この16年の間に、私には、忘れられないたくさんの生徒との思い出があります その中でも一つ、とても強烈な印象を残したお嬢さんとの思い出があります。
彼女は、一般的に言う、非常に優秀なお嬢さんでした。
ペーパーも完璧、お話しもしっかりと正確にできました。そして、いつも笑顔を絶やさない明るいお嬢さんでありながら、決して受験をする子にありがちな「子役チック」な子ではない・・・申し分のないお嬢さん、として私は見ていました
しかし、彼女のお母様には妥協はありませんでした。
まだまだ幼い下のお子さまを連れながら、私の教室の他に体操、お絵描き、プール、別のお教室・・・と、あっちこっちをまわり、受験のために奔走していらっしゃいました。
幸い、そのお母様は、特に女児教育に大切なお行儀や躾にも厳しい方であり、ご自身も卒のない、とても洗練されたお母様でいらしたので、単なる「偏差値ママ」ではありませんでした
そんなある日、そのお嬢さんが個人レッスンにやってこられました。当時、私の教室は、今よりももっともっと小さなお教室でしたので、ご要望があれば個人レッスンもしていたのでした。
入り口でママにバイバイして、上履きに履き替えたとたん、彼女はニコニコ笑顔で私に近づき・・・
「先生、抱っこして」
というのです。えっ?と思いました。
確かに、昔から私と生徒達の距離は近く、とても和気藹々でクラスをしていたからか、よく子ども達は私にくっついたり、まとわりついたりしていましたが「抱っこをしてしい!」というような「特別のリクエスト」はそれまでなかったために、私はかなり驚きました
とにかく、まずはお席についてから、その子の話を聞くことにしました。
彼女の話しによると・・・私はママが大好きなのに、なかなか抱っこしてもらえなくて、とても寂しいのだ、と言うのです
思えば、お母様はまだまだ幼い下のお子さまの育児に時間をとられ、その上、上の子の受験準備をご自分で納得のいくようにやっていくために、毎日のほとんどの時間を費やしておられたでしょう。
大事な大事な我が子とは言え、その子が、「その時、ママに一番何を求めていたのか?」ということを察する余裕はなかったのではないか?と思いました
私は、そのお嬢さんの言葉にとても心動かされ、時々我が子にするように抱っこをして椅子に座り、いろんなお話しをすることにしました
最初は、10分ほど抱っこして、予定のカリキュラムをするつもりでしたが、何と、その子は10分ほど私に抱っこされ、ニコニコ顔でお話しをしているうちに、静かな寝息を立て始めたのでした。
私は、その子の寝顔を見ているうちに、万感こみ上げてきて、涙がポロポロと流れ、どうしてもその子を起こすことが出来ませんでした
その子のママを責める気持ちであったわけではありません なかなか上手くその時の気持ちを表現することは難しいのですが・・・とにかく、私はその時、一生懸命に子どものより良い教育を求めてがんばるママの姿にも、私の腕の中で笑みを浮かべたままで眠るお嬢さんの姿にも、深い愛情を感じたのは確かでした。
予定していたカリキュラムは、後日、きちんと消化したことは言うまでもありませんが、その日の出来事は、小さな受験生と先生の「秘密」になりました
数年後、下のお子さまも無事に受験を済まされ、そのお母様がほっとされた頃、ご一緒にお食事をしている時、しみじみと語られたママの言葉・・・
「先生、私ね、この間の体育祭の振り替え休日に、久しぶりに子ども達を連れて動物園に行ったんです そして、ゾウのゾーンに来た時、何だか胸がぎゅっと締め付けられてしまったんですよ。子どもが受験をする時、私はいつも子ども達に絵を描かせると『ゾウの色は灰色でしょ!そんな変な色を塗ったら、ゾウに見えないじゃないの!ゾウは、は・い・い・ろ!!わかった』って、必死に言ってたんです。でもね・・・ゾウって、灰色ばっかりじゃないんですよね。あの日、私や子ども達の前で、上手に鼻を使ってバナナやリンゴを食べていたゾウは、薄茶色っていうか、赤みがかった黒っていうか・・・何で私はあの頃、あんなに必死に灰色、灰色って言ってたのかなあって思うと、おかしかったり、悲しかったり・・・」
小学校受験とは、受験生が幼い子どもであるために、親にとって過酷な時間になるものです。
私が教室を始めた頃はまだまだ「青くて」、小学校受験を考えている家庭の母親は~~~あるべき!というようなことを、必死に語っていましたが、今ではそんな感情論?理屈?を振りかざす気持ちはなくなりました。
けれど、たった一つだけ、お母様方にお願いをするとしたら。
過酷な小学校受験準備の渦中にある時でも・・・ときどき、志望校のことも、ペーパーの苦手科目も、面接のことも、ぜーんぶ忘れて、「ただのママと子」になる時間をぜひ持って欲しい!そう思っています
彼女は、一般的に言う、非常に優秀なお嬢さんでした。
ペーパーも完璧、お話しもしっかりと正確にできました。そして、いつも笑顔を絶やさない明るいお嬢さんでありながら、決して受験をする子にありがちな「子役チック」な子ではない・・・申し分のないお嬢さん、として私は見ていました
しかし、彼女のお母様には妥協はありませんでした。
まだまだ幼い下のお子さまを連れながら、私の教室の他に体操、お絵描き、プール、別のお教室・・・と、あっちこっちをまわり、受験のために奔走していらっしゃいました。
幸い、そのお母様は、特に女児教育に大切なお行儀や躾にも厳しい方であり、ご自身も卒のない、とても洗練されたお母様でいらしたので、単なる「偏差値ママ」ではありませんでした
そんなある日、そのお嬢さんが個人レッスンにやってこられました。当時、私の教室は、今よりももっともっと小さなお教室でしたので、ご要望があれば個人レッスンもしていたのでした。
入り口でママにバイバイして、上履きに履き替えたとたん、彼女はニコニコ笑顔で私に近づき・・・
「先生、抱っこして」
というのです。えっ?と思いました。
確かに、昔から私と生徒達の距離は近く、とても和気藹々でクラスをしていたからか、よく子ども達は私にくっついたり、まとわりついたりしていましたが「抱っこをしてしい!」というような「特別のリクエスト」はそれまでなかったために、私はかなり驚きました
とにかく、まずはお席についてから、その子の話を聞くことにしました。
彼女の話しによると・・・私はママが大好きなのに、なかなか抱っこしてもらえなくて、とても寂しいのだ、と言うのです
思えば、お母様はまだまだ幼い下のお子さまの育児に時間をとられ、その上、上の子の受験準備をご自分で納得のいくようにやっていくために、毎日のほとんどの時間を費やしておられたでしょう。
大事な大事な我が子とは言え、その子が、「その時、ママに一番何を求めていたのか?」ということを察する余裕はなかったのではないか?と思いました
私は、そのお嬢さんの言葉にとても心動かされ、時々我が子にするように抱っこをして椅子に座り、いろんなお話しをすることにしました
最初は、10分ほど抱っこして、予定のカリキュラムをするつもりでしたが、何と、その子は10分ほど私に抱っこされ、ニコニコ顔でお話しをしているうちに、静かな寝息を立て始めたのでした。
私は、その子の寝顔を見ているうちに、万感こみ上げてきて、涙がポロポロと流れ、どうしてもその子を起こすことが出来ませんでした
その子のママを責める気持ちであったわけではありません なかなか上手くその時の気持ちを表現することは難しいのですが・・・とにかく、私はその時、一生懸命に子どものより良い教育を求めてがんばるママの姿にも、私の腕の中で笑みを浮かべたままで眠るお嬢さんの姿にも、深い愛情を感じたのは確かでした。
予定していたカリキュラムは、後日、きちんと消化したことは言うまでもありませんが、その日の出来事は、小さな受験生と先生の「秘密」になりました
数年後、下のお子さまも無事に受験を済まされ、そのお母様がほっとされた頃、ご一緒にお食事をしている時、しみじみと語られたママの言葉・・・
「先生、私ね、この間の体育祭の振り替え休日に、久しぶりに子ども達を連れて動物園に行ったんです そして、ゾウのゾーンに来た時、何だか胸がぎゅっと締め付けられてしまったんですよ。子どもが受験をする時、私はいつも子ども達に絵を描かせると『ゾウの色は灰色でしょ!そんな変な色を塗ったら、ゾウに見えないじゃないの!ゾウは、は・い・い・ろ!!わかった』って、必死に言ってたんです。でもね・・・ゾウって、灰色ばっかりじゃないんですよね。あの日、私や子ども達の前で、上手に鼻を使ってバナナやリンゴを食べていたゾウは、薄茶色っていうか、赤みがかった黒っていうか・・・何で私はあの頃、あんなに必死に灰色、灰色って言ってたのかなあって思うと、おかしかったり、悲しかったり・・・」
小学校受験とは、受験生が幼い子どもであるために、親にとって過酷な時間になるものです。
私が教室を始めた頃はまだまだ「青くて」、小学校受験を考えている家庭の母親は~~~あるべき!というようなことを、必死に語っていましたが、今ではそんな感情論?理屈?を振りかざす気持ちはなくなりました。
けれど、たった一つだけ、お母様方にお願いをするとしたら。
過酷な小学校受験準備の渦中にある時でも・・・ときどき、志望校のことも、ペーパーの苦手科目も、面接のことも、ぜーんぶ忘れて、「ただのママと子」になる時間をぜひ持って欲しい!そう思っています