中国事情、つれづれなるがままに
最近の中国情勢のもろもろが、魚の小骨のように引っかかっています。気にかかってしかたがないのですね。
とはいうものの、私は別に中国事情のウォッチャーではありませんし、ましてや専門家でもありません。だから、気にかかるネタをいくつか並べてみて、そこに浮かび上がる何かがあるかどうか検証めいたことをしてみようと思います。それはもちろん、尖閣問題がどれほど深刻なものであるのかという問題意識に集約されることになるでしょう。
私見によれば、尖閣問題に関する大きな情報で最新のものは、msn産経新聞ニュース当月21日掲載の「王毅外相、米で日本批判 尖閣めぐり」でしょう。sankei.jp.msn.com/world/news/130921/chn13092110450000-n1.htm
【ワシントン=佐々木類】中国の王毅外相は20日、訪問先のワシントン市内で講演し、尖閣諸島(沖縄県石垣市)について、「日本が41年前の日中合意を否定して国有化したため、中国としても対抗措置をとらなければならない」と述べ、日本政府の姿勢を批判した。
(中略)
王氏は「われわれは話し合いのテーブルにつく用意があるが、日本が『領有権問題は存在しない』として協議に応じない」とも述べ、尖閣諸島をめぐる日中対立の原因は日本側にあると強調した。
王氏が講演したのは、リベラル色が強く、オバマ政権に多くの政策提言をしてきた大手シンクタンク「ブルッキングス研究所」。元ホワイトハウス国家安全保障会議(NSC)アジア上級部長時代にG2(米中2国の枠組み)を主導し、現在は同研究所上級研究員を務めるジェフリー・ベーダー氏が講演後に質疑を行った。
中国外相の発言中の「41年前の日中合意」とは、国交正常化した1972年の日中共同声明のことでしょう。しかし、同声明で尖閣諸島について「棚上げ」で合意した事実はありません。尖閣諸島に関して「領有権問題は存在しない」というのが日本政府の一貫した立場です。
また、2012年9月の野田民主党政権は、尖閣諸島の国有化に関して「平穏かつ安定的に維持・管理するため、1932年まで国が所有していた所有権を民間の所有者に移転していたものを再度国に移転するものに過ぎない」というコメントを残しています。しかも、尖閣諸島の一部は12年9月以前から国有化されています。だから、王氏の発言は、事実関係の誤認に基づくものです。
しかし中共首脳は、そんなことなど先刻ご承知であるにちがいありません。なぜなら彼らは、軍事力の行使による戦争以外に、サイバー戦争や情報戦を、それと同じくらいに重視していて、今回の発言もその情報戦の一貫であることが明白であるからです。つまりヒトラーと同じく、彼らは「ウソも百回言えば本当のことになる」という考え方の信奉者なのです。つまり、自分たちの発信するメッセージの真偽よりもその効果のほどを彼らは重視するのです。その意味で、彼らは徹底したリアリストです。内戦と情報戦を戦い抜くことで、中華民国政府から大陸中国の実権を力ずくでもぎ取った中共の先達のDNAは、歴史的な記憶として、今の中共首脳部に確実に引き継がれているということです。下品なたとえ話をすれば、女を口説くとき、口説き文句に自分の真情がどれほどこめられているのかということよりも、それが「落とす」という目的に関してどれほど効果的であるのかを重視する男っていますよね。こういう男をふつうリアリストと呼びますね。それがあまりに露骨だと嫌われてしまうわけですが。中共ってのは、そういう露骨な男のような考え方をします。
そういうふうに考えてみると、王外務相の発言が、中国寄りの姿勢の目立つ米国のリベラル勢力に中国の一方的な主張を訴え、かつてG2(米中2国の枠組み)を主導した知識人に講演後の外務相との質疑を任せて米国リベラル陣営における中国のイメージアップを図るものであることは、やはり無視できません。米国における中国の尖閣問題をめぐる地歩固めを一歩でも二歩でも進めるうえで、今回の動きは一定の効果があったと考えざるをえません。「デマを飛ばしても、何の効果もない」などとタカをくくるのは間違っています。安倍首相が、五輪招致のプレゼンテーションで「汚染水の状況はコントロールされています」と言ったのに対して、目くじらを立てて「ウソをついた!ウソをついた!」と糾弾したがる日本人の可愛らしい国民性をながめて、海の向こうから高笑いが聞こえてくるようです。「なんと手玉に取りやすい国民であることよ」と。
繰り返しになりますが、中共は、軍事力の行使以外のサイバー戦争や情報戦をそれと同じくらいに重視しています。アメリカ国防省の「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告(2011年八月)」には、中共の情報戦=三戦(世論戦・心理戦・法律戦)についての次のような説明があります。
世論戦:中国の軍事行動に対する大衆及び国際社会の支持を築くとともに、敵が中国の利益に反するとみられる政策を追求することがないように、国内及び国際世論に影響を及ぼすこと。
心理戦:敵の軍人及びそれを支援する文民に対する抑止・衝撃・士気低下を目的とする心理作戦を通じて、敵が戦闘作戦を遂行する能力を低下させようとすること。
法律戦:国際法及び国内法を利用して、国際的な支持を獲得するとともに、中国の軍事行動に対する予想される反発に対処すること。
王外務相が、「法律戦」を手段として直接的には「世論戦」を展開することを通じて「心理戦」的な効果をも狙っていることがお分かりいただけるのではないでしょうか。中共は、デマを飛ばし続けていますが、それは、すべて自覚的戦略的なデマなのです。それに対して、日本政府は常に守勢に立ち、後手に回ることを余儀なくされています。また、日本のマスコミはおおむねいままで述べたことに関して感度が鈍い。日本国民がまっとうな危機感を抱くようなマトモな報道を展開しようとはしません。さらには、毎日新聞や朝日新聞のように、日本の新聞でありながら、中共の立場で記事を書いているとしか思えないような不健全な報道が少なからずあります。尖閣問題に関して、侵略の意図を一方的に一貫して抱いているのは中共であり、中共が「話し合い」によって日本政府に妥協する余地はまったくないという厳しい現実を踏まえたうえでの報道でなければ、それらはすべて広義における虚報とならざるをえないことを私たちは肝に銘じる必要があります。日本政府の姿勢は拙劣ではありますが、良い悪いの次元で言えば、中共はこの問題に関して常に一方的に悪いのです。私がこの当たり前のことを力こぶを入れて主張しなければならないほどに、日本における中共の「三戦」は着実に成果を挙げていると言えましょう。私が今しているお話は、おそらく日本人の七~八割にはほとんど通じないものと思われます。それほどに、日本は中国に情報戦によってヤラれてしまっているのです。
