今、ちょっと変容ちゅうのようです。
この世界に対する聖霊目線の理解が強化されていってる感じです。
うまく言語化できませんが
ムリくり表現するとしたら、、
ただただプログラムが流れ続けているデータの中にいるような感じで
けれども、本当はその外にいるんです。
データの中と外と、両方を同時に知覚できるというか、、
なんか、変な感じ。。
データの世界は、ただただ右から左へと流れ続けているだけで
何をどうする必要はなく
そのデータを通り越した麗しい兄弟&実相世界(天国の手前)と神に感謝していれば良いだけなんです。
それ以外は、すべて捨ててしまってよいんです。
けれども、この世界のデータである「肉体を持っている」という設定の
個人としての私の人生そのものを捨てるというわけでもないんです。
最近、(4月から)形のレベルと、心のレベルとで
勉強会などでお話しをし続けていますが、
心のレベルでは、何もかも捨てています。
形のレベルでは、おとぎ話に沿って演じることは継続します。
私が、白雪姫と一緒に過ごす小人役としてこの世界にいるのだとしたら、
小人役に徹して小人役として
より相応しい状態で、好きなことをしていればいい。
葛藤を感じたら、赦せばいい。
心のレベルでは、すべてを聖霊に捧げています。
なので、だんだんと形のレベルでの言動にも影響が現れたりします。
肉体にも現れるかも知れません。
それは、心が変わったから。
どこかの誰かが変わる必要があるのではなくて
自分の心のみが、変化する必要があるんですね。
当たり前のこと☆
そっかそっか、
量子コンピューター感
深まっています^^
本当に、一者しかいない。
コンピューターのデータを本気で信じているだけなんだわ。
(支離滅裂ですみません^^)
奇跡講座テキスト編
中央アート出版社
(T-26.5.5:1~3)
あなたがもち続けて永遠なるものにしようとしたあの一瞬は、天国では瞬く間に過ぎ去り、
それが現れたことに気づいたものさえいなかった。
瞬時にして消滅し、神の子の単純な智識に影響することさえなかったものは、
今なおそこに存在しているはずもなく、それをあなたが自分の教師として選ぶことはできない。
過去においてのみ、すなわち、はるかなる過去の、創造に応えて世界を作り出すにはあまりにも短すぎた時間においてのみ、
この世界は現れたかに見えた。