幽霊屋敷 作者大隅 充
12
僕は、小さなライトの明かりで書斎の木製のデスク
を照らすとボヤっとしか椅子と机が見えなかったが
すぐにタツヤ兄ちゃんが強力なサーチライトを僕の
後に明るくスポットライトしたので昼のようにはっ
きりとそのデスクが見えた。
デスクは、一番奥の壁に面して大きな黒い皮の椅子
の背がこちらに向いていた。
ここが二階と一階の間にある屋根裏部屋に当たるの
でまるで飛行機の格納庫みたいに奥に行けば行くほ
ど天井が低く、アーチ状になっている。
もしここに今戦闘機が格納されていたとしたら、
ちょうどコックピットが置かれているだろう位置に
その黒皮の立派な椅子と木彫が施された巨大な机は、
フライトプランのないまま何十年と待機しているよ
うに根を這ってじっとしていた。
そしてその僕たちに背を向けた椅子に小柄な人間が
俯き加減に座っていたのだ。
タツヤ兄ちゃんが回り込むようにその椅子に近づ
くと、照らされた椅子の斜め正面が兄ちゃんの後を
付いて来た僕らの目にもクリアに見えた。
そこには、青いセーターを着た丸坊主の子供が白い
マフラーをして座っていた。
ぶるぶると秀人が震えたかと思ったら、ひやややと
叫んでふうっと床に倒れ込んだ。
その風船の空気が抜けたみたいな秀人の鼻音が余り
に大きくて、僕はその奇妙な音に心臓をつぶされて
同じようにひやややと思わず叫んでしまった。
するとタツヤ兄ちゃんが急に前のめりになって、
カビの床に両手をついた。一遍に書斎が暗くなって
サーチライトがコロコロと椅子の脚元まで転がった。
バカ!デブ。オレの足を掴むんでねえ!
僕は秀人と抱き合って埃りが煙みたいに舞う中で目
をつぶって兄ちゃんの足を握り締めている秀人の手
を必死で解いた。
秀人は、またまた口から泡を吹いては、小便を漏ら
すと靴下まで濡らしてわなわなとただ震えていた。
兄ちゃんがサーチライトを拾おうと這いつくばった
ままライトに手を伸ばしたら、椅子の脚に手が触れ
て椅子に座っていた青い人の首がカクンと垂れた。
ハッと反射的に兄ちゃんがライトを向けて構えると、
椅子の人の顔は骸骨だった。
首に巻かれた白いマフラーは、染みだらけの包帯
だった。たぶん顔に巻かれていたものが長年のうち
に外れて垂れ落ちたんだろう。
その骸骨の目から極彩色のムカデが二匹にょろに
ょろと這い出てきた。
完全に息が止まってしまった。
僕は、人生で最初で最大の危機を悟った。
たぶんこの幽霊にみんな食べられてしまう。
あの時我慢せず秀人と一緒に新製品のポテチを買
って河原で食べとけばよかった。できたらもう一
度夕張川で鮭を釣りたかった。お祖父ちゃんが残
した回転ベゼル付きのフライトマスターの腕時計
を中学生になるまで我慢せず一度一日中腕にして
学校に行きたかった。そして何より東京に引っ越
す前に深田あかりさんに愛の告白をしてしまえば
よかった。もうこの世からサヨナラするんなら、
少なくともこれぐらいのことやっておきたかった。
誰もが挑んで誰もがはじき返されるシューパロの
幽霊屋敷。いま僕ははっきりとわかった。
この幽霊屋敷の誰も入ることのできなかった開
かずの書斎に恐ろしいドクロの子供がいて何十年
と深い森の中で呪いつづけている。
そこに足を踏み入れた者は、無傷では帰れない。
あの鉱山王のヤマモトソウソケの無念のうちに死
んだ恨みがここには充満している。
僕は、もうこれがこの世の最後の瞬間だととって
もリアルに感じた。
コノヤロウ!
タツヤ兄ちゃんがそう叫んで青い幽霊のセーター
の胸を這い降りてきたムカデを埃りの溜まった
デスクの上で思い切り片手の掌で叩いた。バン!
