確定申告
在宅医というと高齢の人ばかりを診ているように思われがちですが、
僕の在宅患者さんには、赤ちゃんや子供ちゃん(関西では子供に「ちゃん」をつけます)
もいます。コロナ禍のため外で遊べない分、絵本を読んでいる子もいます。
絵本を通して、世界中を旅しているのです。
『旅の絵本』などで知られる世界的な絵本作家の安野光雅さんが、
昨年12月24日に亡くなられました。享年94。死因は、肝硬変との発表です。
肝硬変とはその名の通り、肝臓という人体最大の臓器の線維が増えて硬くなり、
機能が低下した病態です。わが国の患者数は40万~50万人で、年間の死亡
者数は約1万7000人ですが、肝硬変から肝臓がんに移行して亡くなる人が
たくさんおられます。
B型およびC型肝炎ウイルスによる肝炎、または長期にわたる飲酒からなる
アルコール性肝炎や、非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)が、徐々に進行
した最終形が肝硬変です。まれに免疫異常による肝硬変の人もいます。
以前はウイルス性の人が圧倒的でしたが、昨今は非ウイルス性の肝硬変症が
増えてきています。肝硬変は悪性病変ではありませんが、がんと同じくらい
予後があまり良くない病気です。
「沈黙の臓器」とも呼ばれる肝臓。肝硬変の前半ならほとんど症状がみられません。
しかし倦怠(けんたい)感、むくみ、黄疸(おうだん)などよく知られる症状が
出る頃には、肝硬変はかなり進行しています。
足がよくつったり、こむら返りに悩む人は一度、肝臓の検査を受けてください。
安野さんは、78歳の時に肺がんと診断され、放射線治療で完治させたそうです。
がんになってからの方がより仕事に意欲的になったといいます。
肺がんが寛解した後の産経新聞のインタビューでは、こんなことを
話されていました。
「死ぬ直前に残るものは何だろうと考えて、自分の中にある見栄や虚栄心、
劣等感をはぎとることを考えてみたのです。名を残すなんてことも煩わしく
なりました。いらないものを削ぎ落してみたときに、最後に残るのが〈誇り〉
ではないかと思いました。誰もがそうなるとは限らないけど、私の場合、その誇りを
感じることで、死に直面する自分がイメージできるようになり、病気に対する
恐怖がなくなったのです」
人生を一つの旅に例えるならば、往路は自分に何かを足していく道行ですが、
復路は、削ぎ落すための道行かもしれません。そして最後に残るものは、〈誇り〉。
真の意味での「尊厳生」を安野さんが教えてくれました。
■長尾和宏(ながお・かずひろ) 医学博士。東京医大卒業後、大阪大第二内科入局。
1995年、兵庫県尼崎市で長尾クリニックを開業。外来診療から在宅医療まで
「人を診る」総合診療を目指す。この連載が『平成臨終図巻』として単行本化され、
好評発売中。関西国際大学客員教授。