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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
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御菓子御殿の紅いもタルト~シーちゃんのおやつ手帖138

2010年05月21日 | 味わい探訪
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さすらいー若葉のころ17

2010年05月21日 | 投稿連載
若葉のころ 作者大隅 充
     17
日本時間午前11時に起きたメキシコでの地震は直下型
で釧路、苫小牧午後五時に、下北半島、八戸、陸中海岸
には夕方六時に津波が押し寄せて厳戒警報にもかかわら
ずその津波の大きさは予想よりも大きく、気仙沼では1
.8メートルを記録した。
 ラジオによると八戸港にそそぐ馬淵川は逆流し、1.
2メートルの津波が押し寄せたと速報している。すぐ近
くのシルバー病院の職員が川の様子を見に行って巻き込
まれ行方がわからなくなっている他、陸奥湊でも漁業関
係者の二名が海に流され捜索している。現在9時を回っ
て暗がりの中河川と海岸には絶対に近づかないようにと
緊急速報のアナウンスが繰り返しラジオから聞こえてい
る。十分経つとさらに津波の大きかった三陸、汽船沼で
被害の続報があり、子供を含めて20人からの行方不明
者が出て車ごと流されたものが4台と伝えている。
 本当に気が遠くなるような時間を蒸したガソリンと柑
橘系の芳香剤の入り混じった気分の悪くなるような匂い
の車の中で過ごした。
 軽米のインターチェンジまで辿りつくのに三時間かか
った。途中道路を流れる川のような水の中を進むのでア
クセルをいくら踏んでも空回りしたり、道の傾斜によっ
ては水溜りが深くてヘッドライトまで浸かるほどで車自
体がふわっと浮き上がる。しかもこの深みが下り坂にな
って延々一キロも続くと前のトラックの後輪が掻き出す
泥水を頭から被ってまるで潜水艦に乗っているような錯
覚を起こす。そしてやっと事故車両を通り過ごしてイン
ターの出口に出たときにはハンドルを持っていた手が強
張ってしばらく車を路肩に停めて掌を握ったり閉じたり
してカチカチになった腕の筋肉を解さないと続けて運転
ができないほど緊張していたんだと自分でも驚く。
 しかし雨脚は一向に弱まらず国道395号の山道に入
ってからも先が霞んで尾根に出るたびに強い風に煽られ
て車のお尻がスリップする。いつもならとっくに家に着
いているし、夕方ここを通るときは、アオゲラやルリビ
タキの囀りが高森山から折爪岳へ渡ってゆくのを頭上に
聞きながら新鮮な空気に包まれて、帰って来たとほっと
するところだが今日は、全くの水の闇に迷い込んでスピ
ードを上げて急ぐこともできないでびっくりするくらい
の孤独感を味わっている。
 九戸街道との連結している交差点を過ぎて片側車線が
土砂崩れで通行止めになっていて信号待ちをしている間
に家のハルカにもうすぐ帰えると電話を入れる。ハルカ
は寝ていたらしく低い声でわかったとだけ言ってそそく
さと電話を切る。仕方なく待ち受け画面に戻すと、その
ケイタイの画面にトモミからの着信のシグナルが出てい
る。それもほとんどワン切りの状態で。何か今度の成清
先生訪問のことかなと思ってかけ直してみるがつながら
ない。どこかトンネルでも入ったか、それとも間違って
ボタンを押したか・・・・
 信号が青になって片側通行してパイロンとトラロープ
の危険地帯を通り過ぎてもう一度トモミに電話を入れて
みたが今度は電源そのものが切られている。
 とこかく私は、この先の猿越峠を越えればペンション
の我が家はすぐそこだ。がんばって豪雨の中走ろう。峠
の道を対向車もなくアクセルを踏み続けて登る。フィッ
トはまだ買って二三年しかならない分こんな悪天候の上
り坂もへこたれず飛ばしてくれる。
 ちょうど峠の頂上に出てきたその時。雨の視界に突然
軽トラックの対向車が出てきた。私は、自然と中央斜線
に寄っていたために慌てて左へハンドルを切って泥だら
けのそのオンボロトラックを避ける。
 すれ違い様軽トラの歯のない痩せた老人の運転手が
「危ないだろ・真ん中をはしるでねえ」と唾を窓から吐
いたのを見る。思わずゴメンナサイと頭をさげてそのま
ま通り過ぎる。軽トラは坂の天辺でジクザグに揺れなが
ら体勢を取り戻して、太い雨に押し流されるように坂を
降りていく。同時にその荷台に乗せられた数十匹の豚が
悲鳴を上げて遠ざかって水の音に見えなくなる。
 大沼地区の養豚場へ買い付けに来た食肉業者かしら・
・・と口にしたそのとき、頭がいきなりフィットの天井
にぶつかった。
 前を振り返るとフロントガラスにナラの林が斜めに見
えて、黒い土と岩が迫って来て蜘蛛の網のように目の前
のガラスが白く割れた。そしてシートベルに縛りつけら
れたまま車内がくるくると回り出す。両サイドのドア・
ウィンドーも気づくとなくなって泥と水が飛び込んでく
る。口に木の根っこが入り、腐葉土の湿った葉が頬に張
り付く。一瞬だった。そしてすべての明りが消えて真っ
暗になり、無音の地底に投げ出される。
 私は、真っ青に晴れた秋空に黒く日焼けした輪竹龍彦
さんの笑顔を眩しそうに見つめている。輪竹さんの眼が
私のリップクリームしか塗っていない唇を見返している。
そして太い彼の親指が私の下唇に触れる。私は、崖の
上で涼やかな潮風に吹かれて動けなくなる。輪竹さんが
私の眼を覗き込んで微笑む。私は体の芯から熱くなる。
それは迸るはげしい充足の月の火照りとなってあふれ出
す。
 見つめられる眼と見つめる眼。
愛の確信は、ふたりがぴったり同じ思いにあふれること。
 私は、あのとき指で唇を触られたとき永遠にこの時が
つづいてゆくものと思った。
 輪竹さんは私にくちづけをするでもなく汗ばんだ私の
体を抱き寄せるでもなくただじっと私を見つめた。それ
は、男女が性交するよりも深く愛撫されるよりも激しい
最上の情事だった。
 
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