幕末、明治維新のころから
第一次戦争のころまで
米欧列強やロシアは
虎視眈々と
この東北アジア、東南アジア
を太平洋や大陸を超えて
市場として植民地として狙っていた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E4%B8%8B%E6%94%BF%E7%AD%96
日本にとっては
朝鮮半島や
中國という大国は
大きな防波堤であった。
ところが
眠れる獅子は
期待に反して破られた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E7%89%87%E6%88%A6%E4%BA%89
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AD%E3%83%BC%E6%88%A6%E4%BA%89
もし、
今日日本をそれほどに
侵略者として責め立てるのなら
なぜ?
その当時
「あなた方の先祖である方々は
西欧の列強と
総力を挙げて戦わなかったのか?」
という責任を問うべきだろう。
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なぜなら、
そこで西欧列強を撃退していれば
大東亜戦争時の惨状、
憎むべき日本による両国に対する蹂躙・凌辱は
防ぎえたであろう。
日本の過去を
今責め立てるとしたら
それは、
自分たちの先輩たちに
その責任を問うのが
先決だろう。
西欧に対する江戸時代中期以降の
日本の西欧に対する先見性と
その正確さもさることながら、
それほど、
明治維新以降の
日本一国の当時の戦いは、
アジアにおいては
一面では抜きんでていたということだろう。
その中身が、その占領政策が
余りにもお粗末だったということは
否定できないし、決して誇れるものではない。
しかし、だからこそ
これではいけないと
中國では孫文や蒋介石、毛沢東や周恩来などの
すぐれた指導者が、
第一次大戦前後から
第二次大戦末期には
生まれてくるべくして
生まれてきたのではなかったのか。
特に当時、
孫文達に対する日本の指導者の支援は
並みならぬものがあったことを
知る人々は少なくないだろう。