徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:エラリイ・クイーン著、宇野利泰訳『Yの悲劇』(ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)

2019年01月20日 | 書評ー小説:作者カ行

エラリイ・クイーンの『Yの悲劇』(1933)は文藝春秋の東西ミステリーベスト100(2012)で第2位にランクインしている作品で、作品時間は『Xの悲劇』の翌年ということになっています。なぜYの方がXより人気があるのかは理解しがたいところです。

あらすじ:狂気じみた富豪のハッター家の当主ヨーク・ハッタ―の死体がニューヨークの港から発見され、その後一族の中で次々と奇怪な惨劇が起こる。先ず三重苦のエミリー・ハッター夫人と前夫の娘ルイザが毒殺されかかる。サム警視の依頼を受け、ドルリイ・レーンは捜査に協力することになり、すると今度はエミリー・ハッターが殺害され、同室で眠っていたルイザのために用意されたなしの一つに毒が注入されていた。狙われたのはまたルイザで、エミリーは偶発的に殺されただけなのか?当主ヨーク・ハッタ―は化学者であり、屋敷の中に実験室を持ち、様々な毒薬も薬品棚に保管してあり、彼の死後は実験室は厳重に閉ざされ、鍵はエミリー夫人に管理されていたが、犯人はなんらかの方法でそこに忍び込んで毒薬を持ち出していた。

家族全員が何らかの精神的・身体的異常を持つハッター家という設定も異常ですが、事件の真相と犯人はさらに驚くべきもので、ドルリイ・レーンが公式に真相を明かすことなく捜査から撤退してしまうところも異様です。もちろん真相は最後にサム警視とブルーの地方検事には明かされますが、そのまま公にしないことを捜査官たちは了解することになります。

最後に残された謎は、犯人が自分の仕掛けた毒を飲んで死んでしまったことが、単なる当人の誤りであったのか、あるいはそこにすべてを見通していたドルリイ・レーンの作為が働いていたのかということです。恐らく作為が働いていたのでしょうが、そこを明確にすると捜査官としてその犯罪を見逃すわけにはいかないので、あえて追及せずに退場することが社会公正のためには得策であるとブルーの検事は判断したということなのでしょう。そこらへんは倫理的に難しいところだと思います。1930年代という時代背景を考えれば、それも「あり」かなと考えられなくもないですが... 社会は精神異常者とどのように向き合うべきかを問いかける作品であると思います。

「犯人像は現代であれば容易に想像がつく」ということを根拠に『Yの悲劇』を古臭いと断じ、名作ミステリーの上位を占め続けることに疑問を持っている方もおられるようですが、本当にそうでしょうか。確かにネタバレになりますが「低年齢」の犯罪であるということに関しては、現代では当時ほど信じられないような意外性という者がないかも知れません。しかしながら、純粋にこの作品のストーリー展開の中で提示される内容から読者が真犯人に辿り着けるかどうかといえば、必ずしもそうではないはずで、それこそが探偵小説の神髄であり、そこが崩されていない限り探偵小説としての質は損なわれていないと言えます。受け取る側の印象が当時と今とでは変化しているのは当然のことです。それでも「古い」の一言で一蹴できない魅力があるのが「名作」であり、それは多くの名作とされる文学作品(例えばこの作品で何度も引用されているシェイクスピア作品など)に共通する特性ではないでしょうか。


書評:エラリイ・クイーン著、宇野利泰訳『Xの悲劇』(ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)

書評:エラリイ・クイーン著、宇野利泰訳『Yの悲劇』(ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)

書評:エラリイ・クイーン著、宇野利泰訳『Zの悲劇』(ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)

書評:エラリイ・クイーン著、宇野利泰訳『ドルリイ・レーン最後の事件~1599年の悲劇』(ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)


書評:エラリイ・クイーン著、宇野利泰訳『Xの悲劇』(ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)

