少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

窓から逃げた100歳老人

2022-04-30 07:00:00 | 読書ブログ

窓から逃げた100歳老人(ヨナス・ヨナソン/西村書店)

5週前に紹介した『国を救った数学少女』の作者の、より評判の高かった第一作。

まず、最初に誤りの訂正を。『国を救った数学少女』の原題は『スウェーデンの王を救った少女』だと書いたが、これは英訳本のタイトルで、本来はスウェーデン語で書かれているはずだと気づいた。ネットで調べて自動翻訳した結果は『数えることができる非識字者』。

何のこっちゃ、という感じだが、まともな教育を受けられず文字も読めない少女が、きちんと数えられる、という能力を生かして、生まれ故郷を遠く離れて波乱万丈の人生を歩む、というふうに受け止めると、こちらの方がいいと思う。(頭脳明晰ではあるが、数学少女というのはちょっと。結城浩の『数学ガール』にひっぱられている気がする。)

さて、『窓から逃げた・・・』の方は、自動翻訳でも『窓から出て姿を消した100歳以上の人』で、ほぼそのまま。老人ホームから逃げ出した老人の冒険と、その老人の100年の生涯を振り返る記述が交互に出てくる。

20世紀は戦争の世紀だった。使用すれば人類を破滅に追いやる最終兵器も登場した。20世紀にほぼ重なる主人公の生涯は、それを笑い飛ばすように、トルーマン、スターリン、毛沢東ら各国要人たちと渡り合う。(要人たちの描かれ方は名誉棄損ものだが、あまりに与太話が過ぎるので、まあ、お構いなし、とせざるを得ないだろう。)

この本から得たひとつの教訓。基本的には正直が一番だ。しかし、嘘をつかなければならないときもある。

翻訳は柳瀬尚紀氏。翻訳不能といわれた『フィネガンズ・ウェイク』を翻訳した人と承知している(読んだことはないし、読む予定もないが)。はからずも氏の翻訳を読めたのはよかった。


ショローの女

2022-04-23 07:00:00 | 読書ブログ

ショローの女(伊藤比呂美/中央公論新書)

今回は、いいなと思ったエッセーを紹介するコーナー。伊藤比呂美さんが詩人であることは知っていた。もちろん詩は読んだことがない。私は散文的な人間だ。(詩的・散文的という分類がまだ有効なのかどうかは分からないが。)

この本は、2018年から2021年までの3年間、筆者が早稲田大学で教授をしていた時期を題材にしたもの。

この人のエッセーはこれまでにも読んだことがある。結婚・離婚、子育て、アメリカでの生活。この人も、俵万智と同じく、生き方そのものがひとつの芸術作品のような印象があって、論評が難しいなと思っていた。

しかし、今回は、コロナ禍による日常生活の変化や、遠隔授業の様子、ラインを通じた学生との交流など、臨場感のある話題が多かった。(なんと、詩を書く秘訣まで書かれている。)

また、題名が示すとおり、老いにかかわるテーマも多く取り上げられて、共感できる範囲が広かった。さらに、文中で「ねこちゃん」として紹介される枝元なほみは、私の好きな料理人の一人で、まだ「Foodies TV」という食専門チャンネルがあったときに、よくこの人の番組を見ていた。

というような事情があって、この本を紹介したいという気持ちになった。

特に印象に残った言葉。「詩もエッセイも小説も、フィクションだ。」

自らの日常生活、家族、友人などを題材にしていても、そこには自ずから選択、韜晦、演出があり、決してノンフィクションではない、というのは、表現を業とする者ならば当然だ。それは、ある意味で究極のプライバシーである「どんな本を読んでいるか」を公開している皆さんも同様であろう。


依頼人は死んだ

2022-04-16 07:00:00 | 読書ブログ

依頼人は死んだ(若竹七海/文春文庫)

