時に今の瞬間をアリアリと感じ、何か一種の不思議な気持になることがある。その瞬間は静止画のように止まって見え、やがてその印象を思い巡らしていることに気づくと今がドンドン移って行くのだと感じる。
現在という瞬間の持続する長さを計算して何秒とか何分とか論じた認知心理学の論文を読んだことがある。どんな実験をしたのか、何を指標にしたのか、誰が書いたのか、憶えていない。
初等数学のようなグラフ思い描けば、今の瞬間は曲線の接線に似ている。曲線の上を動く2点の間に直線を引いて、その2点が極限まで近づいたときの勾配が、この瞬間である。
滑らかに変化するように思える曲線でも極限では至る所で不連続であり、接線が引けない点が無限にあったりする、とか。われわれの記憶や意識は正にそうした曲線であり、今の瞬間の認識はそうした接線である。
アリアリと感じる今はずっと続くとは思わない。その時になったら改めて今と同じようにアリアリと今になったと感じるだろうと思うのである。
現在のところでは、アリアリと今を感じるとは、その時になって改めてアリアリと感じるときがあるだろうという印象である。しかしやがて、その先に改めてアリアリと感じる瞬間はもうないと知る時になって、その時にアリアリと今になったと感じる印象をシミュレートしているように思えるのである。
現在という瞬間の持続する長さを計算して何秒とか何分とか論じた認知心理学の論文を読んだことがある。どんな実験をしたのか、何を指標にしたのか、誰が書いたのか、憶えていない。
初等数学のようなグラフ思い描けば、今の瞬間は曲線の接線に似ている。曲線の上を動く2点の間に直線を引いて、その2点が極限まで近づいたときの勾配が、この瞬間である。
滑らかに変化するように思える曲線でも極限では至る所で不連続であり、接線が引けない点が無限にあったりする、とか。われわれの記憶や意識は正にそうした曲線であり、今の瞬間の認識はそうした接線である。
アリアリと感じる今はずっと続くとは思わない。その時になったら改めて今と同じようにアリアリと今になったと感じるだろうと思うのである。
現在のところでは、アリアリと今を感じるとは、その時になって改めてアリアリと感じるときがあるだろうという印象である。しかしやがて、その先に改めてアリアリと感じる瞬間はもうないと知る時になって、その時にアリアリと今になったと感じる印象をシミュレートしているように思えるのである。