ここで、日本における中共のスパイ活動について話したい気がしないわけでもないのですが、それについてはもう少し勉強する必要がありそうなので、控えておきます。ただし、その浸透ぶりは、私たち一般国民の想像をはるかに超えた戦慄すべきものであるとはどうやら言えそうです。マスコミ内はもちろんのこと、国籍条項を撤廃した地方自治体や一流企業にも、中共のスパイはすでに大量に潜り込んでいるものと思われます。また、例の朱建栄氏の件なんてずいぶんきな臭い話しだし、そこには熟考すべきものが少なくないとも思われます。ほかにも最近日本から忽然と姿を消した中国知識人がいるようですね。また、日中関係について独特のポジションから貴重な発言をし続けている石平太郎氏なども、中共の策謀に引っかからないよう身辺に気を配られたほうが良いような気がします。石平氏によれば、日本にいる中国知識人はいま事実上の箝口令を布かれていて、中共の自分たちに対する出方をめぐってあれこれと憶測し戦々恐々としているとのことです。日本にいる中国知識人が日本の報道機関と接触することに対して、中共首脳が極度に神経質になっている現状が想像されます。習政権は、政局運営に関して、おそらく相当に苦慮するところがあるのではないでしょうか。そのことについては、後であらためて触れましょう。
最近新聞が大きく取り上げた中国関連の情報といえば、日経新聞インタネット版九月二四日に掲載された薄熙来(はくきらい)氏の無期懲役判決でしょう。www.nikkei.com/article/DGXNASGV24002_U3A920C1000000/ 当記事はとても参考になるものだったのですが、気になるのは、それが英フィナンシャル・タイムズ紙に掲載された記事の翻訳である点です。もしかしたら、日本の大手新聞は、中共に関してはっきりしたことが言えなくなっているのかもしれないのです。事実上の報道管制。私の杞憂に過ぎないことを祈ります。
さて、同記事を見てみましょう。全文を引くことにします。
22日に無期懲役の判決が下った中国の元重慶市トップの薄熙来被告は、手錠をかけられ、両脇を大柄な警察官に固められながらも、顔にうっすら冷笑を浮かべているように見えた。
収賄、横領、職権乱用で有罪を宣告した裁判官に対し、同被告は判決が「不当」で「不公正」だと叫んだと、海外の中国メディアは23日に法廷の様子を伝えた。ただ、国営テレビでは報道されなかった。
昨年失脚するまで中国共産党の25人の政治局員の一人だった薄被告が、妥協することなく抵抗姿勢を貫いたことは、党指導部がこれほど厳しい判決を仲間の一人に下す必要性を感じた理由を部分的に説明している。
■最大の脅威は党内部から起こる
さらに、権威に頼る共産党が直面する動かしがたい事実も浮き彫りにする。世界最大の人口を抱える国家を継続支配するうえで最大の脅威は、革命でも、平和な反乱でもなく、党内部から起きるということだ。
共産党が軍や公安を含む政治や国民生活のすべてを掌握していると、「悪い皇帝」がトップに就いた場合のリスクが大きく、上層部に深刻な亀裂が生じれば、体制崩壊や機能不全に陥る恐れがある。
「歴史の終わり」の著者で米スタンフォード大学のシニアフェロー、フランシス・フクヤマ氏は「薄熙来は『悪い皇帝』になる恐れをはらんでいた。エリート集団で唯一、毛沢東後の党の総意を塗り替えるカリスマ性をもった存在だった」と指摘する。「彼が昇進していたら、体制をひっくり返し、ルールをすべて変えたかもしれない」という。
政府の公式説明によると、薄被告の失脚の引き金になったのは、薄被告の元側近だった王立軍・重慶市前副市長兼公安局長との個人的ないさかいだという。
王受刑者は汚職の罪と、薄被告の妻、谷開来受刑者が英国人ビジネスマン、ニール・ヘイウッド氏を重慶市のホテルで殺害したとされる事件を隠蔽した罪で、懲役15年の判決を受けて服役中だ。
王受刑者がこの殺害事件の証拠をつかんで薄被告にひそかに報告したところ、薄被告は激怒して王受刑者を殴打し、大半のポストから解任したという。
これに対し、王受刑者は米領事館に駆け込んで薄被告に命を狙われていると訴え、殺害事件を巡る証拠を提示し、それが後に中国の捜査当局の手に渡った。
谷受刑者は昨年、執行猶予付き死刑判決を受けており、生涯服役するものと見られる。
政府コメントでは、王受刑者が上司を裏切るに至った経緯が説明されていないが、フィナンシャル・タイムズ紙が得た多くの情報源によると、薄被告の政敵による厳しい捜査で追い詰められた王受刑者が、薄被告に保護を求めていたようだ。
政敵は、2012年11月に行われた10年ぶりの指導部交代においてトップ7人の党政治局常務委員入りをねらう薄被告に対し、同被告の一族や協力者の不正の証拠をかき集めて妨害するつもりだった。
結局、新たに発足した指導部では習近平氏が党総書記、国家主席、そして中央軍事委員会主席に就任した。
■反体制派の動きを封じ込める習主席
薄被告をよく知る人々は、彼がひとたび指導部入りすれば、同志を追放し、競争相手のいないリーダーとして突出した地位を築くだろうことを恐れた。習主席の経歴は驚くほど薄被告と共通点が多く、トップ就任以来の政策も異様なほど薄被告の政策と似ている。
習主席は汚職や不満、党の方針への批判に対する厳しい弾圧を指示してきた。それは、薄被告が重慶市時代に手掛けた暴力団や腐敗一掃の「打黒」運動を強く連想させる。
また習主席は、好んで毛沢東の言葉を引用し、共産党の過去を賛美してきた。
習主席が権威主義に傾斜し、薄被告の政策を模倣するのは、根強く残る同被告の影響力を中和し、党内部から政治的変化を引き起こす可能性があり、党が最大の脅威と見なす反体制派の動きを封じ込めることが狙いだと党幹部は認める。
64歳の薄被告は控訴する方針だが、政治の表舞台から消えるのはほぼ確実だろう。しかし同氏の失脚により、中国の政治が姿を変え、内部の亀裂が一党支配体制にどれほど大きな脅威になり得るかが明らかになったのは確かだ。
By Jamil Anderlini
