今日は朝からいい天気だよ。今週中には梅雨入り宣言が出されるかもしれない。だからこの天気は貴重だ。
横瀬に着いたのは8時10分だ。いつものように4時に起きて家を出てきたんだが、何しろ電車で2時間半もかかるからね。
自転車を組んでいると、これから武甲山に登るという男性が熱心にみみ爺の自転車を見ていた。
「こんな正統派のランドナーで輪行しているなんて…」
「そんなに高級な自転車ではないですよ」
「きれいに乗られているんですね。傷がほとんどついていませんから。輪行が上手ですね」
「暇があると磨いていますから」
「ピカールで磨くんですよね。ガードがピカピカしています」
自転車のことをよく知っている人だね。
「私も自転車に乗っていたんですが、今は山歩きばかりです」
「そういう人多いですね。自転車が好きな人はけっこう山歩きが好きだという…」
「写真撮ってもいいですか」
男性は組み上がったみみ爺の自転車を何枚かスマートホンで映していた。そんなに高い自転車ではないので、なんとなく申し訳ない思いだったよ。
<横瀬→林道丸山線→堂平山天文台→剣ヶ峰七重線→赤木慈光線→雲河原線→雀川上雲線→小川町>
武甲山の足元から出発したんだ。真っ青な空に武甲山が大迫力で迫ってくるよ。武甲山はいつ見ても力強い姿で堂々としている。
国道299号沿いにあるコンビニで水とおにぎりを仕入れ、林道の起点へ向かう。
途中、法長寺という寺の前を通ったんだ。ちょっとのぞいて見たよ。
札所7番。大きな本堂の建物だね。秩父札所では最大だそうだよ。別名牛伏堂と呼ばれているという。そういえば本堂に向かって左手に小さく伏した牛の石像が写っているよ。
境内には、豊川稲荷を祀る社がある。
さあ、いよいよここから林道丸山線に入るよ。どんな林道だろうね。距離およそ11キロ。上りきれるかな。
上り始めてすぐ、右手に広々としたきれいな棚田が現れたよ。埼玉県内では最大級の寺坂棚田だ。いつまでも残っていてほしい美しい棚田だよ。だが、近年は農業従事者の高齢化や後継者不足などいろいろな問題を抱えているそうだ。日本中どこも一緒だね。
武甲山を背に広がる棚田の景色はとても素晴らしい。
メジャーな林道だけあって道幅が広い。時々ロードバイクが追い越していくが、とても静かだよ。やっぱり林道はいいね。
風がひんやりとしていてとても気持ちがいい。
山の南斜面を進んでいるので強い日差しが降り注いでいたが、ほとんど暑さは感じられなかったよ。
道に覆いかぶさるように茂った木々のおかげで、大部分は日陰の中を進むんだ。
耳元を吹き抜ける涼しい風の音に混じって、ときどき山鶯の澄んだ声が聞こえる。
谷の向こうが開けた。もうずいぶん上ってきたんだね。
日陰は続く。快適な林道だよ。
道の脇に所々で見かけ、祠かと思って気になっていたが、冬場のスリップ防止用の砂が置かれるところだとわかった。どおりで石仏も何も納められていないわけだね。
この熊の顔はとても恐ろしいよ。こんなのに出っくわしたらどうしようかね。
臆病者のみみ爺は念のためにさっそく熊除け鈴をつけたよ。これがまたいい音色なんだ。鶯の声と風のそよぎと熊除け鈴の音色が混ざり合ってとてもいい。 (しかし、この日みみ爺のように熊除け鈴をつけているものには一人も出会わなかったよ)
下りというものがまったくない。ずっと上りっぱなしだよ。この林道の平均勾配は6~7%。一箇所13%くらいのところもあるよ。
たまに梢越しの眺望も見られるが、ほんとにたまにだ。ほとんど樹木の中を進む林道だよ。
それでこんなに涼しいんだね。暑い夏には最適な林道だよ。
林道はやっぱり静かだなあ。
ここはかなり急勾配だね。
県民の森入り口だね。このあたりが丸山の山頂に一番近いところだろう。この林道のピーク付近だね。標高は880メートルくらいあるよ。
やっと下りだ!ここからは、奥武蔵グリーンラインの大野峠まで下りだよ。
おや、今日は奥武蔵ウルトラマラソンの開催日なんだね。
後で調べたら、この奥武蔵ウルトラマラソンというのは奥武蔵の林道を78キロも走るかなり過酷なレースだったそうだよ。参加者は男女合わせて1580人もいたそうだ。コースのルートは、みみ爺が自転車で走ったら、一日かかってへとへとになるだろう。
大野峠に着いたよ。ここで林道丸山線は終点だ。ここからはグリーンラインの奥武蔵1号線だ。
大野峠から一気に下っていく。
下りきったところが高篠峠だ。明るい静かな峠だよ。
さあここからはまた一のぼり。
そして下る。
白石峠だ。この峠には派手な衣装のロードバイクの若者たちが日陰で何人も休んでいたよ。
みみ爺はここから林道堂平山線を天文台のある山頂まで行くよ。2キロほどの上りだ。
パラグライダーの滑空場だね。いい景色だよ。
堂平山の山頂からの展望は最高だ!
展望の開けた斜面の前、草の上に腰を下ろして休んでいた青年がいたよ。その横にみみ爺も腰を下ろした。
絶景の展望を前に、
「いい景色ですねえ」
と、みみ爺。
「ええ、風が気持ちいいです」
ほんとうにそうだよ。山頂に向かって吹き上げてくる風がとても涼しくて気持ちがいい。
「何時ごろから登り始めたんですか?」
「9時頃です」
「おや、私も9時に横瀬を出発してきたんですが、この時間になってしまいました。ハハハ。ずっと上りで、歩く速度と大して変わらないスピードだったからね。自転車より歩いたほうが楽かもしれない」
みみ爺はおにぎりを食べ始めた。お腹がすいたよ。
「今週から梅雨に入るというので、今日来てよかったです。梅雨入り前で、こんなにいい天気はもう最後でしょうから」
「ここにこうしていると、もう動くのがいやになっちゃうね。ずっとここにいたい」
と、みみ爺。
「そうですね。…でも、私はそろそろ行かないと。もう30分も休んでいますから」
リュックを背負って立ち上がると、
「では気をつけて」
と、青年は立ち去って行ったよ。礼儀正しい好青年だった。一人で山歩きをして自然を楽しむ青年に、みみ爺はとても好感が持てたよ。きっと純粋で正直な心を持った青年なんだね。
みみ爺の右隣の斜面には、ロードバイクで上って来た若者が、同じように草の上に腰を下ろして景色を眺めていた。自転車は若者の傍に横たわっている。こちらの若者も一人のようだ。とても静かな様子だよ。静かに景色を味わっている感じだった。
「中学のときから始めました。自転車を始めて3年です」
高校2年生だという。
「おや!てっきり大学生かと思ったよ」
受け答えがとてもしっかりしていて驚いた。
「父に今の自転車を買ってもらって、それから始めました。大学に入ったらアルバイトをして、もっといい自転車を買おうと思っているんです」
若者の傍らに横たわっている自転車を見ると、ダウンチューブに“スペシャライズド”とある。有名なブランドの自転車だ。みみ爺には十分いい自転車に見えるよ。
「ヒルクライムをやっているの?」
と、きいてみた。
「……」
「どっちかというと、平らな道を走るより、上り坂がすきなんだね」
「はい。景色がいいですから」
同感だね。青空の下で、素晴らしい展望を目の前に、涼しくて気持ちのいい風を受けていると帰りたくなくなる。こんな気持ちを味わえるから、みみ爺も上り坂を目指すんだよ。
これが高校2年生の若者だ。
そして、若者に写してもらったみみ爺だ。この写真では、見た目が若く足も長く見えるが、実際は違うんだ。足も短い69才のお爺ちゃんだよ。
本当に気持ちがいい。ここは標高876メートルだ。
飛行機雲がくっきりと見られる。空は真っ青だ。
そこを発つとき、
「気をつけて行ってください」
と、みみ爺を送ってくれた。
登山の青年といい、ロードバイクの高校生といい、実にステキな若者に出会えてよかった。
さっき上って来た道を途中まで戻る。
いよいよここから、今日一番気になっていた林道だよ。林道剣ヶ峰七重線というらしい。平均7~8%の下り坂のダートだ。場所によっては10%くらいの急な下りもある。
あまり荒らされていない、いい雰囲気の林道だよ。木漏れ日が素敵で気持ちがいい。
道は、はじめのうち走りやすいかなと思ったが、すぐにガレた路面に変わったんだ。
下りだから、たとえダートでもそこそこスピードは出せるかと考えていたが、まるで違っていた。あまりにもガレたダートなので、歩く速度ほどにブレーキでスピードを殺して下って行かないとならなかったよ。
