この著作で早速いままでの長年の疑問が一つ氷解した。鎌倉時代に出現した念仏、お題目そしてさかのぼって真言のマントラそういったものがどういう道筋で発生したのかが長年の疑問であった。釈迦が行ったような瞑想、あるいは読経、あるいは出家僧のもろもろの修行なら素直に納得できるのだが、極端にシンプル化されたこの修行方法はどこからきたのか。
かつてはこう考えていた。もろもろの煩雑で困難な修行は庶民・凡夫には到底なしえないのでそれを誰でも実行できるようにシンプル化した。あるいはシンプルなほど真理だとの発想の逆転が各祖師の直覚でおきた。シンプルな故に世に爆発的に受け入れられた。
梅原氏の著作を読んで変わった。法然はまず残酷な殺され方をした父母を救いたい。父は横領使として殺人=殺生戒を数多く犯している悪人だ。そして身近な悪人・凡夫・女人を救うためには誰でもできる方法で浄土にいけなければならない。法然の宗教的直感をよりどころにして観無量寿経などの経文にその根拠を求め、称名念仏こそがベストだとの宗派を打ち立てた。それが日蓮の題目にも影響を与えた。観無量寿経などの経文に根拠を求めることは梅原氏自身も強引な解釈と認めている。そうなると根拠は宗祖の直覚によるものとだけ考えざるを得ず、それ以上の説明を拒否することになる。信仰だからそれでいいのだろうが、信者でないものには釈然としない。梅原氏の追求もそのあたりであきらめて終わっている。
この点に関して宮元氏の著作で疑問が氷塊した点がある。インドでは釈迦滅後仏教とヒンズー教のあいだに激しい攻防が続いた。お互いが相手をねじ伏せて自派の勢力を拡大しようとする激しい論争のなかで論争に有利なようにお互いの考え方を取り入れていった。仏教側が取り入れた考え方に「真言」=マントラの考え方がある。これはみずから立てた「戒」=言葉を厳格に守ることによって、その戒を現実化する力を得ることができるという考え方だという。力のある言葉が先にあってそれを唱えることで力をさずかるというのとは逆の考え方なので驚いた。
「ハリーポッター」のなかで、魔法使いはさまざまな呪文を唱えて相手を攻撃したり、犬やネズミに化かしたりするが、その呪文は自然にあるものではないということになる。修行者がその言葉を守りぬき、言葉自体に力を持たせることができるに至ったという考え方になる。修行者が言葉を守り抜くというのがなかなか具体的にイメージしにくいが、阿弥陀の「全衆生を救うまでは浄土にいかない」との誓願もこの種類の言葉なのだと考えるとなんだかわかった気になる。
これは目からうろこが落ちる考え方だと思った。通常、戒律は不殺生戒・不邪淫戒・不偸盗戒といって出家僧が守る規則だと理解してきたが、ヒンドゥから流れ込んだ戒はそれ以上の意味があるという。みずから定めた戒=言葉を守り通すことで戒が現実化するという考え方だ。この場合戒とは願望と解釈してもよいだろうと思う。つまり言葉が現実化するという考え方だ。「あなたの思いは実現する」といったたぐいの本が書店に並んでいるが、その考え方そのものではないか。
ここまでくると称名も唱題も「言葉」であり、これを厳格に実行することでその結果である浄土行きあるいは成仏を真実のものにしようとの考え方の流れであることがおぼろげながらわかってきた。
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