MBA2012 Naoto.K 男性・私費留学・既婚(子どもなし)・32歳←留学当時
海外留学・駐在経験がなく、旅行と出張での短期滞在しか経験したことがなかった自分にとって、海外MBA留学は実り多きものでした。卒業して2年もたってしまったので、主にこれからMBA留学を考える方やその後の学校選びをしている方に向けて、留学記録?をまとめておきます。
- ヨーロッパ
- オランダ
- 2011年3月11日
- RSM
- 大学生活
- ユニバーサルなもの
- グローバルに活動する
- 英語
- MBA
ヨーロッパ
世界中にビジネススクールがあるなかで、ロケーションは大きな選択基準でした。妻がドイツに駐在していたことを捨象しても、ヨーロッパのビジネススクールを選ぼうと思っていました。ヨーロッパに対しては、歴史的に長い衰退局面にあるものの、誇り高く生きる場所で、またその人口動態(高齢化・少子化)やエネルギー政策を見ても、アメリカやアジアに比べて日本に近い印象を持っていました。その意味でそこに身を置いて次を考えてみたいという思いがありました。
結果論ですが、日本にしか住んだことがなかった自分がアメリカやアジアを選択していたら、ヨーロッパの実像を知らないまま過ごしていたかもしれません。(十把一絡げに「欧米」として、アメリカもヨーロッパも同じものと捉えていた、、、)
オランダ
学校選びとしては、ヨーロッパ内のランキング上位校から自分の選択基準に照らして選んだのが実際で、オランダであることは絶対条件ではありませんでした。(当時のFinancial Timesのグローバルランキングで25位)
ただし結果的に良かったことは多くあり、先進国が進む道として一つのモデルを示している国としてユニークだったと思います。海外旅行で途上国に出掛けて「人の大らかさや笑顔に癒されたけれど、日本に戻ったらいつもの日常が続く」という類の話があるが、オランダの場合は先進国が先進国の今日的課題の中で、どういう社会を目指し個人が生きていくかということに国をあげてチャレンジしているように思えた。
プロテスタントの流れなのかお金を使わずに人生を楽しみ、また多少の不便は厭わない印象を受けました。(具体的にいうと、不便さの解消とそれに払うお金の均衡点が日本と全然違う。)過度な利便性は、誰かの犠牲の上に成り立つこと、自分は受益者だけでなくその犠牲を強いられる側にもなりうることを感じていて、そのような方向性に社会が進むことに背を向けているように思えました。結果として自分でやらなくてはいけないことが多くなりますが、生きている実感は増すし、不要なストレスは減るのかなと思いました。
また、バカンス文化(年間1か月程度)が浸透しているので、仕事で燃え尽きてしまうことは少ないように思えます。
さらに、警察官や教師もパートタイムでまかなわれるワークシェアリング先進国なので、一生懸命仕事はすれど、仕事を通して(のみ)自己実現を図るマインドではない気がします。(日本にこれを単純に適用できない日本の事情もより浮き彫りになった気がしますが、、、)
余談ですが、春から夏にかけての気候は大変快適です。夏は夜は22時近くまで昼間同様に明るく、学校や仕事帰りに外で趣味を楽しめます。
2011年3月11日
さらに横道に逸れて、2011年3月11日を留学中に迎えました。テスト期間中でしたが、4人いた日本人学生でチャリティイベントを企画・実施しました。(帰国後は南三陸や気仙沼にお邪魔し、お世話になりました。)地震・津波被害、原子力発電所のニュースが日々報道されていましたが、その瞬間でも世界では大なり小なりの紛争、天災、事件が発生し続けていて、それらの国や地域の出身者もいるクラスメートの前で、日本そして東北をどう取り上げ、どう反応してほしいのかに逡巡した日々を思い出します。
ヨーロッパもオランダも古い景観や建築や家具が大切にされ、綿々と受け継がれ力強く存在している姿に圧倒されることが多く、地震を大変恨めしく思ったものです。
RSM
話を学校選びに話を戻すと、自分にとってはロケーションとクラスサイズが大きな要因でした。
