リンムーの眼 rinmu's eye

リンムーの眼、私の視点。

Kids with cameras

2010-02-11 | movie
子供と写真をめぐる二つの作品を紹介したい。

「大人の時間。子供の時間。Ⅱ」撮影 新倉万造・中田燦・中田樂 文章 中田諭志(出版)読む。というより見る、か。
書評を書いたこともある写真集の第2弾。
プロカメラマンと、子供目線のギャップが楽しい一冊。
単純だが面白い発明だと思う。だからこそ第2弾が出るのか。
子供の父であるコピーライター・中田諭志のキャプションも効いている。
たとえば、カメラマンのキャプションは「大人は風情を楽しむ」で、
子供のキャプションは「子供はへんてこな看板を発見」とか。
何だか撮影している光景が浮かぶようだ。

カメラマン・新倉万造はこんな文章を寄せている。
「運動会の日、あなたの子供は小さなモニターの中から手を振ってはいなかっただろうか?そしてあなたは、思いきり手を振り返し、思い切り拍手し、大声で子供の名前を呼んで、その晴れやかな笑顔に答えることができていただろうか。(中略)
カメラは親子のコミュニケーションを断ち切ってはいけない。
撮った写真を見る時のように、並んで写真を撮ろうじゃないか。」

成長を写真に残して記録するだけじゃなく、一緒になって写真を撮り記憶を共有すること。
写真の原点を教えてくれるし、見ていると心が和む楽しい一冊だ。


DVDにて「未来を写した子どもたち」みる。
過酷な現実の中で生きる子どもたちを取材したドキュメンタリー。
インド・カルカッタの売春街で暮らす子どもたちに、女性報道カメラマンがインスタント・カメラを渡し、ワークショップを開く。
教育さえ受けられない閉塞した悪循環の生活環境にいる子供たちは、カメラを通じて、自分たちの「外側」にある未来の可能性に気付いていく。
子供たちの写真は、自分たちの眼に映る生活をスナップしたものだが、報道写真にはないピュアなリアリティがあるし、はっとするほど美しい。

日本では実感が湧かないような重い現実をテーマに扱っているが、登場する子供たちの明るくポジティブな姿に救われるし、心に残る。
写真を撮ることによって、子供たちが自分の置かれた現実の周りにある物事に気付いていくプロセスが印象的だ。
やがて、撮ることを通じて学ぶことから、正規の教育を受け、自分の将来を変えていくために学ぶことを望むようになる。
教育環境が整った日本(公立高校の授業料無償化?)はなんてめぐまれたかんきょうなんだろうか。

考えさせられることも多いが、子供たちのイノセントな眼を通した世界を写したドキュメンタリー映画だと思うので、オススメだ。
ドキュメンタリーはあまり見ないという人でも興味深く見れると思う。


※この映画の監督と出演する女性カメラマンは、映画の制作後も子供たちの教育をサポートする「kids with cameras」という支援基金を行なっている。
エントリー・タイトルをここから借用した。


本日の映画

2007-01-07 | movie
映画『鉄コン筋クリート』観ました。
原作は松本大洋の漫画の、アニメーション映画です。
僕が原作を読んでいたのは、高校生の時。
連載終了から十数年を経ての、映画化です。

大洋作品の中でも、エッセンスが濃厚な最高傑作とも言われる作品ですから、映画化は困難だったろうと思われます。
熱心なファンの「イメージと違う!」などの声もありそうですし。

僕も、かつては熱心な松本大洋作品の読者でしたが、最近はチェックしなくなっていました。
映画『鉄コン』も、今更というか、もう終わった物語という気がしていたのですが、アニメーションでどのように表現されているか気になりました。

ストーリーは、シロとクロというお互いを補い合う兄弟のような二人組の少年を中心に描いたものです。
「宝町」という架空の町を舞台に、二人が縦横無尽に跳ね回ります。
この舞台になる「宝町」の“町感”が、良いです。
新宿西口と昭和三十年代の商店街と九竜城をごちゃまぜにしたような感じというか…。
「宝町」の雑多な町並が、殺伐とした物語の展開にリアリティを与えているような気がします。


大洋作品のファンはもちろん、映画館で“町感”を味わいたい方に是非とも観ていただきたい一本です。

土曜の夜はブロックパーティ

2006-11-19 | movie
仕事帰り、映画『ブロック・パーティ』観る。
この映画は、ブルックリンの街区(ブロック)を貸しきり、行なったライブ(パーティ)の模様を追った音楽ドキュメンタリーである。
首謀者は、コメディアンのデイブ・シャペル。地元への感謝を込めて、何かやらかしたいと思い、この「ブロック・パーティ」を立ち上げたとのこと。
その計画に賛同したのが、カニエ・ウェスト、コモン、モス・デフ、エリカ・バドゥ、ザ・ルーツ、そしてこの機に合わせて再結成したフージーズ、という豪華なメンツ。
東海岸ヒップホップ勢の夢の共演が楽しめる。

