心向くまま徒然徘徊紀

思うままに思い、思うままに徘徊し追憶・追記を重ねていきたい。

政府自身が理数系偏重、文系軽視の政策を!是か!非か!

2015-06-27 09:47:11 | 時事政治経済哲学思考

今の時代は

政府自身が理数系偏重、文系軽視の政策を

推進していますが、

 

このことが

今の国民と国家をどこに導いていくか?

正確に見極めることが

非常に重要になっています。

 

 

人という人種が

今という文明・文化を生きて行くうえでは

人類史の歴史的到達点としての

文化・芸術、社会科学を身に着けておくことは

不可欠だからです。

 

理数系の学問だけでは

日本や世界の歴史のことを

正しく見ることが出来なくなります。

 

人類を

文明・文化の歴史としてみれば

一目瞭然です。

 

そのほかにも、

理系を目指す人々が

日本史や世界史を

選択しなくなってから

人のための経済学を

数字だけでしか考えなくなり、

 

それが結果的に、

「自身のことを悪魔の経済学に

身をゆだねることになってしまっている」ことに

気が付かなくなってしまっている?

 

「数字さえよくなれば

将来は人間性を失い、

どういう目に合うかさえ

分からなくなっている」?

 

日本を含め世界に息づいている

文明・文化の歴史とは

 

人々が太古から引き継いできた、

切磋琢磨された

人類の活きた精神文化

つまり宗教や哲学、文学、社会科学の発展を

時系列的に

詳細に深く身に着け、

将来に引き継いでいく術を

大多数の日本国民が喪失してしまうことを

意味しているからです。

 

結果として

経済学は

人間の魂を亡くした

ロボットのような人間の経済学となり、

それを支援する

ロボットのような人々のための

ロボットのような人々による

ロボットのような人々理数系の学問に

成り代わっていくでしょう。

 

それは、

「間違ったことを間違っている」。

「人らしい生活を送るにはふさわしくない」

主張できる人間がいなくなることを意味し、

一部の情緒をなくした

独裁者の国家に変貌していくことを

意味しているからです。

 

このような恐ろしい人々にとっては、

 

支配しやすい国民に

私たちを変えることを

望んでいるからかもしれないが、

 

自身にとっても

それは近い将来

墓穴を掘っているということを

分かっていない大ばか者なのだ!

 

”魂を亡くしたみすぼらしい国民を擁した国家”に

今後、変身してく始まりとなるだろう。

 

もしそうでなければ

太平洋戦争後70年の間、

戦争に明け暮れたUSAが

今、

どういう状況に変化しているか?

もし気づいているとしたら

いかようにこの政策を

修正していこうとしているのか?など

検討、研究してみることも重要でしょう。

そして我が国の政策も

もう一度

見直してみるのも如何でしょうか!

 http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/767a63697dd775a2982d6c54766ba3a5?fm=entry_awc

 IQ,EQの違いなどももっと研究する必要があるでしょう。

 


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 梅雨時、ウオーキング&ジョ... | トップ | 人を大切にすることは数字を... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

時事政治経済哲学思考」カテゴリの最新記事