ロケーションは、ロッテルダムという世界屈指の港湾都市の中心に大学は位置します。他の学校にありがちな都市の中心から電車で1時間以上かかるようなことはありません。またオランダ指折りの総合大学なのでオランダの若者の大学生活も垣間見られ、ジムやサッカー場などの施設も充実しているし、企業もオンキャンパスで様々なイベントを行ってくれます。(さらに、在日オランダ大使が同校出身ということで、東京神谷町の大使公邸でのパーティにお呼ばれされる機会も得られました。)
クラスサイズは、1学年約150人で、多すぎず、小さすぎず、ほぼ全員と協同経験を通じてネットワークを構築出来ました。これ以上多いと、小グループのようなものがいくつか作られ、実際に交われる数は逆に少なるかもしれない。(と思います。)クラス運営は、75人×2クラスが午前・午後の入れ替りで同じ教授から同じ授業を受ける方式で、マンモス校にありがちな同じ授業をクラス毎違う教授から受けて評価に偏りが出るようなこともないし、復習やテスト勉強もクラスの垣根を越えて他の生徒と一緒にし易かったです。2学期にはクラス替えが強制的にあったので、1、2学期を通して3/4の生徒と一緒になるし、残りの1/4の生徒とも3、4学期の選択科目でほぼ一緒になります。150名全員の名前と顔が一致して、今でも必要とあらば直接コンタクトが取れるレベルで関係が構築できています。
1年制で、かつローリングアドミッション方式でコース開始2か月前位まで応募を受け付けているのもRSMの魅力だと思う。この経営環境が激変する状況下において、2年制は長すぎる場合もあるし、応募時期は応募する側が選べた方が何かと都合が良いです。
その他としては、ヨーロッパに絞ったうえで、1年制プログラムでランキング上位で(かつリーズナルブルな学費)という消去法を取ると、残るのはRSMだと思います。自分の場合はキャンパスビジットでボストンでハーバードのMBA授業も受けてその校舎や生徒のバックグランドに圧倒されましたが、授業自体はRSMとさして変わらない印象を受けました。企業や社会からの認知や、在校生・卒業生を含めたコネクションの強さでは及ばない点もありますが、そこに重きを置かないならば世界ランキングトップ10以降は個人の好みの問題だと思います。
大学生活
普通以上にクラスメートと交流すると決めたので、迷わず学生寮に入ったし、大小様々なイベントに積極的に参加しました。自分はドイツ人とトルコ人と部屋をシェア(キッチン・バス・トイレが共用で、勉強部屋兼寝室は完全に分かれている)して過ごしました。どのくらい勉強しているか、期限に向けどういうペース配分か、勉強以外の時間をどう使うか、などなどクラスルームからでは伺いしれない姿を感じ合いながらお互いにとっての学びの機会でした。彼らを経由して、交友関係も格段に広がりましたし、1、2学期は猛烈に勉強せざるを得なかったので、励まし合い乗り切った戦友です。
RSMは交換留学制度が充実していて世界中に選択肢があったのですが、1年制プログラムの最終学期(4学期)に重なるため、そこを1年間の集大成の収穫期として位置づけていた自分は、参加を見送りRSMに残ることにしました。
余暇の過ごし方は、選択科目に移行後の3、4学期は、授業の選択の仕方によってはまとまったOFFを取ることが出来たので、ヨーロッパ出身の生徒が率先してクラスメートを束ねて自分の国に連れて行ってくれたりしました。ギリシャのイオニア諸島をヨットで周った6日間、スロバキアでのキャンプ、ドイツの黒い森、どれも忘れられない思い出です。パスポートなしで、飛行機を使えば小一時間でたいていの国にいけるので、妻とも東西南北の色んな場所に、色んな交通手段で出かけました。
ユニバーサルなもの
国籍と個人の違いが織り交ざってクラスメートそれぞれが多様性を醸し出していた。人の心の機微を左右する要素はさして変わりないし、それらに対する自分なりの処し方もトレーニングされた。(ビジネススクールの同級生という点で、多様性の偏りは、日本の同じ会社内で出会う人の偏りよりも、正直小さかったと思う、、、)
40か国150名の多様性を感じる一方で、何かユニバーサル(国や個人を超えて普遍なもの)もおぼろげながら感じられた気がする。仕事以外の部分でも各人が大切にしている要素に違いがあるわけでなく、自分の生活も余計なものが削ぎ落とされてさらにシンプルになったように思う。
グローバルに活動する
卒業後すぐに日本企業の海外展開業務に就いた。ある国や地域を狙う時に(B2Cビジネスならばなおさら)数値データの背後にある社会や文化をまでも理解することは、極めて重要だと思う。
