plainriver music: yuichi hirakawa, drummer in new york city

ニューヨークで暮らすドラマー、Yuichi Hirakawaのブログ

感謝祭後のマンハッタンへ、ドラムを運んでから演奏する仕事

2022年01月06日 | 音楽
年を越してしまいましたが毎年の年末行事について書きました。こうすると鬼にはどうされるのでしょうか?

感謝祭の頃になるとマンハッタンという小さな島に無数の自動車が上陸し、至る所でハンパない交通渋滞が発生します。それからクリスマスまでの数週間、ニューヨーク市が"gridlock alert"と云う注意喚起をしない日はありません。(gridlockとは gridlock traffic の略で多くの交差点が車で埋まり、にっちもさっちも行かなくなること)

「感謝祭」と書くと日本のデパートのセールみたいですが、合衆国の祝日Thanksgivings Day、またはTurkey Dayのことで、毎年11月の最終木曜日から金曜日も大勢の人が会社などを休む四連休になります。その後翌12月早々から8日に渡るユダヤ教のハヌカー(昨年は12月を待たずに始まりました)、その1-2週間後にクリスマス、更に1週間経つともう大晦日です。

この連休から年末にかけて、私のような地元密着型ミュージシャンは企業や法律事務所などが数多ひしめくマンハッタン島へせっせと出かけては各種パーティーでの演奏で熱心に稼ぎます。さもないと、何を買うにも何処で住むにも高価なこの街で心穏やかに年を越すことはできません。

ドラムセットをあちこちへ楽に運ぶには車がベストですが、毎年やって来るこのクレイジーな時期は地下鉄で移動したほうが高確率で定刻通りに現着します。実際そうして無事職務を全うした経験が多々あります。

運ぶのはドラムとシンバルだけでなく、それらをセットする金属製スタンドが幾つもあります。その中には演奏中両脚をバタ付けせても揺れないしっかりした椅子もあります。なので地下鉄で移動する際は、省いても業務上差し支え無い楽器をいくつか外します。さもないとせっかちなニューヨーカーで混み合い、狭くて勾配がキツい地下鉄駅構内の階段を幾度も昇り降りするのはこの中年ドラマーにはキツいのです。さらにこの街の殆どの建物には自動ドアが無いので、ドラム一式を運びながら何度も手動の重たい扉を開けてやっとこさ現着します。それから間髪入れずにこやかに演奏開始となります。もう息をつく間もありません。



こんなせわしない仕事に特化したのがこの小型バスドラです。画像にある3つの茶色いドラムの中では一番大きいタイコですが、標準バスドラよりはひと周り小さいです。そもそもフロアタムと云い、ドラマーの横に3本の脚で縦に置き、両手にバチ、ドラムスティックで叩きます。



バスドラは必須アイテムです。ジャズには電気楽器と競うほどの音量は不要なので、小さいこのフロアタムをバスドラとして使えます。それに引き換えブルースやファンクには電気楽器、特にエレキベースの重低音に対抗できるバスドラが無いとドラマーとしての役目を果たせません。

ドラムセットの中で最も低い音を出すバスドラは足で踏むペダルで始終叩くので、無いと洒落になりません。一方フロアタムは始終叩くタイコではないので、無くてもできる仕事はあります。そこでこのフロアタムを横にしても転がらないようにする脚と、ペダルを付ける追加部品を使ってバスドラとして長年叩いてきました。ですが昨年の秋から打面側の皮を張る金属製枠(画像の上の枠)を木製枠にしました。このwooden bass drum hoopだとペダルを今までよりしっかり装着できるので、激しく踏んでもバスドラから外れません。また追加部品が無いので軽くなります。このバスドラなら今まで泣く泣くお断りした、ブルースやファンクご希望で低予算かつ楽器持参のご依頼もお引き受けできます。





まず横転防止用の脚を強化してから「エレクトロニックアコースティックドラムモジュール」という電子機器を使います。 サンプリングで録音されたアコースティックドラムとエレドラの音を出すモジュール=本体と、小型マイク三つとバスドラ用トリガーを内蔵したセンサーでできています。片手で楽に掴める箱型のセンサーをバスドラの木枠に取り付けてバスドラ、スネア(スネアドラム=小太鼓)、タム・タム、各シンバルの音をバランス良く録音したりアンプやPAスピーカーに接続して増幅します。

10年以上前からドラムトリガーは普通に出回っていました。多くは各ドラムに付けてアコースティック音とエレクトリック音を使い分けるものです。ネットで見る限りアコースティックドラムは生ドラムとか生ドラと呼ばれています。エレクトリックドラムがエレドラというのは説明不要でしょうが、生ドラって一般的に通じますか?生ギターとか生ピアノのほうがまだ知られていますか?

今から5年前のファンクの仕事で私のバスドラにドラムトリガーが装着されました。付けたのはR&Bやファンクの一流ベーシストで、この日は演奏だけでなく音響機材も受け持っていました。一流ベーシストが私のバスドラにトリガー経由でパンチの効いた良い低音を出してくれたから、瞬速でトリガーに興味が湧きました。



そのギグ(=演奏の仕事)に持参した標準バスドラの共鳴側の皮には10センチほどの穴があって、普段はそこにマイクを挿入します。でも密閉はされないのでマイクは外側の音も拾います。その点トリガーは振動に反応して音を出すので、感度をうまく調節すればバスドラ音だけを増幅できます。またマイクは専用スタンドにつけてバスドラの内側に入れますが、掌に収まるトリガーはバスドラの木枠に取り付けるだけなのでドラムセットの見た目がスッキリします。

さらにその2年後、これまた一流のR&Bドラマーがバスドラだけにトリガーを付けて演奏したのを聴いて、また気になりました。当時私はそのバスドラをほぼ毎週叩いていました。サイズの割に音の抜けがイマイチでしたが、その一流ドラマーは余裕でペダルを踏んで太くて良く通る音を出していました。トリガーが無くとも充分ファンキーだったこのドラマーが使うのに軽く驚きました。

私のフロアタムに長い間木枠を使わず金属枠のままにしたのは、元来の用途で演奏する際に八本のネジを外して枠を取り、ネジと付属品を替えてまた八本締める作業をせずに済むからです。なんだか横着している感じですが、フロアタムも必要な少し大掛かりな仕事は急に入ることが多々あるのです。ちなみに木枠だと見た目のバスドラ感は増すけれど音のバスドラ感は増しません。別に超高価でも危険な部品でも無いのですが特に必要なかったのです。

一般的にジャズとソウル・ミュージック、(私的にはジャズもソウルミュージックですが)それぞれが求めるバスドラの音色と音量は違います。大まかに云うとジャズには音量は小から中で音色は高くて長め、ソウルには音量が大きく音色は低く短くという感じです。
また、それぞれのスタイルで各ドラムと各シンバルの音量バランスが違います。各音量を10段階で表すと、ジャズではシンバル6、スネアドラム5,バスドラ4、ソウルではシンバル6,スネアとバスドラは10、という感じでしょうか。 

過去25年間、予算はあまり無いけれど演奏してくれと何軒もの店からご依頼を受けました。そのうち車が使えないのでタクシーだと報酬がかなり減るので申し訳なくお断りしたことがありました。

フリーランスドラマーとして長く生き延びる方法は十人十色でしょうが、私は納得できる雇用条件で引受け、約束の時間にあまり疲れないで現着してしっかり演奏することにしてきました。今年はパンデミックで未だに売り上げが落ち込み、経営が厳しい店が沢山あるはずです。そんな状況でもドラム入りのバンドを雇ってくれるお店があるので、お声が掛かったらしっかり演奏で貢献したいのです。