御手洗潔シリーズの25冊目『最後の一球』(2006、文庫は2010年発行)は久々の長編1篇のみの本で、御手洗潔の古き良き馬車道時代(1993年)のエピソードです。自殺未遂をした母親の動機が知りたいという青年の依頼を渋々受けた御手洗潔は、彼の嫌な予感の通り原因が悪徳金融業者「道徳ローン」からの巨額の借金であることを突き止め、打つ手がないと絶望していたところに奇跡が起ります。「道徳ローン」に検察の捜査が入った日、突然屋上が火事になり、そこに緊急避難させてあった債務者を苦しめる書類が灰になったのでした。竹越警部に原因究明のための助言を求められ、現場に行った御手洗は、そこに焦げた野球ボールを見つけます。そしてこの奇跡が、偉大な才能を持った1人のスラッガー武智明秀と、プロ入りしたものの武智のバッティング投手を務めることでした解雇を逃れられなかった凡庸なピッチャー竹谷亮司との友情の賜物だったことが、竹谷によって長々と語られます。
この竹谷亮司の語る野球人生と、彼の幼少時に彼の父親が「道徳ローン」のせいで自殺に追い込まれたこと、つい最近同じく「道徳ローン」のせいで追い詰められて武智明秀の父親が結局自殺してしまったという二人の類似する境遇が、彼らの絆を強め、また彼らから野球を奪うことになるという悲劇。けれど、彼らの【最後の一球】は数多くの「道徳ローン」に苦しめられる人たちを救うことができたという感動の物語です。
しかしながら、御手洗潔が現場検証をしていた場面から竹谷の独白への移行が前置きなしであまりにも唐突なため、かなりの違和感を感じぜざるを得ず、話が再び「道徳ローン」に辿り着くまで相当の回り道を強いられ、そこまでの道のりが少々苦痛に感じられました。感動の物語ですが推理小説としてはいまいちかなという感想です。