また、販売市場が日本に閉じている場合でも、調達や生産は海外で行うという意味でのグローバル化は十分にありえる(転職後の最初の仕事でも、アメリカでインド人が開発し、アイルランドとシンガポールでテストし、第三国にサービスを提供した)ので、須らく全てのビジネスパーソンはダイバシティを経験し、自分なりのプロジェクトマネジメントやコミュニケーションの方法を確立しておいて損はないと思うし、その意味でクラスメートの出身国や考え方や振る舞いに多様性があった方が良いと思う。
英語
留学準備から留学を通して英語コミュニケーション能力は格段に上がりますし、やっておいて損はないと思います。十分に聞けない限りは、誰かのフィルタを介した状況で情報と向き合うことになります。
留学当初はそれなりに苦労しました。0.1秒発言が遅いだけで、グループディスカッション中に発言の機会が得られない悲しい状況もありました。(かなりアグレッシブなチーム構成でしたが、、、)これを脱する術を冷静に考えたところ、どうやら自分の英語力というよりは、むしろコミュニケーションの方法の問題だと思うに至りました。基本的に内容を十分に整理し数手先を見越して発言しようとしていましたが、それでは発言を得るには間に合わず、議論も先に進んでしまう。そこで、とにかくspeak outして、話しながら考えるスタイルに変えると状況は一変しました。状況に応じてコミュニケーション方法を変えられるようになったのは、大きな進歩でした。
またヨーロッパのMBAということで、英語非Nativeの生徒が多かったです。彼らは英語に何の不自由もないのですが、自分からすると最初は聞き取りに苦労することもありました。いわゆるグロービッシュにだいぶ慣れたし、多少の文法の不確かさなど気にせずに議論をリードする彼らを目の当たりにして、自分も吹っ切れた瞬間があったように思います。留学を通じて議論をドライブするに足りる自分にとっての英語の到達点が分かったし、コミュニケーション方法の幅が広がりました。
そして英語だからこそ得られる世界は思ったよりずっと広いことを再認識しました。英語を利用する際は日本語の持つ曖昧さは排除されるし(主語や目的語を無視するのは難しい)、ロジックと文章校正が練られていて英語の教科書の方が理解しやすいし、英語媒体を通して得られる情報は日本語のそれより圧倒的に多い。月並みだけど、それらを実感できたことも、留学の成果だと思う。
MBA
ここまで授業の話は書いていないけれど、MBAの授業はとても刺激的だったし、経営学を学んだことがない自分にとっては知的好奇心を十分に満たす内容でした。特に統計学、定量分析、ファイナンス等の授業がこれまでのバックグラウンドになく楽しめました。仕事上で何らかの課題に直面した時、科学的(MBA的お勉強)アプローチが出来る部分とそうでない部分の線引きが出来るようになった気がします。そして結局のところ物事に正解はなく、出来るのは結果の確率を高めることであるのを改めて理解しました。
そして世の中に理想郷はないということを知ったのも大きな収穫でしょうか。(笑)どの国も企業も(個人も)、良い時も悪い時もあり、不可逆的な歴史の流れの中で、正負を抱えながら、進んでいるのだと。そんなことを、ケーススタディをしたり、クラスメートと話していて繰り返し思いました。だから、自分を取り巻く環境に真摯に向き合いながら(時にそれを広い視座から疑いながら)、自分の側に評価軸を持ち、状況の許す限りで自分がしたいことに全力を尽くすことが大切なのだと思います。その結果として世の中に深く確実なインパクトが残せたら幸せだなと思います。(とまあ、自分の場合は、海外MBA留学を通してそう思うに至ったわけですが、、、)
ここまで書いたことを1年でまとめて経験出来るのが欧州での1年制のFull-time MBAだと思います。(もし他でこの経験ができるあてがあるならそちらに進めばよいですが)世界の多様性と普遍性、そして自分自身を知るという意味でも、もし考え中ならば、ぜひ日本の外に出てほしいし、もし縁があるのならヨーロッパも検討してほしいし、その時にRSMはきっと良いチョイスになります。
では、幸運を祈ります!
(聞きたいことがあれば、遠慮なく連絡ください)
naoto.kbys@gmail.com