新緑に包まれた静かな道は最高だが、かなり厳しいダートだ。去年の11月に走った御岳山林道のダートを思い出した。あのときのダートもハードだったが、こちらも負けないくらいハードだよ。三角にとがった石もごろごろ混ざっていて最悪だね。パンクだけはしないでほしいよ。
おや、舗装されているよ。
しかし、20~30メートルも進むとまた元のようにダートに変わってしまったんだ。
でも、ほんとにいい感じの道だよ。こんな道が大好きだ。ランドナーだから走れる道だね。
そろそろ終点かな。この林道は全線未舗装のダートだったね。オフロードのオートバイに出会わずにすんでよかったよ。きついがとても楽しい下りだった。
林道栗山七重線との合流地点にこんな休憩所があった。しかし“注意”と書いてあるので読んでみると、“腐食が進んでいるため、腰かけたり寄りかかったりすると危険です”とあったんだ。
林道栗山七重線を下る。
栗山七重線が終わったところからは、七重休憩所の前を通って赤木七重線を碑原峠までふたたび上っていくよ。
ここが碑原峠だね。何もない淋しい峠だよ。
ここからは、情報があまりなくて気になっていた林道の二つ目だよ。どうやら通行止めにはなっていないので安心した。
おや、いい景色だ。山がきれいだね。
はじめのうち道はきれいに舗装されていたが、こちらもすぐに未舗装に変わってしまったよ。
でも、剣ヶ峰七重線ほどのガレた路面ではないね。砂利も粒が小さく、しまっていて走りやすい。
ゆるい上りが続く。
きつい上りではないので楽しい。
ようやく下りになったよ。
午後の日差しはまともに受けると暑いよ。日陰に入りたい。
都幾山山頂の近くまででダートは終わりだ。そこからは真新しい舗装の道になる。下りだ。顔に当たる風が気持ちいい。
カーブミラーのところで赤木慈光線はおしまいだよ。
ここからは慈光寺まで、急勾配の上りになるらしい。道が細く、暗い雰囲気が漂ってきたよ。
急勾配の始まりだ。15%ほどだろうか。場所によっては20%近いところもありそうだよ。きついね。
みみ爺は途中で諦めて自転車を押すことにした。
ピークを超えたようだよ。ああ、よかった。
とうとう着いた。
この急な石段の上に慈光寺の観音堂があるんだね。
長い急な石段で太ももが痛い。やっとのことで上り詰めたよ。
この観音堂の本尊は千手観音立像の秘仏で、毎年4月に拝観することができるそうだよ。さすが1300年の歴史を持つ名刹、関東最古の山岳寺院だ。時の重さを感じさせる重厚なたたずまいの見事な観音堂だね。
木陰に石塔が並んでいるよ。
さあ、勇気を出してこの恐ろしく急で高い石段を引き返そう。躓かないように、手すりにつかまりながらね。
次は慈光寺の本堂を訪ねてみるよ。ひっそりとした山の中だ。
石段を登り始めるとすぐ鐘楼があったよ。この梵鐘は銅製で、国指定の重要文化財になっているそうだ。
さらに登っていくと、静かな山の中の、雰囲気のいい石段の先に古びた山門が現れたよ。
こちらが阿弥陀堂(本堂)だね。坂東九番札所と書かれてある。
おや、本堂の右手の奥にもう一つ鐘楼のようなものが見えるよ。こちらの鐘楼が“時の鐘”というんだね。大晦日の夜には都幾川の山々にこの慈光寺の除夜の鐘がろうろうと響き渡るのだろう。そのときは一般の人も鐘を撞かせていただけるらしいよ。
参道からの夜景も素晴らしいらしい。見てみたいね。
こちらは開山堂。国指定重要文化財の木造の宝塔が納められているそうだ。
なんとなく心が晴れ晴れとした気持ちで道を下っていく。ちなみにこの道も林道で、都幾山線というらしい。
なんだろう。珍しい石塔が並んでいるよ。
“慈光寺青石塔婆”というんだね。鎌倉時代から室町時代にかけて、秩父産の青石(緑泥片岩)で造られた板碑群だよ。
都幾川に沿って、のどかな県道172号を東へ下っていく。
県道を離れ、別所橋から都幾川を眺める。