この記事を読んでの素朴な感想は、「薄被告は、無期懲役という重罪に処されたのであるから、さぞかしヒドいことをしたに違いない。では、重罪に値するような、薄被告の悪業とは何なのか、具体的にはさっぱり分からない」ということです。奥さんが本当に人殺しをしてしまったのなら、それはヒドイことであるとは言えそうです。しかし、薄被告が人殺しをしたわけではどうやらなさそうです。高い地位を利用して、妻の殺人の事実をもみ消そうとしたならば、それは確かに軽くない罪ですが、それも上記の記事を読む限りはっきりとはしません。
要するに、裁判を通して事実関係がはっきりしたというわけではどうやらなさそうなのです。相変わらず、すべては藪の中。なんとなく、色欲と権力と権謀術数の匂いの立ち込めたあまりにも怪しい事件であるとは思いますけれど。薄被告の社会的生命を抹殺するという政敵(具体的には習近平)の意図が最初にあり、裁判という形を借りて、その意図を貫徹した。はっきりしているのは、どうやらそれだけです。はっきりした証拠があろうがなかろうが、そんなことはお構いなし。実権を握った側が「コイツを抹殺する」という意思を固めたならば、そこには、なんとしででもそれを完遂するという力ずくのプロセスがあるばかりです。記事にある通り、政敵が手強ければ手強いほどに、実権を握った側の抹殺の仕方は問答無用の熾烈なものとなる。それは、そうしなければ、今度は実権を握ったはずの側が、ひっくり返されてしまう危険があるからです。抹殺する側も必死なのです。記事にもある通り、「世界最大の人口を抱える国家を継続支配するうえで最大の脅威は、革命でも、平和な反乱でもなく、党内部から起きる」という事実を、実権を握った側は骨身にしみて知っているのでしょう。さすがは、「法の支配はなくて、あくまでも人治主義があるだけだ」と言われるお国柄だけのことはあります。彼らにとってみれば、極東軍事裁判における勝者による敗者の裁きなんて当たり前のことであって、何が問題なのかさっぱり分からないのではないでしょうか。
このような生死を賭けた権力闘争は、中国権力政治におけるお家芸である、とはよく言われることです。私は、その事実をこれまで知らないわけではありませんでした。しかしながら、それはあくまでも国内政治における現象であるとばかり思っていました。
ところが、それが尖閣問題にも濃い影を落としているどころか、尖閣問題を生み出しているという面さえもあることが近ごろ分かってきました。具体的には、軍事ジャーナリスト・鍛冶俊樹氏の『国防の常識』(角川ONEテーマ21シリーズ新書)や彼のメーリング・リストを読んで、そのことに気づきました。
鍛冶氏によれば、中国政治における権力闘争は、中国共産党の内部においてのみならず、中国共産党と人民解放軍との間においてもあるとのことです。『国防の常識』から引用しましょう。
中国共産党はもともと政治部と軍事部の二本立てで、それぞれが現在、中国政府と中国人民解放軍になっている。同じマルクス・レーニン主義国家でも旧ソ連とは根本的に違う。ソ連の場合は、ソ連共産党が軍を完全に支配下に置いていたが、中国では両者は対等な関係なのである。
何故こうした違いが生じたかと言うと、ソ連の場合、軍隊はもともとロシア帝国軍であった。帝政が倒れ共産主義者が国家を乗っ取り、いわば皇帝に成り代わって軍隊に命令する様になったのだ。
中国共産党はこのソ連により第1次世界大戦後に設立された。軍事工作を主とする部門と政治工作をする部門とに分かれ、ソ連からの命令で動いたのである。後に中ソ対立でソ連から離れたため、統一的な命令権者がなくなり政府と軍の二本立てのまま今日に至っている。現在、国家主席は胡錦濤(二〇一二年八月現在。いまは、習近平――引用者注)だが、これは政府の代表に過ぎない。軍の代表は軍主席、正確には中央軍事委員会主席という役職が別にある。胡錦濤は二〇〇三年三月に国家主席に就任し翌年九月に軍主席を兼務して漸く国家の統一を保っている。
ところが軍主席は中央軍事委員会で選出される仕組みになっており、委員会のメンバーはほぼ軍人だ。つまり軍の意向一つで胡錦濤はいつでも軍主席を解任されてしまう立場なのだ。
中国共産党は一枚岩の権力機構なのではなくて、政治部を中国政府が、軍事部を中国人民解放軍がそれぞれ担う二本立て構造であるという指摘は重要です。というのはその指摘をもとに考えれば、中共の尖閣諸島戦略のうち軍事的な側面は人民解放軍が、情報戦(三戦)は中国政府が、それぞれ相対的に独立して担っているという視点を獲得することができるからです。とすると両者は、ある局面では協業関係にあり、また別な局面では離反することになります。そこに、政府と軍との間の権力闘争の契機が存在します。とりわけ注意すべきは、人民解放軍による尖閣諸島をめぐっての暴走や単独行動が生じた場合、中国政府は、それを抑止しうる権力を構造的な原因によって手中にできないという点です。戦前の日本政府と関東軍との関係に似たものが、いまの中共には存在するのです。
そこで気にかかるのは、中国人民解放軍の思想傾向です。それについて、鍛冶氏は同書でおおむね次のように述べています。
現在の中国は社会主義市場経済のしくみを大胆に導入しています。だから、硬直したマルクス・レーニン主義は、あたかも捨て去った過去のものであるかのようです。しかしながら、軍内部の基本的なテーゼは相変わらずマルクス・レーニン主義であり、それは微動だにしていないというのです。では、彼らのイデオロギッシュな目に、市場経済の大胆な取り入れはどう映っているのでしょうか。
マルクス・レーニン主義によれば、資本主義の崩壊は歴史的必然です。だから、市場経済や外資を大胆に導入した中国資本主義の崩壊も必然です。そうしてそれと、中国バブル経済崩壊論とは、彼らの頭のなかでは符合します。つまり、中国人民解放軍首脳部は、資本主義化した中国経済は遅かれ早かれ崩壊すると考えているのです。だからその前に、台湾・南シナ海・尖閣諸島などを結ぶ第一列島線までの海洋支配を確実なものにしておこうと考えているそうです。なにせ、台湾統一は中華人民共和国の国是なのですから。
それゆえ、人民解放軍の尖閣諸島侵略の意図はあくまでも真剣なものであるのみならず、それは、中国経済崩壊のタイム・テーブルをにらんでの焦燥感にあふれたものでもあるのです。なんとも危なっかしい話ではありませんか。
