花の名前・木の名前・名前の由来

草花や木についている名前の由来。誰が付けたか分からないけど、知って納得のもの、「?」のもの、いろいろあって、面白い。

桜咲く塩釜神社

2011年04月27日 | 四季の風景

昨日から開館した「松島水族館」を見た帰り、「塩釜神社」に回った。
「桜」といえば「ソメイヨシノ」ばかりになった公園が多い中、「いろんな桜」があって、楽しい。
「ソメイヨシノ」は、簡単に接ぎ木が出来るけど、寿命は100年くらいと聞いた。
元からある桜は、樹齢数100年というものもある中で、「ソメイヨシノ」だけが短いのはどうしてなのだろう。

ご近所の八重桜も咲きだした。
この花びらが、ちらほらと風に舞うのを見たら、春まきの種を蒔く。
松島展望台神社 神社 神社 
神社・梅も見られた。
塩釜展望

庭も花盛り
ワスレナグサ、ユスラウメ、ヒメコブシ、アカミユスラウメ、クリスマスローズ、エイザンスミレ
勿忘草 ゆすら梅 姫辛夷 赤実ゆすら梅 クリスマスローズ 叡山菫

松島水族館の様子はこちらにあります
 「ウミヤドカリ」の飼育で、松島水族館にお世話になった時のブログ。 

 
     原発廃炉に向けて


穀雨(こくう)

2011年04月20日 | 四季の風景

スイセン

今日は24節季の「穀雨(こくう)」「芒種(ぼうしゅ)」と並び、農事にまつわる節季。
穀物の作付の準備が整った頃に降る。この雨で芽が出始める。
昨日から寒い。
年によっては入学式の時期に雪が降ることもあるが、下旬に降ったことはあっただろうか?
大雨の予報が出ていたが、夕方から雪に変わり、朝は車に少し雪が積もっていた。
今年は震災で、ようやく始業式と入学式が21.22日に開かれることに。
落ち着かない日々に、気候も不順。

   
次々に咲く黄色の花。
春先は黄色の花が多い気がする。


次の節季は「立夏」

    原発廃炉に向けて


東日本大地震から3週間の気仙沼市と鹿折地区第十八共徳丸

2011年04月04日 | 3.11東北関東大震災

東日本大地震から3週間の気仙沼市と鹿折地区第十八共徳丸


東日本大地震から三週間目の4月Ⅰ日。
ようやくガソリン満タンに。
大津波と大火に襲われた鹿折地区を目指した。
東北道を一の関で降り、284号気仙沼街道を回ることに。
45号線沿も町々も気になったが、道路も悪く、標識もなくなり、目標とする建物も消失し、道に慣れた地元の人でも、迷うってしまうという。
とにかく道路事情も良く、最短のコースは、一関ルート。
気仙沼が近くなってきたら、葬儀社の立て看が目立つ。
一社で何件もの葬儀を扱っている。
後で聞いたら、気仙沼市で近隣の葬儀社を紹介しているとのこと。
市内では、もう葬儀も出せない。

バイパスから気仙沼市内へ。
気仙沼駅周辺には、遠隔地から応援にきたガス事業者が。
古町から三日町あたりまでは、震災で大きく破壊された様子はない。
八日町に入ると、だんだん様子が変わってきた。
あちこちの建物が、壊れて、全壊の家もある。

そして衝撃が走ったのは、南町に入った所から。
戦争映画で見るような、破壊されつくした建物の連続。
宮城交通の営業所も見る影もない。
気仙沼警察署のあった所も、通り過ぎたが、どのようになっていたかは、記憶にない。
NTTは建っていた。更に魚市場に進む。
山影の道なので、津波は入り込まないだろうと思っていたが、この道にも山を超えたのか、回り込んだのか、建物は使用できないほど、壊されていた。

魚市場の建物はあったように思う。
海沿いに、魚町まで車を走らせた。
焼け焦げた船、破壊されつくしたお魚市場。
乗り上げた船。
建物が残っていても、漂流物が入ったり、中が流されて、とても使用に耐えるとは思えない建物の数々。
しっかりしたビルは残っていた。そのまま使えるのかどうかは分からない。
海面より、道路の方が低く、車を走らせるのも、怖い。

坂口から鹿折に抜けようとしたら、「通行止め」
望洋館の方を回ろうとしたが、「カモメ道り」が水没していて、こちらからは鹿折に抜けられない」と言われた。
魚町の大通りを引き返すことことにしたが、道路が瓦礫の山になっている。
「大田」を経由する道が、どの道か分からない。
瓦礫のため、道が細く、車が一台と通れるかどうかという細さ。
対向車が来たら、どうするのだろう。
結局、バイパスまで戻り、鹿折川のから東浜街道へ。

旧市内でも、息をのむような光景だったが、鹿折駅前の光景は、これから先も決して目にすることはないと思うほど凄絶な光景。
これが日本?
これが、3月11日まで、人が暮らしていた場所?

駅舎のほかは、セブンイレブンが、それとわかるだけ。
「第十八共徳丸」の大きい船体が、宇宙から来たように、瓦礫の中に建っていた。
今にも航海に出そうな形のまま。

押しつぶされ、焼かれた車、洗濯機、冷蔵庫、布団などなど。
何とは分からない瓦礫。
瓦礫。
瓦礫。
瓦礫。

車が通れるように、自衛隊の人たちが、道をつけてくれたので、辛うじて、この道が駅に通じると分かるが、河口への道は、駅前交差点から五十メートルも行くと、瓦礫で途切れる。
旧市街地に抜ける道は、駅前交差点から、五十メートルくらいまで、水が上がっている。
地盤沈下が激しいらしく、三週間たってもまだ、水。

涙が止まらない。

駅に建ったモニュメントの「カゴメ」が二羽、青空に飛んでいた。