ラヴェンダーの咲く庭で

「みゃーきんぐ・ぷあ」から変更。保護猫と綴る日々の備忘録、独り言にすぎない半径5mの記録です!基本、読み専です。

みじめ♀の乳がん闘病 続き

2014-10-10 13:14:25 | 猫病気

2013年11月30日にあったしこりは片側でなく両脇にあって、一列だけオペするのが普通だが、それでは取りきれない事、思い切って切除してもL字のような形になるかもしれない。
もしくはその部分のみ、ブロックごととか、くり抜きでとか、本当はマニュアルとは違うけど、飼い主さんの希望のやり方をする場合もある。
私はやるなら2列全部してもいいのだけれども、先生は猫の負担が大変、侵襲が酷い2列はショックが大きいので同時に切除はしたくないこと。
猫の乳がんは悪性が多くマージンを取ってオペしてもすぐ再発し、肺転移や肝転移を起こし亡くなるなど、予後が厳しい事などを先生とお話していても、28日診ない間にしこりが出現!では青天の霹靂、驚きすぎて今後の事を即決できるものでもない。
またその出現の仕方から、悪性でスピードが速いと覚悟する。
その時は結論が出ず、本当はしないらしいがその場で針吸引検査をして顕微鏡下では異常な細胞は見られなかった。
だけど、ほとんどが悪性である猫の乳がんで、良性がそう当たるワケがない。
先生は良性も当たったことがあって、それはオペで綺麗に治ったケースをお話ししてくれたが、
それは宝くじで幸運を引き当てる確率のようなもので、自分は結局みじめのこれは悪性の癌だと覚悟していると思う事、
てっきりみじめはIBDで亡くなると覚悟していたので、この病気を抱えたうえに、さらにチャレンジさせて予後が悪いオペはしたくないと考えている事をお話しし、腫瘍の大きさを測り、いつも通りにIBDの薬だけで帰宅する。体重は4,6㎏。
2013年12月28日再診、実際は猫にどうしてあげればいいのか決めかねていた。腫瘍の大きさを測り、いつも通りにIBDの薬だけで帰宅する。体重は4,7㎏。
2014年2月1日再診、手遅れだと迷いながら腫瘍の大きさを測り、いつも通りにIBDの薬だけで帰宅する。体重は4.65㎏。
2014年3月1日再診、このころから腫瘍を測らず、IBDの薬、ステロイドを飲ませるのがかわいそうで注射薬で、せめて涙目をもっと綺麗にと抗生剤を変えて、例のしこりは大きくなり、どう考えても悪性の乳がんと判ってしまっていた。体重は変化なし。
その後少し食が細って、材料を取らないせいか、なぜかIBDの激しい下痢の症状が消えていき、下痢から軟便で日常には支障ない感じになっていく。ちょうど不死男の不調時の看病とかぶさっており、先生は「それは良かったですね」と。

さらに下痢は治まってきて、
6月7日に再診するが、診せただけになリ、IBDが問題でなくなると、あとは私のいつもの疑問、「去年の11月の時点でオペすれば猫は助かったであろうか?」という質問になってしまう。
「1cmを超えているので、猫は助からない」と先生。また発覚の日から「癌の自壊が怖い。」という悩みには、「その時はレーザーで焼きましょう。」であった。体重は4.45㎏。
8月2日再診、「猫はそろそろ癌の痛みが出ているのではなかろうか?」と思っていた。
先生は2方向のレントゲンを撮り、「肺にぽちぽちと小さな粒があるので、それはリンパ節であり、肺転移しているかもしれない」と。
そして「猫は肺の機能の4分の3が失われたときに苦しむが、まだレントゲン画像からも呼吸は大丈夫です」と。
診察台で盛大にゴロゴロ喉を鳴らしご機嫌で聴診器も役に立たないみじめが「痛がっているとは思えない」と。
食が落ちていたので食欲増進剤シブロへプタジンとメロキシカムを処方していただくが、
痛みどめというよりメロキシカムはCОXを阻害する作用を期待してであった。体重は4.0㎏。
8月30日再診、胃が痛いように見えたのでファモチジンを出していただく。体重は3.9㎏。
右目にも肉腫のようなのもの現れ、それは日に日に大きくなり眼球を覆い安楽死も覚悟する。この日診せると先生も悪いもの、おそらく癌であろうとの事。
病院でも毎度「こんなにいい子なのに何とかならないだろうか?」と先生に訴えてしまう。
この頃から食がさらに細り、酢酸リンゲルの輸液をし、店であらゆるフードを購入し、開封し、すり鉢で擦って形態を変えてと昼夜奮闘する。


そして9月16日に恐れていた事、ついに癌が自壊する。
コメント
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