オペラの舞台で全裸になると言って騒ぐんだったら、じゃあ、アカデミー主演女優賞を獲ったエマ・ストーンが男性の一物をいじくるシーンをノーカットでスクリーンに映した「哀れなるものたち」はどうなる?ってことである。かように、わいせつの概念は時代と共に推移する。また、わいせつの概念は一人の人間の中でも推移する。この私だって、子供の頃は、テレビで「おへそ」が映ったと言って母に騒ぎ立てた。そのとき母は「お母さんなんか、真っ裸を見たことがある」と言って私を仰天させた。性教育を施そうなどという意図があったわけではない(小3のとき、学校の担任が「結婚しないと子供は生まれない」と言ったから、家に帰って母にそのことを報告すると、「いやらしい」と言って眉をひそめたがそのワケは教えてくれなかった)。単に子供に対してマウントをとりたかっただけである。私は性の知識をもっぱら全18巻のジャポニカ(百科事典)をひきまくって仕入れた。そして、仕入れた知識を学校の掃除の時間に友人に伝授した。担任はその様子を遠くから眺めて満足そうだった(私は、教師や親が言いにくいことを代わって言ってやったのである。泥仕事たる啓蒙活動をしたわけである)。その際、友人の誰かが「じゃ、スポイトで注入してもできちゃうのかな?」と呈した疑問に一同「?」となったが、そういうことになるよね、という結論になった。そういうことですよね?
さればでござる。昨日のブログに「公園で裸になるととっ捕まる」と書いて、事実、好感度の高い某タレントが酔っ払って公園で裸になってとっ捕まったが、今でも公園で裸になると公然わいせつ罪が成立するのだろうか。因みに、刑務所生活を体験したいと思って罪を犯すとそれだけでは済まない。たいていは民事事件にもなって被害者に損害賠償金を払わなければいけなくなる。そもそも人に迷惑をかけるとなると良心が許さない。そこへ行くと、公園で裸になって公然わいせつ罪で刑務所に行っても民事事件にはならなそうである。だが、歩くとき手足を高く上げるくせがついて、出所後支障が生じるかもしれない(役所広司さんは、二度受刑者の役を演じていて、二度ともそういう歩き方をされていた)。
最近の刑務所は待遇がいいらしい。娑婆で貧困にあえぎ、生活保護の申請も受け付けてもらえない人の生活よりも良いかもしれない。だが、トイレにウォシュレットがないだろうから私には難しそうである。なお、生活保護の申請を受け付けない某自治体のことを先日NHKがとりあげていた。
タレントさんがとっ捕まった上記の事件の際、それを聞いた当時の都知事が「裸になりたいときもあるよな」などと物わかりのよいことを言っていた。私は、この都知事について超不支持だった。普段威張り倒してたし、ホントは国政をやりたかったようで、国の仕事であるはずの安全保障的な行為を国に代わって都がやるなどと言うからそんなことは頼んでないよと思ったりもした。だが、この発言を聞いてすこし好感度が上がった。だが、都知事は警視庁のボスである。ってことは、タレントさんをとっ捕まえたのは自分の部下である。
窃盗罪には「不法領得の意思」が必要である。「不法領得の意思」とは盗んだ物を自分の物のように使ってやろうという意思である。だから、刑務所に行きたいと思って、人の物を盗んですぐに交番に自首しても(おまわりさんにこっぴどく怒られるだろうけど)窃盗罪で刑務所に行くことはできない(実際にあった事件である)。
このくらい書いたから気が済んだ。もう「わいせつ」からは出所……ではなく卒業できるだろう。まったく、ブログ開設早々、変な話題にはまってしまったものである。
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