大阪市立桜宮高校2年のバスケットボール部主将の男子生徒が
顧問の男性教諭(47)から体罰を受けた翌日に自殺した。
おそらく、どのスポーツでも強豪校と言われる学校では
当たり前に行われていることだろう。
よくテレビで目にする文系の倶楽部、吹奏楽、マーチングなどでも、
私から見れば体罰と変わらないと思う乱暴な言葉、
言葉の暴力と思えるもので生徒たちを指導している姿を見る。
言葉だけ聞いていると、ヤクザやチンピラと変わらない。
そしてすべてがその道では有名校で
指導者も高く評価された有名な指導者なのである。
子供たちに大人の言葉で対話する指導者と言うのは
めったに見ることはない。
そして、指導されている子供自体もそれが正しい指導と、
思っている生徒が多い。
むしろ怒鳴られまくってこそ、歯車となって動けると思っているようだ。
そんなことで自立性を持った大人に育つとは思えない。
前に私のブログで、私の子供が少年野球に参加していた時のことを書いた。
コーチが選手のミスを「あほか! お前はバカか! 何しとんじゃ!」
挙句の果てにバットのグリップの方でコツンと頭を叩くのである。
解らずミスする子供たちは、しっかり理解する叱り方をされるでもなく、
ただ、罵声で怒鳴られ、叩かれ、とにかく意味も解らず
セオリーらしいことを身に着けて一人前の選手になるのである。
敗戦の後、グランドの隅で全員長い時間、正座させられていた。
これは軍隊か。試合である限りどちらかが負ける。
敗戦にどんな罰があるのか。
敗戦の中で学ぶことの方が多いはずだ。
それを恥ずべきこと、失敗と教えているのだ。
子供たちは監督の顔を見ながらプレーし、
監督のいう、当たり前のことを身につければ怒鳴られないのである。
そして練習は身体で覚えるのだと、
根性論と共に過酷なまでの練習を強いるのである。
こういう育て方をされて、
こういう指導の方法しかできない大人になるのは目に見えている。
大人になって、ましてプロの選手であってもこのやり方が正しいと思っている。
広島カープが、高校生のようにいまだにどこよりもきつい練習をしている。
元阪神の江本氏が日本ハムの栗山監督が選手を「さん」付けで呼んでいると
バカにしていた。選手をつけあがらせるだけだと。
なんてレベルの低い!
一時外国の監督が指導したりして、考え方が変わったこともあるが、
広島カープのように弱くなると、そんな甘いことだからダメなんだと、
熱血監督やコーチが待望されて、千本ノックだ、素振りだ、
何球投げ込みだと根性野球の元の形に戻ってしまう。
そして、相変わらず、大人であるプロの選手でさえ
江本氏の様な低い思考の持ち主が、大の大人を子供のように接し練習する。
つまりは、呼び捨てでしごきまくり、これだけ練習したんだと言う
監督、コーチの自己満足と、優勝できなくても
あんなに練習をしたのだからと言う逃げ道を作っているだけなのだ。
コーチングとディレクションができない能力を
練習でごまかしているだけなのだ。
怒鳴られ、小突かれ、体で覚えさせられたことが
一部の一流になった選手だけが、その過程でその意味を知り
自分の考えで、頭を使った野球を極め一流になる。
ひたすら時間を使った練習で体を酷使し、野球バカになり、
体罰で訳も分からず身に着けた、体で覚える野球。
少年時代や青年時代を無駄に使っているとしか思えない。
あの長い学生生活でどれだけ身に着いたか思い出せばいい。
押し付けの英語を毎日のように6年やってどれだけ身に着いたか。
凝縮すれば1か月毎日自ら進んでやったものと変わらないのではないか。
1球1球、試合の様な真剣勝負で、例えば1時間練習し、
残った時間で他のスポーツなり、他の社会勉強をすれば
野球にも生かされるはずだ。
野球漬けでは野球の世界の大きさでしか物が考えられないだろう。
壁に当たっても、スランプに陥っても抜け出すすべは持てないだろう。
一流選手を見れば、野球だけで物を考えていないことがその証明だ。
叱って叩くことがいけないとは思わない。
叩く側もせっぱつまった愛情の行為だ。
それも相手に一生に一度あるかないかの行為だ。
何度もたたくことはあり得ない。
何度も叩くのは体罰だ、暴力でしかない。
第一、スポーツに「罰」と言うものは必要ない。
この顧問教諭が30~40発叩いたと言う、
その教諭はそんなに叩いていないと言う。
5発であろうが、10発であろうが、それは単なる暴力だ。
こういう教師がいるから、一応に体罰はいけないとなる。
隠ぺいする体質が生まれる。
どうにもきかない子供には1発のゲンコツは必要な時がある。
第一、こんなクラブのスポーツでなんで体罰が必要なんだ、
