日毎の糧

聖書全巻を朝ごとに1章づつ通読し、学び、黙想しそこから与えられた霊想録である。

パウロの弁明演説

2010-09-27 | Weblog
  使徒言行録第22章  

  18節「…主は言われました。『急げ。すぐエルサレムから出て行け』」(新共同訳)

   パウロは、千人隊長により兵営に曳かれていく途中、階段の上に立って民衆にヘブライ語で話し始めた(21章40節)。1~21節にその弁明演説が出ている。
「兄弟であり父であるみなさん」と敬愛を込めて呼掛けた(1節)。そして先ずこの都で育ち、今日の皆さんと同じように、熱心に神に仕えていましたと言って、同じ立場であることを述べる(3節)。そして更に「この道を迫害する」という点でも同じであった客観的事実を大祭司、長老たちがするとまで言った(5節)。
   6~16節はダマスコの回心についての証しである。9章は著者ルカが書いているが、ここではパウロの口から語る直接話法で伝えている。26章にもあるが、彼が強調しているのは、かつては自分もユダヤ教徒と同じ迫害者であったが、今は全く反対の立場に変わったということで(19~20節で繰り返している)、被害者と加害者の立場が、ひっくり返った状態を示している。「ミイラ盗りがミイラになった」。捕えようと思っていた相手に捕えられた、コペルニクス的転回である。
   迫害者パウロに「なぜわたしを迫害するのか。とげの付いた棒をけると、ひどい目に遭う」(26章14節)という声を聴いた。彼は強い光に撃たれて、突然失明し一緒にいた人たちに手を引かれダマスコの町に行き三日間見えなくなった。強い光は今まで見えていたものが見えなくなり、見るべきものを見るという転換を身を持って経験する出来事であった。
  次にパウロはダマスコの町でアナニヤと出会うことになる。ここで彼は聴衆にアナニヤが「律法に従って生活する信仰深い人で、そこに住んでいるすべてのユダヤ人の中で評判の良い人でした」と紹介している(12節)。そして自分の身の上に起きたことの証人であると語る(13~15節)。新しい出発は「バプテスマを受けて、罪を洗い清められる」ことだったと結ぶ(16節)。
  17~21節で、異邦人伝道になった経緯を語っているが、言い方にはユダヤ教徒の心情を汲み取るような表現になっている。冒頭に語った通り、キリスト者らを激しく迫害し、ステファノ殺害に賛成した者だったので、主から「急いでエルサレムから出て行け」と言われ(18節)、遠く異邦人の地に遣わされたという(21節)。
  然しこの弁明は民衆を説得するものとはならず「こんな男は、地上から除いてしまえ。生かしてはおけない」とわめき立てて上着を投げ付けた」とある(22節)。
  アラム語が分からないローマの軍指令官には彼らの激怒は全く不何解だったので、真相を調べるため、城塞に入れて百人隊長に鞭打ちを命じた(24節)。
   ローマ帝国の市民権を持つ者を裁判にかけずに鞭打ってもよいのかと言われ、百卒長は驚き、千卒長のところに報告に行く(24~25節)。千人隊長は確認し、パウロの取り調べは打ち切られた。「ローマ市民権」は権威ある資格であり一般には容易に手にすることの出来ない事から、パウロへの対応を変えざるをえなくなった。そして23章からユダヤの最高法院を招集し、そこで裁判をすることになる。
   パウロはこの市民権を相対化し、福音宣教の手段として用いようとしたのである。何故なら彼には誰からも決して奪われることのない市民権を所有しているという確信があった。それはキリストを知る絶大な価値の故に、この世のすべての身分、家柄、出身、知識等々すべてを「塵あくた」(口語訳「糞土」)と見なす価値の転換である(フィリピ3章5~8節)。