ゆっくり読書

読んだ本の感想を中心に、日々、思ったことをつれづれに記します。

ストレス発散

2013-04-14 16:55:09 | Weblog
上海でも、5つ星のホテルは、やはりスゴいということがわかった。
ここ上海は、やっぱり国際都市だったんだ。

上海から帰任する友人が、最後にいいホテルに泊まるから一緒にどう?と誘ってくれて、
金曜日の夜に5つ星ホテルに泊まった。
アメリカ資本のホテルで、ホテルマンに人気とか。
WALDORF ASTORIAという読めない名前だった。中国語では、上海外灘尔道夫酒店という。

部屋の中はいいにおいがしているし、すごく清潔だし、
ベッドも清潔でふかふかだし、やはり5つ星ってすごいんだ。
極楽極楽。

で、ゴミゴミした上海の街を歩き、地下鉄2号線でアパートに戻る時、
徐々に現実に引き戻されつつ、
中国は、本当にいろいろな顔をもつ国だなあと思った。
5つ星ホテルに泊まるような人が、むかし上海に租界を作った。
いまでも旅行でそういったところに泊まり、上海を散策する彼らは、
路上で物を売っている人たちと自分たちが、同じ人間だなんて思わないだろう。
そこには、すごく隔絶された何かが、いまでもやっぱりあると思う。

昼からは「黒梅球(Hime Chu)」という
上海でAKBのコスプレをやっている中国人お嬢さんたちのイベントを見に行って来た。
学芸会のような雰囲気で、段取りも悪いし、
お世辞にも踊りが上手とは言えないけれど、
日本のオタク文化が好きな若い子たちが、
みんなで一緒に楽しめるいいイベントだったと思う。

オリジナルに対する憧れはあっても、リスペクトはない。
だから自分なりに楽しむ。
中国人の若者らしいイベントだった。

夕方からは、日本人の「波長が合う人たち」が集まる新春の会に参加。
中国にいやいや駐在している人や、中国をバカにしている人は来ない。
ここで、いままで気がつかなかった自分の一面を知り、
それを楽しみながら、そしてある尊敬をこめた距離感をもって、
自分自身と付き合える人たちが集まる。

だから、年齢や会社の規模や役職なんかはなくなる。
そして、必ず一度は話題にのぼるのは、
戦前の日本はどうだったのだろう、ということ。
1930年代の日本は、暗い時代だったと学校では学んだけれど、
上海や中国に渡った日本人のなかにも、
いまの私たちのように、こんな機会を与えてくれた
会社や家族や国や、そして生まれて来たこと自体に感謝してた人が
たくさんいたんじゃないだろうか。

でも、こんな感謝ができるのも、いまが平和だから。
もし戦争になって、この地で殺されることになったら、
また違った感情をもつことになるのだろう。

日本では決して知り合えないような、大企業で働く肩書きのある人が、
「いま僕が中国でやってる仕事を、日本でちゃんと評価できる人なんていないよ」と
爆笑していた。
卑屈になっているのではなく、前向きな意味で。
「どうせ価値なんてわからないんだから、本社に通る説明だけつけたら、あとは自由にやる。
 ここでやってきた先輩たちのことがわかるのは自分だけだから」と。
どちらかというと、私の世代ではなく、父の世代の人が、
そんな話をしながら、私たちと乾杯をする。

日本が優秀な国として世界に認められたのは、
こういった人たちが、いつの時代もいて、
それを日本という国や会社に対する感謝の気持ちとともに、
私利私欲ではなく、自分が信じる「公」のためにやってきたからだと思う。
人からの評価を求めるのではなく、自分が価値を見いだしたもののために頑張ったから。

そこには、他人に対する最大限の尊敬と尊重がある。
そして「他人」には、わがままでどうしようもなく、たまにあきれ果てる自分自身も含まれる。
理想とする自分と本当の自分の乖離。私にとって、自分も常に他人の1人だ。

ああ、そうこうしているうちに、日曜日の夕方。
仕事を持って帰ってきていたのだった。
ストレス発散したのだから、ここは1つ、ちゃんとやらねば。