アモス2章
10節「お前たちをエジプトの地から上らせ四十年の間、導いて荒れ野を行かせ、アモリ人の地を得させたのはわたしだ」(新共同訳)。
1節「主はこう言われる。モアブの三つの罪、四つの罪のゆえにわたしは決して赦さない。彼らが王の骨を焼き、灰にしたからだ」。モアブは死海の東でエドムと隣接し、ロトと同じ子孫。骨を焼き灰にすることは、甚だしい死体への冒涜行為である。「ケリヨト」は人身供養をするケモシ祭儀の中心地であった(2節)。不和と抗争に対する審判か(3節)。
4節「主はこう言われる。ユダの三つの罪、四つの罪のゆえにわたしは決して赦さない。彼らが主の教えを拒み、その掟を守らず先祖も後を追った偽りの神によって惑わされたからだ」。神の審判は隣国からユダに及んだ。ここでは預言者を通して語られた主の言葉である。。「靴一足の値」で人身売買を行うという、弱者と貧しい者への抑圧が具体的に示される(6節)。教えを拒み、掟を守らない二つの罪状で、神の律法を破り、偶像礼拝に陥ったのである。
7節「彼らは弱い者の頭を地の塵に踏みつけ、悩む者の道を曲げている。父も子も同じ女のもとに通い、わたしの聖なる名を汚している」。七番目の最後がイスラエルである。それは社会的不正と倫理的不義である。更に逸脱した祭儀が行われている(8節)。
10節「お前たちをエジプトの地から上らせ四十年の間、導いて荒れ野を行かせ、アモリ人の地を得させたのはわたしだ」。神との関係が断絶していることを指摘する。出エジプトの最初の出発に戻って考えてみよと告げる。
11節「わたしはお前たちの中から預言者を、若者の中からナジル人を起こした。イスラエルの人々よ、そうではないかと、主は言われる」。荒れ野四十年を、主が預言者モーセと誓願を立てたナジル人を用いてに導いたのである(民数記6章1~21節see)。それにもかわらず、民は主の指示に逆らう(12節)。4節の罪と同じ。
13節「見よ、わたしは麦束を満載した車が、わだちで地を裂くように、お前たちの足もとの地を裂く」。神の審判はイスラエルに速やかに臨む。麦束を満載した車のわだちが地面を深くえぐるように、不正と罪によって民の心を深く切り裂く。罪の重荷で民が打ち砕かれることが、神の審判になるのである
14節「そのときは、素早い者も逃げ遅れ、強い者もその力を振るいえず、勇者も自分を救いえない」。弓を引く者も、足の速い者も、馬に乗る者も間に合わない(15節)。
16節「勇者の中の雄々しい者も その日には裸で逃げる、と主は言われる」。審判が速やかに行われることを示す。万国の予言者は、他国の罪状より、自らの同胞の罪こそ一層厳しく問うのである。
ペトロ第1の手紙4章17節には「今こそ、神の家から裁きが始まる時です」とある。問題の解決、その糸口を自らの足元に置くことから始める。予言者アモスはそのことを促している。
10節「お前たちをエジプトの地から上らせ四十年の間、導いて荒れ野を行かせ、アモリ人の地を得させたのはわたしだ」(新共同訳)。
1節「主はこう言われる。モアブの三つの罪、四つの罪のゆえにわたしは決して赦さない。彼らが王の骨を焼き、灰にしたからだ」。モアブは死海の東でエドムと隣接し、ロトと同じ子孫。骨を焼き灰にすることは、甚だしい死体への冒涜行為である。「ケリヨト」は人身供養をするケモシ祭儀の中心地であった(2節)。不和と抗争に対する審判か(3節)。
4節「主はこう言われる。ユダの三つの罪、四つの罪のゆえにわたしは決して赦さない。彼らが主の教えを拒み、その掟を守らず先祖も後を追った偽りの神によって惑わされたからだ」。神の審判は隣国からユダに及んだ。ここでは預言者を通して語られた主の言葉である。。「靴一足の値」で人身売買を行うという、弱者と貧しい者への抑圧が具体的に示される(6節)。教えを拒み、掟を守らない二つの罪状で、神の律法を破り、偶像礼拝に陥ったのである。
7節「彼らは弱い者の頭を地の塵に踏みつけ、悩む者の道を曲げている。父も子も同じ女のもとに通い、わたしの聖なる名を汚している」。七番目の最後がイスラエルである。それは社会的不正と倫理的不義である。更に逸脱した祭儀が行われている(8節)。
10節「お前たちをエジプトの地から上らせ四十年の間、導いて荒れ野を行かせ、アモリ人の地を得させたのはわたしだ」。神との関係が断絶していることを指摘する。出エジプトの最初の出発に戻って考えてみよと告げる。
11節「わたしはお前たちの中から預言者を、若者の中からナジル人を起こした。イスラエルの人々よ、そうではないかと、主は言われる」。荒れ野四十年を、主が預言者モーセと誓願を立てたナジル人を用いてに導いたのである(民数記6章1~21節see)。それにもかわらず、民は主の指示に逆らう(12節)。4節の罪と同じ。
13節「見よ、わたしは麦束を満載した車が、わだちで地を裂くように、お前たちの足もとの地を裂く」。神の審判はイスラエルに速やかに臨む。麦束を満載した車のわだちが地面を深くえぐるように、不正と罪によって民の心を深く切り裂く。罪の重荷で民が打ち砕かれることが、神の審判になるのである
14節「そのときは、素早い者も逃げ遅れ、強い者もその力を振るいえず、勇者も自分を救いえない」。弓を引く者も、足の速い者も、馬に乗る者も間に合わない(15節)。
16節「勇者の中の雄々しい者も その日には裸で逃げる、と主は言われる」。審判が速やかに行われることを示す。万国の予言者は、他国の罪状より、自らの同胞の罪こそ一層厳しく問うのである。
ペトロ第1の手紙4章17節には「今こそ、神の家から裁きが始まる時です」とある。問題の解決、その糸口を自らの足元に置くことから始める。予言者アモスはそのことを促している。