今年の正月に掲載した『プレゼント』に続く、葉村晶が登場する作品集の2冊目。文庫本の第一刷は2003年。

前作では、職業を転々とするフリーターとして、8作品のうち5つに登場する。3つめからは、零細な探偵社で働いているが、まだプロの探偵、という感じではなかった。

今作では、一度やめていた探偵社から正社員にならないかと声をかけられ、フリーの応援要員という形でならば、と引き受ける。

職を転々としたおかげで知識はあるが自慢できるほどではなく、無能ではないが有能というほどでもない。不細工とは思わないが、平凡な容貌。長所は貧乏を楽しめること、口が堅いこと、体力があること。自らをこのように分析する主人公は、20代の終盤にさしかかり、探偵を自分向きの仕事と自覚して真剣に取り組むようになる。

この本は、四季が2回めぐる間に起こる9つの事件を通じて、決して手加減をしない女探偵・葉村晶の誕生を描いている。

もうひとつの際立った特徴は、作品の多くが、自殺の動機の解明をテーマとしていること。全体の印象は、

軽くはない。 が、切れ味はよい。

短編推理というキーワードで巡り合った葉山晶のシリーズに、今後、もう少しつきあってみたい。


せどり男爵数奇譚

2022-04-09 07:00:00 | 読書ブログ

せどり男爵数奇譚(梶山季之/夏目書房版)

まず、この本を読むに至った経緯を話したい。

私が最近ファンになった米澤穂信氏が直木賞をとったが、さすがに『黒牢城』はしばらく借りられそうにないので、図書館でみかけた『米澤屋書店』を借りてみた。内容は、推理マニア向けの読書案内だったので拾い読みでお茶を濁したが、その中で短編推理として紹介されていた本書は、署名、作者名ともに聞いたことがあったので、読むべし、と思い図書館で借りてみた。

(図書館の蔵書リストにはあったが、開架スペースになかったので、職員さんに聞いてみると、すぐに奥から出してきてくれた。図書館職員(司書?)に感謝。)

内容は6話の短編連作。各話のタイトルは麻雀の役名で(ちなみに、私の右手中指には、いまだに麻雀の「パイだこ」の名残がある。)内容も、数奇譚の名にふさわしく、古書をテーマとする物語の古典的名作の名に恥じない。先週に紹介したビブリア古書堂シリーズの、とある登場人物も、このような世界に迷い込んだのかもしれない。

さて。『米澤屋書店』は読みごたえがありそうで、これから何度か借りて、推理沼の深いところは避けながら好みの短編推理を探してみようと思う。今回、強く印象に残ったのは、「日常の謎」という言葉。推理小説のすべてが、殺人事件を扱わなければならない訳ではない。そう言われれば、私の好きな近藤史恵も米澤穂信も、作品の多くがその範疇に入るのだと思う。

改めてそういう目で見れば、世間には「日常の謎」を扱う作品が大量に出回っている。その中で読む価値をあるものを見つけるのは、結局、各人の偏った好みしかないのかなと思う。

 

 


ビブリア古書堂の事件手帖Ⅲ

2022-04-02 07:00:00 | 読書ブログ

ビブリア古書堂の事件手帖Ⅲ~扉子と虚ろな夢~(三上延/メディアワークス文庫)

ビブリア古書堂シリーズの新作。前作~扉子と空白の時~から1年4か月。ずいぶん待たされた気がする。

本についてのいろいろな相談に応じる古書店に、今回持ち込まれたのは、遺品となった約千冊の蔵書をめぐる、身内の争いごと。依頼主は亡くなった古書店主の別れた妻。高校生の息子が相続するはずの個人的な蔵書を、古書店主の父、高校生からすれば祖父が、店の商品として全て売り払おうとしているので、それを止めてほしい、というもの。

蔵書は、三日間開催されるデパートの古本市に出品され、少しづつ売れていく。その過程で起こる事件を解決しながら、だんだんと、ことの真相が明らかになっていく。

ひとつの事件ごとに、ひとつの古書が取り上げられるのは従来と同じスタイル。新しいシリーズでは、扉子を中心に話が進むのかと思ったら、必ずしもそうではなかった。扉子も活躍するが、やはり母親の栞子が物語の中心にいて、時おりまじる一人称の記述は、栞子の夫、五浦大輔の視点で書かれているのも、従来と同様だ。

ということであれば、当然、もう一人の古書のエキスパートも、出てこないはずがない。

作者のあとがきによれば、次作では、シリーズの前日譚、栞子の過去の話も出てくるらしい。