2019年01月18日 | 書評ー小説:作者カ行

『Xの悲劇』は文藝春秋の東西ミステリーベスト100(2012)の14位にランクインしています。同著者の『Yの悲劇』が2位にランクインしているのでクイーン作品を読んでみようと思い、YはXの続編なので、取り敢えずXのほうから読んでみることにしました。

あらすじ:1930年代のニューヨーク。雨の満員電車の中、ニコチン毒の塗られた針が刺さったコルク玉で株式仲買人ハーリー・ロングストリートが殺害された。狂気であるコルク玉を彼の上着のポケットに入れることは電車に乗り合わせた誰にでも理論的に可能であったため、容疑者を絞ることができなかった。捜査が行き詰まったブルーの地方検事とサム警視は、元シェークスピア俳優で、聴覚を失ったためにいんたいして探偵業をしているドルリー・レーンに相談する。こうしてレーンは捜査に乗り出すが、その後第1の事件に関連すると見られる殺人事件が2件起こる。それらの犯人と思われるXの正体は?

レーンは元俳優というだけあって、シェークスピア作品のセリフを多用するので、少々回りくどい印象を受けます。扮装係のクエイシーのメーキャップで変装して捜査するところがなかなか面白いです。ストーリー展開はどちらかと言えばゆっくりで、ディテールへのこだわりが感じられ、集中力が要求されます。「なるほど!」という納得感は大きいですが、読むのにちょっと疲れる作品ですね。


書評:エラリイ・クイーン著、宇野利泰訳『Xの悲劇』(ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)

書評:エラリイ・クイーン著、宇野利泰訳『Yの悲劇』(ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)

書評:エラリイ・クイーン著、宇野利泰訳『Zの悲劇』(ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)

書評:エラリイ・クイーン著、宇野利泰訳『ドルリイ・レーン最後の事件~1599年の悲劇』(ハヤカワSF・ミステリebookセレクション)



書評:デイビッド・セイン著、『NGフレーズでわかる! 正しく伝わるビジネス英語450』(西東社)

2019年01月16日 | 書評ー言語

『NGフレーズでわかる! 正しく伝わるビジネス英語450』は、期間限定で1冊199円になっていたので、思わずまとめ買いしてしまったデイビッド・セインの電子書籍のうちの1冊。『ネイティブはこう使う!』シリーズとは違う構成で、先ず日本人(とは限りませんが)が言いそうな間違ったフレーズがユーモラスなイラストとともに紹介され、どういうニュアンスになるのか解説があり、その後に正しいフレーズ、そして同じようなシチュエーションで使える表現が紹介されます。例えばNG表現「My proposal passed away(私の提案はお亡くなりになりました)」と黒い額縁に入れられた文書を思い浮かべ、「?」と思う相手のイラストがあり、その下に本来言いたかったであろう「提案が通った(承認された)」の正しいフレーズ「My proposal got accepted」が紹介され、次ページに「got approved」「got okayed」「got rejected」「was turned down」などの表現が紹介されています。

NG表現としては様々なおかしな直訳例が紹介されていて、かなり楽しめます。中には一見正しそうな表現があり、実は失礼なニュアンスがあるので適切ではない例などは勉強になりました。

【目次】
本書の使い方
音声ダウンロードの使い方
巻頭特集 使ってはいけないとっさの20フレーズ
Part1 オフィス内・デスクワーク
Part2 電話・メール
Part3 会議・プレゼンテーション
Part4 訪問・来客・商談
Part5 休憩・食事・接待
日本語から引ける!ビジネスフレーズINDEX


書評:デイビッド・セイン著、『ネイティブはこう使う!マンガでわかる時制・仮定法』(西東社)



書評:ガストン・ルルー著(監訳・高野優、訳・竹若理衣)、『黄色い部屋の秘密〔新訳版〕』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