尖閣諸島問題に投影される中国内部の権力闘争は、中国政府と人民解放軍との間のそれにとどまりません。鍛冶氏が週に一度のペースで配信している「軍事ジャーナル」の九月二一日(土)「中国の権力闘争」によれば、人民解放軍と警察との間にも権力闘争は存在します。
日本では軍隊の存在が公式に認知されていないから、軍隊と警察との関係についての認識が希薄だが、実はすこぶる重要だ。
軍隊と警察はともに国家に認められた武力集団であり、歴史的に見るとたいてい軍隊から治安維持用の専門部隊として警察が分離して成立している。軍隊が対外戦争用であり、警察が国内治安用と一応管轄が分けられているが、国家が内戦に陥った場合などは軍隊と警察が対立する可能性があるわけだ。
さて中国は現在、国内権力闘争の真っ盛りであることは、中国専門家の見解の一致するところだ。権力闘争といっても日本と違い中国では殆ど内戦である。昨年の中国共産党大会では100万人以上の警備員が北京に動員されたというが、単なる警備で100万人も必要なわけはない。
中国共産党のボス達がそれぞれ軍隊や警察にいる手下に号令をかけ、武力集団を集結させた結果であろう。つまり権力闘争の現場は人民大会堂の中ではなく外側であり、そこで武力集団が睨み合って一触即発の状況であったのだ。
習近平の一応勝利という形になったが、まだ完全に決着が付いた訳ではないらしく、今も権力闘争は続いている。ということは武力集団同士の睨み合いも続いていることになろう。
*
現時点において中国国内政治の焦点は、警察の大ボスといわれる周永康が逮捕されるかにある。警察の大ボスが俎上に載っていること自体、軍隊と警察の対立が背景にあることを暗示させる。
3月に中国では海洋監視局などいくつかの海洋警察機関が統合されて海警局という巨大警察官庁が出現した。海警は尖閣諸島に対して殆ど毎日のように挑発を繰り返しているが、面白いことに中国の海軍や空軍は尖閣に対して領侵を不思議なくらい自制しているのである。
つまり尖閣においても軍隊と警察の対立の構図が見え隠れする。おそらく中国警察の大ボス周永康は海警をして日本に戦争を仕掛ける所存であろう。日本と戦争になれば戦うのは中国軍であり中国警察は高みの見物である。
兵器の性能など比較して日中戦争をシミュレーションすると、日本の自衛隊が有利であり中国軍は敗北する公算が高い。もし中国軍が敗れれば敗北の責任を問われて中国の将軍・提督など軍幹部は一斉逮捕されるであろう。つまり日本の勝利は中国警察の勝利を意味する。
とても刺激的な論考です。その論旨は次のようにまとめられるでしょう。中共首脳部はいま権力闘争の真っ盛りであり、それは内戦の様相を呈している。内戦においては、軍隊と警察とは対立することがある。いまの中国がまったくそうであり、尖閣諸島をめぐってもその対立は展開されている、というふうに。
「とんだトバッチリだ。そんなこと自分たちだけでやってくれ。はた迷惑なんだよ!」という怒りや不快感が湧いてきますが、それはこの際収めておきましょう。そのうえで、次のことがどうやら言えそうです。
私たち日本人が(具体的には日本政府が)尖閣諸島問題に臨むとき、そこに中共の国家意思としての尖閣侵略の意図を読みこみ、軍事バランスの均衡を図ることでそれに冷静に対処しようとするのは当然のことでしょう。ところがどうやらそれで話は終わらなくって、中共内部における政府首脳部メンバー同士間の、政府と軍部との間の、軍部と警察との間のそれぞれ複雑に入り組んだ権力闘争の投影をもそこに読み込み、それにもきちんと対処しその都度的確に意思決定をする必要があるのですね。そのためには、一見尖閣諸島問題とは何のつながりもなさそうな中共関連の諸事件にも目配りをして、全体の構図のなかで諸事件の意味をていねいに考える姿勢を日頃から身につけておく必要があるようです。それが自分にできうるかどうかははなはだ心もとないかぎりではありますが、とりあえずの結論が得られたような気もしますので、これで終わりとします。尖閣問題は、日本政府にとっても、それをきちんと考えようとする一般国民にとってもかなり難易度の高いものであるようです。
〈コメント〉
☆Commented by kohamaitsuo さん
たいへん示唆されるところの大きい記事でした。
私はこれを読んで、中国内部の混乱によって起こりうる我が国への「とばっちり」について、次の四つを考えました。ご参考になれば幸い。
①「尖閣」侵略のみならず、人民解放軍主導による「暴走」が、日本の他領土にも直接及ぶ。
②中共の国内統治の失敗によって大量の難民が発生し、隣国日本にどっと押し寄せる。
③中国経済の混乱が、世界経済に波及し、日本もその悪影響をこうむる。
④中国の富裕層が利権確保に奔走し、日本の国土・資源(技術を含む)を収奪しまくる。
少し先走った素人の「危機煽り」かもしれませんが、転ばぬ先の杖、最悪の事態を常に想定しておくことが重要かと愚考します。
☆Commented by 美津島明 さん
To kohamaitsuoさん
早速のコメントをいただきましてありがとうございます。
中国の国内問題の諸矛盾のとばっちりは、尖閣問題のみならず、日本の安全保障のほかの諸領域にも及ぶ危険性があるというご指摘、ごもっともとうけたまわりました。以下、論点ごとに私見を添えます。
>①「尖閣」侵略のみならず、人民解放軍主導による「暴走」が、日本の他領土にも直接及ぶ。
→中国の権力構造が、軍部の暴走をチェックできるものでない以上、そのリスクは日本にとって想定内とするよりほかはありませんね。
>②中共の国内統治の失敗によって大量の難民が発生し、隣国日本にどっと押し寄せる。
→したかな中共は、それに偽装難民を忍ばせて、どさくさまぎれに日本の統治機構を混乱に陥れようとする可能性があります。日本だって昔は、小野田少尉のような人がいたのですから。その場合、日本国内に潜行していた大量のスパイが、それに呼応することでしょう。
>③中国経済の混乱が、世界経済に波及し、日本もその悪影響をこうむる。
→それは東からのデフレの大波として日本を襲うことになるでしょう。そのリスクが高まっている今、消費増税を決断するのは愚挙であると申し上げるほかありません。安倍さんは、悩む必要なんてない。
>④中国の富裕層が利権確保に奔走し、日本の国土・資源(技術を含む)を収奪しまくる。
→早急に、国土・資源保護のために立法措置を講じる必要があります。それに、離島保護強化立法も織り込んでいただきたい。
