え~っと、前回は深川駅を出ましたね。
で、留萌駅からです。
留萌駅構内進入です。
↑この荒涼たる様は見ていて飽きないです。かつて活気のあった留萌を知る術など有りは
しませんが、ニシン蔵の衰退は何かで知った記憶があって今も覚えてます。
ところが駅を出て散策して、戻ってきたら駅待合室内に往時の秘蔵写真が展覧してあり、
被りついて拝見しました。が、まずは留萌駅。
↓増毛方向です。奥の左カーブを立ち上がれば日本海です。
この線区が廃止対象。この先に有人駅ってあるのでしょうか・・・・?
せっかくなので行きたかったですが、私の間の悪さはどうしようもありません。
いつだってそうだったなぁ~ 100点取らなきゃならない試験でもゆるポカして外すし、
ここ一番でキメられるはずがオウンゴールかましたり・・・・
人生、劇画でも喜劇でもないはずですが、ツイてるひとはとことんツイてる事でパワー
バランス保たれている気がします。脱線
↓このキハ54のシートは0系ですね。バッタンバッタンって転換できるヤツ。
ところが窓とシートに関連付けはなく、大窓になるシートもあれば、ピラーに命中する
シートもあって車窓を楽しむには当たり外れ大有りです。
私はロングシートに座りました。
ちょっと留萌史に触れてみる事にします。
留萌鉄道って・・・・ 初めて知りました。
札沼線の札幌~「沼」は石狩沼田の「沼」ってのは事前に調べて知り得ました。
が、途中の明日萌=恵比島からも鉄路が伸びてたとは・・・・
↓当時の運賃表には感激です。今に換算すると約1/5?
美深とか朱鞠内とか浜頓別とか万字とか・・・・
以下は版権等不明です。恣意的に載せる意図はありませんが、掲載するにあたり合理的な
ご指摘がありましたら即刻削除致します。
石狩沼田では下車したかったですが、あまりにイメージと違うためスルー。
札沼線の終端の面影は・・・見出せませんでした。線路をはぐった島ホームがわずかに
それとわかる代物ですけど、見られただけで充分です。
なにより驚いたのは「D61」なるSLがあった事です。D61~? ウソでしょう?
門外の私でも形式くらいは知ってるはずですが、これは知らなかった。
実際に走っている画像があっても、あったんだと理解するのに若干時間かかったです。
13:30の深川行きで戻ります。
5人くらいしか乗ってなくて、0系シートでうとうと
その後はバカっ速のスーパーカムイで札幌までひとっ飛び。速いね~♪
ここで撮影記は終了なのですが、タイトルを付け間違えた~
Vol.4は・・・・2016.4.12撮影記(洞爺~有珠、北船岡)になります。
~って、平日やんけ! と思われますが、早い話しサボりでもなんでもなくて、
前週土曜日の強制代休です。
号令のいない労働現場で起こる不可解な出来事は鉄活には何の関係もありませんが、
既に身近な住宅建設や大規模施設構築のノウハウがおぼつかなくなってる事のような
不安も感じてます。次回、この辺りの考察から踏み込んでみますかね。
「夜行列車」・・・・そろそろ看板を外し・・・ませんね! ヤですね。
これら一過性の撮影記はイレギュラーです。
本懐は「夜行列車」に変わりありません。