林道雲河原線へ向かうんだよ。
だが、みみ爺の足はもうだいぶ限界に近づいている。走りきれるかね。
途中、こんな庚申塔があった。
ここからいよいよ雲河原線だね。がんばろう。
木々に囲まれた林道だが、標高が低いせいかちょっと暑いね。
路面は走りやすく、それほどきつい上り坂ではない。なんとかなりそうだよ。
眺めのいいところで一休み。地元の老人が原付バイクを止めて、一服しながら景色を眺めていたよ。
「いい景色ですね」
「ちょっと霞んでるけどね」
「林道雲河原線とか、雀川上雲線とか、珍しい名前ですね。読み方がいまひとつよくわからなくて」
「地元の者は慣れているけど、そうじゃない者には読みにくいかもしれないね」
「雀川上雲線はこの先ですよね」
「この先を右へ入っていくところがある。雀川ダムへつながっているよ」
「そっちへ行くつもりなんです」
ここで雲河原線は終わるんだね。
もうすぐ4時だ。日差しが弱まってきたね。今日は一日いい天気が続いたよ。
ここから、いよいよ今日最後の林道、雀川上雲線だね。
いきなり急勾配だ!しかし距離はないはずだよ。
350~360メートルも進むとあっけなくピークに着いたよ。ここからは雀川ダムまで下り基調のはずだ。よかったね。
下り最高!
山々の眺めのいい場所に、売店と休憩所のような建物があったよ。しかし誰もいないね。
アップダウンはあるが、たいしたことはない。ほとんど下りだよ。
林道はここまでだ。なんとか走りきれたよ。この雀川上雲線は、距離は短いが走りやすくて明るく、付近の静かな山々の景色も見られるところがあり、いい林道だったね。
さあ、雀川ダムを見に行こう。また一上りだ。
大きな砂防ダムだね。
水は深い緑色をしているよ。なかなか静かでいいね。
ここは公園になっていて、ダム湖を一回りすることができる。
しかし、遊歩道は先へいくと未舗装になったよ。砂利道で草が生えている。
対岸へ回ると石畳に変わった。ここはいい散歩道だね。
この石の階段は仕方なく自転車を担いで降りてきたたよ。左足の太ももが痛い。
また階段だよ。やれやれ。
後は駅へ向かうだけだよ。楽しかったね。でも疲れた。
八高線沿いの県道30号だ。だいぶ日が傾いてきたね。
八高線の電車には会わなかった。
県道をそれて横道へ入るよ。こんな道はけっこう好きだ。
さらに細い路地を行く。
これは栃本親水公園だ。夕方で人影も少ない。
この先が東武東上線の小川町駅だ。お疲れさん、みみ爺。
今日はたくさん林道を走ったね。
長い上り坂の林道やガレたダートのきつい林道があった。
堂平山の絶景展望と涼しい風は最高だった。
歴史のある慈光寺や静かな雀川ダムもよかった。
とても充実したサイクリングで、本当に楽しい一日だったよ。
横瀬に着いたのは8時10分だ。いつものように4時に起きて家を出てきたんだが、何しろ電車で2時間半もかかるからね。
自転車を組んでいると、これから武甲山に登るという男性が熱心にみみ爺の自転車を見ていた。
「こんな正統派のランドナーで輪行しているなんて…」
「そんなに高級な自転車ではないですよ」
「きれいに乗られているんですね。傷がほとんどついていませんから。輪行が上手ですね」
「暇があると磨いていますから」
「ピカールで磨くんですよね。ガードがピカピカしています」
自転車のことをよく知っている人だね。
「私も自転車に乗っていたんですが、今は山歩きばかりです」
「そういう人多いですね。自転車が好きな人はけっこう山歩きが好きだという…」
「写真撮ってもいいですか」
男性は組み上がったみみ爺の自転車を何枚かスマートホンで映していた。そんなに高い自転車ではないので、なんとなく申し訳ない思いだったよ。