最近の中国情勢のもろもろが、魚の小骨のように引っかかっています。気にかかってしかたがないのですね。
とはいうものの、私は別に中国事情のウォッチャーではありませんし、ましてや専門家でもありません。だから、気にかかるネタをいくつか並べてみて、そこに浮かび上がる何かがあるかどうか検証めいたことをしてみようと思います。それはもちろん、尖閣問題がどれほど深刻なものであるのかという問題意識に集約されることになるでしょう。
私見によれば、尖閣問題に関する大きな情報で最新のものは、msn産経新聞ニュース当月21日掲載の「王毅外相、米で日本批判 尖閣めぐり」でしょう。sankei.jp.msn.com/world/news/130921/chn13092110450000-n1.htm
【ワシントン=佐々木類】中国の王毅外相は20日、訪問先のワシントン市内で講演し、尖閣諸島(沖縄県石垣市)について、「日本が41年前の日中合意を否定して国有化したため、中国としても対抗措置をとらなければならない」と述べ、日本政府の姿勢を批判した。
(中略)
王氏は「われわれは話し合いのテーブルにつく用意があるが、日本が『領有権問題は存在しない』として協議に応じない」とも述べ、尖閣諸島をめぐる日中対立の原因は日本側にあると強調した。
王氏が講演したのは、リベラル色が強く、オバマ政権に多くの政策提言をしてきた大手シンクタンク「ブルッキングス研究所」。元ホワイトハウス国家安全保障会議(NSC)アジア上級部長時代にG2(米中2国の枠組み)を主導し、現在は同研究所上級研究員を務めるジェフリー・ベーダー氏が講演後に質疑を行った。
中国外相の発言中の「41年前の日中合意」とは、国交正常化した1972年の日中共同声明のことでしょう。しかし、同声明で尖閣諸島について「棚上げ」で合意した事実はありません。尖閣諸島に関して「領有権問題は存在しない」というのが日本政府の一貫した立場です。
また、2012年9月の野田民主党政権は、尖閣諸島の国有化に関して「平穏かつ安定的に維持・管理するため、1932年まで国が所有していた所有権を民間の所有者に移転していたものを再度国に移転するものに過ぎない」というコメントを残しています。しかも、尖閣諸島の一部は12年9月以前から国有化されています。だから、王氏の発言は、事実関係の誤認に基づくものです。
しかし中共首脳は、そんなことなど先刻ご承知であるにちがいありません。なぜなら彼らは、軍事力の行使による戦争以外に、サイバー戦争や情報戦を、それと同じくらいに重視していて、今回の発言もその情報戦の一貫であることが明白であるからです。つまりヒトラーと同じく、彼らは「ウソも百回言えば本当のことになる」という考え方の信奉者なのです。つまり、自分たちの発信するメッセージの真偽よりもその効果のほどを彼らは重視するのです。その意味で、彼らは徹底したリアリストです。内戦と情報戦を戦い抜くことで、中華民国政府から大陸中国の実権を力ずくでもぎ取った中共の先達のDNAは、歴史的な記憶として、今の中共首脳部に確実に引き継がれているということです。下品なたとえ話をすれば、女を口説くとき、口説き文句に自分の真情がどれほどこめられているのかということよりも、それが「落とす」という目的に関してどれほど効果的であるのかを重視する男っていますよね。こういう男をふつうリアリストと呼びますね。それがあまりに露骨だと嫌われてしまうわけですが。中共ってのは、そういう露骨な男のような考え方をします。
そういうふうに考えてみると、王外務相の発言が、中国寄りの姿勢の目立つ米国のリベラル勢力に中国の一方的な主張を訴え、かつてG2(米中2国の枠組み)を主導した知識人に講演後の外務相との質疑を任せて米国リベラル陣営における中国のイメージアップを図るものであることは、やはり無視できません。米国における中国の尖閣問題をめぐる地歩固めを一歩でも二歩でも進めるうえで、今回の動きは一定の効果があったと考えざるをえません。「デマを飛ばしても、何の効果もない」などとタカをくくるのは間違っています。安倍首相が、五輪招致のプレゼンテーションで「汚染水の状況はコントロールされています」と言ったのに対して、目くじらを立てて「ウソをついた!ウソをついた!」と糾弾したがる日本人の可愛らしい国民性をながめて、海の向こうから高笑いが聞こえてくるようです。「なんと手玉に取りやすい国民であることよ」と。
繰り返しになりますが、中共は、軍事力の行使以外のサイバー戦争や情報戦をそれと同じくらいに重視しています。アメリカ国防省の「中華人民共和国の軍事及び安全保障の進展に関する年次報告(2011年八月)」には、中共の情報戦=三戦(世論戦・心理戦・法律戦)についての次のような説明があります。
世論戦:中国の軍事行動に対する大衆及び国際社会の支持を築くとともに、敵が中国の利益に反するとみられる政策を追求することがないように、国内及び国際世論に影響を及ぼすこと。
心理戦:敵の軍人及びそれを支援する文民に対する抑止・衝撃・士気低下を目的とする心理作戦を通じて、敵が戦闘作戦を遂行する能力を低下させようとすること。
法律戦:国際法及び国内法を利用して、国際的な支持を獲得するとともに、中国の軍事行動に対する予想される反発に対処すること。
王外務相が、「法律戦」を手段として直接的には「世論戦」を展開することを通じて「心理戦」的な効果をも狙っていることがお分かりいただけるのではないでしょうか。中共は、デマを飛ばし続けていますが、それは、すべて自覚的戦略的なデマなのです。それに対して、日本政府は常に守勢に立ち、後手に回ることを余儀なくされています。また、日本のマスコミはおおむねいままで述べたことに関して感度が鈍い。日本国民がまっとうな危機感を抱くようなマトモな報道を展開しようとはしません。さらには、毎日新聞や朝日新聞のように、日本の新聞でありながら、中共の立場で記事を書いているとしか思えないような不健全な報道が少なからずあります。尖閣問題に関して、侵略の意図を一方的に一貫して抱いているのは中共であり、中共が「話し合い」によって日本政府に妥協する余地はまったくないという厳しい現実を踏まえたうえでの報道でなければ、それらはすべて広義における虚報とならざるをえないことを私たちは肝に銘じる必要があります。日本政府の姿勢は拙劣ではありますが、良い悪いの次元で言えば、中共はこの問題に関して常に一方的に悪いのです。私がこの当たり前のことを力こぶを入れて主張しなければならないほどに、日本における中共の「三戦」は着実に成果を挙げていると言えましょう。私が今しているお話は、おそらく日本人の七~八割にはほとんど通じないものと思われます。それほどに、日本は中国に情報戦によってヤラれてしまっているのです。
