ままちゃんのアメリカ

結婚42年目のAZ生まれと東京生まれの空の巣夫婦の思い出/アメリカ事情と家族や社会について。

北へ

2022-06-30 | 家族

Photo courtesy of David Rosen

 

 

時々その意味もわからないで、なにかに導かれるように行動することがある。別に犯罪的な意味合いではなくて、もっと普通のことで、そんなことを経験なさった方々もいらっしゃるだろうと思う。そしてその行動の後で、理由をはっきり知ることがある。カール・ユングなら、それはただのsynchronicity(シンクロニシティ=意味のある偶然の一致)と判断するのだろうが、信仰を持つ者には、それが「ただの」偶然の一致ではないことが多々ある。特にそれが生死に関わることになると。

私は通常6月に旅行はしない。大学は夏学期に入り一月目で、仕事は一段落しているが、秋学期の支度をするには絶好の時期で、ヴァケイションを取るなら、暑い盛りの7月末か8月、北の姉を訪問するのは、義兄の命日である9月30日前後にしている。それなのに今年は、5月にすでに6月の北への航空券を入手し、先日旅を終えた。

訪問してから2、3日経って、朝姉が起きてきて言うのだ。「まるで雲の上を歩いているような気持ちがするのよ。」そして話し方がどことなくはっきりせず、アルコール類を嗜まない人の呂律が怪しくさえ聞こえた。テーブルに着く姉のそばへ寄り、その腕をつかんで私は、「今からER(救急救命室)へ行きましょう!検診と検査でなにもなくてもそれは安心料と思えばいいのよ。」と言って、躊躇する彼女を車に乗せた。

ERの病室では、ただちに心電図や血圧計やら装着され、その数値が刻々とモニターに映され、その高さに驚いていると、医師がやってきて、瞳孔検査をしながら、「おそらくマイルドなストロークがあったようですね」と言った。その後広い一人部屋の病室へ移された姉は、MRIやCTスキャンやエコー検査などの様々な機器が病室に持ち込まれ、血液採取や、またIV(静脈内注射によって生理食塩水とともに降圧剤などを注入するため)の針が腕に刺され、またたくまに入院患者の体裁となった。

ことの発端はそのひと月ほど前に、ナースプラクティショナーが、姉が毎日血圧ケアのために摂取していた子供用アスピリンを「もうお辞めになっては?」などと申したので、辞めていたことらしい。その頃ニュースでは高血圧を制御するアスピリンは、人によっては胃潰瘍、胃癌を発生するので命取りになるかもしれない、という科学者のコメントが報道されていたのだ。そのつけは、たちまち牙を剥いて姉を襲ったようなものだった。だから、別の医師の二次、三次の意見を聞くのは、大切なわけだ。

医師や看護師は、症状が出始めたごく初期に姉をERに連れてきたのは大正解で、たまたま私が訪問していたことが姉の命を救えた理由だ、と話してくれた。その時、初めて今この時期に私がここへ来なければならないとほぼ焦って決心した理由ではないかと気がついた。

姉はつい最近ホンダのパイロットの新車を購入したばかりで、それを初めて私が運転することこそ、心臓麻痺を起こしかねない私だったが、留守にした姉の家には、二頭のオールドイングリッシュシープドッグと一匹の猫がいて、その世話のため、入院することになった姉を残して夜半に帰宅した。

結局その夜に325ミリグラムのアスピリンを摂取するよう処方され、その他諸々の薬の処方箋を手配され、様々な処置をされた姉はようやく翌日夕方退院となった。大きな一人部屋の病室にはピクチャーウィンドウがあり、そこからは遥か彼方のオリンピック半島の山脈がまだ残雪を乗せていた。

今まで背中は悪いが、健康に恵まれてきた姉は一番ショックを受けただろうと思う。口数も少なくなり、食欲も減退し、これからの食事に憂いを覚えるような困ったような表情をしながら、姉は、「せめてこの子たち(二頭の大型犬と一匹の猫)を最後まで見てあげなきゃいけないわね。」とつぶやいた。そして森のある裏庭を見遣って、「ああ、鹿の餌を買わなきゃ。」と言った。そんなことを聞いたら、多くの果樹を庭に植えている隣人たちは「狂気の沙汰」に思うのだろうが、森の奥の境界フェンスをひらりと超えて庭へやってくる小鹿や親子鹿が給餌器から溢れ落ちた鳥の餌を啄むのを見ては、哀れに思うのだ。