<横瀬→林道丸山線→堂平山天文台→剣ヶ峰七重線→赤木慈光線→雲河原線→雀川上雲線→小川町>
武甲山の足元から出発したんだ。真っ青な空に武甲山が大迫力で迫ってくるよ。武甲山はいつ見ても力強い姿で堂々としている。
国道299号沿いにあるコンビニで水とおにぎりを仕入れ、林道の起点へ向かう。
途中、法長寺という寺の前を通ったんだ。ちょっとのぞいて見たよ。
札所7番。大きな本堂の建物だね。秩父札所では最大だそうだよ。別名牛伏堂と呼ばれているという。そういえば本堂に向かって左手に小さく伏した牛の石像が写っているよ。
境内には、豊川稲荷を祀る社がある。
さあ、いよいよここから林道丸山線に入るよ。どんな林道だろうね。距離およそ11キロ。上りきれるかな。
上り始めてすぐ、右手に広々としたきれいな棚田が現れたよ。埼玉県内では最大級の寺坂棚田だ。いつまでも残っていてほしい美しい棚田だよ。だが、近年は農業従事者の高齢化や後継者不足などいろいろな問題を抱えているそうだ。日本中どこも一緒だね。
武甲山を背に広がる棚田の景色はとても素晴らしい。
メジャーな林道だけあって道幅が広い。時々ロードバイクが追い越していくが、とても静かだよ。やっぱり林道はいいね。
風がひんやりとしていてとても気持ちがいい。
山の南斜面を進んでいるので強い日差しが降り注いでいたが、ほとんど暑さは感じられなかったよ。
道に覆いかぶさるように茂った木々のおかげで、大部分は日陰の中を進むんだ。
耳元を吹き抜ける涼しい風の音に混じって、ときどき山鶯の澄んだ声が聞こえる。
谷の向こうが開けた。もうずいぶん上ってきたんだね。
日陰は続く。快適な林道だよ。
道の脇に所々で見かけ、祠かと思って気になっていたが、冬場のスリップ防止用の砂が置かれるところだとわかった。どおりで石仏も何も納められていないわけだね。
この熊の顔はとても恐ろしいよ。こんなのに出っくわしたらどうしようかね。
臆病者のみみ爺は念のためにさっそく熊除け鈴をつけたよ。これがまたいい音色なんだ。鶯の声と風のそよぎと熊除け鈴の音色が混ざり合ってとてもいい。 (しかし、この日みみ爺のように熊除け鈴をつけているものには一人も出会わなかったよ)
下りというものがまったくない。ずっと上りっぱなしだよ。この林道の平均勾配は6~7%。一箇所13%くらいのところもあるよ。
たまに梢越しの眺望も見られるが、ほんとにたまにだ。ほとんど樹木の中を進む林道だよ。
それでこんなに涼しいんだね。暑い夏には最適な林道だよ。
林道はやっぱり静かだなあ。
ここはかなり急勾配だね。
県民の森入り口だね。このあたりが丸山の山頂に一番近いところだろう。この林道のピーク付近だね。標高は880メートルくらいあるよ。
やっと下りだ!ここからは、奥武蔵グリーンラインの大野峠まで下りだよ。
おや、今日は奥武蔵ウルトラマラソンの開催日なんだね。
後で調べたら、この奥武蔵ウルトラマラソンというのは奥武蔵の林道を78キロも走るかなり過酷なレースだったそうだよ。参加者は男女合わせて1580人もいたそうだ。コースのルートは、みみ爺が自転車で走ったら、一日かかってへとへとになるだろう。
大野峠に着いたよ。ここで林道丸山線は終点だ。ここからはグリーンラインの奥武蔵1号線だ。
大野峠から一気に下っていく。
下りきったところが高篠峠だ。明るい静かな峠だよ。
さあここからはまた一のぼり。
そして下る。
白石峠だ。この峠には派手な衣装のロードバイクの若者たちが日陰で何人も休んでいたよ。
みみ爺はここから林道堂平山線を天文台のある山頂まで行くよ。2キロほどの上りだ。
パラグライダーの滑空場だね。いい景色だよ。
堂平山の山頂からの展望は最高だ!