2019年01月15日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

海外ミステリーの古典中の古典にして密室ものの先駆けと言われるルルーの『黄色い部屋の秘密』(原題:Le Mystère de la chambre jaune、1907)を読んでみました。中井英夫の『虚無への供物』を始めとする様々な推理小説で言及されている作品なのでずっと気になっていたのですが、これは文句なしに面白かったです。文藝春秋の『東西ミステリーベスト100』(2012)の海外編には第28位にランクインされています。1985年版の16位から転落してますが、上位作品ではアガサ・クリスティーとウンベルト・エーコしか知らない私には理由は分かりません。クリスティ作品と遜色ない面白さだと思うのですが。

あらすじ:1892年10月24日、パリ郊外、エピネー・シュル・オルジュ近郊、サント・ジュニュヴィエーヴの森の中にあるグランディエ城の離れで、スタンガーソン博士の令嬢マチルドが襲われる事件が発生。令嬢は真夜中に博士が実験室で仕事中に、その隣の「黄色い部屋」で就寝中に襲われた模様だが、令嬢の寝室から助けを求める悲鳴と銃声が響き、博士、老僕、門番夫妻らがただ一つの扉を打ち破って部屋に入ると、令嬢は昏倒し、部屋は荒らされ、黄色の壁紙には大きな血染めの手形が残されていた。窓は外壁にあるため鉄格子がはまっており、しかも閉まっていたので、部屋は完全な密室だった。捜査のためにパリの警視総監は有名なフレデリック・ラルサン刑事をロンドンから呼び戻して現場へ派遣した。一方18歳の若き新聞記者ジョゼフ・ルールタビーユも友人の弁護士サンクレールを伴って現地に向かい、サンクレールが被害者の婚約者であるロベール・ダルザックと知り合いであることを利用し、独自に捜査できるように段取りをする。ラルサン刑事はダルザックを犯人と見なすが、ルールタビーユは彼の無罪を主張し、真っ向から対立することになる。マチルドとダルザックは犯人を知っているようだが、マチルドが秘密を握られているらしく、その秘密が暴露されるくらいならば殺されるのも厭わないほど固く口を閉ざしていた。

そんな中、一命をとりとめたマチルド嬢がグランディエ城館で使用していた寝室に再び犯人が忍び込み、手紙を書いているところをルールタビーユが目撃し、彼を捕まえようと老僕・ジャック爺さん、スタンガーソン博士、ラルサン刑事に協力を仰いで廊下で追い詰めようとするも、三方の衝突地点で犯人は忽然と消えた!?

そして第三の襲撃の際には城館と城壁の袋小路に犯人を追い詰めて銃殺したはずなのに、そこに倒れていたのはナイフで刺された森番だった!?

とまあ、最初の密室殺人未遂ばかりでなく、次々と謎の出来事が起こるので、ワクワクします。それでいて殺されるのは無関係の森番のみで、狙われていた令嬢は無事に生き残るというのも面白いですね。そして令嬢の秘密を守るため、ルールタビーユが犯人をわざと逃がし、ダルザックの裁判で「犯人を捕まえて有罪にするのは警察や裁判官の仕事であって新聞記者の仕事ではない」というようなことをぶちまけるのも粋です。

この作品の中でたびたび言及されているマチルド嬢の付けている香水【黒い貴婦人の香水】がタイトルとなった続編があるのですが、 石川湧訳の『黒衣夫人の香り』は古本屋でしか手に入らないようです。原文はフランス語で読めないので、英語版かドイツ語版の電子書籍がないか探そうかと思ってます。『黄色い部屋の秘密』のように新訳版が出たらいいのですけど。


書評:島田荘司著、『ネジ式ザゼツキー』(講談社文庫)

2019年01月14日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

『ネジ式ザゼツキー』(2003、文庫は2006年発行)は御手洗潔シリーズ第19弾の長編。記憶に障害を持つ男エゴン・マーカットが書いた奇妙な童話『タンジール蜜柑共和国への帰還』の内容を脳科学者として御手洗潔が検証し、エゴンが「帰るべきどこか」を探り当てるばかりでなく、彼が関わった過去の事件自体も解明します。『タンジール蜜柑共和国への帰還』には蜜柑の樹の上の国、ネジ式の関節を持つ妖精、人工筋肉で羽ばたく飛行機などが描かれていたため、単なる幻想扱いされてしまっていましたが、御手洗はこれらの記述をなんらかの真実の描写であるとしてその謎を記憶のメカニズムその他の知識を用いて解いていくのが非常に学術的で興味深いです。

