盗人宿

いまは、わかる方だけ、おいでいただければ。

親子丼と田楽

2019-01-31 14:10:19 | にゃんころ
江戸のポルノ川柳には、よく「芋」「芋田楽」という単語が出てきます。

 酔いまぎれ 芋田楽を 姑食い

 入り婿の 不埒は芋へ 味噌をつけ

田楽とはご存知のように、豆腐やコンニャクを串に刺して味噌を塗って焼いたものです。
地方によっては、里芋を使うこともあります。

ご存知のように里芋は、親芋の周囲に子芋が鈴なりに実ります。
私は食べたことがないのですが、田楽にする時は親芋と子芋を1本の串に刺すのだそうです。

もうおわかりですね。
川柳の芋や芋田楽とは、現代でいう親子丼、嫁と姑の両方と交わるという意味です。

昔は十代の半ばで結婚する事は珍しくありませんでしたから(童謡「赤とんぼ」でも、十五でねえやは嫁に行ったでしょ)、娘が結婚する時に母親は三十代の女盛り。
ついつい娘婿に手をつけてしまうことも、現代より多かったのではないでしょうか。
特に入り婿の場合、強く抵抗もできません。

 とんだこと 婿の寝床に 母の櫛

なんてことにもなるわけです。

 田楽で やくやもしおの 親子仲

これは百人一首にも入っている、「来ぬ人を待つほのうらの夕凪に 焼くや藻塩の身もこがれつつ(藤原定家)」からきています。
江戸の時代は字を読めない人も多かったのですが、決して無学文盲ではなく、百人一首を引用して川柳を作る優れた知識とセンスを持っている人もたくさんいたのです。

まあ芋田楽も秘密にできていればよいのですが(いいのか?)、事が公になってしまうと当然、嫁と姑は骨肉の争いになるわけです。
こんな時に第三者が仲裁に入ろうものなら、

 根を掘って 聞かれもせぬは 芋出入

かえって火に油を注ぐようなもの。

そうこうしているうちに、決して起きてはいけないことが起こる場合もあります。

 おかしさは 芋田楽で 相孕み

 けしからぬ ことは養母が 孫を生み

こうなるともう世間体なんぞ繕ってはいられません。
生まれて里子に出されるのはまだいいほうで、中条流(中絶の専門医)の世話になったことでしょう。


私はばりばりの理系の人間で、古典文学や歴史にはとんと疎く、江戸の文化のこともあまり知りません。
しかしこうやって当時の川柳を眺めていると、江戸の下町の光景が目に浮かんでくるようです。
「文明」は確かに現代のほうが桁違いに進んでいますが、「文化」はもしかすると江戸の人たちのほうが豊かだったのかもしれません。

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