に攻めに転じるのです。そもそも……」
宰相の目が無気味に輝いた。
「玉石を再び発動させることが、ルナ殿を招聘した目的です。その意味で、彼は既に我々の目的を成し遂げたのです。」
「玉石は再び発動したのか!?」
「はい。先代の王が秘蹟を放棄し、それ以来停止していた玉石が再び振動し始めたのです。玉石がルナ殿の帰還を感じ取ったのでしょう。確かに王家の血族、恐るべきと言えましょう。」
「後はリメス・ジンの完成を待つのみ、ということか。」
「つまりルナ殿を戦場に向かわせるのは、神聖同盟を撃退する為ではない。お分かりですね?」
「しかし、リメス・ジンの完成が遅れているのでは、戦線を維持するための方策が必要だろう?」
「それは事実です。ですからこうして、ルナ殿を投入する作戦を考えるに苦労しているのです。ルナ殿の排除と戦線の維持、両方を成し遂げねばなりませんからな。」
玉石が既に発動したのであれば、王は頷かざるを得ない。そこに宰相がたたみかけた。
「陛下、我が一族は古くから王家に遣えております。軍の統帥とてそうです。陛下の一存に誤りがあった場合、それを正すのも我等の役目。くれぐれもお忘れなきよう。」
言葉とは裏腹に、『正当なとりまき』のお陰で『偽りの王』が成り立っていると言っているのだ。これは、もう議論する気は無いという暗黙の、そして絶対の意思表示であった。王はこう言うしかなかった。
「我々の利益が国益に適う。その考えは余とて同じだ。よし、これまでにしよう。」
「かしこまりました。リメス・ジンの開発は、遅れを取り戻しつつあります。既に試験飛行を行なっており、あれを投入する作戦の立案こそ急がねばなりません。それまでの繋ぎの作戦など、大きな失敗さえしなければ良いのです。戦線を維持さえすれば充分なのですから。」
それを聞いて王は思わず言葉を挟まずにはいられなかった。
「必ず勝てると思った作戦でも、敗戦を帰すことはあるものだが……。」
宰相は王の言葉を視線で一括し、王は額の奥の眼を一層細めて言葉の続きを失った。未だ宰相には適わない。それを確認した宰相は、王室の重層な扉を開け、微動だにしない憲兵の横に控えていたルナに入室を促す視線を投げかけた。その目は相変わらず感情を現さなかった。