御手洗はこうした謎を自分の研究所を出ることなく、ネット検索と電話で解決してい待っており、以前のように現地に行って確認・検証するということはしません。これぞまさしくアームチェア・ディテクティブですね。

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書評:島田荘司著、『火刑都市』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『占星術殺人事件 改訂完全版』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『斜め屋敷の犯罪 改訂完全版』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『御手洗潔の挨拶』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『異邦の騎士 改訂完全版』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『御手洗潔のダンス』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『暗闇坂の人喰いの木』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『水晶のピラミッド』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『眩暈』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『アトポス』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『龍臥亭事件 上・下』(光文社文庫)

書評:島田荘司著、『御手洗潔のメロディー』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『Pの密室』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『ロシア幽霊軍艦事件―名探偵 御手洗潔―』(新潮文庫)

書評:島田荘司著、『魔神の遊戯』(文春文庫)

書評:島田荘司著、『セント・ニコラスの、ダイヤモンドの靴』(新潮文庫)

書評:島田荘司著、『御手洗潔と進々堂珈琲』(新潮文庫)



書評:島田荘司著、『犬坊里見の冒険』(光文社文庫)

2019年01月13日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

『犬坊里見の冒険』(2006、文庫は2009年発行)は御手洗潔シリーズ第24弾で、タイトルの通り犬坊里見が主人公で、『龍臥亭幻想』のすぐ後、里見が弁護士としての修習で関わる事件が描かれます。衆人環視の総社神道宮の境内に、忽然と現れて消えた一体の腐乱死体。容疑者として逮捕・起訴されたホームレスの冤罪を晴らすために里見が奮闘するのですが、司法試験に受かったにしては里見の無知さが際立ち、彼女の劣等感や恐怖などリアルと言えばリアルなのかもしれませんが、かなりイラつきます。

この龍臥亭三部作は御手洗潔シリーズというより、石岡和己シリーズと言った方がよく、御手洗の天才的な推理とは無縁の作品群です。里見が苦労して行き着く推理は前作2作の石岡よりはさえているとは思いますが、御手洗潔の対極にある凡才の勇気を讃えるようなストーリー展開をじれったく感じずにはいられません。日頃自分の無能さに悩み劣等感を抱いて落ち込んでるような人たちにはもしかしたら励みになるのかもしれませんけど、正直私の好みではありません。使われたトリック自体は面白いと思いますが。

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書評:島田荘司著、『火刑都市』(講談社文庫)

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書評:島田荘司著、『龍臥亭幻想 上・下』(光文社文庫)

2019年01月13日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

御手洗潔シリーズ第20作の『龍臥亭幻想 上・下』(2004、文庫は2007年発行)は『龍臥亭事件』から8年後に関係者がまた龍臥亭に集まり、雪に閉ざされた中、奇妙な事件に巻き込まれるというストーリーです。『龍臥亭事件』同様、御手洗潔の出番はほとんどなく、ウプサラから電話で短く石岡和己の質問に答える程度です。

犬坊里見が龍臥亭に帰省する途中で雪の中行き倒れになったホームレスの「ナバやん」を見つけ、法仙寺にその死体を運び込むことから事件が始まります。その3か月前に衆人環視の神社から、神隠しのように消えた巫女・大瀬真理子の謎を解けないか、彼女の彼氏だという黒住が石岡に相談します。龍臥亭や法仙寺のさらに山の上にある神社の神主である菊川には黒い噂があり、いなくなった真理子にも金を貸し、体の関係を迫っていた疑いがあったため、石岡たちが現場検証と事情聴取を兼ねて神社へ行くと、地震があり、地割れを起こした神社の駐車場の隙間に大瀬真理子と思われる死体が発見されます。大雪の上に地震が起きたことで雪崩が起き、県警が現場に駆け付けるには少なくとも1日以上かかるような状況のため、現場の写真を撮ってから真理子の死体を引き上げて法仙寺に安置します。

