老後の日々

果物に野菜作り等、
今では趣味にして気間々にやっています。

周りの人に依存して生てる人間

2007年06月23日 | Weblog

仕事はしたくない、したくない心だから何も出来ない。簡単な事でも何倍もの時間がかかる。料理などは全く出来ない、出来なくても当たり前の心、 コンビニに行けば困らないが毎回行くのが面倒だから、冷凍食品を冷蔵庫に詰めておく、親の前では子供と旦那を盾に使う、何もしないことではない、考えは出来ている、こどもを遠くの幼稚園に入れ、中学校卒業まで車で送り迎えの計算。

親の迎えのない子供は先生の言うことを良く聞いて帰り、そして帰って親に話す。だが、授業さえ終われば其処に親がいるから真剣に聞く必要がない、子供の出来ることを親がやってしまう。子供が出来ない手作りの物を与えたり、子供と外で遊ぶなど、しんどいことはしたくない。 それでいて専業主婦の名を使う。現在ニートと呼ばれる人は80万人という、この人達の言い分は、、

国が悪い、政治が悪い、働く気持ちは有るが自分にあった仕事がない。人には迷惑掛けてないから良いでわないか等と言っている。確かに親のすねをかじっているものも多い現状、それはそれで何も言わない、そんな人に仕上たのはその親だからだ。人に迷惑を掛けてない?、そんなことはない、働いて税金を納めその税金で道路や公共施設を作り管理している。それを分け隔てなく利用している。

また車で道を走っていても相手がよけて道を譲ってくれることも有ろう、そんなことは当たり前の気持ちが迷惑を掛けてないと言う言葉になる。それに自分に合った仕事?そんなものない。面白くなくても嫌なことがあっても一生懸命仕事に精を出している人は大勢いる。

大学を出て三キロ仕事などはやる気がない、住職や神主など修行のいるものはしたくない、国が悪い政治が悪いなどと言う、政治が悪ければ良くすればいい若いエネルギーで80万人の力は大きく動く力になるはず。徳島県の人口でさえ80万だから、、私が大変なことになると思うのは先に書いた、専業主婦を名乗る人だ。

自分のことだけならいい、其処いる子供の将来まで潰していることに気づいてほしい。厳しくても自分で生きていける人間に育てるのが親の義務だと思う。それには男子なら働くことを教え、女子なら料理を教えておこう、人間生きていくためには食べなければならないからだ。食糧難が来るのもそう遠い事ではないと思うから。


戦没者妻えの特別給付金

2007年06月22日 | Weblog

戦没者妻えの特別給付金、410億円、未払いで時効。85年以降の請求漏れ、延べ2万1000人分、政府が戦没者の妻に十年に一度、国債の形で支給している特別給付金について、1993年と2003年の二回で延べ21000人、41億円が未払いのまま時効になっていることが分かった。

1963年にスタートした特別給付金制度は請求しなければ受け取れない「請求主義」を採用。政府は85年、対象者えの通知業務を各都道府県の紙台帳のリストから、コンピューターで制作したリストに基づいて実践するシステムを導入した。

しかし、コンピューターには85年以降に実際に請求した人の記憶だけしか入力されなかった。このため85年以前に請求していても、改めて85年以降に請求しなかった人はコンピューターのリストから漏れ、未払いの原因になったという。この問題を調査している民主党の浅尾慶一郎政調会長代理によると、

厚生労働省は請求者だけ入力した理由について「人員などの制約があった」と説明していると言う。年金問題もそうだが、手堅く集めておいて、どんな言い訳をしょうと、それで済まされるのか、 戦没者の妻達も高齢ななり、63年は約42万人が93年には27万人となり2003年には15万人と減少しているのに??