「ルナ辺境伯、ブリタニアの方は大丈夫ですかな?」
宰相がルナを部屋に招き入れながら話を切り出した。
「問題無い。それより、空母戦闘機群のスタッフは集まりそうかい?」
それには軍の統帥が大儀そうに応えた。
「概ね揃う見込みだ。貴公にはこれから港に行って頂く。数日中には連中も集まるはずだ。」
ルナの視線は王に固定されており、臣下の話など聞いていないかのようだ。
「陛下。私は港に行くのですか?」
ルナの口調がまたしても丁寧になって行く。王も臣下の手前、ルナとの距離を置きたいのか、あいかわらず沈黙しており、軍の統帥が応えるに任せている。
「これは軍の作戦である。貴公は、命令に従っておれば良い。私が言うこと以上を知る必要は無い。」
悪意に満ちた雰囲気に、ルナは耐え続けた。その状況を楽しんでいるかのような表情で、軍の統帥がたたみかけた。
「港から航空隊を率いて空母戦闘群に合流してもらう。作戦の詳細は、現地でリモー提督から説明を受けるように。」
ルナは引き続き王に視線を固定しながら、言葉だけは軍の統帥に向ける。
「ブリタニアから兵を招集したい。受け入れ態勢を整えてもらえますか?」
目線を合わせようとしないルナに苛立ちを感じた統帥は、今度は慇懃に応えた。
「考えておきましょう。規模はどれくらいですかな?」
「航空小隊ひとつだけだ。大袈裟に構える必要は無い。」
軍の統帥のみならず、宰相も鼻で笑う仕草を隠さなかった。田舎者を招聘して何をするおつもりか、邪魔だけはしないでもらいたい、と今にも言わんばかりである。
「はっきりさせておこう。」
王だけを見ていたルナだったが、宰相に視線を移し、そして次に軍の統帥を睨みつけてから続けた。
「王国には貴様の作戦が必要だ。俺には俺の直営の部下が必要だ。そして、貴様には俺が必要だ。異存はあるか?」
王族としての帝王学と、動物としての生存本能、両方を経験から兼ね備えたルナの前には、王に侍る百戦錬磨の文官と言えども怯まざるを得なかった。
「よかろう、貴公の活躍を期待する。」
ルナは、宰相級の役職を想定していたが、これでは宰相はおろか、一介の部隊を率いる中級仕官並の扱いである。このような状況をルナは予想していなかった。考え直さなければならないことが山とできてしまった。しかし、この方がやりやすいかもしれない。そう思い直すしかなく、もうここでの話は終わってしまったし、この空気も耐え難いものだったので、急ぎ港に出発することにした。
「それでは陛下、私はこれにて港に向かいます。」
王はわずかに頷いて見せ、ルナから視線を外して退室を促した。
「王国に栄光あれ。」
唸るように言ってから、ルナは退室して行った。ブルータスの情報が正しいとすれば、この王は偽者なのだが、真偽は分からなかった。三年前に別れた父親のようにしか見えない。しかし、過去にブルータスの情報が誤っていたことはない。あの王は親父と別人なのだ。目の前の男が父親かどうかさえ見極められなかった自分に情けなさを覚え、ルナの心は混乱を極めていた。

<続けますよ~>


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 <目次>      (今回の記事への掲載範囲)
 序 章         掲載済 (1、2)
 第1章 帰還     掲載済 (3、4、5、6、7)
 第2章 陰謀     ○ (9:2/4)
 第3章 出撃     未
 第4章 錯綜     未
 第5章 回帰     未
 第6章 収束     未
 第7章 決戦     未
 終 章          未
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第2章 《陰謀》  (続き 2/4)