下巻は龍臥亭にお手伝いに来ていた櫂という女性が雪の中自宅の様子を見に行くと言って出て行ったまま連絡が取れなくなったため、彼女の様子を見に石岡たちが出て行きますが、彼女の家は雪で倒壊しており、彼女が持って出た龍臥亭のスコップはそこで見つかったものの、彼女自身はどこにも見つかりませんでした。翌朝、法仙寺に安置されていたはずのナバやんの死体が頭部と足が切断された状態で龍臥亭前で発見されます。死体に着せられていた服のポケットから、その死体を森孝の具足のうちに葬らないと災いが起こると書かれた和紙が見つかります。貝繁村に伝わる「森孝魔王」の伝説になぞらえて何者かが何事かを起こそうとしているらしいのですが、雪に閉ざされて応援を呼べない状況の中、ひと先ずその要求の通りにすることにします。森孝の具足(鎧兜)は法仙寺に供養のために保管されており、死体を整えるための地下室の隣にあったため、その作業はさして難しいことでもなかったのです。その後法仙寺の日照和尚が殺され、頭と足が発見され、その頭と足をまた森孝の具足に入れるように要求する紙が見つかります。女子供の安全が脅かされていたため、石岡たちは要求通りの死体処理をしますが、その行き着く先は?

石岡和己は事件の立会いと当事者として多少行動の方針を決め、黒住が菊川神職に復習をすることを阻止するなどで貢献しますが、謎解きには一切貢献していません。御手洗が与えたヒントで大瀬真理子消失の謎を解いたのは警視庁の刑事でしたし、「森孝魔王」の伝説になぞらえた事件の真相は犯人の死後に告白文が石岡に届けられることで明らかにされます。因縁深い龍臥亭、因習と迷信に囚われた村社会が現代に生きる貝繁村という舞台に、100年前に龍臥亭の前身となる湯殿を立てた関森孝にまつわる伝説と死体を動かし悪者を成敗するという森孝の鎧に関する信仰が絡み合うストーリ展開と雰囲気は興味深いですが、石岡はもうちょっと頭を使ってもいいのではないかと少々不満が残ります。そうでないなら御手洗潔をもっと出して欲しいみたいな。

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書評:島田荘司著、『火刑都市』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『占星術殺人事件 改訂完全版』(講談社文庫)

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書評:住野よる著、『また、同じ夢を見ていた』(双葉社)

2019年01月09日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

『また、同じ夢を見ていた』(2016)は年末年始に日本に帰省中に本屋で見かけたので、同著者の『君の膵臓をたべたい』(2015)と一緒に買いました。

主人公・小柳奈ノ花(こやなぎなのか)が繰り返し見る夢。小学校でクラスに友達はいなかったけれど、大好きなひとみ先生、唯一本のことを話せる荻原くん、隣の席の絵をかくのが上手な(だけどそれを隠そうとする)桐生くんがいた。そして放課後は尻尾のちぎれた黒い彼女(猫)と「しーあわせはーあーるいてこないー」「ナーナー」と歌いながら訪ねていける「友達」がいたーークリーム色のアパートに住むかっこいい「アバズレ」さん、空っぽの建物の屋上にいる手首に傷をつけてた「南」さん、そして1人暮らしの「おばあさん」。国語の授業で「幸せとは何か」を考える課題があり、夏休み前の発表の日までたくさん考えてアバズレさんや南さんやおばあさんの意見も聞いた。桐生くんのお父さんが泥棒をしたと噂になり、言い返さない彼の代わりにクラスの男子とけんかした。桐生くんはその日から学校に来なくなった。私はクラスの子たちに無視されるようになった。味方になろうと思った桐生くんに「一番嫌い」と言われた。本当の思いやりとは何か、そして幸せとは、人生とは何かを一所懸命考えて行動し、この試練を乗り越えた。アバズレさん、南さん、おばあさん、そして尻尾のちぎれた彼女とはある日を境に急に会えなくなった。彼女たちの痕跡すら夢のように消えてしまった不思議。彼女たちはあり得たかもしれない奈ノ花の未来の姿だった。そして今、あの頃に考え抜いた幸せの定義が変わっていないことを確かめながら、自分が幸せかを問う。

