★★ 「太宰治が近づく二月」★★
風の強い夜だった。太宰治が急に未婚の私に近づいてきたのは。読まないまま、本棚にあった
『斜陽』を手にとり開いたときから彼に傾いてしまったのだ。強い酒におぼれ、退廃的な女におぼれる男、男の弱さをさらけだす男の魅力。若いころから私は真面目な人間が苦手だった。窮屈でかなわない。つい不良青年の魅力にハマッテしまうのだ。小説の愉しさは、不良たちの絡み合いではないかと、私はひそかに思う、太宰治がかたわらにいる二月。
❤❤ 「傷~太宰治をおもう七首」❤❤ 松井多絵子
白い壁、白いテーブルその上のメモには何も書かれていない
読まれないとき本棚の本はみな直立不動、太宰治も
あの冬のきりりと冷えた夜だった『斜陽』の扉をひらいたときは
力なき字にて書かれた原稿が「斜陽の館」に曝されている
われを乗せ金木駅より「メロス号」走れば津軽平野も走る
薄氷を踏むごと二月の夕暮れの舗装道路を歩いていたり
夜の街が男に酒をあおらせてしまう北風の夜はことさら
歌集 『えくぼ』 より