手元に「水滴考」というハードカバーの古本があります。
木村敬さんという職人さん・元公務員の蒐集家さんが「水滴」のコレクションを本に残そうと、(多分)自費出版したと思われる本で、以前ヤフオクで千円ちょっとで落札したものです。定価1,900円、S57.11初版ですが、水滴の本などそんなに売れるものでは無いでしょうから増刷はないと思われます。古本屋では4千円内外と値段が付いているのを見かけますがいずれも「在庫なし」そういう意味では、レアな古本であります。1922年生まれの木村さんも恐らく鬼籍に入られてる事でしょう。
水滴とは、水差・水注などと呼ばれ、古くから書道で墨に少しずつ水を足す小さな道具であります。書道の本場中国が発祥で、茶の湯が文化として根付くようになるとその小道具としても重宝がられました。江戸時代以降は「古銅・鋳鉄・真鍮」などの金属を用いて、金工職人さんの手による小品・精密な細工ものがつくられたようです。勿論並行して陶磁器の水滴も多く製造されております。
木村さんは、家の中に水滴が100個近く集まったので本にしようと思い立ったそうです。その頃はネットでの買い物も無く、ヤフオクもありませんから、全国の古美術店や骨とう品店を訪ね歩き蒐集したようです。いわゆるコレクター本・蒐集本の類なのです。
冒頭の10P程度は、当時の水滴に関する文書の抜粋や資料の転用、あとは自分の自慢のコレクションの写真を、入手した時のエピソードやら奥方とのやり取りを添えて説明する体裁で、学術的・系統だった研究とはだいぶ趣の違うものであります。しかも、入手金額や、想定の評価額なども意図的に載せていません。
後半には、ランダムに良さそうな手持ちの水滴を「真贋不明、新しいものか古いものかもわからない」と断って紹介していました。これはこれで良いのだろうと思います。古美術商や骨董品の研究者ならば全く違う視点で「真贋の見極め」と希少価値や価額を主眼にするでしょう。自費出版・自己満足で、自分のコレクションを他人様にご披露します、程度の気負いがないものは潔いですね。
そこで、ワタシの「水滴」コレクションです。ちょっと数えてみても70個以上になっておりました。無論その半分ほどは、普及品・現代でも市販されているレベルで、日用品程度の安物であります。数だけは木村さんに迫るかというところで、酔狂ならば、コレクションの自費出版(笑)しようかとなるのかもしれませんね。
ワタシは、さほどこだわりも無くヤフオクで数千円でコツコツ集めているだけで、一個数万円もしそうな銘品・骨董品が紛れ込んでるかは定かでありません。際限なくお金がかかる骨董趣味だけは排除しようと誓っております。例外的に水滴の蒐集は、あくまで書道の嗜みの延長線上にあると、都合よく解釈しております。
最近欲しかった水滴が意外と安く入手できました。それで出版する代わりにちょっとブログで紹介しようというわけです。実は少なくとも2回は水滴の写真は掲載しております。重複は覚悟で少しだけ写真を載せましょう。
陶磁器の水滴で一部共箱ありです。価値は全く存じません。陶芸品は、姿のいいもの素朴な形が好ましいものであります。
同じく陶磁器ですが、これはもしかしたらちょっと値の張るものかもしれません。いずれも国内の窯で焼かれたものですが、それなりに由来があるのでひょっとすると1万円前後はするかもしれませんね。
次の写真、こちらは古銅や真鍮の時代物であります。その中で上の左のものは「華石」というかなり古い時代の金工細工職人さんの手になるもので、これも1万円近くするでしょう。「華石」さんの水滴は軽く、美しいフォルムが気にって4個あります。
その右は、似たような古銅のずっしりした品で、ワタシの見立てでは右側は上部平面の飾りが「獅子」で、ヤフオクでも類似品を見かけます。その左は多分、富山県の高岡銅器が今も製造している一連の復刻盤、復古品とみています。それでも定価7千円ほどするのです。その装飾は「トンボ」であります。著名で骨董価値がある古い時代の品物を模した品物は、中国明清時代や江戸時代以前に作られたオリジナルとは少しだけ意匠を変えて、復古品とわかるようにしています。それがモノづくりの良識というものです。
一番右は、模造品か時代物の良品かは存じませんが、本物としてもせいぜい1万円かそこらでしょう。こんなものを本物に似せて時代感を出すように細工したものが、1万円位ではコストとリスクに見合わないので、偽物作りの人は取り扱わなかろうと思います。
さて、今回やっと入手した「水滴」がこれです。木村先生の本で「麒麟鳳凰図霊牛口水注」と、ものものしい名前が付けられているものに似ています。その水滴は、注ぎ口が牛の顔で、側面の装飾が全体に大きくキリンなどがデザインされています。ワタシのはこじんまりと鳳凰らしきレリーフが施され、注ぎ口が羊、蓋の部分が小さな鳥の取っ手になっていて手が込んでいるのが大きな違いです。このデザインの水滴は大きく2系統に分かれているのです。
底面に四角で囲まれた「銘」が彫られているのですが今のところ解読できません。しかし、ネットで見かける全く同じデザインの水滴と同一の銘に見えるので、やはり100年以上前に作られた時代物であり、贋作ではなかろうと勝手に想像しております。因みにその品は18千円の即決価格で出品されています。手に持つとその重さや手触り、良い具合に浮いた緑青(青い錆)がなんとも愛玩するに相応しいのであります。
これが、4,125円で落札できたので、にんまりしております。木村先生の言を借りれば、骨董店巡りをして件の銘品を入手した後、東京のアンティークショップで、同一品を発見してその値段が3倍であったことに驚き「とたんにいい気持ちになれた。掘り出し根性の卑しさとはこんなものか、しかし悪くはない。」
うーむ、全く同感であります。もしかしたら、木村先生の収蔵物もどこかで出回っているかも知れません。先生が一番お気に入りで、自身で命名したという「恋若鹿」の水滴は流石に美しいものでした。これからヤフオクを物色するときは、ちょっと意識してみるのも一興であります。とはいえ、さすがに自費出版は無いか(笑)
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