Satsuma StreetさんのNest Eggが完成しました。
4月1日のイースターに間に合い、気分良いです。
目を閉じた優し気な顔は、とってもかわいらしい。
カラフルなイースターエッグ。
強めのイエローが全体を引き締めて、いい感じです。
春、爛漫。
春分の日、午前中から雪が降り、土の上には薄っすらと積もりました。
そんな中、お台場で公演中のシルクドソレイユに行ってまいりました。
今回も一緒に行ったのは母です。
家を出てしばらくは雪でしたが、電車の途中駅からはみぞれになり、
到着地の台場は雨でした。
確か、前回の公演の時も雨。
プチトマほどでは無いですが、母も私もやはり雨女・・・。
今回もドキドキ、ハラハラのパフォーマンスにくぎ付け。
ただ、ちょっと観客の私たちのノリがあまり良くないのが気になりました。
え?ここ拍手するでしょ?という所で疎らだったり。
全体的に前のトーテムより、ダイナミックさが無かったからかもしれません。
でも、やっぱりスゴかった!
帰りは雨、風強く、ぐしょ濡れ。
寒い、寒い1日でした。
トホホ。
打って変わって昨日、近くの駅のホームから。
沿線の桜は八分咲きといったところですが、
この土日は天気も良く、お花見日和ですね。
あひるが浮かび上がり、ラベンダーの花、バスケットも見えてきました。
これからカラフルなイースターエッグがでてきて、
ますます楽しくなります。
楽しいカラーとは裏腹に、これから歯医者に行って来ます。
先月から治療に通い始めたのですよ。
10年ぶりでした。
ずっと冷たいものが滲みて痛かったのですが、
親知らずなので「抜歯」が怖くて二の足を踏んでいました。
抜歯は免れましたが(噛みあわせの事情で)、もちろん、そこかしこに不具合が見つかり、しばらく通うことになりそうです。
イースターに向けて、Satsuma StreetさんのNest Eggを始めました。
32カウントリネンを自分で染めたもの。
染めたというと聞こえがいいですが、
以前にベビーピンクに染めようとしたのが濃くなり過ぎて失敗したものです。
ようやく出番がやってきました。
イースターは、春分の日から最初の満月の次の日曜日だそうで、
今年は4月1日なんだそうですよ。
間に合うかは微妙。
先週は呪われた2月の事ばかり書きましたが、
しっかり息抜きもしてました。
2月14日、バレンタインデー。
錦織健さんとスロヴァキア室内管弦楽団とのコラボコンサートに行って参りました。
テーマはフィギュアスケートに使われた曲。
宇野選手の四季「冬」、トゥーランドット「ネッスンドルマ」、
羽生選手のロミオとジュリエットなどなど、
馴染み深い曲を演奏して頂きました。
オペラシティでの公演は久しぶり。
パイプオルガンの両脇に20周年の記念モノグラムが投影されていたのが、
とっても素敵でした。
次は7月、同じくオペラシティのアフタヌーンコンサートにも行きます。
今年も3月11日がやってきました。
まだまだ、何も終わっていませんし、
過去の出来事にもなっていない、現在進行形の災害です。
私もまだ整理できていません。
犠牲になった方々のご冥福と、被災された方に穏やかな日常が一日も早く戻るよう、
祈念申し上げます。
復活しました。
既に2月は去りゆき、今日は雛祭り。
娘のいない我が家では、年がら年中出しっぱなし(というか飾りっぱなし)の
私のお気に入り大内雛が玄関先で微笑んでいます。
娘がいないと言いましたが、当家ではわたくしも立派な娘だと思うのですが・・・
まったく考慮されておりませんです。
StitchiroviaさんのLet it Snow。
懸念されていた白色地獄も無事に終えました。
レースの額縁みたいで、白というのは清楚でかわいらしく、美しく、
やっぱりいいですね~。
雪合戦の子どもやら、
そり遊びにスケート。
平昌オリンピックは終わってしまいましたが、
今年は氷上での戦いに目が釘付けでした。
完成しました。
あらためまして。
戻って参りました。
PCから投稿できないと書きましたが、PCが壊れたわけではありませんでした。
私のLaVieちゃんは8年目を迎えた今も、こき使われながらも健気に働いてくれています。
色々と後継を物色していますが、なかなか良い縁が見つからず、
3月の決算大売出しに期待を膨らませているところです。
あ、話が逸れました。大事なのはそこではなく。
2月の我が家と私の惨事でした。
この冬の降雪で、北側の屋根に積もった雪が融け始めた頃。
洗面所の照明が落下しました。
よくある天井直付けの球体の照明だったのですが、
中に水がたまって金魚鉢状態になり、
重さに耐えかねて落ちました。
落下後、ソケットの中央から水が落ち、雨漏り状態に。
下にバケツを置いて急を凌ぎましたが、何しろ洗面所の真ん中なので、
油断すると滴がポタっと体に落ちて、
ちめて~(冷たい)!!
と飛び上がります。
まず初めに、なんで電球に水がたまるのか?
とお思いでしょう?
私も思いました。
が、そんなこと知っちゃぁおれません。
漏水場所が場所なだけに、漏電すると危険なので、
洗面所を含む区画のブレーカーを落とすことになりました。
察しの良い方はもうお気づき?