自分の名声に生徒を利用しているだけではないか。
顧問の男性教諭(47)から体罰を受けた翌日に自殺した。
おそらく、どのスポーツでも強豪校と言われる学校では
当たり前に行われていることだろう。
よくテレビで目にする文系の倶楽部、吹奏楽、マーチングなどでも、
私から見れば体罰と変わらないと思う乱暴な言葉、
言葉の暴力と思えるもので生徒たちを指導している姿を見る。
言葉だけ聞いていると、ヤクザやチンピラと変わらない。
そしてすべてがその道では有名校で
指導者も高く評価された有名な指導者なのである。
子供たちに大人の言葉で対話する指導者と言うのは
めったに見ることはない。
そして、指導されている子供自体もそれが正しい指導と、
思っている生徒が多い。
むしろ怒鳴られまくってこそ、歯車となって動けると思っているようだ。
そんなことで自立性を持った大人に育つとは思えない。
前に私のブログで、私の子供が少年野球に参加していた時のことを書いた。
コーチが選手のミスを「あほか! お前はバカか! 何しとんじゃ!」
挙句の果てにバットのグリップの方でコツンと頭を叩くのである。
解らずミスする子供たちは、しっかり理解する叱り方をされるでもなく、
ただ、罵声で怒鳴られ、叩かれ、とにかく意味も解らず
セオリーらしいことを身に着けて一人前の選手になるのである。
敗戦の後、グランドの隅で全員長い時間、正座させられていた。
これは軍隊か。試合である限りどちらかが負ける。
敗戦にどんな罰があるのか。
敗戦の中で学ぶことの方が多いはずだ。
それを恥ずべきこと、失敗と教えているのだ。
子供たちは監督の顔を見ながらプレーし、
監督のいう、当たり前のことを身につければ怒鳴られないのである。
そして練習は身体で覚えるのだと、
根性論と共に過酷なまでの練習を強いるのである。
こういう育て方をされて、
こういう指導の方法しかできない大人になるのは目に見えている。
大人になって、ましてプロの選手であってもこのやり方が正しいと思っている。
広島カープが、高校生のようにいまだにどこよりもきつい練習をしている。
元阪神の江本氏が日本ハムの栗山監督が選手を「さん」付けで呼んでいると
バカにしていた。選手をつけあがらせるだけだと。
なんてレベルの低い!
一時外国の監督が指導したりして、考え方が変わったこともあるが、
広島カープのように弱くなると、そんな甘いことだからダメなんだと、
熱血監督やコーチが待望されて、千本ノックだ、素振りだ、
何球投げ込みだと根性野球の元の形に戻ってしまう。
そして、相変わらず、大人であるプロの選手でさえ
江本氏の様な低い思考の持ち主が、大の大人を子供のように接し練習する。
つまりは、呼び捨てでしごきまくり、これだけ練習したんだと言う
監督、コーチの自己満足と、優勝できなくても
あんなに練習をしたのだからと言う逃げ道を作っているだけなのだ。
コーチングとディレクションができない能力を
練習でごまかしているだけなのだ。
怒鳴られ、小突かれ、体で覚えさせられたことが
一部の一流になった選手だけが、その過程でその意味を知り
自分の考えで、頭を使った野球を極め一流になる。
ひたすら時間を使った練習で体を酷使し、野球バカになり、
体罰で訳も分からず身に着けた、体で覚える野球。
少年時代や青年時代を無駄に使っているとしか思えない。
あの長い学生生活でどれだけ身に着いたか思い出せばいい。
押し付けの英語を毎日のように6年やってどれだけ身に着いたか。
凝縮すれば1か月毎日自ら進んでやったものと変わらないのではないか。
1球1球、試合の様な真剣勝負で、例えば1時間練習し、
残った時間で他のスポーツなり、他の社会勉強をすれば
野球にも生かされるはずだ。
野球漬けでは野球の世界の大きさでしか物が考えられないだろう。
壁に当たっても、スランプに陥っても抜け出すすべは持てないだろう。
一流選手を見れば、野球だけで物を考えていないことがその証明だ。
叱って叩くことがいけないとは思わない。
叩く側もせっぱつまった愛情の行為だ。
それも相手に一生に一度あるかないかの行為だ。
何度もたたくことはあり得ない。
何度も叩くのは体罰だ、暴力でしかない。
第一、スポーツに「罰」と言うものは必要ない。
この顧問教諭が30~40発叩いたと言う、
その教諭はそんなに叩いていないと言う。
5発であろうが、10発であろうが、それは単なる暴力だ。
こういう教師がいるから、一応に体罰はいけないとなる。
隠ぺいする体質が生まれる。
どうにもきかない子供には1発のゲンコツは必要な時がある。
第一、こんなクラブのスポーツでなんで体罰が必要なんだ、
自分の名声に生徒を利用しているだけではないか。