負けてらんにぇ ! みんなでなんとかすっぺ !!

南相馬市から新潟県三条市へ集団避難→同市内の雇用促進宅に→2015.2~同市内の戸建に転居 妻と二人暮らし。

救い ・・・ やすらぎ

2014-05-17 23:00:51 | 原発震災避難者


回顧



世を捨て妻子を捨てた山頭火は歌っています。


山あれば山を観る

雨の日は雨を聴く

春夏秋冬

あしたもよろし

ゆふべもよろし



世の中が騒音や組織の中で

息がつまりそうになればなるほど

心のなかに求められるのは

このやすらぎではないでしょうか。


・・・
 
新しい世界がひらけ

新しい自己が生まれ

生きることが楽しくなり

生まれてきたことがありがたくなってきます。







老齢期最大の敵 ・・・ 心の逃避

2014-05-17 21:30:37 | 原発震災避難者


回顧



老人に対して いま必要なものは

生きがいのある社会参加 ・・・ ではないでしょうか。


老齢期は 病齢期ではありません。 ・・・ ここがポイントです。


老人も生きているうちは 働くことです。

周囲の人々に奉仕する使命感に立つことです。


老齢期の最大の敵は

老人なんだから ・・・ もう働かなくていいという思い

老人なんだから ・・・ お世話になって当たり前と思う

・・・ 心の逃避です。



今日の日本の社会機構は

能率主義に偏し

老齢者から職場を取り上げ

社会参加の機会を失わせ

老齢者のための福祉へと追い込んでいるように思われます。


保護 = 疎外 ・・・ となってしまっています。







死のトレーニング ・・・ 苦しむあなたへ

2014-05-17 19:30:44 | 原発震災避難者


回顧



いのちは あと20分 ・・・ と仮定しましょうね。


仰臥の状態でまぶたを閉じ ・・・ 静かな呼吸。


人のさまざまな苦悩は

生きようとしすぎて かえって生きられないのではないか

・・・ という不安感情にさいなまれるからで

むしろ

「 生 」 は 「 死 」 によって支えられているのだとさえ思い

静かに死に望む境地に ・・・ 心身を任せます。


さて あなたの周りに ・・・ 誰と誰が集まってくださいますか。

枕元に集まる方達のひとりひとりの顔を思い浮かべてください。


母親でしたら

きっと あなたの名を呼びつづけ 嘆いては ・・・ 訴えるでしょう。

その母に あなたは ・・・ 充分報いていたでしょうか。


悔やんでいる間もなく

死は ・・・ 一刻一刻近づいてきます。

あなたは

本心から母にぶつかって 日頃の不孝を詫びてください。


・・・

意識は 浄化によって ・・・ 光のように透明となり

上昇感がともなうもののようです。

想念は ・・・ 自在です。




・・・・・・

私は かって ・・・ 生きることに意味を見い出せず

鉛のような心をいだき ・・・

ことごとに怨みと悲しみのうたを歌って生きた人間でした。


しかし いま私は あなたと

喜びのうたを いのちのうたを

・・・ たからかに歌いたいのです。







人生運転 ・・・ 自動車運転

2014-05-17 16:43:12 | 原発震災避難者


回顧



自動車運転では

アクセルを踏めば 発進し

ブレーキを踏めば 止まり

ハンドルを右へ回せば 右

ハンドルを左へ回せば 左にまわる ・・・ と決まっています。


だから 自動車運転では

それを滅茶苦茶動かしていいものではありません。

自動車運転には

決まっているところが決して無いわけではないからです。


しかし すべて決まっているかというと ・・・ そうではなく

実際運転は 刻々であって ・・・ 固定したことは何もないのです。


それで 実際運転をするためには

キマッタところは ・・・ 必ず 先ず学ばなければなりませんが

しかし その学んだことを覚えれば それで済むのでもありません。


覚えたことを思い出しつつ運転しているようでは

ギコチなく 危なくて仕様がないでしょう。


学んだところを ・・・ すべて手放しにして

刻々現場の風景に目を開き

それに対応し 的中して 運転していくところに

・・・ 初めて イキイキした安全運転があるのです。







死ぬのを怖れている人へ ・・・ 癌宣告され

2014-05-17 13:42:02 | 原発震災避難者


回顧



わが尊師・故内山老師のお言葉から ・・・



・・・・・・・


この 「 死を怖れる 」 ということは

なにも今

癌だと告知され はじめて問題とすべきことではありません。


実は われわれ人間 動物として

いつも死を回避し生きようとする本能をもっているわけですが

それに反し 他方一切の生あるものは

遅かれ早かれ 誰でも死なねばならぬことに運命付けられているのですから

一体これをどう受け取るべきか

誰でも彼でもみな決着しておかなければならない問題です。


それなのに

「 死を怖れる 」 ことを自己の問題として取り上げたこともなく

口を開けばいつも

金 金 金というだけで 浮かれている今の世の中は

まさに 「 生存呆け 」 ・・・ という一語に尽きます。



今あなたは せっかく癌に病まれて

自分の死を真正面から問題として取り上げたのですから

これを ・・・ ただ怖れるだけでなく

むしろ これを機会に 積極的に本当の自己のいのちをみつめ

明らめ 深めていく契機とされることをお勧め致します。


大体 死ぬとは

このように 「 死ぬのは怖い 」

「 何とか生きていたい 」

「 今は死んでも死に切れない 」 などという思いそのものが

・・・ 死んでいく時なのです。


「 生はよし 死はわるし 」 と分別するコンピューター的判断そのものが

・・・ 絶する時です。



・・・・・・・ 。







挽歌 ( ばんか ) ・・・ 死ぬとは

2014-05-17 10:45:34 | 原発震災避難者


回顧



死ぬとは

ご苦労様でしたと 自分で自分をねぎらいながら

・・・ 自分の終止符を打つ時だ

その時 どんな狂い死に

もがき死にするにしても ・・・

それこそ ほんとにご苦労様でした

今や終わりました ・・・ と。







宗教 ・・・ ありのまま

2014-05-17 10:41:00 | 原発震災避難者


回顧



宗教と称するものの中には

まことに言葉通り ・・・ ピンからキリまであるようです。


裏長屋のようなところで

狐憑きみたいな顔した人たちが集まって

何かをモソモソやっているのから


大伽藍を構えて

彼らのもの日にはバスを連ね

時には列車まで動員して

何千 何万の信者を動員するものまであるようです。


しかも

その拠点の立派さや動員力の大小は

必ずしも

それらの教義や信条の深遠さとは比例していません。


地獄の入り口で

兎 ( と ) や角 ( かく ) と論じ合っているのから

娑婆 ( しゃば ) の次元で

亡者を引き摺 ( ず ) り廻しているのや

天国や極楽の板戸の前に陣取って

静かに開門を待っているのまで ・・・ 種々雑多でございます。


これが 世に行われている宗教なるものの ・・・ 

ありのままの相 ( すがた ) だと思って

・・・ あまり大きな間違いではないようです。


さて ・・・ 。





* もの日 : ( 物日 ) 祭日 ・ 祝日など特別なことが行われる日。