「どうだ?」
側近からだけではなく、斥候からも報告させるのである、ルナは可能な限り、ニ系当の情報源を持つことにしていた。勿論、各系統の者同士は互いの存在を知らない。一方の情報源である側近は貴族であり、もう一方の斥候は市民の中から拾った。階級社会においては両者に直接の接点が無いため、思わぬ処で両系統の情報源が錯綜することも無い。互いが完全に独立した情報源である。
「ブリタニアは問題無いぜ、ルナ。統領の正直さ加減は馬鹿が付く程だな。それより、王室の動きの方が気になる。」
単なる緊急用の通信機だが、実はルナ専用の秘密の暗号通信装置を兼ねている。弱い国力では、各国に出せる斥候は少ない。それだけに、極めて優秀なスタッフを集める必要がある。そして、三年かけてやっと構築した情報網の中でも、ルナ子飼いの最も優れた斥候が訴えて来たのである。ルナとしても心して聞かねばならない。
「この時期に帝国との確執を表面化させるのは、どういった了見だ? 王がローマに出向いて皇帝と話をするだけじゃないか。」
王と皇帝の確執が表面化した事の発端は、皇帝が王をローマに呼んだが、それを王が拒否したことによる。斥候はそれに納得がいかないようで、更にルナに詰め寄る。
「皇帝が王をローマに呼んだのは、帝国の主流派になった王国との融和路線に則ったものと誰もが思っている。なぜ拒否する必要があるんだ? 何か他に理由があるんじゃないか?」
「そうは言っても、王国としては我が方が帝位の正当な継承者を自認している。こちらから出掛けられないのは理解できるし、充分な拒否理由になるだろう。」
「今でもそうだと思うのか、ルナ?」
「継承権のことか? それとも王が出掛けるハナシか?」
「後者だ。王が行くんじゃなく皇帝に来てもらわないと、体面上の問題があるか?」
「それもある。」
「王が出掛ける理由なんて、いくらでも作り上げられるだろうさ!」
「いや、それだけじゃない。王と皇帝が会ってしまっては、王としては皇帝に王家継承の証を示せと言わざるをえない。そうなってしまったら事態は取り返しが付かないレベルまで悪化してしまう。」
「つまり、帝国側も、来ないのを見越して呼んだとお前は考えているわけだ。」
「もっと言うと、神聖同盟側の圧力で、王国の孤立化に帝国が加担させられたと見るべきだろう。」
「それがお前の考えか。お言葉ですがね、そのご意見には賛同しかねる。俺の情報から判断するとね。」
「ちょっと待て、ブルータス、どういうことだ?」
「帝国では皇帝も元老院の主流派の意見を取り入れていて、敢えて今王国との確執を表面化させても何もメリットは無いだろう? つまり、これは王国側の問題と考えるべきなんだよ。」
ルナは、子飼いの斥候であるブルータスの言うことを聞くことにしている。彼にはそれだけの価値がある。沈黙によって彼が話しを続けることを促した。
「お前はさっき、王と皇帝があいまみれば、皇帝に王家継承の証を示すことを求めざるを得ない、と言ったな?」
「それで?」
「皇帝だって同じってことさ。」
「なるほど。王も証を示せと求められるわけだ。示してやればいいさ!」
「そんなに単純じゃない。皇帝は薄くとも王家の血を引いているのは間違いない。王家の秘蹟を施されさえすれば、継承の証は示せちまうのさ。」
「秘蹟を施すことなど不可能だ。王国の神官から選ばれた、たった一人の生娘だけが伝えられるもので、何人であろうとやれはしない。だからこそ秘蹟なんだ。」
「どんな秘密だって漏れるものさ。」
ルナの頭脳に、『王家の秘蹟』を受けた夜の記憶が生々しく蘇って来た。そして、自分が開眼した後、色白で美しかった彼女は引き続き神官を勤めているのだろうか、というこの時に相応しくない疑問が頭をもたげた。そう思うと何とも不自然な嫉妬心が沸き立つのを感じる。いや、秘蹟を施す神官の条件は『生娘』だ。誰かに引き継がれたに違い無い。そう考えることで、何とか意識をブルータスに戻した。
「ブルータス、確かなのか? 皇帝も王家継承の証を示すことができると言うのだな? それでは皇帝と王が双方ともに正当性を帯びてしまうじゃないか!」
「おめでたい奴だと言わせてもらうぜ、ルナ。そういうことじゃないだろ? 皇帝が本当に王国との共存共栄を望んでいると考えているのか?」
「違うと言うなら、根拠は何だ?」
「唐突に過ぎるってことだ。王国と帝国がともに正当性を主張して百年だぞ。基本的に敵対して来た相手を呼ぶには、事前にもっと地ならしするさ。」
「王国を帝国に統合するつもりなのか、あの皇帝は!」
「そう考えていいだろう。だから、皇帝が王をローマに呼ぶには、皇帝が有利に立てる何かがあるはずだ。それも決定的な何かがな。逆に言うと、王にはローマに絶対に行けない理由があるということだ。」
「皇帝が王を呼んだのは、皇位継承者として王が不適切だということを知らしめるため、ということなんだな。」
「そうだ。それには、王が王家の証を示すことができない、というのが最も効果的だ。だからこそ、王はローマ行きを拒否せざるを得なかったんだ。」
「秘蹟を無効にする方法があるって聞いたことがある。王は王家の証を放棄したんじゃないのか? それならその事実を主張すればいい。」
「何のために放棄するんだ? 例えそうだったとして、正当性を放棄した王が皇帝と同列のままででいられるか?」
「そもそも現在の皇帝一族は、秘蹟が神秘的だからこそ、それによる皇位継承の正当性を否定した一派の末裔じゃないか。それが今になって証を示せだのと言うのはおかしいじゃないか!」
「民衆もそう思うかな、ルナ?」
冷静なブルータスに、ルナは言葉を詰まらせるしかなかった。
「王家の秘蹟を施されたのは、今やお前と皇帝しかいないってことなんだよ、ルナ。」
ブルータスの言っていることは、王が正当な王位継承者では無いことを意味する。しかしながら、ルナは秘蹟を施され、証を示す能力がある。この話が事実だとすると、王はルナの実の父ではないことになる。王がすり変わったのだ。本当の父、本当の王はどうなったのか。今の王はいったい誰なのか。秘蹟を盗むことができるのはいったい誰なのか。数々の疑問が一挙にルナの頭を占拠していった。
「王が……」
「とてつもない大きな陰謀が渦巻いている。俺達の王国を取り返そうぜ、ルナ。」
「……王子はどうなんだ? あいつは本当の王子なのか?」
「それについては未だ確かな情報がない。」
「そうか、わかったら知らせてくれ。俺は、当面、何も知らない振りをすることにする。」
「それが賢明だな。」
通信を切った。想定外であった。あまりの事態に動揺している。そんな自分を可笑しくも思う。鬼神を自認している自分が、何と人間くさいことか。しかし、感傷に浸っている場合ではない。これから当の王がいる王室に出向こうとしている時に、動揺を誰にも悟られてはならないのだ。
ルナは、珍しく汗にぬれた衣服を正し、身だしなみを整えて王室に向かった。


<続きます>


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 序 章         掲載済 (1、2)
 第1章 帰還     掲載済 (3、4、5、6、7)
 第2章 陰謀     ○ (8:1/4)
 第3章 出撃     未
 第4章 錯綜     未
 第5章 回帰     未
 第6章 収束     未
 第7章 決戦     未
 終 章          未
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第2章 《陰謀》  (1/4)

 朝日が眩しい。晴れ渡ることが少ないこの国にしては、めずらしく透き通るような青空が広がっていた。
 ちょっとした仮眠から覚めたルナは、手入れの行き届いた木々や花々が放つすがすがしい空気を胸一杯に溜め込んでから、現状の分析結果を今一度反芻した。夜明け前まで整理し、仮眠中に夢の中で纏め、起きてから確認する。いつものやりかたである。

 王国の状況と、俺が置かれた立場と、切り離して整理しなければならない。多くの為政者が、自分もしくは自派の価値観だけを押し通し、国もろとも破滅した轍を踏まないために。
 俺がドーバー戦役を戦った時と現在では、確かに状況は違っている。ここ数年、王国の航空兵力は質・量ともに大幅に向上した。王国自慢の海軍は、航空機の重要性をやっとのことで認め、航空兵力も対空戦力も格段に充実したようだ。本土防衛も、対空・対海とも整備され、磐石の態勢が整えられたかに見える。しかし、それはあくまで防衛という観点であり、こちらから打って出るという発想は、相も変わらず皆無と言って良い。
 恐らく、神聖同盟側が海峡を渡って来るのは時間の問題だ。王と南方帝国皇帝との確執が表面化した以上、帝国の守護者を任じられている神聖同盟は、王国に侵攻する大義名分を手に入れたことになる。
 現在の神聖同盟は、ドーバー戦役で王国が攻撃した西ケルト公国領土を再び傘下に収めており、その他にも全方位的にかなり拡張している。その版図と人口、工業生産力を含めた経済力は、南方の帝国に匹敵し得るレベルだろう。対して王国の国力は半分以下と見なければならない。
 それでも一時的になら、現在の王国の戦力なら、すぐに戦時体制に入って全力で防衛する決断さえくだせれば、暫くは守ることができるだろうし、王室が戦時体制を宣言するのに躊躇することはないだろう。しかし、防衛だけでは戦闘が長期化するのは必至で、長期化すれば王国の国力は疲弊し、王は皇帝との和解を強制されることになるに違いない。不平等な和解を押し付けられるだろうから、条約破棄を掲げた王国の好戦派がすぐに勢いを得て、戦端が再び開くことになるだろう。そんなことをしても、所詮は消耗した王国に勝ち目は無く、結局は何度も侵攻が繰り返される羽目に陥るのだ。そして、繰り返される度に和解の条件が厳しくなっていくのは目に見えている。それは、王国の存続に関わるということだ。もってニ年。帝国の出方によっては、一年で王国の主体性は消滅してしまうかもしれない。
 俺を召還したということは、その問題に王は気付いている。防衛至上主義的な考え方から、打って出る方針に切り替える必要性を感じているのだ。確かに、この手の発想転換は、俺のお家芸みたいなものだ。空軍の充実と爆撃機の増備。まずはそこから始めねばならない。工業基盤も技術力も不足は無いはずだ。後はこういったことを実現して行くに当たって、どの程度の権限が俺に与えられるか、レベル別に幾つかのオプションを考えれば良い。いずれにせよ、今一度俺の偉大さを王と臣民に示すことができるだろう。
 問題は、その後だ。ドーバー戦役後の終戦協定では、唯一王国が譲歩した条件が、俺の排斥だった。皇太子を廃位されてブリタニア辺境伯に任ぜられてしまった。帝国まで含めた様々な思惑が錯綜した結果だろうが、結局はそれだけ俺が恐れられていたということだ。その他のこまごました要因など、考えてもしょうがない。
 しかし、まさに孤島と呼ぶに相応しいブリタニアという辺境に飛ばされた俺には、生き続けること自体が課題になってしまった。あれから三年の間、国作りに明け暮れてやっとそれらしくなって来た。そこから学んだことだっていっぱいある。あの時に、今の俺くらいの器量があればもっと上手くやれたのだろうが、それはいい。俺は変わったのだ。今度は俺が王国を変えてみせる。
現在の王子との間に問題はあるか。いや、無い。少なくとも暫くは。俺には『皇太子』に未練は無いのだし、奴との確執が生まれて、足元から俺の思惑が崩れ去る要素は無いはずだ。俺から奴を皇太子に推薦したっていい。そもそも俺達の仲で、兄弟が衝突するというナンセンスを想定すること自体が全く不要だ。
 ドーバー戦役で一時的に王国に帰属したとは言っても、近年の歴史において大陸の西ケルト地方が王国の版図から外れて久しいと言わざるを得ない。しかし、かの地は文化的にも民族的にも王国の一部だ。きっと取り返してみせる。『皇太子』の肩書きよりもそっちの方が重要だ。そうしなければ、王国の継続は難しいだろう。逆に、西ケルト地方を取り戻せれば、神聖同盟など目ではない。南方の帝国だって、王国との融和路線をより一層加速させるはずだ。

 控えめなノックが、ルナの思考を遮った。
「入れ。」
ブリタニアから連れて来たルナの側近が入って来た。
「ブリタニアへの連絡は済ませました。後は、ルナ伯爵自ら公式の通信を行なって頂きたく。」
伯位についても、考えなければならない。官僚組織の肩書き、例えば宰相か、と並列させるか。それとも単なる官僚となるか。王子との関係を考えれば、伯爵として宰相を務める方がいいだろう。伯爵以上の肩書きを狙っているといったあらぬ野心を勘ぐられるのは得策では無い。
「原稿がございます。」
再び側近に思考を遮られ、不愉快な声色で原稿を取り上げ、ブリタニアへの回線を開いた。数秒の雑音と、回線を切り替えるプチっという音が何回か響いた後で、ブリタニア辺境国の統領が応じた。
「ルナ様、ご連絡をお待ちしておりました。」
「王はこの度、大陸側からの侵略に備え、具体的な行動を起こすと仰せだ。我が国も属国として、全面的にこれを支援する。ついては、私はここに残り、お役目を授かることになった。」
「ご決断、拝聴致しました。ブリタニアの統治は、統領である私目にお任せください。」
「頼む。また、兵をよこしてもらうことになると思う。第一連帯を丸ごと移送する準備を進めてくれ。」
「かしこまりました。それでは早速準備に取り掛かります。……が」
「案ずる事は無い。王の私への信頼はゆるぎない。三年のブランクなど、親子には関係ないことが分かった。」
「それをお聞きして、安心致しました。陛下によろしくお伝えくださいませ。」
「よろしくはからおう。下がってくれ。」
通信が切れ、側近が話しはじめた。
「陛下の所にお出ましになられるので?」
「そうだな、三十分後に伺おうと思う。王室につないでくれ。」
「は。」
ルナは退出しようとする側近を身振りで近くに呼び寄せ、ブリタニア統領と側近との事前連絡の首尾を確認した。
「ブリタニアに動揺は無いようです。統領にお任せになり、任務の遂行だけをお考え遊ばせ。」
「分かった。」
 ルナが王国に招聘されるということは、ブリタニアには元首が不在になるということなのだ。何らかの動揺があっても不思議ではない。それは、国政の混乱という形を取るかもしれないし、志の高い政治家であれば国そのものの奪取を考えるかもしれない。ブリタニアの統領はルナの腹心であって最も信頼できる人間だが、何人に対してでも疑念を以って臨むことが国政を預かる者には必要なのだ。それは王家の者であれば尚更で、本質的に王族が孤独であるという所以である。ルナは、側近に統領の動静を探らせていたのだが、側近は統領に心配は無いとの結論に至ったようだ。本心ではルナもそう思っていたし、彼に任せておけば、国が混乱することも無いだろう。ルナは満足の笑みを浮かべて側近を下がらせた。そして、側近が部屋から出て行ったのを確認して、荷物から緊急用の携帯通信機を取り出した。部屋に誰もいないことを改めて確認しなおし、通信を開いた。

<続きます>


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 <目次>      (今回の記事への掲載範囲)
 序 章         掲載済
 第1章 帰還     ○(5/5)
 第2章 陰謀     未
 第3章 出撃     未
 第4章 錯綜     未
 第5章 回帰     未
 第6章 収束     未
 第7章 決戦     未
 終 章          未
----------------------------------------------------------------
第1章 《帰還》  (続き 5/5)

 ルナにあてがわれた部屋は、王室のある主塔の隣に建つ副塔の中にある。部屋に戻る道すがら、王に侍る不愉快な側近達への怒りが込み上げてきていた。王も王である。人がいいのか、あの側近どもを調子付かせているのは相変わらずだ、とその怒りは王にまで向けられようとしていた。いや、王に言いくるめられた気恥ずかしさが、誰かへの八つ当たりになっているのか。そういったことを振り払うために何か他のことを考え、心を落ち着ける必要があった。これから、様々なことを考えねばならないのだ。そんなルナの心に、王家の秘蹟を受けたあの夜のことが浮かび上がって来た。今歩いている回廊が、あの時のように静まりかえっているからだろうか。少年から青年に成長しようという頃、今の王子より少しだけ年上だった時のことだ。あの時も、暗い王宮の石造りの回廊を歩いていたことを思い出す。

 老師がノックする音で、当時のルナは目を覚ました。あの老師はいずれ、今の王子も神殿に連れて行くのだろう。ルナは、そろそろ秘蹟を受ける時期に来ていることを王家の血が教えるのか、薄々感じてはいたので、今がそうなのだろうと思った。果たしてその通りであり、老師に勧められるままに着替えを済ませ、老師とともに神殿に向かった。この儀式のためだけに用意された衣装は、やけに薄く、軽く、ルナの体が透けて見えるかのようで、気恥ずかしさもあったが老師以外に誰がいるわけでもなく、気にしないことにした。冷気が立ち込める夜中に肌寒さも感じたが、それも気にする程のことでもない。回廊の所々に設置してある明かりを薄っすらと霧が覆い、幻想的な雰囲気が王宮の歴史を物語っているかのようであった。そんな薄暗い石造りの回廊を二人は一言も交わさずに歩き続けた。その間、ルナの心には喜びも恐怖もなく、他人事のように冷静な心持で今後の経緯を受け止めようとしていたものだ。程なくして達した神殿の入り口には、強面の神官が立ちはだかり、老師の入殿は頑なに拒まれた。そして、そこから祭壇があるであろう一画までは、老師に代わって強面の神官がルナを導いた。しかしながら、目的地である祭壇の区画には、その神官さえも入ることが許されていないらしく、彼は扉の前で立ち尽くしたまま動かなくなった。
 暫くすると、中から小さな声がルナを誘った。大きい割に軽い扉を開けて一人で中に入ったルナは、少しばかりがっかりしたのを覚えている。そこには、たった一人の神官、強面でもなく大柄でもない、外見上は普通の女性だけがいた。多くの召使がいるわけでもなく、彼女とルナだけの祭壇。その祭壇も小さく、暗い室内にひっそりと佇んでいるだけであった。その頂きには、絶えることのない蝋燭の炎に五つの玉石が照らし出され、僅かに振動していた。その蝋燭の揺らめく炎は、傍らの神官をも照らし出していたが、年齢は三十歳前後だろうか。ルナ同様に透けるような薄着を纏った色白の神官は、とてつもなく艶かしく、そして美しかった。主神官に選ばれてから何年たっていたかは知らないが、それ以来他人と接することを禁じられ、生娘のまま完全な孤独の中で生きて来た女。暫くは、言葉の発し方すら忘れたかのように沈黙が続いた。
 不気味で神々しい光と静かだが途切れることの無い振動音を放つ玉石は、その昔、遥か東方の大国から帝国にもたらされた。彼(カ)の国では、はるか昔に天帝から地上の統治を任せられた王が、その霊力を五種類の輝石に封印して玉石とし、後継者にその任務と霊力を五種類に分けて継がせていたと言う。
 この世の全てが己に支配されることを当然と考えていたその国に、ルナの先祖達は強い冒険心に支えられて想像を絶する苦難を乗り切って辿り着いた。香辛料や衣料といった特産を目当てに、ルナの先祖を追う商人も後を絶たなかったという。それらの交流を通じて、帝国の規模や文化レベルまでもが東方に伝わった。その結果、自ら以外は全て蛮族であると認識していたその国としては唯一の例外として、帝国を己と同等の王国として認知せしめることに成功し、対等の交易を成り立たせた。そしてその証としてその国の王は、霊山に祭られた五種類の玉石の中から各々一つづつを帝国の使者に託し、厳かにそれは持ち帰られたのである。
 帝国ではかつて、幾つかの例外を除いて能力と運で皇帝が選ばれていた。支持者は、軍団であったり、市民会であったり、あるいは元老院であったりと様々だったが、あくまで民に選ばれた皇帝であったのだ。しかし、千五百年前に、この玉石の来朝とともに血族による世襲に変わっていったと聞く。後年、理想的なモデルとして崇められた民選前提の能力主義による皇帝輩出システムは、派閥の形成とそれらの勢力抗争に繋がり、更に勢力分布の細分化と抗争の頻発を経て、統治者を排出する制度としての限界を露呈していたのである。その数百年前に流行ったオリエントを起源とする古代宗教から分岐した新興の一神教の結末に似て、理想の現実への投影は人それぞれであるという人間の性(サガ)故に、皇帝制や神の唯一性といった根本的な形式を維持するためには、その運営方法を変えて行かざるを得なかったのだ。以来、皇族の血統は守られており、その末裔にルナがいた。しかし、近年のブリテン王国と南方帝国の並立によって、皇統は分裂状態に陥っている。
 この秘蹟を受けることで玉石の持つ五種類の霊力を体内に宿すことができるが、その実体は、五つの玉石が五感の一つ一つを研ぎ澄まし、それらの集大成として得られる第六感によって、常人を遥かに超える予想能力 ~常人には予知として受け止められる~ が得られる。古(イニシエ)の人々は、自然と会話する力、あるいは自然を操作する力を持つ者として、王族を崇めたという。なぜなら、秘蹟は誰にでも有効なのではなく、王族の後継者だけにその能力をもたらしたからだ。その理由を追求しようという者も当然いたし、今でもいないわけではない。未だ解明されたわけではないが、生態科学や遺伝子工学の分野で王国が他国から抜きん出ているという事実は、王族だけに『秘蹟』が具現化するという現象から導き出される好奇心に応じた、当然の帰結と言えるだろう。しかしながら、あらゆる因果を解き放つことが必ずしも良策とは限らない。結果を受け入れることで成り立ってきた歴史は、原因を突き止めることで覆される可能性を秘めており、それなりの危険を伴うものなのだ。それは、研究者のみならず、人類としてその結果を受け止める覚悟が必要、ということを意味する。それを知ってか、今でもそれは『秘蹟』として受け継がれている。
 やや神秘的な要素として畏怖されていたこの能力は、航空機が登場するに至って驚異的な操縦能力として開花した。航空機を操るにあたって、視覚だけでは捉えられない自然の息吹を捉えられる力を得た者は、人の限界を超えた存在と成り得たのだ。そして、何らかのイベントや王室のアピールの度に、航空機によるパレードが催され、王族が驚くべき曲芸飛行を先導することで、その能力は人々に示されて来た。そんな王国にあって、どこよりも航空兵力の整備が遅れたというのは、どういった歴史の悪戯か。
 五つの玉石を神官と交互に体内に抱くことから儀式は始まった。それに続く様々な行ないは、恐らくは不要なものが殆どなのだろう。神官につられるように全裸になったルナは、それから丸々三日間に渡って密室での体力の限界と対峙し続けることになった。男であることを思い知る儀式と、それを忘れさせるような儀式の果てし無い繰り返し。秘伝を凝らした毒々しい飲み物と、ルナと神官から絶えず零れ落ちる体液の匂いが神殿を満たし、そして絶頂の度に腹から搾り出される声が反響する。頽廃的であり淫靡に過ぎる行ないが続いたが、それらを無駄と決め付けるには伝統の力は重過ぎ、神官とルナの間を行き来する濡れた玉石が無言の内に行為の継続を強要した。そして、耐えに耐えた結果、それは来た。傍らの神官は、玉石とルナが出入りする度に霊力を吸い取られていたのだろうか、既に力尽きて横たわっている。もう生娘ではなくなってはいたが、滑るような木目細かな素肌をまさぐりながら、ルナは開眼した。あの時の感覚は、どう言い現せばいいのだろう。色々なことが分かるようになったとしか言いようがない。空気の流れからさえ意思を感じるといったもの。その能力の使い方もわからないまま、妙に嬉しさと地の底から湧きあがるような力がこみ上げたのを覚えている。あの時はそれ以上のことを考えはしなかった。玉石には、王族を目覚めさせる以外にも強大な力が備わっていることに気付くには、未だ暫くの歳月を要した。そしてこの数年後に玉石が一旦停止してしまい、それを再び発動させるのがルナであるということは、この時のルナが知る由も無かった。

 思いに耽っていたルナは、そこで自室の前に辿り着いた。その時には王の側近への苛立ちも収まり、心は平静を取り戻していた。そろそろこれからのことに気持ちを切り替える時だ。

 ルナは軽く深呼吸をして、力強くドアを開け、毅然とした表情で誰もいない部屋に入った。

<第1章終わり、第2章に続きます>


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