NHK福祉ネットワークの番組でも
高齢者の自殺におけるいくつかの特徴を取り上げていました。
まず、高齢者が自らを傷つけるような行動にうって出た場合
死に直結する危険が他の年代とは比べものにならないほど高いことです。
子どもから高齢者まですべての年齢の人をみた場合
自殺1件に対し自殺未遂がおよそ10件生じていると推計されています。
この10対1の比率は年齢によって大きく異なり、思春期までの若者では100~200対1
これが65歳以上の高齢者になると約4対1となってくるのです。
高齢者は死に対する決意が確固たるものであるというばかりではなく
若い人と同じ手段をとったとしても、抵抗力が弱くなっていて容易に死に至るという事実とも関連しています。
さらに、自殺の危険の高い若者が周囲に敵意を訴えるかのように
「死にたい」「死んでやる」などとはっきりと口にするのとは対照的に
年齢が高くなるとともに、次第に感情を表に出すのを控えるようになっていき
むしろ攻撃性は外部にではなく、自分自身へと向けられていきます。
問題を抱えていても、責めるべきは他者ではなく
自分自身であるという傾向がますます強くなってしまうのです。
さらに、外国の調査では家族数が多いことは自殺を予防することにつながっているのに対して
日本の高齢者は家族と同居しているお年寄りのほうが一人暮らしの方よりもうつ病の傾向が強い
ことが分かっています。
これは、秋田県北部のA町で2,000人のお年寄りに対しうつ病の傾向がどのくらいあるのか
大規模な調査が行われて明らかになったことです。
この結果について、K大学のO先生は次のように話しています。
「驚かれると思いますが、実際はこういうことが起こりうるのです。
私はこれを『物理的孤独と心理的孤独』と考えています。一人暮らしの方は、物理的には孤独ですが
周囲の方は『一人暮らしだから』といろいろ気を遣ってくれるので比較的孤独を感じないですみます。
ところが、同居で家族と一緒にいると、例えば『家事は私がやるからしなくていいよ』
『農作業は僕たちがやるからいいよ』といわれ、『私の役割はどこにあるの?』
と、特に頑張っていらした方に限って空虚感を持つということがあります。
そしてもう一つ大きいのは、ご家族と一緒にいると、子ども世代、孫世代と価値観が違ってくるので
なんとなくコミュニケーションがうまくとれない、ギャップを感じてしまうということ。
このようなことから、『迷惑をかけて心苦しい』という気持ちになり、自分を責めてしまうのです」
特に高齢者がうつ病になるきっかけは次の4項目が挙げられます。
・社会での役割減少 ・経済的問題 ・身体機能の低下 ・配偶者や知人の死
これらは誰にでも起こり得ることですので、だからこそうつ病もまた誰にでも起こり得ると言えます。
うつ病はすでに治療法が確立された病気です。
副作用が少なく効果的な薬も開発され、各種の心理療法との組み合わせにより
十分に治療・完治が可能なのです。
怖いのはこの心の病気になったということではなく、それに気付かずに
あるいは その事実を認めようとしないで放置したままにしておき、手遅れになってしまうことです。
つまり、精神科受診に対する根強い抵抗感は実は自分自身の中にありますので
周囲の一押しがとても重要になります。
このように、自殺予防のためには、まずはうつ病に早く気付くことが必要です。
これまでのレポートには「原因・動機」と「きっかけ」の2つの単語が登場し
はっきりと使い分けられていないことが話を分かりづらくしている気がします。
元来「きっかけ」は「発端・手がかり・スタート」など
“作用の因果関係において前に位置するもの”の意味を持っていますから
上記レポートにおける高齢者が自殺に至る場合においては
4項目に分類される様々なきっかけ⇒うつ病⇒(放置・未治療)⇒自殺
という階段を登ると解釈して良いのでしょう。
自殺予防を語る時、前回の国立研究所のレポートは
「高齢者のうつを予防するという観点から、高齢者の引きこもりを防止し
生きがいを創造することが結果的に高齢者の自殺予防にもつながると考えられます」
上記のNHKの番組では
「自殺予防のためには、まずはうつ病に早く気付くことが必要です」 と言います。
自殺者がこの階段を登る前提に立ち
国は1段目の“うつ病のきっかけ”になる「引きこもりや生きがいの創造」を予防策とし
NHKは2段目の直接“自殺の原因”となる「うつ病の早期発見」を訴えていると思われます。
ただし、この立場に立つと自殺の原因のほとんどはうつ病になってしまいますが
遺書などで原因が明確なケースを集計して「自殺の原因・動機」を毎年発表している警察庁のデータでは
きっかけという言葉は使わず、経済問題、家庭問題そしてうつ病も
すべて「原因・動機」として並列に分類されていますのでちょっと立場が違います。
結局、よく分からない心の病であるうつ病の捉え方がこうした違いを生んでいるように思えてなりません。