デイブ・シャペルは、黒人をネタにしたきわどいジョークを得意とするスタンダップ・コメディアン、らしい。正直、映画を観るまで知らなかった。
リズミカルな話芸と、バンドとの掛け合いで笑わせたりして、笑いに音楽を取り込んでいる。日本で言うと、ぐっさんみたいなかんじか。

開催数日前、シャペルは故郷を歩きながら、なじみの煙草屋のおばちゃん(白人)をこのライブに招待したりする。身近な人々、ふだんヒップホップを聴かないような人たちにも楽しんでもらいたいということだろう。
また、撮影中に遭遇した大学サークルのマーチング・バンドにライブでの演奏を交渉したりする。
そういう臨機応変さ、自ら楽しむ姿勢がチャーミングだ。

会場になった廃墟ビルの持ち主であるストレンジな夫婦、出演者のバックステージとして使わせてもらった保育園の園長さんへのインタビューなど、ブルックリンに生きる“フツーの人々”の姿も印象的だ。
集まった観客もイイ顔してる。

このライブの、この映画のハイライトは、フージーズ再結成のステージである。
ローリン・ヒルが歌う「キリング・ミー・ソフトリー」。確かにすばらしい。
けれど、どうも精彩に欠けていたように思う。本格的なカムバックという気はしなかった。
私にとって印象的だったパフォーマンスは、エリカ・バドゥだ。
彼女もローリン・ヒルと並んでヒップホップ/R&B人気を牽引した人物である。
知的でクールなたたずまいで、カッコイイ。だが、そのカリスマ性が近寄りがたい雰囲気にもなっている。
そんな彼女が、演奏後、会場にダイブする。出演者を身近に感じさせる、このライブの飾らない手弁当の魅力がよく出ているシーンだった。

演奏のほとんどがバンドの生演奏(ザ・ルーツの手練のプレイが頼もしい)なので、ヒップホップが苦手という人でも楽しめると思う。
映画を観る、というよりも、ライブに行く、という感覚で映画館に足を運ぶのもいいんじゃないかな。

http://blockparty.jp/home.html

映画『カポーティ』

2006-11-08 | movie
映画『カポーティ』を観た。
作家の業を感じさせる映画だった。
トルーマン・カポーティが『冷血』執筆時の取材過程を題材にした映画である。
カポーティは殺人事件の取材の中で、殺人犯と心を通わすが(私は君の友達だ、とも言う)、死刑にならなければ小説が完成しないと苦悩する。
懇意になった刑事に作品のタイトルが決まったんだ、と告げる場面がある。
「『冷血』っていうんだ」
「それは、あんたが取材する相手のことか?それとも取材するあんたのことか?」
「…私は前者のつもりだが」
作品完成がもたらす作家としての栄光と、人間としての欠落が描かれていた。

この映画を観て、また新たな視点でカポーティの作品を読み返してみたいと思った。
カポーティについて、村上春樹は「文章の秘密」があって、どれだけうまく綺麗に訳せるかやりがいがあると言っている。

いつか原文で読んでみたいが…。

炭鉱の町でフラやっぺ!

2006-10-19 | movie
映画『フラガール』を観ました。
フラダンスが題材ということで、『ウォーターボーイズ』(女性+方言という点では『スイング・ガールズ』により近い)系の、軽妙なコメディだと思っていましたが、予測は快く裏切られました。
笑いだけではない、泣ける人間ドラマでした。

舞台はいわき市、傾き始めた炭鉱の町に「常磐ハワイアンセンター」設立の話が持ち上がります。
そこにハワイアン・ダンスを指導しに、東京から流れてきたダンサーが、現れて…。
このダンサーを松雪泰子が演じています。
女優というよりも、“きれいなお姉さん”的なモデル系タレントのイメージが強いですが、見事な演技をみせています。最近目立った活動がなかったので、カムバック作と言ってもいいでしょう。
登場人物の描き方が大変巧い。主役格の蒼井優、脇を固める豊川悦司や岸辺一徳など、また飛び道具的なキャスチングのしずちゃんも、観る者の共感を誘うキャラクターを演じています。

物語に引き込まれ、感情移入して観ていると、後半は感動的なシーンの波状攻撃です。
私は、映画を観て、泣くということはないんですが、それでもウルウルきました。
最近は、「泣ける映画」というふれこみが多く、それだけが絶対的な映画の価値になっているような気がします。
この映画の畳み掛ける「泣けるシーン」も、そういう流れで作られているんでしょう。
ただ、「泣き」に重点が置かれることで、印象的な、映画的なシーンが観客の印象に残らなくなってしまうとしたら、残念なことです。
「映画的」とは、はっきり定義できない言い方ですが、「ああ、今、映画を観てる」「映画を観る、という体験をした」という実感のことです。なかなか伝えにくいんですが、映画独特の“あのカンジ”のことです。
この映画では、映画ならではの“あのカンジ”をいくつかのシーンで味わえました。

また、『ウォーターボーイズ』系の企画も、そろそろ飽和状態ではないでしょうか。このテの映画で演目がハイライトにならなくなってきていると思います。
『フラガール』でも、大円団のダンス・シーンの前で、物語としては終わっています。タイトルを冠している演目が、エンドロール的な場面になってしまっているのは、本末転倒ではないでしょうか。
企画ありきで、映画が製作される弊害を感じます。

