釋守成の転居物語(旧タイトル・GONTAの東京散歩)

またまた転居を目論んでいます。
5年間で5回の転居。
6回目の転居の経緯を書いていきます。

ブルーチーズのムース

2006年05月23日 21時02分46秒 | 料理レシピ
ブルーチーズを使ったムースです。

材料
ブルーチーズ(60グラム)
今回はブルー・ドヴェルニュを使いましたが、ゴルゴンゾーラなどほかのブルーチーズでもかまいません。
生クリーム(40ml)
粉ゼラチン(ゼライス・半袋2.5グラム)
卵白(1個)

1.ブルーチーズと生クリームを湯せんで溶かす。
2.滑らかになるまであせらずに溶かす。
3.粉ゼラチンを25mlのお湯でふやかす。
4.溶けたら鍋からおろし、粉ゼラチン(ふやかしたお湯共々)を加えて、混ぜる。
5.冷ます。
6.冷めたら、泡立てた卵白を数度に分けて混ぜる。ただし、混ぜすぎないこと。
7.型に入れて冷蔵庫で冷やす。
8.食べるときにくるみと蜂蜜を添えていただきましょう。

ゼラチンを加えるときに少量のブランデーを加えるとまた違った風味を楽しめます。


画像は固まる前の状態です。
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都会の野菜

2006年05月10日 04時50分11秒 | お散歩日記/東京地名の話
散歩には最高の季節です。
連休中には足立区大師前→足立区青井、茨城県古河、江戸川区篠崎→小岩の三ヶ所を歩きました。

各地の様子は追って書くとして、今回印象に残ったのは都会の農業。
23区内でも歩いているとまだまだ畑を見かけることがあります。
田んぼは見たことないですが・・・・・。

そういえば、古河に行くときに利根川や渡良瀬川を渡るのですが、車窓から見た田んぼは田植えが終わったばかり、久しぶりに水を張ってきらきら光る田んぼを見ました。
いかにも五月という風景で感動しちゃいました。

さて、話は戻って都会の農業。
今回訪ねたところでは、江戸川区は畑がたくさんありました。



まずは小松菜畑。
小松菜の名前の起こりは江戸川区の小松川、東京が誇れる野菜で数年前までは全国の生産量第一位、今でも僅差で第二位を占めています。江戸川区が都の約4割の生産をしているそうです。
小松菜は白菜などと同じアブラナ科、菜の花のような黄色い花が咲きます。



この花はなんだかわかりますか?
絹さやの花です。よく見ると絹さやがなっているのがわかります。
しかし可憐な花ですね。
花を見てもわかるようにマメ科の植物、スイートピーにそっくりですね。



これはご存知ねぎ坊主。
足立区の千住青果市場には全国のブランドねぎが今でも集まるそうです。
千住ねぎも江戸野菜の一大ブランドだったそうで、その関係で今でもねぎは千住に集まるようです。
ほかにも江戸伝統野菜のブランドには、有名な練馬大根、谷中生姜、亀戸大根、滝野川牛蒡、滝野川人参、金町小蕪、本田(葛飾)瓜、馬込半白胡瓜、砂村(砂町)葱、砂村丸茄子、内藤(新宿)南瓜、馬込太夫三寸人参、新宿(にいじゅく・葛飾)葱、三河島菜、成子(新宿)瓜、駒込茄子、居木橋(大崎)南瓜、目黒筍、葛西蓮根、品川蕪、早稲田茗荷、大蔵(世田谷)大根など、たくさんあります。
そのほかにも、独活や里芋も江戸の代表的な野菜です。

今でも、独活や小松菜は相当の生産量がありますし、ほうれん草、キャベツやブロッコリーなども多く生産されているようです。



この画像は去年の九月に練馬の石神井で見つけたキャベツ畑です。
ほかにも世田谷ではブドウ畑も見ました。



まだまだ東京の農業は健在です。


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牡丹

2006年05月05日 01時41分57秒 | 四季の花
前のブログに「桐といえば鳳凰」と書きましたが、今日は「牡丹といえば獅子」という話。

先日、東京でも牡丹の名所の西新井大師を訪れました。
4月の最終週でしたが、まだまだ美しい花々が迎えてくれました。
お寺の境内に五箇所牡丹園があり、赤白桃色黄色ととりどりの牡丹が咲き乱れていました。

お能を少し嗜みましたゴンタといたしましては、牡丹といえば「石橋(しゃっきょう)」を思い起こすものであります。
寂昭法師が清涼山を訪れるところからはじまります。
「唐土に渡り、清涼山に到着した。人が来たらば「橋のいわれ」を尋ねて渡ってみよう。」と述べます。
そこへ樵の少年が現れて、橋を渡ろうとする法師を止め、この橋を渡るのがいかに恐ろしく困難であるかを物語ります。
この橋は幅は1尺(30cm)しかなく、長さは10丈(30m)に及び、橋桁から谷底までは、数千尺もあるそうです。
この橋を今までにも、修行の完成を証明するため高僧たちが渡ろうと試みたのですが、恐ろしくて渡れた人はいないのです。
シテが退場するとアイ(狂言)のこの山の仙人が登場して、物語の説明をすると同時に、仙人は、文殊菩薩に仕える霊獣たる「獅子」が出現する事を予告して退きます。
そして舞台に台と牡丹の作り物が設えられて、獅子の登場なります。

それほど、獅子には牡丹がつきもの、その能「石橋」から派生した歌舞伎の「石橋物」でも必ずといっていいほど牡丹が登場します。
石橋といいって、ピンと来ない方には、長い赤や白の髪の毛ビィユンビィユン振り回す踊りといえばわかるんじゃないでしょうか。

百獣の王の獅子は百花の王の牡丹に戯れるのは至極当然の話。
そしてそこには歌舞伎で登場する胡蝶も乱れ飛ぶのです。

牡丹には獅子が戯れ胡蝶が舞う。
これが日本の常識です。

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桐の花

2006年05月02日 06時27分53秒 | 四季の花
昨日(5月1日)東京で桐の花を見ました。
場所は麻布十番から六本木ヒルズに向かって、六本木高校の裏手。
桐の花の向こうには六本木ヒルズが見えていました。

もう二十数年前、五月の半ば過ぎ、東北の各地を巡演しているときに、あちらこちらで紫の桐の花を見ました。
はじめて桐の花を認識したのはその時でした。
それまで桐の花のイメージは、花札や豊臣家の家紋、某国立大学の校章・・・・そんなところだったのです。



上の家紋でもわかるように、桐の図柄のは下の大きなものは葉の意匠で、花はそこから上に伸びるものだったのです。文様の全体が花だとずっと思っていました。
それに桐の木一番高いところに咲くのを見てびっくりした覚えがあります。
どうも地上に咲いていると思っていたんです。
だって、花札は鳳凰が一緒に描かれているから、鳳凰の巣か何かと思っていたんですね。



ではなぜ桐の花に鳳凰が描かれるのでしょうか。
鳳凰は、徳の高い王様が国を治めるときに現れる鳥とで、鶏のように冠をもち、尾が長く、羽毛は五色に彩られ、鶏と孔雀を組み合わせたような姿で表現されています。
その鳳凰は、梧桐の木にとまり、竹の実を食べ、霊泉を飲むという伝説があります。
そこから、桐の木に鳳凰の組み合わせができたのでしょう。

淡い紫色の桐の花が東北の青空に映えていたのを思い出します。
その印象が強いのは、桐の花を見たその日にたどり着いた公演地で、あの日本海中部地震に遭遇したからかもしれません。
コメント (2)
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