   

 


母乳育児は乳ガンなを防ぐ

2007年06月22日 | Weblog

最初の出産年齢が高い女性は、母乳育児をすると乳ガン発症の危険が減るという研究を、米南カリフォルニヤ大などのチームが発表した。55才以上で過去に乳ガン治療を受けた女性995人と発症歴のない1498人を対象に初産年齢、子供の数、授乳方法などと乳ガン発症のかんけいを調べた。

全体では初産が25才未満で子供が多いほど乳ガン発症率が低い。ただし、初産年齢が高くても母乳栄養の場合は、発症率が高くなることはないという。研究チームは、母乳育児は女性ホルモンの働きに影響する可能性があるという。

 


天が下てるてるぼうず黴坊主

2007年06月22日 | Weblog

天のおおっている下、地上は雨期に入っている。梅の実の塾するころに降る雨なので梅雨というが、夏至を中心として前後それぞれ二十日にも及ぶ長い時期だ。うんざりすることも多く、明日はぜひ晴れて欲しいと願う日もある。そんな前夜は晴れることを願って、軒先などに人形をつるす。てるてる坊主である。けれど期待外れで、黴の生えた人形になってしまったと言う一句。


徳島が誇る人類学鳥居博士

2007年06月22日 | Weblog

昨年家内と鳴門市に行く機会ができ、その日の用事が終わっての帰り、県立鳥居記念博物館が前方の高い所に見える。行ってみたいと思い車を登り口近くに付けた。登ってから分かったことだが駐車場も完備されていてそこから登れば良かったのだが後の祭り。

正面の石階段から見上げるとかなり高いところに博物館が見える。家内は少し足が弱い時期でもあったので登らないから一人で行ってくるようにと言う。階段を少し登ってから振り向くと、家内も車から降りて来ている。

ここまで来たのに、やはり見て帰りたいと言うので、二人でゆっくり時間をかけて登った。この日は日曜日だったので博物館は無料開放していて自由に観覧ができた。でも、来ている人は10人ほど、その時、感じたことは何故博物館をこの高いところに置いたのだろうか?

徳島が誇る立派な功績を残した人物、もっ身近なところで、沢山の人達に知ってもらいたいと思ったことでした。高知市内の丘陵地に県立牧野植物園がある。「日本の植物分類学の父」と呼ばれる植物学者、牧野富太郎士を顕彰する施設。

二十㌶という広大さと三千種にも上がる木々の新緑や草花の美しさに圧倒される。八年前に新設されたモダンな牧野富太郎記念館も充実していて博士の生い立ちや業績がよく分かるようになっている。

その牧野博士と同様に独学で、同時代に活躍した学者としてよく引き合いに出されるのが徳島市出身の人類学・民俗学の先駆者、鳥居龍蔵博士(1870~1953年)だ 佐藤 勉、県教育長は、鳴門にある県立鳥居記念博物館を「出来る限り早い時期に文化の森への移転を進めたいと述べている。

具体的な候補地については、県教委が設置した検討委員会に先月、案が示されたばかり鳥居博士の業績が牧野博士より低いとは思えない、いや人類学、民俗学という分野だけに県人という事は別にしても鳥居博士の手をあげたいと思うほどである。

県も財政難のなかだが知恵を絞っていただき一日も早く鳥居博士の資料館が身近なところに落ち着くことを願ってやみません。 

   


たのもしやてんつるてんの初袷

2007年06月21日 | Weblog

現在は衣替えと言ってもしっくりこないが、江戸時代は陰暦四月一日に夏衣とした。初袷は綿入れなどを脱いで袷を初めて着ることを言う。前書には「小児の行く末を祝して」とあり去年の袷を着せてみると、すっかり裄丈が短くなっている。ずいぶん成長したからである。(てんつるてんは)着物の丈が短くて手足が出ているさま。俗語によって喜んでいる親のさまが、現れているもの。


知識より知性の大切さ

2007年06月21日 | Weblog

                                                    
ある小学校で先生が「雪が解けたらどうなりますが」と問いかけた。ほとんどの子が水になりますと答えるなかで一人の少女が「春が来て暖かくなり、お花がいっばい咲きます」とにこやかな顔で答えた、、。独創性に満ちた豊かな感性を感じる。

知性は言うまでもなく知識の多寡ではなくて、人それぞれの持つ知識と常識が組み合わさり融合されて身に付くものと考える。そして、それは学校で知識を授かる通り一編の教育だけでは身に付かない。知識を基に創造力を養い精神の働きを高める努力が必要になる。

