奇跡のコース/奇跡講座で生きる! 愛を阻む障壁を超え、本当の自分を思い出そう【真我なるハート】

2018年10月から奇跡講座の学び実践の奥深さを思い知って、本当の妥協のないプランAの実践で歩むことを望んでいます

本当に演劇・夢なんですよ。それは一者の中で、、

2016年04月01日 22時03分20秒 | ACIM奇跡のコースという生き方
最近のニュースで、
2年前に誘拐されていたらしい女の子が最近保護された。
というものがありました。

私にもそのお嬢さんと同い年の娘がいますし、
その誘拐拉致犯はとんでもない男だ。なんて許しがたい。
という思考が当たり前に浮かび上がってきます。


しかし、次の瞬間には
もう本気で言い逃れをすることができなくなってきています。
その想いこそが、私自身の助けを求める懇請だからです。

言い訳いちゃもんが、できなくなってきています。
それは、どこかの誰かの罪で、どこかの誰かの被害・犠牲ではないんです。

「私の罪」という錯覚妄想で、「私の被害・犠牲」という錯覚妄想に過ぎません。
大きなレベルでは、どの出来事においても当事者であり
すべてのストーリーの責任者であり作者であり監督なんですね。


本当に、この世界は宇宙丸ごと一者の妄想の中で演劇が行われているだけで、、

被害者ということになっている人も、加害者ということになっている人も、
なぜ自分が、今こうしているのかも本当には理解していませんし

まるで催眠術でもかかっているかのように、そのように考え感じ言動していたに過ぎないし
今回は、そういう「○○花子」、「○○太郎」という役柄を配役されているだけなんです。

これは、私たちにとっては避けたい真実です。
もしも受け入れてしまったら、
一言も言い逃れできなくなってしまうし、責任転嫁を一切できなくなってしまいますから。。


高い次元の宇宙人がいて、低い波動の宇宙人がいて、、
というストーリーも、物語としては確かにありますし
そういう劇が行われていますが

それもやはり、あらゆる相違を作った単なる配役・配役に過ぎず、
出どころは一者の考えに過ぎず、実際にはどこにも誰もいないし
実際には何もなにも、なにもなにも、展開されてはいません。


私たちが、「目覚めたかのような意識」でいることから
「本当に目覚めること」を選ぶと。。。
もはや、このストーリーの外に、劇場の外に出て
ゲーム機本体ごと手放す準備を整えてゆくことしか、

すべきことがなくなってゆきます。

私も、この宇宙という夢の中で相当な配役をやってきました。
おぞましい役も、麗しい役も、どちらも沢山演じただろうと、、
無数の演劇が思い出されます。


「人生」と思っているこの瞬間も、どの瞬間も
何も言い逃れができない。言い訳ができない。

それは、私が私にしていること。
その私に、助けを与える以外に道はない。

その体感と確信が、とても強まっている今日このごろです。



実在は、永遠の愛です。
God Is


▽関連記事▽
「被害者と加害者」夢の体験から
http://blog.goo.ne.jp/noriko1026heart/e/dabe6b9de3a1cc557ecc9cdc35057421







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2 コメント

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Unknown (たま)
2016-04-07 11:36:46
初めてコメントいたします。
昨年10月学びを進めてきました。
その後いろいろな幻想ストーリーを見聞きし
葛藤等起こってきましが
幻想の中の体験を通して
心 奥深くにずっしり分かり始めたものがあります。
のりこさんのブログは目覚めのヒントになるようなものばかり
いつもありがとうございます。
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Re:Unknown (のりこ)
2016-04-07 17:17:57
たまさん
はじめまして、コメントありがとうございます。

真の自己を思い出してゆける何かを共有できていたら、
ありがたいことで、うれしいです。
返信する

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