骸骨の目の前のデスクでムカデが二つに潰れた。
兄ちゃんはその叩いた軍手のはらで潰れたムカデ
の体液をぬすり付けた。ちょうどデスクの上に広
げられたままの赤頭巾ちゃんの絵本があって悪い
おばあさんの顔にそのムカデの残骸が黄色い絵の
具のように塗られた。
そしてタツヤ兄ちゃんは、長いノコギリの刃が風
にシナるような細い声で骸骨の幽霊に話しかけた。
ソウイチロウ・・・
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僕は、小さなライトの明かりで書斎の木製のデスク
を照らすとボヤっとしか椅子と机が見えなかったが
すぐにタツヤ兄ちゃんが強力なサーチライトを僕の
後に明るくスポットライトしたので昼のようにはっ
きりとそのデスクが見えた。
デスクは、一番奥の壁に面して大きな黒い皮の椅子
の背がこちらに向いていた。
ここが二階と一階の間にある屋根裏部屋に当たるの
でまるで飛行機の格納庫みたいに奥に行けば行くほ
ど天井が低く、アーチ状になっている。
もしここに今戦闘機が格納されていたとしたら、
ちょうどコックピットが置かれているだろう位置に
その黒皮の立派な椅子と木彫が施された巨大な机は、
フライトプランのないまま何十年と待機しているよ
うに根を這ってじっとしていた。
そしてその僕たちに背を向けた椅子に小柄な人間が
俯き加減に座っていたのだ。
タツヤ兄ちゃんが回り込むようにその椅子に近づ
くと、照らされた椅子の斜め正面が兄ちゃんの後を
付いて来た僕らの目にもクリアに見えた。
そこには、青いセーターを着た丸坊主の子供が白い
マフラーをして座っていた。
ぶるぶると秀人が震えたかと思ったら、ひやややと
叫んでふうっと床に倒れ込んだ。
その風船の空気が抜けたみたいな秀人の鼻音が余り
に大きくて、僕はその奇妙な音に心臓をつぶされて
同じようにひやややと思わず叫んでしまった。
するとタツヤ兄ちゃんが急に前のめりになって、
カビの床に両手をついた。一遍に書斎が暗くなって
サーチライトがコロコロと椅子の脚元まで転がった。
バカ!デブ。オレの足を掴むんでねえ!
僕は秀人と抱き合って埃りが煙みたいに舞う中で目
をつぶって兄ちゃんの足を握り締めている秀人の手
を必死で解いた。
秀人は、またまた口から泡を吹いては、小便を漏ら
すと靴下まで濡らしてわなわなとただ震えていた。
兄ちゃんがサーチライトを拾おうと這いつくばった
ままライトに手を伸ばしたら、椅子の脚に手が触れ
て椅子に座っていた青い人の首がカクンと垂れた。
ハッと反射的に兄ちゃんがライトを向けて構えると、
椅子の人の顔は骸骨だった。
首に巻かれた白いマフラーは、染みだらけの包帯
だった。たぶん顔に巻かれていたものが長年のうち
に外れて垂れ落ちたんだろう。
その骸骨の目から極彩色のムカデが二匹にょろに
ょろと這い出てきた。
完全に息が止まってしまった。
僕は、人生で最初で最大の危機を悟った。
たぶんこの幽霊にみんな食べられてしまう。
あの時我慢せず秀人と一緒に新製品のポテチを買
って河原で食べとけばよかった。できたらもう一
度夕張川で鮭を釣りたかった。お祖父ちゃんが残
した回転ベゼル付きのフライトマスターの腕時計
を中学生になるまで我慢せず一度一日中腕にして
学校に行きたかった。そして何より東京に引っ越
す前に深田あかりさんに愛の告白をしてしまえば
よかった。もうこの世からサヨナラするんなら、
少なくともこれぐらいのことやっておきたかった。
誰もが挑んで誰もがはじき返されるシューパロの
幽霊屋敷。いま僕ははっきりとわかった。
この幽霊屋敷の誰も入ることのできなかった開
かずの書斎に恐ろしいドクロの子供がいて何十年
と深い森の中で呪いつづけている。
そこに足を踏み入れた者は、無傷では帰れない。
あの鉱山王のヤマモトソウソケの無念のうちに死
んだ恨みがここには充満している。
僕は、もうこれがこの世の最後の瞬間だととって
もリアルに感じた。
コノヤロウ!
タツヤ兄ちゃんがそう叫んで青い幽霊のセーター
の胸を這い降りてきたムカデを埃りの溜まった
デスクの上で思い切り片手の掌で叩いた。バン!
骸骨の目の前のデスクでムカデが二つに潰れた。
兄ちゃんはその叩いた軍手のはらで潰れたムカデ
の体液をぬすり付けた。ちょうどデスクの上に広
げられたままの赤頭巾ちゃんの絵本があって悪い
おばあさんの顔にそのムカデの残骸が黄色い絵の
具のように塗られた。
そしてタツヤ兄ちゃんは、長いノコギリの刃が風
にシナるような細い声で骸骨の幽霊に話しかけた。
ソウイチロウ・・・