ここで、日本における中共のスパイ活動について話したい気がしないわけでもないのですが、それについてはもう少し勉強する必要がありそうなので、控えておきます。ただし、その浸透ぶりは、私たち一般国民の想像をはるかに超えた戦慄すべきものであるとはどうやら言えそうです。マスコミ内はもちろんのこと、国籍条項を撤廃した地方自治体や一流企業にも、中共のスパイはすでに大量に潜り込んでいるものと思われます。また、例の朱建栄氏の件なんてずいぶんきな臭い話しだし、そこには熟考すべきものが少なくないとも思われます。ほかにも最近日本から忽然と姿を消した中国知識人がいるようですね。また、日中関係について独特のポジションから貴重な発言をし続けている石平太郎氏なども、中共の策謀に引っかからないよう身辺に気を配られたほうが良いような気がします。石平氏によれば、日本にいる中国知識人はいま事実上の箝口令を布かれていて、中共の自分たちに対する出方をめぐってあれこれと憶測し戦々恐々としているとのことです。日本にいる中国知識人が日本の報道機関と接触することに対して、中共首脳が極度に神経質になっている現状が想像されます。習政権は、政局運営に関して、おそらく相当に苦慮するところがあるのではないでしょうか。そのことについては、後であらためて触れましょう。
最近新聞が大きく取り上げた中国関連の情報といえば、日経新聞インタネット版九月二四日に掲載された薄熙来(はくきらい)氏の無期懲役判決でしょう。www.nikkei.com/article/DGXNASGV24002_U3A920C1000000/ 当記事はとても参考になるものだったのですが、気になるのは、それが英フィナンシャル・タイムズ紙に掲載された記事の翻訳である点です。もしかしたら、日本の大手新聞は、中共に関してはっきりしたことが言えなくなっているのかもしれないのです。事実上の報道管制。私の杞憂に過ぎないことを祈ります。
さて、同記事を見てみましょう。全文を引くことにします。
22日に無期懲役の判決が下った中国の元重慶市トップの薄熙来被告は、手錠をかけられ、両脇を大柄な警察官に固められながらも、顔にうっすら冷笑を浮かべているように見えた。
収賄、横領、職権乱用で有罪を宣告した裁判官に対し、同被告は判決が「不当」で「不公正」だと叫んだと、海外の中国メディアは23日に法廷の様子を伝えた。ただ、国営テレビでは報道されなかった。
昨年失脚するまで中国共産党の25人の政治局員の一人だった薄被告が、妥協することなく抵抗姿勢を貫いたことは、党指導部がこれほど厳しい判決を仲間の一人に下す必要性を感じた理由を部分的に説明している。
■最大の脅威は党内部から起こる
さらに、権威に頼る共産党が直面する動かしがたい事実も浮き彫りにする。世界最大の人口を抱える国家を継続支配するうえで最大の脅威は、革命でも、平和な反乱でもなく、党内部から起きるということだ。
共産党が軍や公安を含む政治や国民生活のすべてを掌握していると、「悪い皇帝」がトップに就いた場合のリスクが大きく、上層部に深刻な亀裂が生じれば、体制崩壊や機能不全に陥る恐れがある。
「歴史の終わり」の著者で米スタンフォード大学のシニアフェロー、フランシス・フクヤマ氏は「薄熙来は『悪い皇帝』になる恐れをはらんでいた。エリート集団で唯一、毛沢東後の党の総意を塗り替えるカリスマ性をもった存在だった」と指摘する。「彼が昇進していたら、体制をひっくり返し、ルールをすべて変えたかもしれない」という。
政府の公式説明によると、薄被告の失脚の引き金になったのは、薄被告の元側近だった王立軍・重慶市前副市長兼公安局長との個人的ないさかいだという。
王受刑者は汚職の罪と、薄被告の妻、谷開来受刑者が英国人ビジネスマン、ニール・ヘイウッド氏を重慶市のホテルで殺害したとされる事件を隠蔽した罪で、懲役15年の判決を受けて服役中だ。
王受刑者がこの殺害事件の証拠をつかんで薄被告にひそかに報告したところ、薄被告は激怒して王受刑者を殴打し、大半のポストから解任したという。
これに対し、王受刑者は米領事館に駆け込んで薄被告に命を狙われていると訴え、殺害事件を巡る証拠を提示し、それが後に中国の捜査当局の手に渡った。
谷受刑者は昨年、執行猶予付き死刑判決を受けており、生涯服役するものと見られる。
政府コメントでは、王受刑者が上司を裏切るに至った経緯が説明されていないが、フィナンシャル・タイムズ紙が得た多くの情報源によると、薄被告の政敵による厳しい捜査で追い詰められた王受刑者が、薄被告に保護を求めていたようだ。
政敵は、2012年11月に行われた10年ぶりの指導部交代においてトップ7人の党政治局常務委員入りをねらう薄被告に対し、同被告の一族や協力者の不正の証拠をかき集めて妨害するつもりだった。
結局、新たに発足した指導部では習近平氏が党総書記、国家主席、そして中央軍事委員会主席に就任した。
■反体制派の動きを封じ込める習主席
薄被告をよく知る人々は、彼がひとたび指導部入りすれば、同志を追放し、競争相手のいないリーダーとして突出した地位を築くだろうことを恐れた。習主席の経歴は驚くほど薄被告と共通点が多く、トップ就任以来の政策も異様なほど薄被告の政策と似ている。
習主席は汚職や不満、党の方針への批判に対する厳しい弾圧を指示してきた。それは、薄被告が重慶市時代に手掛けた暴力団や腐敗一掃の「打黒」運動を強く連想させる。
また習主席は、好んで毛沢東の言葉を引用し、共産党の過去を賛美してきた。
習主席が権威主義に傾斜し、薄被告の政策を模倣するのは、根強く残る同被告の影響力を中和し、党内部から政治的変化を引き起こす可能性があり、党が最大の脅威と見なす反体制派の動きを封じ込めることが狙いだと党幹部は認める。
64歳の薄被告は控訴する方針だが、政治の表舞台から消えるのはほぼ確実だろう。しかし同氏の失脚により、中国の政治が姿を変え、内部の亀裂が一党支配体制にどれほど大きな脅威になり得るかが明らかになったのは確かだ。
By Jamil Anderlini
