本日は明智光秀の命日。
なので今日に限り“あえて”の夜の更新。
平日なんで供養祭とかは行けませんでしたが、御冥福を祈ります。
おまけで。
雑誌“歴史人”が『戦国武将の死』なんてテーマやったんでそんな話を。
光秀の最後の言葉として知られている言葉のひとつ。
「心しらぬ人は何とも言はばいへ 身をも惜まじ名をも惜まじ」
個人的には、光秀の魅力を最大限に生かす最後のお言葉だと思っています。
光秀の歴史は、敗者ならではの勝者による御都合塗り替えが行われているので、この言葉を実際に本人が言ったかは事実わかりませんが、でももし真実だとしたら、この潔さってかっこいいと思う。
そして仮に消された事実を補うために後世に作られた言葉だったとしたら、それはそれで光秀に最大限の敬意を払っている人物の作だと思うし、色んな意味でもすごい言葉だと思う。
歴史人には
「順逆無二門 大道徹心源 五十五年夢 覚来 帰一元」
こっちで載ってますが。これも後悔はしていないよって漢詩ですかね。どっちにしろ潔い。
「散りぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ」
娘である細川ガラシャのこの句も同じように潔さを感じます。
この達観さって明智の血に流れるものなの?
明智の逆賊の汚名はいまだに続いてはいますが、織田家に対して真の逆賊って誰だったのか。
ネタに使ってのし上った人じゃないの?
…とついつい思っちゃうのよね~
太閤嫌いが年々悪化していっていると思うのはたぶん気のせいじゃないな…