監督の李相日には確かな実力を感じました。
できればこの人に『パッチギ2』を作ってもらいたいです。

青空にジャンプするアニメーション映画

2006-07-31 | movie
テアトル新宿にて『時をかける少女』観る。
原田友世出演の映画版で有名な、筒井康隆原作のアニメーション映画。
『ゲド戦記』『ブレイブ・ストーリー』と共に、この夏話題の作品だ。

主人公の女子高校生が時間をさかのぼる「タイムリープ」をひょんな事から使えるようになってしまったことから物語が動き出す。
主人公は、シレッとしたキャラクターが魅力的だ。
実写で言うと『スウィング・ガールズ』の上野樹里みたいな感じだ。
過去をさかのぼる事ができても、卑近な出来事に使い、大それた悪用をしない所が楽しい。
実写映画『サマー・タイムマシン・ブルース』も、身近な過去を行き来する時間SFのドタバタだった。

「タイムリープ」の時間SF的要素は、この作品の要ではあるが、本質はフツーの高校生の一夏を描いた青春映画だ。
親友の男友達との間で揺れるヒロインの心理の機微が丁寧に描かれている。

映像的な魅力は、何と言っても時間を飛び越える際の主人公の跳躍だろう。
躍動感のある動きは爽快だ。

青空が眩しいさわやかな映画なので、幅広い層に観てほしい。
惜しむらくは上映館が数少ない事だ。
アニメファンだけに独占させておくのは、もったいない。

横浜の都市伝説を追うドキュメンタリー映画と、鎌倉の路上シンガーを描く劇映画。

2006-06-30 | movie
戦後、進駐軍が置かれた横浜には、「外人バー」が数多く存在した。
この場所で客を引く私娼は「パンパン」と呼ばれた。
24時間営業(!)の酒場「根岸屋」は、黒澤明監督の『天国と地獄』の舞台にもなり、戦後横浜を代表する盛り場だった。
そんな負の歴史を背負う街の記憶も、いつしか薄れていく。だが、強烈に横浜の戦後史を喚起する人物がこの街にはいた。

その名は通称「ハマのメリーさん」。白塗りで、白いドレスをまとい、高齢になっても街角に立ち続けた。
素姓を明かさない「メリーさん」の周りには、噂ばかりがつきまとった。
「じつはオカマだ」「豪邸に住んでいる」…。
こうして、その存在は都市伝説と化していった。
私は、中島らもが小説化した『白いメリーさん』で、この都市伝説を知った。

今、横浜では一本の映画がロングラン上映している。
『ヨコハマ・メリー』。
「メリーさん」をめぐるドキュメンタリー映画だ。

1995年、突然姿を消した「メリーさん」について、関係者のインタビューをつなぎ合わせ、彼女の“不在”の輪郭をたどっていく。
関内周辺にたたずむ「メリーさん」の写真が、所々でインサートされる。
まるで街の幽霊のように浮かび上がるその姿…。
見慣れた風景が異化され、意識しなかった“街の記憶”を刺激される。

舞踏家、カメラマン、風俗ライター、団鬼六など、濃いメンツが紡ぐ「メリーさんと私」の問わず語りのなかで、主要な役割を担うのが、シャンソン歌手・永登元次郎だ。
彼のコンサートに「メリーさん」がふらりと現れたことから二人の交流は始まった。
映画は、いつしか元次郎さんを中心に据え、展開していく。
主役“不在”のこの映画は、元次郎さんの一代記によって、その存在を二重写しにしていくことになる。
彼が歌う「マイウェイ」は、二人が歩んできた生き様を暗示するかのようだ。
「この旅路を今日まで生きてきた。いつもわたしのやり方で」…。

ラストシーンで、元次郎さんと「メリーさん」の“現在”が交錯し、“不在”をめぐるこのドキュメンタリーがとらえた都市伝説の“真実”が明かされる。

横浜の街の歴史に興味があったら、是非この映画を観てほしい。
変わり続ける街の姿を記録したという点でも貴重だ。

もう一本、劇映画を紹介しておこう。

『タイヨウのうた』。
こちらは鎌倉が舞台になっている。
XPという太陽の光に当たれない難病を抱えた少女が主人公である。
彼女は、寝静まった鎌倉駅前で弾き語りをしている。
昼間は観光客でにぎわう鎌倉の夜は、森に囲まれ闇が深い。
主人公が夜しか行動出来ないので、必然的に夜間シーンが多いのだが、鎌倉の夜を魅力的に描いている。

主人公がボーイフレンドと遠出をし、横浜西口のVIBRE前で歌うシーンは、この映画のハイライトの一つだ。

見慣れた街がスクリーンに写し出されると、不思議な気分になる。

主人公を演じるYUIが歌う「Good-bye days」は、ラジオでもよく耳にする。
私は昔、山崎まさよしの「one more time,one more chance」を聞いて、『月とキャベツ』を観に行ったけれど、この曲もそんな人を動かす歌の強さがあるんじゃないかな。