鹿用の餌や牛馬用の固形塩を置く店へ行って重たい餌の袋を二つ買いに出かけた。すでに野鳥の餌はガラージにスゥエット(牛や羊の腎臓付近の脂に種子を入れて四角な固形状にした餌)を含めかなり蓄えている姉宅である。野鳥はまるで商品見本のように、キツツキは大中小数種類がやってくるし、そのほかの野鳥もとにかく色とりどりにやってくる。

リスも大中小と3種類がやってきては用意してあるピーナッツを食べていき、残すまじと最後まで口にためて運んでいく。白頭ワシ、オスプレイ、そしてグレートホーンドと呼ばれる大きめの耳をたてたような大型フクロウも姉の森には住んでいる。そうした猛禽類は、野鼠やドブネズミ、はたまた子ウサギなどを獲物にしている。

まるで白雪姫の生活環境に一人住む姉である。大学生の頃私は夏にやってきてはポーチやパティオにハンモックチェアを置いて、木々を渡る風の音や小鳥の鳴き声に耳を澄まし、ぴょんぴょんと飛び回る子ウサギや鹿を目の端に湛えて日がな1日読書して過ごしたものだった。

そうすることは姉の「冒険」後の静養にはうってつけのように思える。一人きりの家だが、実は母を気遣い助ける孝行息子のような隣人が常に姉の様子をチェックし、一週間に一度は必ず食事を共にし、買い物の際には何が必要か尋ねてくれ、グローサリーストアで、ワサビのチューブを見つけては、気を利かせたつもりで買ってくる。その隣人の16歳の娘と14歳になる息子のふたりは週末には家の掃除をしてくれるし、冬には薪を用意して、きっちりとパティオの端に置いていってくれる。

現金を決して受け取らない父子家庭の人たちに、姉はちょこちょことアマゾンのカードを送っている。姉と亡き夫は子供がなく、今まで多くの人々を親身になって助けてきたのが報われているのかもしれない。同じく未亡人となった弁護士の妻も子供がなく、姉の人生のかけがいのない友人で、こまめに姉を見守ってくれている。

そんな素晴らしい人々が遠くに住む妹たち(一人は日本在住)の心苦しさを少なからず和らげてくれる。遠くの家族より近くの他人、とは本当にあたっている。人の字のごとく、人間は実に頼り、頼られているもので、心からありがたい。

私自身が帰宅する前日には、姉の食料品を仕入れ、軽く掃除をして、家事をこなしてから床についた。翌朝、空港へのシャトルバスに揺れながら、窓外に万年雪(氷河も含む)の厚いベイカー山の勇姿に目を奪われながら、やがて機上の者となり、夫の待つ我が家へ向かった。

当初はわけがわからない気持ちで馳せた姉宅だったが、今はその気持ちに従ったことを喜んでいる。帰宅一番に、夫は、”I'm glad that you heeded the warning."「君が『警告』に従ったのは良かったね。」と言った。そんなことはあるのだ。

 

常連の面々

 

 


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3 コメント

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コメントをどうもありがとうございました (ままちゃん)
2022-07-05 03:17:18
ムベ様、

おっしゃる通りでございます。どんなにちいさな囁きでも警告はなされています。それに耳を傾けるか、否かはわたしたち一人一人の決心によりますね。
酷暑の日本の夏、どうぞご無理をなさらずに、いらしてくださいませ。


yokodoitsu様

まあ、そうでいらっしゃいましたか。ご夫君も大事に至らず良かったことです。姉はその後専門医にかかり、適切な検診、治療をとっていますが、結局、アスピリンを再び摂取することだということでした。姉の隣人はまだ48歳だというのに、数年前まだ40歳なりたてほどの頃に、同年齢の友人を2回目のストロークで亡くしたと話し、どんなことでもいつもと違うと感じたら、即医師の下へ行かねばならないと痛感しました。お大事に。
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Unknown (yokodoitsu )
2022-07-04 14:18:56
夫も3ヶ月前軽いストローク(言語障害はありませんでしたが一時的な記憶喪失と視野狭窄がありました)に罹患したので、お姉様のこととても興味深く読ませて頂きました。お大事になさってください。
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Unknown (ムベ)
2022-06-30 21:17:51
アーメン アーメン
主の御名をほめたたえます。
おっしゃることとても良くわかります。
神さまはご自分の子どもたちを、どれほど細やかに気遣ってくださっていることでしょう!
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