変化を受け入れることと経緯を大切にすること。バランスとアンバランスの境界線。仕事と趣味と社会と個人。
あいつとおいらはジョージとレニー




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 <目次>      (今回の記事への掲載範囲)
 序 章         掲載済
 第1章 帰還     ○(4/5)
 第2章 陰謀     未
 第3章 出撃     未
 第4章 錯綜     未
 第5章 回帰     未
 第6章 収束     未
 第7章 決戦     未
 終 章          未
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第1章 《帰還》  (続き 4/5)

「艦長、空戦が始まったようです。墜落していく火の玉が目視できます。」
血の気が引いた艦長の顔が引きつっていく。
「そもそもかなう敵ではない……。増してや今、敵機は爆撃帰りで爆弾も燃料も少なくて軽い。機動力で勝ち目は無いだろうし、数も五倍だ! 友軍航空隊は全滅するだろう……。我々も作戦を中止して引き上げるか!?」
艦長の独り言を監視員が遮った。
「航空機編隊接近!」
とうとう耐え切れず、艦長はわめき出してしまった。
「最悪だ! 友軍の支援航空機が全滅した上に我が艦隊も敵編隊に発見されてしまったっ! 未だ攻撃前なのに!!」
しかし、淡々と監視員が続けた。
「タイガー・シャーク型です。機数二十、友軍航空隊は全機無事なようです。」
先任監視員が付け加える。
「発光信号確認、あ、大陸を背にしていますので、敵には見えません。」
状況が把握できない様子ではあるが、何とか指揮官の顔に戻った艦長が命令する。
「発行信号、読め。」
「はっ! 『敵機は全機殲滅した。作戦の成功を祈る。ルナより。』 以上。」
「ルナ皇太子か! 敵機を全滅させた? いや、あの方ならやりかねん。……そうか、二十機のタイガー・シャークは、ルナ皇太子殿下直営の空母戦闘機群だったのか……。殿下はこの作戦に批判的で、参戦されるとは聞いていなかったが……。」

 この作戦に俺は反対していた。大陸に向かう艦隊は、友軍航空隊による若干の援護が予定されていたとは言え、決死行を越えて特攻に近い任務を負うことになる。敵に与えられる打撃は微小だろうし、特攻のような神聖同盟への攻撃が、『反撃』したという実績に基づいた国威掲揚効果を上げられるとは思えない。兵力は蓄えていて始めて抑止力を発揮するのであって、消耗を前提とした作戦から得られるものなど何も無いのだ。むしろ、兵員の消失が社会に与える悲しみや痛みが、国力を損なわせると考えるべきなのだ。しかし、作戦は強行されてしまった。決定したことであれば是非も無い。俺がすべきことは、作戦を成功に導くことであり、要員の損失を最低限に押さえることなのであって、そのために最も効果的な形で介入したのだ。
 我が編隊が殲滅した敵編隊は、敵の湾岸航空隊だった。それが全滅してしまったため、我が艦隊が艦砲射撃を始めた後、敵の航空機隊は四十分以上も来なかった。本土から来た我が方の艦隊を支援する航空隊は、敵の航空機がいないため、地上への攻撃に参加した。爆弾は搭載していなかったが、要所要所への機銃掃射が有効に働き、地上施設から艦隊への攻撃を効果的に抑止した。予定を大幅に超えて艦砲射撃した艦隊は、やっとたどりついた敵航空機隊を確認するや、退却し始めた。その時、友軍の支援航空機は既に帰還していたが、補給を終えた我が空母戦闘機群が迎撃にあたった。

 ルナのこの戦果を以って停戦交渉が始まり、王国は有利に条約を締結するに至った。何しろ、神聖同盟側が湾岸地域に展開していた航空戦力は壊滅状態に陥り、湾岸施設も大打撃を被ったのだ。対して王国側の戦隊が受けた被害は最小限。これは、防衛能力の低下した西ケルト地方に、王国は再攻撃を仕掛けることができることを意味していた。神聖同盟としては協定に持ち込まざるを得ず、王国の要求をことごとく飲むしかない状態だったのだ。その功績は少なくとも民衆にはルナだけのものと映り、元々の作戦を立案した宰相を初めとした行政府や軍の評判を著しく貶めるという結果を招いた。元々名声に無頓着なルナが、宰相や軍の統帥が自らを辱められたと受け止めたことに気付かないのは、若さ故と言うには大きな禍根を残してしまったと言える。