展望の開けた斜面の前、草の上に腰を下ろして休んでいた青年がいたよ。その横にみみ爺も腰を下ろした。
絶景の展望を前に、
「いい景色ですねえ」
と、みみ爺。
「ええ、風が気持ちいいです」
ほんとうにそうだよ。山頂に向かって吹き上げてくる風がとても涼しくて気持ちがいい。
「何時ごろから登り始めたんですか?」
「9時頃です」
「おや、私も9時に横瀬を出発してきたんですが、この時間になってしまいました。ハハハ。ずっと上りで、歩く速度と大して変わらないスピードだったからね。自転車より歩いたほうが楽かもしれない」
みみ爺はおにぎりを食べ始めた。お腹がすいたよ。
「今週から梅雨に入るというので、今日来てよかったです。梅雨入り前で、こんなにいい天気はもう最後でしょうから」
「ここにこうしていると、もう動くのがいやになっちゃうね。ずっとここにいたい」
と、みみ爺。
「そうですね。…でも、私はそろそろ行かないと。もう30分も休んでいますから」
リュックを背負って立ち上がると、
「では気をつけて」
と、青年は立ち去って行ったよ。礼儀正しい好青年だった。一人で山歩きをして自然を楽しむ青年に、みみ爺はとても好感が持てたよ。きっと純粋で正直な心を持った青年なんだね。
みみ爺の右隣の斜面には、ロードバイクで上って来た若者が、同じように草の上に腰を下ろして景色を眺めていた。自転車は若者の傍に横たわっている。こちらの若者も一人のようだ。とても静かな様子だよ。静かに景色を味わっている感じだった。
「中学のときから始めました。自転車を始めて3年です」
高校2年生だという。
「おや!てっきり大学生かと思ったよ」
受け答えがとてもしっかりしていて驚いた。
「父に今の自転車を買ってもらって、それから始めました。大学に入ったらアルバイトをして、もっといい自転車を買おうと思っているんです」
若者の傍らに横たわっている自転車を見ると、ダウンチューブに“スペシャライズド”とある。有名なブランドの自転車だ。みみ爺には十分いい自転車に見えるよ。
「ヒルクライムをやっているの?」
と、きいてみた。
「……」
「どっちかというと、平らな道を走るより、上り坂がすきなんだね」
「はい。景色がいいですから」
同感だね。青空の下で、素晴らしい展望を目の前に、涼しくて気持ちのいい風を受けていると帰りたくなくなる。こんな気持ちを味わえるから、みみ爺も上り坂を目指すんだよ。
これが高校2年生の若者だ。
そして、若者に写してもらったみみ爺だ。この写真では、見た目が若く足も長く見えるが、実際は違うんだ。足も短い69才のお爺ちゃんだよ。
本当に気持ちがいい。ここは標高876メートルだ。
飛行機雲がくっきりと見られる。空は真っ青だ。
そこを発つとき、
「気をつけて行ってください」
と、みみ爺を送ってくれた。
登山の青年といい、ロードバイクの高校生といい、実にステキな若者に出会えてよかった。
さっき上って来た道を途中まで戻る。
いよいよここから、今日一番気になっていた林道だよ。林道剣ヶ峰七重線というらしい。平均7~8%の下り坂のダートだ。場所によっては10%くらいの急な下りもある。
あまり荒らされていない、いい雰囲気の林道だよ。木漏れ日が素敵で気持ちがいい。
道は、はじめのうち走りやすいかなと思ったが、すぐにガレた路面に変わったんだ。