北側の寒い私の部屋も停電に巻き込まれました。
連日、氷点下の予報が出る中、電気もつかず、暖房も入らない。
見かねた母や姉が「プチトマの部屋で寝れば?」と提案しましたが、
「あんな汚部屋で寝るくらいなら凍死したほうがマシだ」と一蹴。
最近避けていたAmazonでキャンプ用のランタンを即ポチしました。
ほのかに灯るライトが柔らかな影をゆらし、とてもロマンチック
なんて言っている場合ではありません。
とにかく買いました。
一緒に湯タンポもポチろうかと迷いましたが、停電解消後は邪魔になると思い、
ホカロンの大量買いで我慢しました。
トイレももれなく暗闇スペースになりました。
各自、懐中電灯を持参して入室します。
ちょっと面白かったです。
一番困ったのは、お湯が出なくなったこと。
給湯のスイッチはキッチンにあるので大丈夫だと思ったら、
大元のスイッチは浴室のほうだったらしく、
お風呂はもちろん、キッチンの流しもお湯が出なくなりました。
この季節、蛇口から出る水は予想を超えた冷たさです。
「昔の人は大変だったね~。」
「給湯設備が無い時代、お風呂はどうしていたのかな~?」
など、呑気な会話がはずみました。
そういえば、私がまだ幼稚園の頃は、いわゆる「瞬間湯沸かし器」なる設備はなかったような・・・。
一体どうやってお風呂で体を流していたのでしょう?
まったくのアウトオブメモリー。
それにハハ!あなたは間違いなく給湯設備の無い時代を生きてきたヒトだろ?
どうしていたんだい、一体?
あ、また話が逸れました。
戻ります。
さすがにこの真冬に冷水入浴するわけにもいかず、
1時間だけブレーカーを上げ、母、私、プチトマの3人が間を置かずに入浴しました。
暖まるとかそんな悠長なバスタイムではなく、
ただただ、汚れを落とす入浴。
命がけのお風呂でした。
翌日から電気関係、給湯器関係、屋根関係の方々が激しく出入りし、
原因究明に努めてくれましたが、なかなか至りません。
1週間を経て、ようやく照明は復旧しましたが、
更なる預言を受けました。
「漏電してます」
一体なんの呪いなんだ。
そして再び停電生活。
しかし、今回の停電ブロックは南側のプチトマ部屋でした。
キャンプ用ランタンはプチトマにバトンタッチ。
部屋のコンセントを調べて、どこで漏電しているのか確認しなくてはならないのですが。
この家を建てた時、「コンセントは沢山あったほうが便利ですよ」と勧められるがままに、部屋中にコンセントを付けたのが裏目に。
プチトマ部屋は8畳和室の外側に引き戸で仕切られもう2畳の板の間があり、西側にも物を置ける板の間。そこらじゅうにコンセントがあるのです。
しかも、部屋は汚部屋状態でコンセントは家具の裏にあったり、
何より人が立ち入るには躊躇われ・・・
3連休で私が片付ける羽目になりました。
もうなんでこんなに大量の靴下が出てくるのでしょう
しかも片っぽだけ。
そんなこんなで再停電生活から1週間ほどして、無事に漏電場所は特定できたのですが。
その場に立ち会った姉の話では、初めプチトマ部屋のコンセントを調べても漏電していなくて、念のために別の部屋=私の部屋にも入室して確認したとのこと。
え゛!!パンツ出しっぱなしだったよ!!
私の名誉の為に言っておきますが、洗濯後に畳んで重ねておいたものです。
ご丁寧に、一番上がパンツでした。
もうどうでもいいです。
結局漏電していたのは屋外灯でした。
もうだいぶ前から電球が切れていて使っていなかったのですが、
それが漏電していたらしいです。
屋外灯なのでアースが付いていて、地面に放電していたということでしょうか?
よく分かりません。
知らずにそこをスコップで掘ったら感電したのでしょうか?
ホラーです。
随分長くなりました。
まだ続くのですが・・・。
私の部屋の停電が復旧した時点で、パソコンは使用可能になったのでは?
と思うでしょう?
呪いは続いていました。
度重なるブレーカーの切り替えで負担がかかったらしく、
ルーターが逝かれました。
もうなんだか全て面倒くさくなり、復旧作業をぐずぐずしていましたが、
ようやく2月の終わりごろに繋がりました。
ホッと一息。
と思うでしょう?
まだまだ呪いは続くのです。
自身の誕生日を目前に、突然洪水のような鼻水に見舞われました。
ん゛~、今年の花粉症はひどい~~。
と思ったのですが、こんなに鼻水が出るのに目は痒くない。
風邪?ちょっとだけ喉痛いかも?
当日は歯医者を予約していたのですが、キャンセルして代わりに内科に行きました。
思った通り、お医者さんの見立ては「軽い風邪でしょう。」
そして続けて、せっかく来たのだから、念のため検査して行きましょうかと、
軽いノリで受けたインフルエンザ検査の結果、
「Aの陽性だね」
2月の終わり、うん十うん歳の誕生日を隔離生活中の床で迎えました。
自室で一人食べたケーキの味は忘れません。
というか、鼻がつまっていて味がわかりませんでした。
この2月、なんだったのでしょう?
一体私がどんな悪魔のご機嫌を損ねたというのでしょう?
心当たり、ありません。
インフルエンザ明け、3月1日きっかりから復活しました。
出社すると、ふだん毒を吐いている私に、「もう大丈夫?」と皆さんが声をかけてくれ、
ちょっと救われました。
最後になりましたが、漏水の原因は2階の給湯器であることがわかりました。
漏電は屋外灯で、今回の漏水とは全く関係ありませんでしたが、
こんなことが無ければ漏電に気づくこともなかったので、
良かったと思うことにします。
そう思わなくてはやってられません