この記事を読んでの素朴な感想は、「薄被告は、無期懲役という重罪に処されたのであるから、さぞかしヒドいことをしたに違いない。では、重罪に値するような、薄被告の悪業とは何なのか、具体的にはさっぱり分からない」ということです。奥さんが本当に人殺しをしてしまったのなら、それはヒドイことであるとは言えそうです。しかし、薄被告が人殺しをしたわけではどうやらなさそうです。高い地位を利用して、妻の殺人の事実をもみ消そうとしたならば、それは確かに軽くない罪ですが、それも上記の記事を読む限りはっきりとはしません。
要するに、裁判を通して事実関係がはっきりしたというわけではどうやらなさそうなのです。相変わらず、すべては藪の中。なんとなく、色欲と権力と権謀術数の匂いの立ち込めたあまりにも怪しい事件であるとは思いますけれど。薄被告の社会的生命を抹殺するという政敵(具体的には習近平)の意図が最初にあり、裁判という形を借りて、その意図を貫徹した。はっきりしているのは、どうやらそれだけです。はっきりした証拠があろうがなかろうが、そんなことはお構いなし。実権を握った側が「コイツを抹殺する」という意思を固めたならば、そこには、なんとしででもそれを完遂するという力ずくのプロセスがあるばかりです。記事にある通り、政敵が手強ければ手強いほどに、実権を握った側の抹殺の仕方は問答無用の熾烈なものとなる。それは、そうしなければ、今度は実権を握ったはずの側が、ひっくり返されてしまう危険があるからです。抹殺する側も必死なのです。記事にもある通り、「世界最大の人口を抱える国家を継続支配するうえで最大の脅威は、革命でも、平和な反乱でもなく、党内部から起きる」という事実を、実権を握った側は骨身にしみて知っているのでしょう。さすがは、「法の支配はなくて、あくまでも人治主義があるだけだ」と言われるお国柄だけのことはあります。彼らにとってみれば、極東軍事裁判における勝者による敗者の裁きなんて当たり前のことであって、何が問題なのかさっぱり分からないのではないでしょうか。
このような生死を賭けた権力闘争は、中国権力政治におけるお家芸である、とはよく言われることです。私は、その事実をこれまで知らないわけではありませんでした。しかしながら、それはあくまでも国内政治における現象であるとばかり思っていました。
ところが、それが尖閣問題にも濃い影を落としているどころか、尖閣問題を生み出しているという面さえもあることが近ごろ分かってきました。具体的には、軍事ジャーナリスト・鍛冶俊樹氏の『国防の常識』(角川ONEテーマ21シリーズ新書)や彼のメーリング・リストを読んで、そのことに気づきました。
鍛冶氏によれば、中国政治における権力闘争は、中国共産党の内部においてのみならず、中国共産党と人民解放軍との間においてもあるとのことです。『国防の常識』から引用しましょう。
中国共産党はもともと政治部と軍事部の二本立てで、それぞれが現在、中国政府と中国人民解放軍になっている。同じマルクス・レーニン主義国家でも旧ソ連とは根本的に違う。ソ連の場合は、ソ連共産党が軍を完全に支配下に置いていたが、中国では両者は対等な関係なのである。
何故こうした違いが生じたかと言うと、ソ連の場合、軍隊はもともとロシア帝国軍であった。帝政が倒れ共産主義者が国家を乗っ取り、いわば皇帝に成り代わって軍隊に命令する様になったのだ。
中国共産党はこのソ連により第1次世界大戦後に設立された。軍事工作を主とする部門と政治工作をする部門とに分かれ、ソ連からの命令で動いたのである。後に中ソ対立でソ連から離れたため、統一的な命令権者がなくなり政府と軍の二本立てのまま今日に至っている。現在、国家主席は胡錦濤(二〇一二年八月現在。いまは、習近平――引用者注)だが、これは政府の代表に過ぎない。軍の代表は軍主席、正確には中央軍事委員会主席という役職が別にある。胡錦濤は二〇〇三年三月に国家主席に就任し翌年九月に軍主席を兼務して漸く国家の統一を保っている。
ところが軍主席は中央軍事委員会で選出される仕組みになっており、委員会のメンバーはほぼ軍人だ。つまり軍の意向一つで胡錦濤はいつでも軍主席を解任されてしまう立場なのだ。
中国共産党は一枚岩の権力機構なのではなくて、政治部を中国政府が、軍事部を中国人民解放軍がそれぞれ担う二本立て構造であるという指摘は重要です。というのはその指摘をもとに考えれば、中共の尖閣諸島戦略のうち軍事的な側面は人民解放軍が、情報戦(三戦)は中国政府が、それぞれ相対的に独立して担っているという視点を獲得することができるからです。とすると両者は、ある局面では協業関係にあり、また別な局面では離反することになります。そこに、政府と軍との間の権力闘争の契機が存在します。とりわけ注意すべきは、人民解放軍による尖閣諸島をめぐっての暴走や単独行動が生じた場合、中国政府は、それを抑止しうる権力を構造的な原因によって手中にできないという点です。戦前の日本政府と関東軍との関係に似たものが、いまの中共には存在するのです。
そこで気にかかるのは、中国人民解放軍の思想傾向です。それについて、鍛冶氏は同書でおおむね次のように述べています。
現在の中国は社会主義市場経済のしくみを大胆に導入しています。だから、硬直したマルクス・レーニン主義は、あたかも捨て去った過去のものであるかのようです。しかしながら、軍内部の基本的なテーゼは相変わらずマルクス・レーニン主義であり、それは微動だにしていないというのです。では、彼らのイデオロギッシュな目に、市場経済の大胆な取り入れはどう映っているのでしょうか。
マルクス・レーニン主義によれば、資本主義の崩壊は歴史的必然です。だから、市場経済や外資を大胆に導入した中国資本主義の崩壊も必然です。そうしてそれと、中国バブル経済崩壊論とは、彼らの頭のなかでは符合します。つまり、中国人民解放軍首脳部は、資本主義化した中国経済は遅かれ早かれ崩壊すると考えているのです。だからその前に、台湾・南シナ海・尖閣諸島などを結ぶ第一列島線までの海洋支配を確実なものにしておこうと考えているそうです。なにせ、台湾統一は中華人民共和国の国是なのですから。
それゆえ、人民解放軍の尖閣諸島侵略の意図はあくまでも真剣なものであるのみならず、それは、中国経済崩壊のタイム・テーブルをにらんでの焦燥感にあふれたものでもあるのです。なんとも危なっかしい話ではありませんか。
尖閣諸島問題に投影される中国内部の権力闘争は、中国政府と人民解放軍との間のそれにとどまりません。鍛冶氏が週に一度のペースで配信している「軍事ジャーナル」の九月二一日(土)「中国の権力闘争」によれば、人民解放軍と警察との間にも権力闘争は存在します。
