去年のいつ頃からだったろうか、ピースが喉に何かを詰まらせるような咳に似た症状を見せるようになったのは。何となく気がかりで先生にピースの咳の真似をしてみた。私のそれを見て「心臓だな。」と即答した。ピースの心音を聞くわけでもなく、レントゲンを撮ることもなく、心臓の薬を処方され、試しにと2週間飲ませてみた。すると咳が良くなったではないか。「おぇっ。」「はっ。」だのと詰まらせるような姿を以前より見なくなった。2週間後にレントゲンを撮るからと言われたので連れて行くと「今日は何した?」との問いかけ。訳を話すと「薬が効くなら飲み続ければいい。何もレントゲンなんて撮る必要もないだろう。」と同じ薬を処方された。すっかりおじいちゃんになり、奥さんとの二人三脚は、二人で一人前も怪しくなってきたところが否めない。しかし、医者の腕は信頼している。レントゲンは先ず犬が嫌がること、そして診察代が高くなることなど、先生の言い分もあるのだ。先生に尋ねた。「この薬が効くってことはそういうことなんですよね?」「そういうこと。」私としてはまさか心臓の病気だなんて言われるとは思っていなかった。咳一つで病気を診てしまうことにも驚いた。いずれくるであろうことを予想はしていたがまさかこんなに早くに来るとは思っていなかった。症状は落ち着いてはいるものの、治るものではない。
先日、散歩で久しぶりにセンタロウくんと会った。お父さんはいつもポケットにおやつのジャーキーを入れている。出会ったワンちゃんみんなにくれるためだ。ピースはセンちゃんのお父さんが大好き。もちろん、おやつをくれるから。はるか遠くでもわかる。匂いなのか、足音なのか、ずーっと先でも見つけてぐいぐいとリードを引っ張る。しっぽを千切れんばかりに振り、お父さんからいつものおやつを頂く。とそのあとの事。いつもよりひどい発作が起きた。「はっ。はっ。」となかなか治まらない。人間ならば背中をさするとか何か手立てがありそうだがどうすればいいのかわからず、落ち着くのを待ち、抱き上げた。犬の散歩なのに抱き上げるとは、と知らない人から嘲笑されそうだが、それしか方法はなかった。
予防注射の時期だったのでピースを連れて、発作の時の手立てを聞いてみた。すると薬がもう一種類追加された。現在これらの薬でまあまあの状態を保っている。が、もはや低空飛行である。心臓の弁が壊れて血液が逆流し、心臓のすぐ上にある気管支を圧迫して咳が出るということを先生から頂いた小冊子で知った。これからどんな状態になるかも書いてある。痩せてもきている。それ以外は全く元気で散歩にも行きたがる。自分が病気であるという自覚がないので好きな散歩を少ししかしないことを不憫にも思う。が、今は一日一回近所をぐるりと回ってくるだけである。
心臓病であることを娘に伝えた時、「いつまで生きられるの?」と私に尋ね、涙が頬を伝った。私は先生に敢えて尋ねなかった。「いつまで生きられるか。」とは。引き算をして暮らすより、毎日その時いつものように一緒にいた方が、普段のままでいられるから。
子供たちからせがまれ、縁あって家族となったピース。連れてきた日の事は忘れられない。「命を連れてきてしまった。」とずしんと重い気持ちになったのだ。傍では子供たちが歓喜を上げながらピースと戯れていた。いよいよその重みがやってきたようだ。家族として受け入れ、私たちの大事な役割を担ってくれたピースを引き算をしないで時間を重ねて行こうと思う。
さとうえりこ
先日、散歩で久しぶりにセンタロウくんと会った。お父さんはいつもポケットにおやつのジャーキーを入れている。出会ったワンちゃんみんなにくれるためだ。ピースはセンちゃんのお父さんが大好き。もちろん、おやつをくれるから。はるか遠くでもわかる。匂いなのか、足音なのか、ずーっと先でも見つけてぐいぐいとリードを引っ張る。しっぽを千切れんばかりに振り、お父さんからいつものおやつを頂く。とそのあとの事。いつもよりひどい発作が起きた。「はっ。はっ。」となかなか治まらない。人間ならば背中をさするとか何か手立てがありそうだがどうすればいいのかわからず、落ち着くのを待ち、抱き上げた。犬の散歩なのに抱き上げるとは、と知らない人から嘲笑されそうだが、それしか方法はなかった。
予防注射の時期だったのでピースを連れて、発作の時の手立てを聞いてみた。すると薬がもう一種類追加された。現在これらの薬でまあまあの状態を保っている。が、もはや低空飛行である。心臓の弁が壊れて血液が逆流し、心臓のすぐ上にある気管支を圧迫して咳が出るということを先生から頂いた小冊子で知った。これからどんな状態になるかも書いてある。痩せてもきている。それ以外は全く元気で散歩にも行きたがる。自分が病気であるという自覚がないので好きな散歩を少ししかしないことを不憫にも思う。が、今は一日一回近所をぐるりと回ってくるだけである。
心臓病であることを娘に伝えた時、「いつまで生きられるの?」と私に尋ね、涙が頬を伝った。私は先生に敢えて尋ねなかった。「いつまで生きられるか。」とは。引き算をして暮らすより、毎日その時いつものように一緒にいた方が、普段のままでいられるから。
子供たちからせがまれ、縁あって家族となったピース。連れてきた日の事は忘れられない。「命を連れてきてしまった。」とずしんと重い気持ちになったのだ。傍では子供たちが歓喜を上げながらピースと戯れていた。いよいよその重みがやってきたようだ。家族として受け入れ、私たちの大事な役割を担ってくれたピースを引き算をしないで時間を重ねて行こうと思う。
さとうえりこ