奈ノ花の賢くて、クラスのみんなは馬鹿だと考える傲慢さは、自分の子ども時代を見るようでいささか苦い・しょっぱい思いを抱きながら読みましたが、彼女はちゃんと自分の信じる「友達」からのたくさんの優しい言葉たちと彼女を本当に心配する気持ちを素直に受け取って反省し、勇気を持って行動できる強さを持っていて感嘆しました。私自身は傲慢でひねくれた心を大分長いこと引きずってしまいましたが、若い頃にこの作品に出合えていたらもっと違った人生が歩めたのかもと思わず言はいられませんでした。私自身にとっては時すでに遅しですが、今現在悩める少年少女または若い人たちにとってこの作品は優しさと勇気を与えてくれるものなのではないでしょうか。

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書評:住野よる著、『君の膵臓をたべたい』(双葉社)


大腸カメラ騒動

2019年01月08日 | 健康

12月に主治医のところへ行ったついでに、お腹の調子が悪いこと(左側の下腹部の痛み)を相談し、なにか心配しなければいけないことなのか聞いてみると、取り敢えず血液検査をして見ることになり、その結果、軽い炎症があることが分かり、「憩室炎」の可能性があるので、消化のいいものを食べて水分を多くとることと消化器内科で大腸カメラの検査をやってもらうことを勧められ、紹介状をもらいました。年内に消化器内科の予約は取れないだろうと思っていたのですが、12月21日の早朝にキャンセルが出たために空きがあり、急遽事前面談へ。7時15分という普段ならせいぜい起き出すくらいの時間ですよ。

その事前面談で一通りの説明を受け、検査の日時を決めました。その検査が今日、1月8日、13:30だったわけです。FBの友達などに聞いたところによると、ドイツのやり方は日本とはだいぶ違うようです。

検査の準備は事前面談の時に説明を受けた指示書に従ってすべて自宅で行います。その指示は以下の通りでした。

検査5日前からサラダやコーンなどの食物繊維の多いものを避け、ジャガイモ・麺・米・パンなどの炭水化物や肉を中心に食べるようにする。

検査前日。軽い朝食。昼はコンソメスープなど具のない透明なスープのみ。以降絶食。18時に下剤「Moviprep」を水1ℓに溶かして服用。それとは別に1ℓ水分をとる。

検査当日。検査5時間前(朝8:30)にもう一度下剤「Moviprep」を服用し、それとは別に1ℓ水分をとる。

朝食にお茶やコーヒーは飲んでいい。水分摂取は検査3時間前までで、それ以降は水分も摂ってはいけない。

排泄物が黄色っぽい透明な液体であり、固形物が一切ない状態であることを確認する。そうでない場合は予約時間の30分前にクリニックに来院し、相応の措置をとる。

普段野菜や果物を大量に食べる私には検査の5日前から苦行でした。検査前日からの絶食も辛かったですが、それよりも下剤による腹痛の方が辛かったですね。

こうして時間通りに(13:30ちょっと前)クリニックに行くと、ほとんど待つことなく検査室へ連れていかれ、ズボンと下着を脱いで紙のダボっとしたパンツに履き替え、診察台に寝かされ、血圧計を装着され、後はドクターが来るのを待つばかりとなったのですが、ドクターはなかなか来なくて、看護師さんと世間話をして待ちました。