日本では軍隊の存在が公式に認知されていないから、軍隊と警察との関係についての認識が希薄だが、実はすこぶる重要だ。
軍隊と警察はともに国家に認められた武力集団であり、歴史的に見るとたいてい軍隊から治安維持用の専門部隊として警察が分離して成立している。軍隊が対外戦争用であり、警察が国内治安用と一応管轄が分けられているが、国家が内戦に陥った場合などは軍隊と警察が対立する可能性があるわけだ。
さて中国は現在、国内権力闘争の真っ盛りであることは、中国専門家の見解の一致するところだ。権力闘争といっても日本と違い中国では殆ど内戦である。昨年の中国共産党大会では100万人以上の警備員が北京に動員されたというが、単なる警備で100万人も必要なわけはない。
中国共産党のボス達がそれぞれ軍隊や警察にいる手下に号令をかけ、武力集団を集結させた結果であろう。つまり権力闘争の現場は人民大会堂の中ではなく外側であり、そこで武力集団が睨み合って一触即発の状況であったのだ。
習近平の一応勝利という形になったが、まだ完全に決着が付いた訳ではないらしく、今も権力闘争は続いている。ということは武力集団同士の睨み合いも続いていることになろう。
*
現時点において中国国内政治の焦点は、警察の大ボスといわれる周永康が逮捕されるかにある。警察の大ボスが俎上に載っていること自体、軍隊と警察の対立が背景にあることを暗示させる。
3月に中国では海洋監視局などいくつかの海洋警察機関が統合されて海警局という巨大警察官庁が出現した。海警は尖閣諸島に対して殆ど毎日のように挑発を繰り返しているが、面白いことに中国の海軍や空軍は尖閣に対して領侵を不思議なくらい自制しているのである。
つまり尖閣においても軍隊と警察の対立の構図が見え隠れする。おそらく中国警察の大ボス周永康は海警をして日本に戦争を仕掛ける所存であろう。日本と戦争になれば戦うのは中国軍であり中国警察は高みの見物である。
兵器の性能など比較して日中戦争をシミュレーションすると、日本の自衛隊が有利であり中国軍は敗北する公算が高い。もし中国軍が敗れれば敗北の責任を問われて中国の将軍・提督など軍幹部は一斉逮捕されるであろう。つまり日本の勝利は中国警察の勝利を意味する。
とても刺激的な論考です。その論旨は次のようにまとめられるでしょう。中共首脳部はいま権力闘争の真っ盛りであり、それは内戦の様相を呈している。内戦においては、軍隊と警察とは対立することがある。いまの中国がまったくそうであり、尖閣諸島をめぐってもその対立は展開されている、というふうに。
「とんだトバッチリだ。そんなこと自分たちだけでやってくれ。はた迷惑なんだよ!」という怒りや不快感が湧いてきますが、それはこの際収めておきましょう。そのうえで、次のことがどうやら言えそうです。
私たち日本人が(具体的には日本政府が)尖閣諸島問題に臨むとき、そこに中共の国家意思としての尖閣侵略の意図を読みこみ、軍事バランスの均衡を図ることでそれに冷静に対処しようとするのは当然のことでしょう。ところがどうやらそれで話は終わらなくって、中共内部における政府首脳部メンバー同士間の、政府と軍部との間の、軍部と警察との間のそれぞれ複雑に入り組んだ権力闘争の投影をもそこに読み込み、それにもきちんと対処しその都度的確に意思決定をする必要があるのですね。そのためには、一見尖閣諸島問題とは何のつながりもなさそうな中共関連の諸事件にも目配りをして、全体の構図のなかで諸事件の意味をていねいに考える姿勢を日頃から身につけておく必要があるようです。それが自分にできうるかどうかははなはだ心もとないかぎりではありますが、とりあえずの結論が得られたような気もしますので、これで終わりとします。尖閣問題は、日本政府にとっても、それをきちんと考えようとする一般国民にとってもかなり難易度の高いものであるようです。
〈コメント〉
☆Commented by kohamaitsuo さん
たいへん示唆されるところの大きい記事でした。
私はこれを読んで、中国内部の混乱によって起こりうる我が国への「とばっちり」について、次の四つを考えました。ご参考になれば幸い。
①「尖閣」侵略のみならず、人民解放軍主導による「暴走」が、日本の他領土にも直接及ぶ。
②中共の国内統治の失敗によって大量の難民が発生し、隣国日本にどっと押し寄せる。
③中国経済の混乱が、世界経済に波及し、日本もその悪影響をこうむる。
④中国の富裕層が利権確保に奔走し、日本の国土・資源(技術を含む)を収奪しまくる。
少し先走った素人の「危機煽り」かもしれませんが、転ばぬ先の杖、最悪の事態を常に想定しておくことが重要かと愚考します。
☆Commented by 美津島明 さん
To kohamaitsuoさん
早速のコメントをいただきましてありがとうございます。
中国の国内問題の諸矛盾のとばっちりは、尖閣問題のみならず、日本の安全保障のほかの諸領域にも及ぶ危険性があるというご指摘、ごもっともとうけたまわりました。以下、論点ごとに私見を添えます。
>①「尖閣」侵略のみならず、人民解放軍主導による「暴走」が、日本の他領土にも直接及ぶ。
→中国の権力構造が、軍部の暴走をチェックできるものでない以上、そのリスクは日本にとって想定内とするよりほかはありませんね。
>②中共の国内統治の失敗によって大量の難民が発生し、隣国日本にどっと押し寄せる。
→したかな中共は、それに偽装難民を忍ばせて、どさくさまぎれに日本の統治機構を混乱に陥れようとする可能性があります。日本だって昔は、小野田少尉のような人がいたのですから。その場合、日本国内に潜行していた大量のスパイが、それに呼応することでしょう。
>③中国経済の混乱が、世界経済に波及し、日本もその悪影響をこうむる。
→それは東からのデフレの大波として日本を襲うことになるでしょう。そのリスクが高まっている今、消費増税を決断するのは愚挙であると申し上げるほかありません。安倍さんは、悩む必要なんてない。
>④中国の富裕層が利権確保に奔走し、日本の国土・資源(技術を含む)を収奪しまくる。
→早急に、国土・資源保護のために立法措置を講じる必要があります。それに、離島保護強化立法も織り込んでいただきたい。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます