忌野清志郎さんの死と日本の戦後民主主義の死
最近のニュースに由れば、ロック歌手の忌野清志郎(本名 栗原 清志)さんが亡くなられたそうである。享年五八歳だったという。だから、忌野清志郎さんは団塊の世代といってよいか、そのすぐ後の世代に属するといえる。良くも悪くも世代的にも、典型的な戦後世代の植民地文化を一身に体現した人であるということができる。「昭和の、戦後の申し子のような方」だったそうである。
しかし、私のように「戦後の日本文化」を日本の歴史上においてもっとも不毛と荒廃の文化と捉えているものにとっては、忌野清志郎さんの死は、「戦後の日本文化の死」の象徴のように映る。また、そのようにあって欲しいという願望につながる。むしろ戦後世代の死とその世代の交代によって、日本の長い歴史の歳月においてふたたび、日本の歴史を通じたより普遍的な正統的な日本文化への復帰の傾向が強まるのだろうと思っている。またそれを期待もしている。
「昭和の、戦後の申し子」たちは、自分たちの生育した時代と環境を相対化できず、それが自明で普遍的なもののように主観的には思いこんでいるかもしれない。しかし、悠久の日本の歴史からすれば、むしろこの「戦後の申し子の時代」こそが異常で特殊な時代であったことが、やがて理解されるだろう。
ただそのためには、この世代は、若気の過ちから自分の身体の全体に刻み込こんでしまった入れ墨を消し去るような、七転八倒の苦しみを通じることなくして、古来の水脈である伝統の本流に回帰することがむずかしいのだと思う。
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