KISA 「きさらぎの居間」 RAGI 松井多絵子
マグロは泳いでいないと死んでしまうとか、私も歩いていjないと死んでしまいそうで、毎日一万歩を目標に歩くように心がけているが、この冬のこの二月は寒すぎる。近くのスーパーへ行くだけだから一日平均二千歩、毎日八千歩の赤字、しかし体重は黒字である。
家ではほとんど居間で過ごす。狭い空間のなかにいると、棚やゴムの葉の埃まで目につく.見慣れた絵や置物が妙になつかしくなる。我が家の居間のものはおおかた昭和、この部屋はまだ昭和の御世なのである。気は若いつもりでも私はやはり昭和の人間なのか、昭和の凝縮された人間かもしれない。居間に籠ってばかりいる昨今、じっと手を見ながら、じっと私自身を見ている。この二月も残り少なくなってきた、
❤❤ 「きさらぎの居間~六首」 ❤❤
細き首を傾けながらわれを見る素描の少女も風邪をひきそう
さかしまに置き換えにわかに豹となる火山裾野に拾いし石塊
平皿のパセリの森がうつくしい、われに酸素を、もっと酸素を
静物となりて林檎は卓上に明暗のある歪な球体
窓際の鏡のなかに立つ裸体、となりの庭の葉のなき沙羅の
居間にあるもの大かたは昭和なり椅子も絵皿も国語辞典も