初稿2009-11-08 13:05:00
改訂2023-7-13
著者のヴィキー・バウムはオーストリア生まれの女性で、ドイツで作家デビューし、アメリカ国籍を取得してハリウッドで亡くなった。代表作は「グランドホテル」だという。
このバリ島物語は1904年から1906年までのバリで起こったププタンとよばれる王族を中心とした大勢の集団自死をファイナルに、それにいたる2年間を当時のバリの生活や風習、文化を詳細に588ページの大作で、金窪勝郎氏が翻訳している。私家版として出版されたものの偶然編集者の目にとまり、1997年に筑摩書房で出版にこぎつけたものだという。
サヌールの沖合に難破した中国船に対するもめ事(難破船から積載品を略奪したのか、海の贈り物として受け取ったのか)をきっかけに、やがてオランダ政府が乗り出してきてオランダ植民地化にいたる2年間を、当時のバリの王族と農民の生活を克明に描写しながらすすめていく。
しかし著者ヴィキー・バウムはバリに短期間しか滞在していない。ファビウスという架空の医者の遺作との風を装って小説家しているが、実は実在のドイツ人ワルター・シュピースが10年に亘って滞在し、残した膨大なメモや説明を著者が受けて手を入れたものだという。(ププタンの悲劇がそのあとのオランダ政府にバリ島文化を尊重させたという記述には反発をおぼえる読者も多かったらしい。)
この書のまえがきには
「世界のどこにも、白人の支配下に現地人がこれほど自由に彼ら自身の生活を続け、これほど幸福に、干渉や変化を強いられないで暮らしているところは、バリ島以外にないのだ。」
とある。確かにぬけぬけと言われると鼻白む記述で、これでは反発を覚える。
又、そのあとの日本軍占領時代に、この著作が妙に解釈されて、日本軍がオランダ政府よりもましな占領統治をおこなったという風にプロパガンダに使われたこともあるという。
しかしそんなことはあまり気にしないで、当時の風俗習慣をみるために読むという読み方もあってよいし、その気になって読むと、現代のバリにも通じる描写がいたるところに顔をだす。現代のバリに滞在しながら、100年前の興味深い描写を、現代のバリと比べながら拾い読みするには結構楽しい。
前回までに、いくつか気に入った抜粋と簡単なコメントを書いてきたが、もう一度テーマ毎にまとめてみると。
輪廻転生についてのバリ人の思い
語り手のファビウス医師(実際はシュピース)が、ププタンで死んだバリ一番の踊り手=イダ・バグース・ラカの孫の踊りを見てシュピース=ファビウスが転生を実感する。
「私ははっきりと悟った。ちいさなラカのうちに祖先が生まれ変わった事を、又、誰なのかを。彼は再びこの島に還り、今一度生きるために表れたのだ。・・・金色の衣装に包まれた小さな身体が子供のラカではなくて祖先の、光り輝く、魅力あふれる、往事のラカであると思われたのである。」
川で水浴
この当時は川で女達がマンデー=水浴したとある。今では廃れた風な書き方だが、滞在中の現代でもキンタマーニのバツール湖では、女達が平気で胸を出して水浴している所に出くわす。
ブラックマジック
「バリにおいては自然的病因はないのである。病人は妖術使いに妖術をかけられたのか、悪霊に悩まされたのか、祖先の非行に対して罰せられているのか、そのいずれかにちがいないのである。」
この考え方は現代でもバリ人の間に少しもあせずに残っている。我が家のベビーシッター・シシの送り迎えをするドライバーがある日、これなくなった。理由を聞いてみると、身体の不調があり、出身地のシンガラジャに帰ってバリアン(バリの呪医)に見てもらうのだという。
近所のカリマンタン親父は3年前にレヤックを2回見たという。夜中の一時にショップから家に帰る途中に巨大な黒い犬が現れたという。毛穴が総毛だったそうだ。すぐにブラックマジックだと感じたという。別の場所では巨大な蛇のレヤックを見たという。
ビラの門番のワヤンは闇夜に浮かぶバロン仮面風の妖怪を見たという。信じがたい話なのだが、とにかく証言者が多いのが特徴だ。
「バリ島物語」 その2 バガバッド・ギータの詩句