     ◆
「懐かしいね、全く。あれ以来、俺は皇太子を廃位され、『辺境伯』になったのだからな!」
圧倒的に有利な条件で結んだはずの講和において、ルナの廃位は不自然に見えた。そんな思いから強い口調で迫るルナの議論を、王は正面から受け止めようとはしなかった。
「思い出話をしている余裕は無い。お前が思っているより事態は逼迫している。これからのことを話そう。そのための人間は揃っている。」
それでもルナは引き下がらない。彼にも意地があり、責任もある。
「思い出話をしているわけじゃない。この三年間を水に流すつもりはないんだ。」
「それもいいだろう。ただ、その話の決着は今でなくとも良かろう?」
「俺の気持ちの問題を言っているのなら、その通りだ。」
「分かったようだな。我々は王族として、国政を優先させねばならんのだ。」
確かにドーバー戦役は王国の大勝であった。その結果を導き出したのがルナであることも事実である。しかし、その事実が事態を難しくした。王国艦隊から攻撃された西ケルトの湾岸地帯が被った打撃は、決して小さいものではなく、それも軍事施設だけが破壊されたわけではない。何の区別もなく攻撃されたのだ。湾岸の港町と言えば、むしろ人々の生活が集まっていた地域である。また、西ケルトの人々の多くは、伝統的に王国への帰属意識を持っていたのだ。そんな所を無差別攻撃しておいて、何のお咎めも無いでは国政が立ち行かなくなってしまう。ルナの廃位と追放は、こういった理由で実施されたのだ。この理由は表立って公表されたものではないが、少なくとも政治的に説得力のある内容であり、インテリ層だけでなく広く一般に受け入れられた認識であった。ルナにしてみれば、彼の部隊の戦闘相手は神聖同盟の戦闘航空隊だけだったし、湾岸施設を攻撃したのは艦隊であって、彼の部隊ではない。増して、そもそもあの作戦を立てたのはルナではなかったのだ。ルナは、格好のスケープゴートにされたわけであり、面白いはずもない。他に手があったかというと無いだろうし、落としどころとして充分に理解できるだけに、理屈では割り切れない腹立たしさが余計に募っていたのだ。
「ご立派だよ、あんたは。」
やや諦め顔になったルナを王は怪訝に思い、もう少し話を続けることにした。
「王国の将来を憂いでいるのは、お前だけだとでも思っていたのか?」
「そういうことじゃない。王国のことだけを考えているあんたが立派だと言ったんだ。」
「歯に衣を着せたような言い回しはするもんじゃない。お前の拘っているシコリを言ってみろ。」
「時間が無かったんじゃないのかい?」
「そうだ。だが、国家の一大事、邪念を取り払わねば勤まるまい?」
ここで再びルナの頭に血が昇った。
「邪念だと? じゃあ言わしてもらうが、俺を帰還させて、皇太子はどうするつもりだったんだ? 俺と王子で、兄弟同士に殺し合いでもさせるつもりか?」
額から随分と窪んだ王の眼が笑い始めた。
「それを心配していたのか、お前は。皇太子に戻りたいのか?」
「そんなつもりは毛頭無い。ただ、民の声がどう出るか。下手をすると俺達の意思とは別のところで争いになるかもしれない。」
王の眼は引き続き笑っていたが、それがルナには面白くない。
「他にも問題がある、ブリタニアだ。あそこの政務を放置するわけにはいかない。俺が元首なのだからな。あんたがブリテンのことを考えるように、俺はブリタニアのことを考えているんだ。分かるか?」
「それで、どうしろと言うのだ?」
王は冷静に微笑み続けているので、ルナの癇癪は行き場を無くしつつある。
「……俺だって状況は理解できるつもりだ。ただ、少し時間をくれ。ブリタニアの処置は今晩中にやっておく。他のことは……今じゃなくてもいい。」
王が笑みを一層深くした。
「ブリタニアの三年、無駄ではなかったではないか。お前ももう立派な政治家だ。」
「俺が政治に興味が無いのをあんたは知っているだろう? 皇太子にだってなりたくてなったわけじゃなかったんだ。それを無理やりならしておいて、挙句に……」
ここで王の顔が父親から国王に変わり、その威厳が話をルナのブリタニア追放に戻るのことを拒絶した。
「ルナ、王として貴公の協力に感謝する。明日までにこちらでも準備を進めておけることはあるか?」
話は終わったのだ。それを理解したルナは、王国の属国元首として襟を正した。
「俺の空母戦闘機群、ドーバー戦役以来解散していると聞いているが、パイロットからコックまで、もう一度揃えて欲しい。」
「たいそうなことをあっさりと言う。」
「無駄にはならないと約束する。」
「やってみよう。」
王とその側近達を残し、ルナは自室に下がっていった。

<続きますとも、次回はR15指定で(汗;>


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 <目次>      (今回の記事への掲載範囲)
 序 章         掲載済
 第1章 帰還     ○(3/5)
 第2章 陰謀     未
 第3章 出撃     未
 第4章 錯綜     未
 第5章 回帰     未
 第6章 収束     未
 第7章 決戦     未
 終 章          未
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第1章 《帰還》  (続き 3/5)

  【三年前 A.U.C 2685年 秋】

 当時、ブリテン王国は、海峡を挟んだ西ケルト公国と北方の神聖同盟の連合軍と衝突していた。
 海軍力に守られた王国は、裏を返せば海軍が突破されれば裸同然とも言える。大陸側には、直接ブリテン王国に到達できる航空兵力が整備されており、王国が誇る海軍は頭上を飛び越えて行く敵機に何もできないでいた。本土を爆撃され、迎撃するにも王国の空軍軽視の風潮が航空機の性能差を呼び、戦意は低迷していた。
 そこで王国の海軍では、やりたい放題の敵に対して一矢酬いるための作戦を展開しようとしていた。即ち、狭いドーバー海峡を決死の艦隊が渡り、大陸側の湾岸施設と都市を艦砲射撃で撃滅しよう、というものである。
 如何にも幼稚なこの作戦は極めて真剣に検討された。見つかりにくいように作戦は夜間に実行されるため、夜間操艦の特訓が連日連夜繰り返され、艦の高速化のための改造に至っては、水や空気の抵抗を減らすための形状変更から、燃料の改質まで行なわれた。そして王国の艦隊は、決死の覚悟でドーバー海峡を渡り始めたのである。

「艦長! 航空機編隊確認、数およそ百!」
「敵か!?」
「……神聖同盟のカラーを確認! 敵機です。大陸に向かって飛行中。帰還するものと思われます。」
「爆撃の帰りで、荷物(爆弾)は持っていないということか……。動きに変化は無いか?」
「敵機進路変わらず。二分でレーダー域から出ます。気付かれ無かった模様。」
「目視監視員と探索距離がどっこいどっこいのレーダーなんか停めろ! 逆に探知されるリスクの方が高い!」
「レーダー、停止しました。」
「よし。本艦進路そのまま。艦隊に周知! 目標を射程に捕らえるまで、まだ暫くかかるのだからな。こんな所で見つかる訳には行かん。」
艦長の顔が安堵で緩んだその時、新米の監視員が悲鳴に近い声を上げた。
「他の航空編隊確認!! 機数約二十!」
「何だと?」
先任の監視員が、取り乱す部下の監視員と、思わず立ち上がった艦長の双方を制しながら叫んだ。
「タイガー・シャーク型を確認。友軍の編隊です。」
友軍機を新手の敵機と間違えて悲鳴を上げてしまった新米監視員は、バツが悪そうな表情を浮かべるだけだったが、艦長は未だ座ろうとしない。
「まだ早いぞ! どこの部隊だ!?」
「確認できません。」

 艦隊が艦砲射撃を行なうにあたり、敵機から攻撃されるのは間違いない。艦隊が攻撃を開始するまで、つまりは湾岸施設が艦の射程に入るまで敵に発見されなかったとして、湾岸防衛を担う敵航空機の第一陣がやって来るまで長くて二十分。そこで艦隊は引き上げるわけだが、敵航空機の攻撃の前に甚大な被害を被るだろう。対応策として、本土からナケナシの友軍航空隊が、敵機を引き付けるためにやって来る算段になっていた。当時の王国としては、改良型の最新鋭機群がドーバー海峡を渡って来るわけだが、その航続距離は現在と比べると未だ短く、帰還することを考えると大陸付近で滞在できる作戦可能時間は二十分が限度といったところ。友軍航空隊が敵航空隊を引き付けているその間に、艦隊は可能な限り退却しなければならない。お粗末な作戦と言わねばならないだろう。何しろ、二十分で艦隊が移動できる距離は、航空機からの避難としては余りに少な過ぎる。それは、友軍航空隊が、その二十分の間で敵航空機隊に艦隊の追撃を諦めさせる程度の打撃を与えねばならない、ということを意味する。その実現性は誰がどうやって検証したのだろう。この作戦の危機レベルは、『困難』を越えて『無謀』と言ってよかった。その上、艦隊が未だ大陸に向けて航行中のこのタイミングで友軍航空隊が来てしまっては、敵航空隊が艦隊攻撃に到着する頃には、友軍航空隊は本土に帰り着いていることだろう。航空戦力の援護が皆無の艦隊が辿る運命を予想するのはたやすい。この時、艦長の脳裏に『撤収』が選択肢として追加されたに違いない。
 落ち着きを取り戻した新米の監視員が状況の変化を告げた。
「友軍機、敵編隊に向かいます!」
艦隊指揮官の威厳を保ちながらも明らかに血の気が引いた顔の艦長の口から、誰とにもなく言葉が続く。
「何を考えているんだ! 大陸には距離があって未だ我が艦隊は攻撃にかかれないぞ! 今敵航空隊に見つかってしまったら……!!」

 艦長は知らなかったが、この二十機のタイガー・シャークは俺が率いる編隊だった。王国の航空兵力にあって、俺が率いるこの編隊だけはあらゆる意味で例外だった。俺が皇太子だった当時に、特別に設えた空母戦闘機群。王家の血を引き、王家の秘蹟を受けた俺が操縦する戦闘機は、常人からすれば鬼神の動きに見えたに違いない。我が王家が、正当な皇帝一族の末裔であることが、この能力からも疑いようがない。その俺が鍛えに鍛えた編隊なのだ。数の差は勝敗を決しない。兵法も俺だけは避けて通る。航空機の性能もいい線を行っている。個々のパーツの基本的な性能は、残念ながら大陸には未だ敵わない。だが、目的さえ特定すれば、性能差はカバーできる。航空戦用に特化した機体には、それに不要なものは一切搭載していない。だから俺達の機体は、外見はタイガー・シャークに似ているが、全くの別物と言える。プロペラの形から違うし、ドッグファイトの高G用に燃料供給のパイプ径まで変えてある。誰が乗っても段違いの航空戦ができるはずだ。増してやこれに特化した俺のチームは、王国にあって敵が遭遇したくない唯一の戦隊だろう。無謀な作戦ではあっても、皇太子として俺はこの作戦を成功させなければならず、編隊を率いて推参したのだ。

 既に東の空はかすかに白んでいるが、まだまだ夜明けまでは時間を要する頃、僅かに新月の朧光のみがプロペラの回転を仄かに認識させてくれる。首を後方に捻じ曲げて僚機を確認するも、極度に減灯した翼端灯がうっすらと見える程度だ。が、精鋭を以って名を知られた我が隊は、危険を伴う夜間の隠密飛行などお手のものだ。暗闇に沈んでいる海面を見ることは叶わないが、今頃は王国艦隊が大陸沿岸部に取り付く頃だろう。
「『ハモンドオルガン』から『リッケンバッカー』ヘ。神聖同盟航空隊を二時の方向に機数約百を認む。距離三万五千。」
「『ハモンドオルガン』了解。」
索敵機『ハモンドオルガン』から予定通り無電を受け、早暁の方向に隊を導いていく。あと二、三分もすれば接触する距離である。
 戦闘が始まるまでの僅かの時間。幾度出撃しても慣れることの無い痺れるようなひととき。このタイミングでは無駄と分かってはいるが、改めてブリーフィングで計画した敵航空隊殲滅の段取りを反芻した。
 東に飛んだことで空が少し明るくなり、群青色から緋色へ変わる曖昧な空の狭間にまるで熱帯魚のようにキラキラと光る一群が見えた。全百機で組成された神聖同盟の雷砲艇ニ十個小隊、かなりの規模だ。土手っ腹の太い機体は距離の間隔を鈍らせるが、距離は残すところ八千くらいと読んだ。護衛の機銃艇が僅かしか付いていないのが気になるが、目下の作戦運用はこの雷砲艇の殲滅にある。
俺は敵機の識別標が視認できる距離に肉薄したところで隊を散開させた。
「全機散開!」
右翼に待機していた三番小隊が大きくバンクを切って編隊後方の小隊に突入、展開していったのを目の端で追うのと同時に、こちらもフットバーを思い切り踏み込んで急上昇に転じ、そのまま桿を右舷にひねり倒して半宙返りを切って眼下正面に敵一番編隊を捉えた。左手にはスロットルの把手が握られ、リニアローターエンジンにいつでもムチを呉れられるべく待機している。距離は既に七百を割り込んだか、それ位だろう。照準器の照星が銃撃可能を告げたその刹那、赤ブースト位置にスロットル把手を放り込む。ひといきに回転計の針が跳ね上がり、強力なトルクにぐいぐいと機体が引き込まれていく。
 もう一方の桿の先端にある発射ボタンのセーフティを解除してはいるが、一撃必中させるにはまだ我慢だ! とたん、弾幕の束がおおきくかぶさってきたが、鍛え上げられた駿馬のごとくしなる機体がこれをすり抜け、最初の一閃を神聖同盟の雷砲艇に浴びせた。風防のすぐ脇を光条がかすめ、そのたびに悲鳴のような銃弾の切裂き音が耳を貫く。視界のさきに目をやると、薄紫色のケムリの尾を引いてこちらの放った機銃の弾着が、まるでネズミが這うように敵機の胴をなぞっていくのが分かる。一瞬の沈黙を置いて、爆音をとどろかせ、どす黒い煙の広がりとともに四散した機体が海面から飛沫を上げて呑み込まれて行った。

 あっけないものである。

<続きますよ、はい>


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 <目次>      (今回の記事への掲載範囲)
 序 章         掲載済
 第1章 帰還     ○(2/5)
 第2章 陰謀     未
 第3章 出撃     未
 第4章 錯綜     未
 第5章 回帰     未
 第6章 収束     未
 第7章 決戦     未
 終 章          未
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第1章 《帰還》  (続き 2/5)

 部屋の最前列にある壇上に立ち上がった初老の男は、ゆったりとしてはいるが確かな動作で、映写機のライトを消し、スクリーンを巻き上げてから静かに話しはじめた。
「前半のニュースについては、私が解説するまでもありませんね?」
初老の男は部屋を見渡し、異議のある者がいないことを確かめてから続けた。
「後半のフィルムには、有名な『ブルータス、お前もか』の台詞が出てきました。では皆さん、この時のカエサル、そう、独裁官ですね、彼の心境を代弁してみてください。」
 この初老の男は講師であり、部屋にいる他の者達は生徒である。八名の生徒は漏れなく退屈そうにしており、誰も声を上げようとしなかった。未だ少年の域を出ない生徒達にとって、それはよくあることなのだ。それでも初老の男は、満面の笑みとともに我慢強く少年達の反応を待ち続けた。仕方なく、リーダ役の少年が両手を机に打ち付けながら立ち上がった。老齢期に入った男は、我慢比べで少年達に引けを取る分けが無いと考えており、それが裏付けられた満足感から笑みのしわを一層深くした。
「老師、あなたも生まれていない二千年前の男の気持ちなんて、俺達には計り知れないね。」
少年達からかすかな笑いが起きた後、少年に老師と呼ばれた初老の男はいつもの説教を始めた。男と少年の勝敗関係が逆転してしまったので、講師の威厳を取りも戻さねばならなくなったのだ。それには説教が最も効果的で、手っ取り早い。
「あなたは王子であり、将来ブリテン王国を司られるお方です。皆さんは王子を支え、ともに国を運営して行かねばなりません。人心を掴むために、深い教養と鋭い洞察力は欠かせないものです。」
いつも繰り返される説教に、少年達は笑顔とも泣き顔ともつかない微妙な表情を浮かべている。
「歴史には興味が湧かないかもしれませんが、過去を知ることが如何に重要か、今一度お話せねばなりません。王子が授かった王家の潜在能力も、知識の裏付けがなければ開花しないか、あるいは開花しても無用の長物となることでしょう。」
 その時、教室に若い男が勢いよく入って来た。開いた戸からは、廊下の新鮮でやや涼しい空気も同時に入って来たので、少年達の不快指数は若干改善されたようだ。そして、戸の開け閉めの乱暴さ、遠慮の無い足音の大きさ、不躾な振る舞いながら妙に人好きのするその若者は、少年達から笑顔で迎え入れた。
「ルナ! お久しぶりです。」
ルナという若者が笑顔で応える。
「いやぁ、王子殿、ご無沙汰ですな。」
「お戻りになるとは聞いていませんでした。どうされたのですか。」
「難しいハナシはあとにしよう。まずはハナタレ王子がどれくらいの男になったか、それが見たくてここに参った。」
王子と取り巻きの少年達の顔が少し曇る。
「ルナ、きっと私はあなたをがっかりさせてしまうかもしれません。ここでの暮らしは相変わらずで、王は私を哲学者にでもしたいと思っておられることでしょう。戦闘訓練をやることもあるのですが、飛行機に乗ることはまずありません。」
「落胆するな。王族たるもの、文武を両立させねばならん。文官と武官の両方を統率せねばならんのだからな。君達は政治家の卵でもあるのだから、文を優先させるのは分かるだろう?」
「あなたが文官を統率? ドーバー戦役の英雄であると同時に、破天荒の代名詞と言われたあなたが?」
あっけに取られた表情に変わった少年達の口元は僅かに笑っていたが、ルナもテレ笑いを隠さない。
「馬鹿にするもんじゃないぞ。できねばならんことをちゃんとできる奴なんて、そうはいないものさ。」
「ここでの生活が、あなたのような男への道程だと?」
「そういうことだ。俺を育てた時の反省がたっぷり盛り込まれているはずさ!」
楽しげな会話を初老の男が遮る。
「ルナ殿、いや、ブリタニア辺境伯、今は授業中ですぞ。」
「老師、あいかわらずですな。三年ぶりですぞ。無礼はご容赦願いたい。」
「いいでしょう、ただ、あなたからも王子に言い聞かせて頂きたい。私の講義に全く興味を示されない。」
「それはいけないな。今日のフィルムは、カエサルが皇帝への道を確実にした日の出来事だろう? 王子は彼の正当な後継者なんだからな。」
「そういう意識を王子に是非とも植え付けて……。」
「お任せください、老師。私からトクとお話しましょう。では諸君、俺の話を聞きたい者は裏庭に集合してくれるかな。」
あっという間に全員が部屋から出て行った。初老の男は、ひっそりとした部屋で後片付けを始めた。

     ◆
「ルナ、遠路ご苦労であった、よう参った。」
「二人っきりなんだ。堅苦しい挨拶はやめようぜ、国王陛下。」
普段は側近が控えている王室の中は、二人だけでは閑散とした雰囲気を醸す。王は、一段高くなった王専用のソファーにやや太った体をあずけながら、気さくな表情で続けた。
「オヤジでいい。……王子とはもう会ったのか?」
「さっきね。あいつの軟弱ぶりも、ちょっとはマシになってたんで安心したよ。不満だらけのようだったがね。」
「血は争えん。貴公もあれくらいの頃から手が付けられんようになって、苦労させられたわい。」
ルナの目から人懐っこい色が消え、トーンダウンした声に変わった。
「だからって、それで捨てたわけでもあるまい?」
「その話は……」
王が言葉を詰ませる。皇太子だったルナを廃位し、辺境の地、ブリタニアに送ったのは、最終的にはこの王が決めたことなのだ。事実上の追放である。
「今回呼ばれた理由は察しが付いている。だからこそ、その話抜きには進まないと思うんですがね。」
誰に対しても臆することなく話すルナだが、相手との心理的距離を置きたい時に限って口調が丁寧になるという癖がある。そして今、その癖が出始めていた。
「良かろう。ただ、お前を人払いした部屋に招き入れた意味も考えて欲しいものだ。」
「最初からその気だったってこと?」
王が言っているのは、ルナのブリタニアへの追放は一時的なもので、時が経てば再び迎え入れるつもりだった、ということなのだ。そしてそれが今だ、ということなのだろう。それを理解したルナは、いつも通りの口調に戻ったが、その表情までを緩めるにはブリタニアの三年間は重過ぎた。そして、伝統ある王国で政務を執って来た王に、その重さが分かるはずもない。
「お前を認めない者など、この国にはおらん。仕方が無かった、分かっているはずだな?」
「分かっているからこそ、俺も大人しくブリタニアに出て行ったんだがね。」
この国王に、いや、父親に自分が経験して来た苦労の一端でも理解してもらうためには、何から話せばいいのだろう、とあいかわらず難しい表情で考え込むルナとは対照的に、王は再び父親の顔に戻って、立ち上がらんばかりの勢いで手を打った。
「理解している。これでわだかまりは解けた。」
「簡単に言うが……」
「止めよう。これ以上この話を続けても双方得るものは無い。」
王は目に涙を浮かべ、視線はどこか遠くを見ているようだ。ルナは、対面の男が王として振舞っているのか、父親として愛そうとしているのか、計りかねていた。
「ドーバー戦役における貴公の働きが思い出される。逞しく思う。貴公の帰還を歓迎するぞ、ルナ。」
物陰から、王の言葉を待っていた重臣達が、出てきた。
「ルナ辺境伯、我々も歓迎致しますぞ。」
「よくぞお戻りになられた、英断でございますな。」
「これで我がブリテン王国の大陸への地盤は成ったも同然。めでたいことじゃ。」
あらぬ方向から王の側近達が話し掛けて来たので、ルナは少し驚いた。
「何だお前達、聞いていたのか。」
口元に笑みを蓄えてはいても目が笑わない側近達、言葉使いとは裏腹のその慇懃無礼な態度に腹立たしさを覚えながら、ルナは王に嫌味の一つでも言ってやることにした。
「形だけの人払いとは姑息だぜ、国王陛下。」
「まぁ、そう言うな。政治とはそういうものだ。王が臣下以外の人間と話す時の礼儀の一つだ。」
「臣下以外ね、それでわだかまりが解けたとはお笑いだが……」
苦笑を浮かべながらルナは独り言のように呟いた。
「三年前になるか、ドーバー戦役……。」

<まだまだ続きます>


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 終 章          未
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第1章 《帰還》  (1/5)

   【現代 A.U.C 2688年 春】

 狭い部屋の中で、皆がスクリーンを見つめていた。そこには、この国が置かれている状況を如実に示すニュースが流されている。キャスターの男は涼しげなチュニカを着て、視線を原稿とカメラの間を相互に行き来させながら、あくまでも淡々と説明していた。
「皇帝から提案された我が国王陛下との会談について本日、王室から正式なコメントが発表されました。」
そこで一呼吸置き、やや物々しげな表情に切り替えて、発表文の朗読に移った。
「先日、帝国皇帝を名乗ってローマを占拠している者から、我が国王陛下に対して会談が申し込まれたが、我が国としては、不正・違法に我が領土を支配しようとするあらゆる者と譲歩する考えは無い。遠からず我々は彼等を裁き、陛下は首都ローマに凱旋されることであろう。」
短い発表文を読み終えた男は、国営放送のキャスターらしく解説を始めた。
「不正に我が領土とローマを占拠しておいた上に、こちらに謝罪しに来るのであればまだしも、陛下を呼び出すとは不届きにも程があると言うものです。」
王室の発表には皆が興味を示していたが、予想通りのありきたりな解説が始まるや、誰もがスクリーンから目を離してしまった。
 そこでニュースの上映は打ち切られ、この日の本題であるフィルムがスクリーンに映し出された。写されたフィルムは、大昔のノンフィクションである。暑くも寒くもない季節の典型的なこの日、部屋の空調は停められており、流れる映像に併せて左右のスピーカーから響く音響が淀み無く耳に届く。フィルムを見るならこの季節に限る。何しろ、この部屋の空調のやかましいことは凄まじく、特に冷房に至ってはスピーカーの性能的限界までボリュームを上げないと、聞き取れない台詞が出て来てしまう程なのだ。そういう意味でこの日は好条件に恵まれていたのだが、フィルムの内容が頂けない、というのが部屋にいる大多数の者の本音であった。そして、映像の中で進んでいく物語は猛暑の季節であり、観ている内に実際よりも部屋が暑く感じられてしまうのだが、これ位の暑さなら空調の音よりもマシか、という不愉快な選択を視聴者に強いてもいた。そんな中、大昔を再現させたフィルムは、いよいよ佳境に入ったようだ。


   【A.U.C 709年  夏】

 長く狭い石畳の道を、数名の男達が歩いて行く。丘の上の議場を目指して。既に夜明けから数時間が過ぎて気温が上昇しており、蒸すような暑さと石造りの街に特有の誇りっぽさが人々を包み込んでいた。はるか遠方より豊富な水をこの街に引き入れている水道は、浴場というこの時代としては奇跡的な設備を実現させていたが、それは、この暑さにあっても街が汗臭さに覆われることを防ぐ、という恩恵を人々にもたらしてもいた。
 人々は時代の権力者である男とその取り巻きを見るために道端に集まって来ていたが、人垣ができる程のその密度の高さは、夜明けから昼食の間に公の活動の殆どを行なう習慣を持つこの国にあって、男達への民衆の興味の強さを物語っている。人々は不安と希望が入り混じった複雑な視線を男達に投げかけているが、男達の未来への希望と勝者の誇りが周囲の空気を張り詰めさせており、その静けさは、彼等の話す声が足音とともに議場まで届くのではないかと思わせる程であった。
「大丈夫だ。ポンペイウス派にもう力はない。」
「しかしディクタトール、彼奴等のオリエントでの影響力は見くびれません。オチデントにおいてでさえ、イスパニアには支持基盤があります。エジプト王家はあなたが抑えましたが、そのやり方に共和派は強く反発するでしょう。」
「もっともな話だ。まず、オリエントの話が深刻だ。我々の覇権に関わるのでな。しかし、対策の準備は進めている。オチデントは既に手を打ってある。エジプトについても考えがある。当面の間、諸君は共和派工作だけを考えれば良い。共和派に早くケリを付けて、オリエント対策を完遂させねばならん。」
「市民会からの支持は磐石です。元老院とて……」
独裁官が話を遮った。
「もう良い。私が勝つことを私が保証しよう。諸君には共和派工作について個別に考えてもらいたいことがある。」
既に頭髪は残り少なく体格も標準的な齢五十を数える男は、戦場では絶対的な将軍として圧倒的な戦績を残した。また、この時代の男らしく髭を蓄えていないので、細面な輪郭が露になっていたが、その顔つきは美男子とは程遠い。にも関わらす、この世界帝国の首都において、彼を上回るプレイボーイはいないらしく、貴族階級の婦人の多くがこの男と関係しているとの噂は絶えない。遠目に見ているだけでは、この男のどこにそれだけの才覚が備わっているのか、分かりはしないだろう。眉間に深く刻まれた皺だけが、思慮深さを物語る程度なのだ。しかし、彼と会話してみるとその迫力に誰もが怖気づき、同時にその魅力に引き込まれてしまうというから不思議だ。そんな最高権力者から頼みごとがあるという。取り巻きの一人が、恐る恐るその内容を確認しようと言葉を発した。
「個別に、と申しますと?」
ただ権力者にへつらうのではなく、役割を与えられれば何を置いても成し遂げようという意思を湛えた目を確認した独裁官は、順を追って話しを続けることにした。
「どこよりもここローマが危ういことには気付いていることと思う。元老院は一枚岩ではない。そこで……」
幾重にも街路地が交差する所に差し掛かった時、何者かが男達に突進して来た。手には短剣が握り締められて敵意に満ち満ちていたが、独裁官を守るべき取り巻きも彼らを見守る市民も、標的が独裁官であることは明らかなのに、彼が倒れ込むまで身動き一つできなかった。日陰でさえ輝くナイフの切っ先が切り裂いた男の腹部から流れ出す血を見て、近くの市民が悲鳴を上げた。それは連鎖的に広まって行くかに見えたその時、静寂をもたらす声が独裁官の口から辺りに響いた。
「賊を捕らえろっ! 大事無い、諸君。私はころんだだけだ。彼の容態を見てやってくれ。」
路面を血で染めたのは、独裁官ではなかった。独裁官は、幾つかの擦り傷と軽い打撲を被ったが、それは彼を亡き者にしようとした刺客の思惑とは程遠いものでしかなかった。刺客以外、誰も動けなかったように見えた一瞬の出来事の中で、取り巻きの一人が咄嗟に身を呈して独裁官を守っていたのだ。哀れにも彼には既に意識も無く、強力な権力者を守ったという栄誉と引き換えに死を賜ったのである。彼の犠牲は、彼の血縁や縁故の者達の未来を権力者が明るく照らすであろうことを約束した。不安定なご時世にあって、それは彼の望む姿だったのかもしれない。実際のところ、咄嗟のことでそこまで考えての行動ではなかったであろうが。
「三人まで捕まえました。まだ二、三人いるようですが、逃がしはしません。」
取り巻きの一人が、市民に袋叩きにされてボロ雑巾のようになった刺客を引き連れて来た。
腫れ上がり、よく見ないと誰だかわからない刺客達の顔を、独裁官は一人づつ見つめた。こともあろうか、その中に腹心の部下が含まれていることに気付いた時、独裁官は思わず呟いた。
「ブルータス、お前もか……。」

 独裁官は、自分の身代わりになってくれた者の死体と、捕まえた刺客達を議場に連れ込んだ。
「元老院議員諸君、幸運にも私は生きている。彼の犠牲によって。」
大袈裟に死体を指差し、暫しの黙祷の後、刺客に振り返ってから独裁官は続けた。
「そして、彼を殺し、私を殺そうとした者どもがここにいる。彼等はいかなる信念に基づいているのだろうか?」
両手を広げ、周囲を囲む議員に問い掛け、絶妙のタイミングで自らが応えはじめた。
「どのような信念にせよ、彼等の信念は強固だろう。」
そこで独裁官は刺客達に数歩近付いてから、おもむろに共和派議員達の方に振り向き、あくまでも冷静な声で語りかけた。
「しかし、私の信念は誰よりも強くて固い。そして、ここにいる刺客達を動かしたヤカラがいるのは明白であり、それが誰であるかを私は知っている。私は、決してこのままにすることは無いだろう。」
共和派の議員の中には、緊張の余りに卒倒する者が出始めた。独裁官は暫くその様子を眺めていたが、自派と共和派を問わず議員全員に告げた。
「但し、私は以前の独裁官ではない。私なりのやり方で対処したいと思う。諸君の協力をお願いしたい。」
絶妙である。共和制の急進派は殲滅するが、併せて元老院との協調も匂わせたのである。
再び死体の方を見つめ、独裁官は締めくくった。
「本日は彼への哀悼の意を込め、これにて閉会することとする。」
散会する議員達は家路に付くが、中には拘束され、生き地獄へ連れ去られる者もいた。議論が白熱することはよくあることで、そんな時は議場が体臭に満ちるものである。しかし、この時は独裁官が一方的に短時間の話をしたに過ぎなかったのだが、議場は蒸していた。それは普段とは異なり、冷や汗によるものであったに違い無い。

 そこでフィルムが終わり、映写機のライトがスクリーンを直接照らしはじめ、その眩しさに見る者皆が我を取り戻した。いつものように、映写機のカタカタという音と皆の口臭に部屋が満ちていることを嫌が上にも認識させられる瞬間である。部屋の照明が付けられ、階段状に設置された木造の机に寄りかかっていた体を起こし、大きく伸びをする者、欠伸を噛み締める者、それぞれの動作が露になり、皆の意識が現代に帰って来た。決して楽しげでもなく、集中力に満ちた雰囲気でもなかったが、そんなことはものともせず、壇上に初老の男が悠然と立ち上がった。このフィルムを写した張本人であり、部屋にいる大多数とは異なり、映像を堪能した男である。

<続きます>


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 <目次>      (今回の記事への掲載範囲)
 序 章          ○(2/2)
 第1章 帰還     未
 第2章 陰謀     未
 第3章 出撃     未
 第4章 錯綜     未
 第5章 回帰     未
 第6章 収束     未
 第7章 決戦     未
 終 章          未
----------------------------------------------------------------
  《序 章》  (続き 2/2)

 ルナが立ち去ったことで、正面の門が閉じられた。ようやく男の入城手続きの再開である。門兵が馬車の客室を確認するために歩み寄って来た。
「失礼致します。他に同乗されている方はおられませんね?」
男は無言且つ無表情で門兵を見据え、問題が無いと言う意思を表明した。
「失礼致しました。ブリテン王宮へようこそ。」
門兵は丁寧に馬車の扉を閉め、勝手口の門を開けた上で、御者に進行を促す合図を送る。ゆっくりと動き出した馬車は、厚さが二メートルはあろうかという壁に開けられた門を潜って入城した。そこには広大な芝生の空間が広がっており、敷地の内部に向かう石畳の道が何本も延びていた。季節が良ければ芝生は青々と地面を覆って、石畳の道とのコントラストが風情を華やかに彩ったことだろうが、今は薄茶色に染まって、寒々しさを一層引き立てていた。そんな風景の中を、馬車は同じ速度のままで宮殿に向かう道を進んで行った。
「帝国の皇宮程ではないな。」
初めて見る王宮に対する男の感想であった。いや、精一杯の抵抗であった。偶然にもルナという青年に遭った。それは男にとって初めて皇帝に謁見された時をも超える衝撃であった。魅力的で、威厳に満ちていて、なのに距離感を感じさせないその様子は、皇帝すら凌駕する強烈な印象として男の心に刻み込まれたのである。人との関わりに無関心で癇癪を起こすこともあるという青年に関する一部の評判は、全く信じられないか、それさえも魅力としてしまうだろうと思われた。しかしながら、これから引き起こす事象を考えると、ルナに心酔してしまうのは思わしくない。そこで、帝国が王国よりも優っている点を探して、それを心の支柱にしようとしたところ、皇宮が王宮よりも規模において勝っていることを見出し、自らを戒めるために敢えて声にしたのであった。
 元はと言えば、この城の原型がこの地に構築されたのは千年以上も前になる。しかし、帝国の文化・文明圏から言えば辺境中の辺境であるため、城とは言ってもそれは簡素で粗末なものでしかなかった。その当時、既に豪奢で巨大な建築物が帝国の版図を埋め尽くしているかに思われていたが、この地はまるで繁栄を拒絶しているかのように辺境であり続けた。故にひっそりとしてはいたが、戦略上の要衝でもあるため、忘れられるでもないが栄えるでもない、といった微妙な均衡が保たれて来たのである。
 そんなこの地に転機が訪れてから、ちょうど百年が経とうとしていた。帝国の王統が分裂し、一方がこの地に居を構えたのである。双方が自らの正当性を主張するという、二千数百年に及ぶ帝国の歴史の中で幾度となく繰り返された出来事である。ただ、『王家の秘蹟』と呼ばれる皇位を継承する儀式が導入されて以降は、皇族が袂を分けて並列したことはなく、初めての事象という唯一性が分裂状態を長期化さしめていた。
 皇族が住まうには似つかわしくなかった城は、大規模な宮殿を擁する立派なものに増改築され、一個軍団の軍団基地としてのみ機能していた町は、皇族の流入に伴って急激に増加した人口を支える大都市へと変貌した。そして街の人々はいつしか、城の主が統治する国を、その版図の大部分を占める島の名に因んで、『ブリテン王国』と呼ぶようになった。当初、支配階級を形成する城の住人達は、帝国の亜流のようなこの名に抵抗を見せたが、自らこそが正当であることを主張するために、まずは帝国との差異を明確に打ち出す必要に迫られており、止むを得ず受け入れたと言う。以来、ブリテンの皇族はブリテン王家を名乗り、現在に至る。
 城に関する記憶を呼び起こしていた男は、馬車が停止したことで一旦思考を停止させた。いよいよ、なのである。脈が高鳴るのを感じた。汗が手を覆い、脇を流れ落ちるのを感じていたが、表情を崩すわけにはいかない。涼しげな顔をして馬車を降りた男は、そこで宰相に迎えられた。
「ご苦労。陛下は既にお休みになられている。」
それだけ言って宰相は歩き始め、男が後を追った。これから一大事を起こす作戦を考えると、極めて平穏である。真夜中過ぎでは、稀に哨戒している憲兵がいる程度で、彼等とて宰相を認めては、略式の敬礼をするだけでその場を立ち去る。他に城内で男を見たのは、門兵と御者しかいない。いずれにせよ、帽子の男、程度にしか認識されていないだろう。狙い通りである。この作戦を説明された時、男は時間帯に疑問を持った。真夜中では余りに怪しくないか、と。宰相が言うには、日中の国王は王室にいて、出入り口には親衛隊が控えている。宰相と言えども、部外者を王室に入室させるに当たって、親衛隊の追求を拒むことはできない。例え少々疑わしくても、親衛隊に出くわさないことが最も重要だと説かれた。そういうものなのだろう、とその時はやり過ごしたが、今は気が気ではない。憲兵とすれ違う度に男の緊張は高まり、目深にかぶった帽子の中から、今にも冷たい汗が流れ落ちそうであった。
 また男は、ルナに遭遇したことを宰相に告げるべきかどうか、迷っていた。結局それが告げられることは無かったのだが、あるいはそれが男のルナに対する心情を物語っていたのかもしれない。
 そんなことを気にする様子も無く、宰相は黙々と歩き続ける。男も後を追う。そんな無言の数分が過ぎた後、宰相の私室に到着した。ここで一度だけ振り向いた宰相が、顎を振って男に入室を促した。
 宰相の私室には、王の私室と繋がっている専用の扉がある。緊急時に王と宰相の連携が保たれるための設備である。その扉を使うことが、親衛隊に会わずに王と男を接見させる唯一の方法なのだ。この扉の存在を知った時、男は安堵の溜息を漏らしたものだ。ところがどんな設備にも、それが元来持つ能力とその運用は必ずしも一致しない、という宿命がある。この扉は『緊急用』設備なのであって、平時にそれは運用しない、という不文律があった。つまり、宰相が扉を開くということは、それだけで王に非常事態の発生を告げるに等しい行為であり、王を警戒させてしまうだろうという危惧があった。親衛隊を避けるという意味以外にも、深夜を選んだのには訳があったのである。王が眠りに落ちてから、こっそりと忍び込もうというのである。最後の詰めの部分が、何とも稚拙な作戦と言わざるを得ない。それがこの宰相の陰謀謀略における限界なのだろう。元々は人がいいということなのかもしれない。

 人の気配に王は目を覚ました。王家の人間たるもの、人の気配をよむにはもとより長けており、それが殺気を伴ったものであれば尚更である。あの扉が開いたからには、この殺気を持って侵入して来た者は宰相か、あるいは宰相が手引きした何者かである。瞬時にそこまで見通した王は、同時に既に何をしても手遅れであることをも悟った。寝台に横たわったままの王に近付いた宰相は、王が目を開いていることに驚いたようである。
「未だお休みではなかったのですか、陛下。」
宰相の顔を見上げ、ゆっくりと上体を起こした王は何も語らない。
「日中の激務をお考えください。夜はゆっくりとお休みくださいませんと…。」
絡んだ痰を切る王の咳払いが宰相の言葉をそこで遮り、静かに話し始めた。
「そうも言っておられん。奇妙な時間に奇妙な所から、奇妙なヤカラが舞い込んで来ることもあるのでな。」
不敵に笑みを湛える王の視線は、宰相の後ろに控える男を捕らえている。宰相も男も、あからさまな嫌味を言う王に対し、小細工することをやめ、目配せでその意思を確認した。ところが、切先を制したのはまたも王であった。
「秘蹟を放棄したのが、そんなに気に入らないのか?」
見当違いである。確かに、『王家の秘蹟』によって皇族の末裔だけが持ち得る力、それを放棄した王の真意は量れない。しかし、宰相がここを訪れた理由は他にあった。
「陛下、恐れながら議論は致しません。」
緊張はしていても、確固たる意思を湛えた瞳が王を見据えた。そして宰相の後ろの男が、目深に被った帽子をゆっくりと取った。王は、男の素顔を見て初めて絶句した。
「お前は…。」
男の顔は王と瓜二つ、いや、王そのものであった。
「影武者、という訳ではございません。お分かりですね?」
宰相がこれまで如何に周到に準備を進めて来たのか、それを男の風貌が物語っていた。あらゆる抵抗は意味を成さないに違いない。
「もしも影武者であったのなら、完全にその役目を果たせたであろうに・・・。」
王が宰相に掛けた最後の言葉であった。そして宰相は、そのまま王を連れてその場を去った。そして王の寝室には、宰相が連れ込んだ男だけが残っていた。

この時には、『王家の秘蹟』の玉石がその活動を停止していたが、それに宰相が気付いたのはこれより一年近く先のことであった。

<続いたりして>



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『時間軸は最高の玩具である。』

 歴史に名を残す「偉人」がいる。時の経過にただ埋もれていく者もいる。何がその差を生むのか。
神の意志か、生まれ持った運命か、単なる偶然の賜物か、誰にも分からない。
 例えば一人の「偉人」の生死は、歴史にどれくらいの影響を与えるのだろうか。「偉人」の功績が歴史であって、その功績は誰の手によっても構わないのかもしれない。いや、「偉人」自体が功績なのであって、歴史とはその行ないを記録したものに過ぎないと考えよう。功績とは後世の価値観で評価した結果でしかなく、埋もれた記録もまた歴史なのである。そうでなければ、数多の命がこの世に生まれ出でた意味が無いではないか。人が生を受けなければ、歴史が生まれないのだ。同様に人が死す時、歴史は幕を閉じる。それでは、周囲に及ぼす影響の大きさが「偉人」の条件か。それは単なる巡り合わせでしかないのか。巡り合わせと言うなら、人の生死というその根源的要素が変化すれば、歴史は大きく舵を切るのではないか。

 戯れに、一人の「偉人」を生き長らえさせてみよう。
我々の知っているものとは、違った歴史が幾つも刻まれていくに違い無い。

 そんな物語を一つ、紹介しよう。



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 <目次>      (今回の記事への掲載範囲)
 序 章          ○(前半まで)
 第1章 帰還     未
 第2章 陰謀     未
 第3章 出撃     未
 第4章 錯綜     未
 第5章 回帰     未
 第6章 収束     未
 第7章 決戦     未
 終 章          未
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  《序 章》  (1/2)

   【3年前 A.U.C 2685年 冬】

 男は停車した馬車の窓から、夜の寒空に突き刺さるようにそびえる城を見上げていた。正面の巨大な門は閉じられているが、それは公式の行事で王族が出入りする場合にしか開けられることはない。その横に設置された小ぶりの門が通常の出入り口であり、言わば勝手口である。それでも男が乗る馬車はおろか、大型のトレーラーでさえも出入りできる規模を持つ。その門も真夜中の今は閉じられており、男はその開門を待っているのである。馬車の御者と門兵が、門に寄り添うように建てられた番所の中で、無線や電話と書類にまみれながら入城の手続きを進めていた。
「時代がかったものよ。」
男は誰にとも無くひとりごちた。航空機が飛び交う現代に、馬車を使う神経が彼には理解できない。いや、徹底した教育を受けたので、ここのシキタリを知らない訳ではない。そして、その流儀の理由も知識としてはある。
「権威の象徴?」
男の口元に笑みが毀れた。高位の役人や王族に接見する者は、馬車で入城することでこの国の威厳を示すのだと言う。馬鹿げてる、と男は思った。
 その時、番所から御者が戻って来て、門兵も外に出て門に向かい始めた。入城が認められたらしい。当たり前だ。自分は役人の最高位である宰相に呼ばれて来たのだ。それを待たせること自体が無礼ではないか。そんな感情も芽生えたのだが、宰相の客人として無表情にならなければならない。ポーカーフェイスもまた、ここのシキタリなのだ。御者が馬車の客室の扉をノックしたので、男は顔があまり見えないように、大きなツバを持つ帽子を深くかぶり直し、扉を開けた。
「どうした?」
扉の前に立つ御者の顔は、申し訳なさそうにかしこまっている。
「何でもこれからお偉い方が出発されるそうで、それが終わるまでここで待てとのことらしいです。」
御者に落ち度は無い。忠実に役目を果たしているに過ぎない。しかし、男の苛立ちを受け止めるのは、今は御者しかいない。
「どういうことか説明しろ!」
男の怒声に対し、御者は縮み込んで黙るしかなかった。仕方なく、男が自ら出て行って門兵を詰問しようかと考えた矢先、正面の門が轟音と共に開き始めた。凄まじい軋み音と、地面から埃っぽい空気を巻き上げながら、ゆっくりと開いていく。この開閉も人力で行っているというから、その人数は十名を下るまい。この夜中にご苦労なことだ、と男は半ば諦め顔で事の成り行きを見守っていた。
 太さが三センチはあろうかという数本の鋼鉄製のビスで、巨大な切り石を並べた地面に留め具が固定されていたが、それに門が真夜中には実に不似合いな轟音を伴って衝突し、開門作業が終わったことを皆に知らしめた。露になった城の中には三台の車が並んでおり、開門と同時に外に出て来た。一台の高級車と、大型の荷物車が二台。可笑しな話である。勝手口を通るにも馬車を使えとうるさく格式に拘るかと思えば、正門から自動車が出てくる。男が訝しげな視線を車に投げ掛けた時、車が停まって中から一人の青年が出て来た。端正な顔立ちとすらりと伸びた体躯、育ちの良さと野性味を上手くバランスさせたような人好きのする容姿を備え、そうでありながらも目の奥にだけは影を持って複雑な人間性を感じさせる。胸元のネックレスにあしらわれた輝石が怪しげな光を放っているが、青年の表情の輝きと好対照を成していた。その青年が大声で門兵に話し掛けはじめた。
「こんな時間にすまないと思っている。」
門番や門の開閉を勤める門兵達が恐縮している。
「今までも世話になってばかりだったが、今日でそれも終わりだ。これまでご苦労だったな。」
門兵達は深く頭を垂れて挨拶した。そして青年は、傍らに停まっている男が乗る馬車に気付き、歩み寄って来た。男は内心の慌てた様子をおくびにも出さずに青年を馬車の中で見据えたが、帽子の大きなつばが顔や表情を青年に悟らせはすまいという安心感もあって、それは至極自然な振る舞いに見えた。
「客人、お待たせして申し訳ない。私にとっては、いや王国にとっては大切な儀式なのだ。ご理解願いたい。」
暗闇の中ですら、すがすがしいばかりの笑顔を湛えた青年は、それだけ言うとその場を立ち去った。男は極度に緊張していた。結局、何ら言葉を発することすらできず、僅かに頷いて見せるのが精一杯であった。男はその青年を知っている。彼を知る多くの人間と同様に、話したことも無いし実物を見るのも初めてだが、知っているのだ。彼は、ルナ皇太子、いや、元皇太子である。王国の英雄として国民から強く慕われていながら、政治のゴタゴタで廃位された悲劇の王子。先頃のドーバー戦役において、王国を勝利に導いた英雄なのである。しかし、同じくドーバー戦役の後始末の為に、辺境に追放されることになったと聞いた。当に今、ルナは城から追放されて行くに違い無い。皇太子を廃位されたとは言え、王子の長兄であるルナが城を立ち去るにあたって、何とも寂しい陣容である。敢えて真夜中を選んだのも、それが追放というものなのだろうか。ルナの顔も実績も評判も、そして追放に至る経緯さえも、男は知りつくしていた。しかしそんなものとは無縁の世界で、たった一言声を掛けただけで、聞く者の心を掴んでしまうあの魅力とは、いったい何なのだろうか。王族とはそういうものなのだろうか。男がそんなことを考えている間に、三台の車は走り去った。この時のルナと男の接触が後代に及ぼした影響は計り知れないが、未だそのことに気付く者はいない。

<続く・・・かも>


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