ドクターが来てから左を下に、彼の方にお尻を向けて横になり、眠剤を打たれました。寝ていたので検査の様子などは当然全く分かりませんでした。眠剤を打たない選択肢もありましたが、検査が不快であると聞いていたので寝る方を選択しました。

目覚めてから看護師さんに休憩室に連れていかれ、回復したら受付に来るように言われました。時計を見ると14:15になっていました。

着替えて受付のところに行くとしばらく待合室で待っているように言われ、数分間待機。

その後ドクターと所見について話しました。結論を言うと憩室炎(Divertikulitis)ではありませんでした。憩室(Divertikel)も一つもできていないとのことで、12月にあった炎症は感染症か何かだろうとのことでした。腸はまったくクリーンで、2mm程度のポリープを1つ取り除いたとのことです。

14:30にはクリニックを出て、ダンナに迎えに来てもらって、パンを買って帰宅しました。帰宅後まずはスープでお腹を温めてからパンを食べ、久々のセロリをかじり、続いてケーキを食べ、コーヒーを飲んで、欲しいものを飲み食いできる幸せを噛み締めました(笑)

「お腹が空いた~」「お腹痛~い」と大騒ぎした大腸カメラ体験でしたが、「何もない」ことが分かってよかったです。


書評:住野よる著、『君の膵臓をたべたい』(双葉社)

2019年01月08日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

『君の膵臓をたべたい』(2015)は年末年始に日本に帰省中に本屋で見かけたので、同著者の『また、同じ夢を見ていた』と一緒に買いました。文庫も出ているとは知らず平積みになっていた単行本で買ってしまい、ちょっと後悔していますが、感動的な作品なのでまあ良しとしましょう。

病院の待合室で偶然拾った「共病文庫」がきっかけで高校生の「僕」はクラスメイトの山内咲良と「仲良し」になります。その「共病文庫」は膵臓を患い余命わずかの彼女の秘密の日記帳でした。家族以外で唯一彼女の秘密を知ることとなった「僕」は以来彼女に振り回されることになります。読書が好きで、他人と関わることのなかった「僕」は明るく奔放な彼女の「死ぬまでにやりたいこと」に付き合ううちに彼女との会話や彼女と過ごす時間を楽しいと思うようになり、彼女の存在をかけがえのないものと感じるようになります。

小説の大半は僕と彼女の行動ややり取りで占められ、二人のおかしな会話を楽しむことができます。

そして唐突に来る終わりは、予想されていた形とは違い、現実の容赦なさが「僕」に突き付けられ、改めて生とは何かについて考えさせられます。葬式には行かなかったけれど、彼女から借りた本を読み終えて、それを返しに行った時に彼女の残した「共病文庫」を見せてもらい、「僕」の自己完結の壁は決壊し、ため込んでいた感情がすべて溢れ出してしまいます。こうしたかけがえのない体験を通じて「僕」は生まれ変わったかのように他人との関りを大切にするようになります。

泣き所は咲良が何を考え思っていたかが分かる「共病文庫」と遺書の部分ですね。「僕」と彼女は恋人にはならなかったけれど、深いところで気持ちが通じ合っていたことが分かるシーンです。

会話の中で特徴的なのは、名前ではなく【根暗そうなクラスメイト】くんとか【仲良し】くんなどと呼ばれていることです。最後の方で「僕」の名前が志賀春樹(小説家?!)であることが明かされますが、名前が伏せられていたことに意味があるのかどうかはいまいち分かりません。「僕」が咲良を決して名前で呼ばず「君」としか言わなかったことと関係があるのかと思われます。呼ぶ名前に意味が付与されることを恐れた、ということでしょうか。「春樹」でも「咲良」でもなく、「友達」でも「恋人」でもなく、「君の膵臓をたべたい」という言葉に象徴されるような名前の付かない絶対的な一人称「僕」と二人称「君」の絆を描いたということかもしれません。

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