下りだから、たとえダートでもそこそこスピードは出せるかと考えていたが、まるで違っていた。あまりにもガレたダートなので、歩く速度ほどにブレーキでスピードを殺して下って行かないとならなかったよ。
新緑に包まれた静かな道は最高だが、かなり厳しいダートだ。去年の11月に走った御岳山林道のダートを思い出した。あのときのダートもハードだったが、こちらも負けないくらいハードだよ。三角にとがった石もごろごろ混ざっていて最悪だね。パンクだけはしないでほしいよ。
おや、舗装されているよ。
しかし、20~30メートルも進むとまた元のようにダートに変わってしまったんだ。
でも、ほんとにいい感じの道だよ。こんな道が大好きだ。ランドナーだから走れる道だね。
そろそろ終点かな。この林道は全線未舗装のダートだったね。オフロードのオートバイに出会わずにすんでよかったよ。きついがとても楽しい下りだった。
林道栗山七重線との合流地点にこんな休憩所があった。しかし“注意”と書いてあるので読んでみると、“腐食が進んでいるため、腰かけたり寄りかかったりすると危険です”とあったんだ。
林道栗山七重線を下る。
栗山七重線が終わったところからは、七重休憩所の前を通って赤木七重線を碑原峠までふたたび上っていくよ。
ここが碑原峠だね。何もない淋しい峠だよ。
ここからは、情報があまりなくて気になっていた林道の二つ目だよ。どうやら通行止めにはなっていないので安心した。
おや、いい景色だ。山がきれいだね。
はじめのうち道はきれいに舗装されていたが、こちらもすぐに未舗装に変わってしまったよ。
でも、剣ヶ峰七重線ほどのガレた路面ではないね。砂利も粒が小さく、しまっていて走りやすい。
ゆるい上りが続く。
きつい上りではないので楽しい。
ようやく下りになったよ。
午後の日差しはまともに受けると暑いよ。日陰に入りたい。
都幾山山頂の近くまででダートは終わりだ。そこからは真新しい舗装の道になる。下りだ。顔に当たる風が気持ちいい。
カーブミラーのところで赤木慈光線はおしまいだよ。
ここからは慈光寺まで、急勾配の上りになるらしい。道が細く、暗い雰囲気が漂ってきたよ。
急勾配の始まりだ。15%ほどだろうか。場所によっては20%近いところもありそうだよ。きついね。
みみ爺は途中で諦めて自転車を押すことにした。
ピークを超えたようだよ。ああ、よかった。
とうとう着いた。
この急な石段の上に慈光寺の観音堂があるんだね。
長い急な石段で太ももが痛い。やっとのことで上り詰めたよ。
この観音堂の本尊は千手観音立像の秘仏で、毎年4月に拝観することができるそうだよ。さすが1300年の歴史を持つ名刹、関東最古の山岳寺院だ。時の重さを感じさせる重厚なたたずまいの見事な観音堂だね。
木陰に石塔が並んでいるよ。
さあ、勇気を出してこの恐ろしく急で高い石段を引き返そう。躓かないように、手すりにつかまりながらね。
次は慈光寺の本堂を訪ねてみるよ。ひっそりとした山の中だ。
石段を登り始めるとすぐ鐘楼があったよ。この梵鐘は銅製で、国指定の重要文化財になっているそうだ。
さらに登っていくと、静かな山の中の、雰囲気のいい石段の先に古びた山門が現れたよ。
こちらが阿弥陀堂(本堂)だね。坂東九番札所と書かれてある。
おや、本堂の右手の奥にもう一つ鐘楼のようなものが見えるよ。こちらの鐘楼が“時の鐘”というんだね。大晦日の夜には都幾川の山々にこの慈光寺の除夜の鐘がろうろうと響き渡るのだろう。そのときは一般の人も鐘を撞かせていただけるらしいよ。