最近の道徳観念の喪失や人を思いやることえの無関心さ、また、他人を裏切り踏みにじっても平然と生活できる浅ましさなどは知性が葬りさられた現象ではなかろうか。お金を儲けるすべにはたけていても人の心を知らない、

いわいる知性をおろそかにしている今の社会は、物は満たされても成熱した社会とは思えない幼稚さを残している。人々が寄り添って生きる社会では知性が常に光彩を放っていなければならないと思う。   地方新聞より


九星と呼ばれるもの

2007年06月18日 | Weblog

前に述べた八卦と深く関わりのあるもの、五行、九星です。五行占い、九星占いとしても呼ばれていますが、その九星、一白水性から九紫火星の事で特に気学で占いをたてる場合等は、絶対に覚えておかなければならない1つでもあります。一白水星は五行の水で、色は白無色透明の水です。

水は言うまでもなく、液体で、熱すれば水蒸気となって空中に逃げ、冷やせば氷という固体となります。また、水そのものに形はなく、「水は方円の器に従う」のことわざのように、入れる器によって、そのとき時に変化します。水は万物を潤し生物を育てる力があります。

易で言う坎と言う字は「土を欠く」になり、土を浸して低い所に流れる水を表現してる。そのほか水は、湖沼にあっては「止水」河川にあっては「流水」ときには「奔流」とか「洪水」のように人間の力では抵抗できない激しい力を発揮する事もあります。

古代中国人達は、黄河や場子江の大河を見て、水の特徴を捉えているものです。大河では、表面は緩やかな流れに見えても、川底近く、水深いところでは、さかまくような流れを持っているものです。無色透明の白はどんな色にも染まります。そして、人の教えにもこんなものがあります。

1.見ずら活動して他を動かす物は水なり、2.常に見ずらの進路を求めてやまざる物は水なり、3.障害に遭うとも屈することなく、その勢いを百倍にする物は水なり、4.洋々として大洋を満たし、雲となり雨となり雪となり、玲瓏(レイロウ)たる鏡となり、しかもその性を失わざる物は水なり、5.見ずらを清め他を洗い、清濁併  せいるる物は水なり。

この一白水性方位にとると北方30度の間、十二支江では「子」時間では午後11時から午前1時。四節では十二月上旬の「大雪節」から「冬至」をへて一月上旬の小寒節に至一ヶ月間。気候は寒く陰気の極まるときであり、一年で一番寒いと言われるとき。

   

 

 


占いの原点

2007年06月15日 | Weblog

占いと言えば三百数十種類とも言われるほどあるようですが、その原本となる易学の八卦、それに後天図、易学については学問的にいろんな面から研究されているようですが、今から数千年ものむかし、中国大陸に生まれたものです。中国古代の帝王伏義(テイオウフツギ)が天を仰ぎ、地を見て、そこから大自然の生成発展の状態を、易の象である八卦にまとめたものです。

易は、このように天地自然を模範としてできたものと言われていますから、中国の思想の主流とされている「天人合一の思想」を最もよく表しています。天人合一の思想とは(老子)(荘子)などが説いたもので、自然現象と社会現象との間に一貫した原理が存在するとして、この大地自然の原理に従ってこそ誤りのない行動ができると言う考え方です。

ここで易学の根本的な考え方ですが、易の本体であり、宇宙の本体、八卦を少し説明してみよう。まず宇宙の本体、根本原理と考えられる「太極」があり、その太極から二つのことがらが発生したと考えるものです。その二つとは陰・陽です。陰と陽とは、明るいと暗い・男と女・強いと弱い・剛と柔という対照的な物事を意味する。この陰・陽がさらに老陽・少陰ー少陽・老陰となり、

これらがさらに二つになり、乾・兌・離・震・巽・坎・艮・坤となる、これが八卦と言われるものです。この八卦には一つ一つそれぞれ象があります。象は、あらゆる自然現象を単純な形に要約したもので、易学では、この八卦をおのおのさらに重ねて六十四卦として、それを以て人事に応用しています。易の八卦、六十四卦は宇宙界に行われる法則をわかりやすい八卦の象徵を以て表した宇宙の縮図ともいえるものです。