あざみの気まぐれ日記

備忘録のつもりで書いています。

私の人生の応援歌(詩)

2013年01月30日 | 日記





茨木のり子さんの「汲む(くむ)」という詩が好きだ。
この詩は私の人生の応援歌(詩)と自分で思っている。


私は普段、結構社交的な方かもしれない(?)
知らない人とも人見知りせず気軽に話をすることができる。

だけど、改まって話をすることがとても苦手。
心の中に小さい頃のトラウマを抱えている。(私にはトラウマが多い)

小学校1~2年の頃の事だったと思う。
大勢の人の前で私が一人で「お話」をしなければならないことがあった。
童話だったが、私には難しすぎる話だった。
しかし、当時、私は活発で代表として人前で話したりすることが得意な方だった。
喜んで代表となってみんなの前に立った。
ところがなんと私は舞台上で固まってしまったのだ。
いわゆる『頭の中が真っ白になる』状態。

その経験がずっと私のトラウマになっている。
改まって人前で話をすることに苦手意識が強い。

人前で思い通りに話せなかったりした時、私はいつも茨木のり子さんのこの「汲む」という詩を思い出す。
この詩は私の人生の応援歌(詩)と言える。




汲む   Y.Y.へ   茨木のり子


   大人になるというのは
   すれっからしになることだと
   思い込んでいた少女の頃
   立ち居振る舞いの美しい
   発音の正確な
   素敵な女のひとと会いました
   そのひとは私の背伸びを見すかしたように
   なにげない話に言いました

   初々しさが大切なの
   人に対しても世の中に対しても
   人を人とも思わなくなったとき
   堕落が始まるのね 堕ちてゆくのを
   隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました

   私はどきんとし
   そして深く悟りました

   大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
   ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
   失語症 なめらかでないしぐさ
   子供の悪態にさえ傷ついてしまう
   頼りない生牡蠣のような感受性
   それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
   年老いても咲きたての薔薇 柔らかく
   外にむかってひらかれるのこそ難しい
   あらゆる仕事
   すべてのいい仕事の核には
   震える弱いアンテナが隠されている きっと.....
   
   わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました
   たちかえり
   今もときどきその意味を
   ひっそり汲むことがあるのです