山口県阿武町が誤って給付金4630万円を振り込んだ事件、いまだにマスメディアやネットでも盛り上がっています。容疑者の卒業文集やら関係者の本人の印象やエピソードをほじくり出しては、人間像を推測し回収の可能性などを盛んに話題にしておりますね。
ワタシは、元金融マンなので、この事件では①金融機関の対応はどうだった? ②行政(役場)の振り込み処理とその後の資金返戻の交渉 ③課税と罪状などが気になりました。
こうしたミスの場合、通常ならちょっとした謝礼(菓子折り程度)を持っていき、担当した職員の処分(注意)をしてお終いになるはずだったのですが、誤送金した先が、運悪く極め付きのゴロツキであったために、その場で回収処理ができなかったのです。これだけで、よりによってとんでもないやつに引っかかった、と不運のせいにし、役場は「被害者」の意識を前面に出しています。
なぜ誤送金になったのか、もう少し表現を変えれば、なぜ新人の役場の職員が大金を簡単に振り込むことが出来たのか、が問題だろうと思います。人間のやることだし、ケアレスミスで生じたと言えば済むものではありません。そうしたミスが起きうることを想定したうえで、多層的なチェックが行われ、システム的にミスを生じない方策を講じる、と言う基本的な体制作りを怠ったのです。
普通、役所は出納室があって支出や預金管理全般を担当します。小口現金はだいたい総務で支払われるだけですが、公金の支出は、各部署で「支出伺い」の書類を起案し、(支出の金額や内容による決裁責任の権限レベルが異なるとはいえ)少なくとも起案者から決裁者まで、役職者数名のチェックが入ります。そのうえで書類を回付し出納に依頼すると、その決裁文書に基づいて支出手続きが行われます。
おそらく大きな役所なら大勢は電子決裁により、パソコン上で支出データも入力されるのでしょう。出納は「支出命令・決裁」がある支払いしかできません。当然です。それがフロッピ-であれ文書振り込みであれ、決裁文書と一体で作業が進むのです。高額になる振り込みなら、出納は資金繰り(決済資金の手当て)が必要なので、一定の金額以上の支出があれば資金計画の部署でそのチェックも欠かせないはずです。
振込の内容が間違いのないものなら、文書(送金依頼書・振込書)に記入するか、電子媒体(PCからのネットバンキング・F/D・M/T)によって指定金融機関に送金依頼をします。これは通常振込指定日の3、4日前に持ち込むのです。地方自治体は出納業務を委託する指定金融機関を定めています。ここで、自治体の税金の収納と取りまとめ、出納窓口業務の受託、支出(現金・振込)事務とそれにともない、役所の指示に基づいて預金管理・資金移動を行います。
山口県阿武町の予算規模は、特別会計を除くと約30億円、その半分は地方交付金、つまり国からの補助金で賄っています。職員給料、生活保護費などの義務的経費で、一般会計支出の半分を占め、これは地方では現金支出のウェートが高いようです。そのほかの支出は「投資的経費」と呼ばれ、個別に振込を行うことになります。今回の給付金と容疑者に振り込んだ総額は1週間で92百万円で、財政規模から見たら恐らく、年間何万件という振込件数の中で、総額年10億円前後とすると、一年に一度あるかないかの高額送金であります。
わずか1週間で一億円近い支出となれば、必ず決済資金の裏付けが必要であり、役場側も銀行側もなんらかのガードとチェックがなされるべき事案であったと思います。恐らく信用性が高い団体(役場)からの振り込みなので、先に振込データを受理し「前処理」によって送金データを指定日の前夜に為替システムにストックしています。これを当日一斉に被振込先に自動入金されるのですが、その振込資金の決済は「当日」の午後であったはずなのです。
そこで、役場の手当てした振込資金が不足したことで発覚したのだと思います。資金決済を待たず、先に振り込むことが出来る(決済前に相手方に着金する)というリスクがあるのです。1件4630万円の支出が、誰もチェックせず、「振込用紙」で担当者から指定金融機関に渡り、銀行も不審に思わずに、資金の裏付けなしに巨額の送金が行われたいう、極めて杜撰な事務フローが行われていることが問題であったのです。これが可能なら、ワタシだったら、ネット上で海外送金と逃亡の準備をして、計画的に自分の口座に5億円ばかり振込します、入金した瞬間にミッションインポッシブルみたいにスイスや地下銀行等一気に資金移動させるのです。ばれた頃には海外へ高飛びしております。
聞けばベテラン職員が配置転換になり、昨年採用したような若い担当が処理していて「落ち込んでいる」そうです。二十歳過ぎの新米職員に億単位の資金が動くセクションを任せた阿武町の重大な過失であろうと思います。ワタシは、経理や出納と言ったセクションで、横領などの不祥事が非常に高い確率で起きることを身をもって経験しております。信頼がおける複数の職員で相互に牽制し、必ず5~10年以内に定期的な人事異動を行って、不定期な抜き打ち監査・検査をすることが不可欠なのだと学んでいます。
更に、問題が発覚した時の対応がさらにルーズで無責任・思慮不足であったことが今回の「回収困難」を招いたのだと考えています。返金拒否が翌日には判明しているのに2週間以上放置して資金が空になるまでなんら対抗策を講じませんでした。
当日は受取人本人が気づく前に判明しているでしょうから、素直に返金処理に応じるケース、本人と連絡が付かなかった場合、その日に返金にならない事態、それぞれを短時間でシュミレーションして対応策を準備すべきなのです。返金に応じるならいくらかお礼をする、応じないなら「資金を保全する為に支払い差し止めや裁判所からの仮差し」を行うむねを本人に伝える、並行して弁護士や法務専門の部署に相談して法的措置を準備する、外部流出を抑えるために指定金融機関と相談し緊急的な対応を協議する、などを行うといった最悪の事態に備えて対策を取るのが、リスク管理であり「公金」を預かる責務であろうと思います。
お金に関しては「性善説」は通用しません、現金を目にしたら人は豹変し、人格が変わります。善人であろうと悪魔の囁きに惑わされるのは同じです。まして金に困っている人間、金に執着心がつよいなら猶更であります。
自分の役所で起こした言い訳出来ないミスでありますが、町長がいかにも被害者で、相手方に真実を語って返して欲しい、と言っております。家賃2万円ちょっとで、今回職場も退職したギャンブル狂の若者に、更に弁護士費用など600万円ほど上乗せして要求する厚かましさ、問題を生じさせた当事者としての責任感の欠如を見ると、偶発的で運が悪かったでは済まされない町役場の悪しき構造・体質を感じる事件であります。
被害者は納税者・町民であります。不始末の責任は役場にあり、町長はじめ役場みんながお金を出して損失をいったん補填する、それからこの容疑者から何十年もかけて回収すればいい、とさえ思います。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます