日毎の糧

聖書全巻を朝ごとに1章づつ通読し、学び、黙想しそこから与えられた霊想録である。

その計画を人に告げ 暗闇を変えて曙とし

2015-02-14 | Weblog
  アモス4章 

  13節「見よ、神は山々を造り 風を創造し その計画を人に告げ 暗闇を変えて曙とし 地の聖なる高台を踏み越えられる。その御名は万軍の神なる主」(新共同訳)。

  1節「この言葉を聞け。サマリアの山にいるバシャンの雌牛どもよ。弱い者を圧迫し、貧しい者を虐げる女たちよ」。小見出し『サマリアの女たち』。2章13~16節、3章11節と同じ神の審判をつげる。
  2節「主なる神は、厳かに誓われる。見よ、お前たちにこのような日が来る。お前たちは肉鉤で引き上げられ 最後の者も釣鉤で引き上げられる」。口語訳「主なる神はご自分の聖なることによって誓われる。見よ、あなたがたの上にこのような時が来る。その時、人々はあなたがたをつり針にかけ、あなたがたの残りの者を 魚つり針にかけて引いて行く」。口語訳の方が判りやすい。神の聖性のゆえに悪徳の繁栄を激怒し、審判を告げる。破壊された城壁から捕囚の民として連れ出される(3節)
  4節「ベテルに行って罪を犯し ギルガルに行って罪を重ねよ。朝ごとにいけにえを携え 三日目には十分の一税を納めるがよい」。小見出し『かたくななイスラエル』。ベテルは北王国の聖所があったところ。形式的礼拝に対する明らかな皮肉。熱狂的な礼拝を揶揄する。「大声で触れまわれ」(5節)とは、虚しい言葉だけが宣伝されることを指す。
  6節「だから、わたしもお前たちのすべての町で、歯を清く保たせ、どの居住地でもパンを欠乏させた。しかし、お前たちはわたしに帰らなかったと、主は言われる」。「歯を清く保たせ~」は飢饉で食べる物がないこと。「しかし、お前たちはわたしに帰らなかった」と6~11節に5回繰り返す。それは飢餓(6節)、旱魃(7節)、凶作(9節)、疫病と殺戮(10節)、戦禍(11節)など、神の警告を無視していることである。ここで民の罪の頑なさが示される。
  12節「それゆえ、イスラエルよ わたしはお前にこのようにする。わたしがこのことを行うゆえに イスラエルよ お前は自分の神と出会う備えをせよ」。悔い改めて神に立ち帰り、神との出会を求めよと勧告する。それは風を創造し、暗闇を変えて曙とする神の許である(13節) 。これは断罪されるのか、悔改めるのかの何れか、神との関係を問い直せという意味になる。聖なる方の臨在にふれる時に預言者イザヤは「ああ災いだ、わたしは滅ぼされる」(イザヤ書6章5節)と叫んだ。また弟子ペトロは、主イエスの前で「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者です」と告白した(ルカ福音書5章8節)。
 聖と義を属性する神と出会うことは、決して容易な出来事ではない。

  17世紀初めから三百年近い徳川幕府の弾圧を潜ってきた隠れキリシタンが「おらしょ」(主の祈り)で『試み(ラテン語テンタツィオ)に遭わせないで下さい』が、“われらをテンタさんに話したもうなかれ”と変えられた。テンタ(太陽)に告げ口しないで下さいとはユーモアある言葉である。15世紀に渡来したバテレン(宣教師)は、日本の神々を排して「天主さま」と呼んだ。天とは神の臨在を表わす言葉で、何一つ影も曇りもないことだ。キリスト者は聖にして義なる神に向かって、「天の御父よ、我らを誘惑に遭わせないで、悪より救い出したまえ」(マタイ福音書6章9、12節)と祈る。