参道からの夜景も素晴らしいらしい。見てみたいね。
こちらは開山堂。国指定重要文化財の木造の宝塔が納められているそうだ。
なんとなく心が晴れ晴れとした気持ちで道を下っていく。ちなみにこの道も林道で、都幾山線というらしい。
なんだろう。珍しい石塔が並んでいるよ。
“慈光寺青石塔婆”というんだね。鎌倉時代から室町時代にかけて、秩父産の青石(緑泥片岩)で造られた板碑群だよ。
都幾川に沿って、のどかな県道172号を東へ下っていく。
県道を離れ、別所橋から都幾川を眺める。
林道雲河原線へ向かうんだよ。
だが、みみ爺の足はもうだいぶ限界に近づいている。走りきれるかね。
途中、こんな庚申塔があった。
ここからいよいよ雲河原線だね。がんばろう。
木々に囲まれた林道だが、標高が低いせいかちょっと暑いね。
路面は走りやすく、それほどきつい上り坂ではない。なんとかなりそうだよ。
眺めのいいところで一休み。地元の老人が原付バイクを止めて、一服しながら景色を眺めていたよ。
「いい景色ですね」
「ちょっと霞んでるけどね」
「林道雲河原線とか、雀川上雲線とか、珍しい名前ですね。読み方がいまひとつよくわからなくて」
「地元の者は慣れているけど、そうじゃない者には読みにくいかもしれないね」
「雀川上雲線はこの先ですよね」
「この先を右へ入っていくところがある。雀川ダムへつながっているよ」
「そっちへ行くつもりなんです」
ここで雲河原線は終わるんだね。
もうすぐ4時だ。日差しが弱まってきたね。今日は一日いい天気が続いたよ。
ここから、いよいよ今日最後の林道、雀川上雲線だね。
いきなり急勾配だ!しかし距離はないはずだよ。
350~360メートルも進むとあっけなくピークに着いたよ。ここからは雀川ダムまで下り基調のはずだ。よかったね。
下り最高!
山々の眺めのいい場所に、売店と休憩所のような建物があったよ。しかし誰もいないね。
アップダウンはあるが、たいしたことはない。ほとんど下りだよ。
林道はここまでだ。なんとか走りきれたよ。この雀川上雲線は、距離は短いが走りやすくて明るく、付近の静かな山々の景色も見られるところがあり、いい林道だったね。
さあ、雀川ダムを見に行こう。また一上りだ。
大きな砂防ダムだね。
水は深い緑色をしているよ。なかなか静かでいいね。
ここは公園になっていて、ダム湖を一回りすることができる。
しかし、遊歩道は先へいくと未舗装になったよ。砂利道で草が生えている。
対岸へ回ると石畳に変わった。ここはいい散歩道だね。
この石の階段は仕方なく自転車を担いで降りてきたたよ。左足の太ももが痛い。
また階段だよ。やれやれ。
後は駅へ向かうだけだよ。楽しかったね。でも疲れた。
八高線沿いの県道30号だ。だいぶ日が傾いてきたね。
八高線の電車には会わなかった。
県道をそれて横道へ入るよ。こんな道はけっこう好きだ。
さらに細い路地を行く。
これは栃本親水公園だ。夕方で人影も少ない。
この先が東武東上線の小川町駅だ。お疲れさん、みみ爺。
今日はたくさん林道を走ったね。
長い上り坂の林道やガレたダートのきつい林道があった。
堂平山の絶景展望と涼しい風は最高だった。
歴史のある慈光寺や静かな雀川ダムもよかった。
とても充実したサイクリングで、本当に楽しい一日だったよ。