少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

誰に似たのか

2023-04-28 21:02:36 | 読書ブログ
誰に似たのか(中島要/朝日新聞出版)

相変わらず本屋には江戸物があふれている。読みやすく短編が多いので、あれこれと読んではいる。捕物帖のほか、料理や商売をテーマとするものなど。

面白くないわけではないが、このブログで書きたくなるような言葉が浮かんでこない。佐藤雅美氏の新作が出ていた頃はよかったが、ブログ開始後まもなく亡くなられて、新作を紹介する機会はなかった。

で、図書館の新刊コーナーで江戸物を追いかけているうちに出会ったのが、この本。

捕物帖でも料理物でもない。筆墨問屋の白井屋が舞台だが、職業小説と呼べるほど商売の細部を描いているわけでもない。まあ、(私が少し苦手な)人情噺というほかはないのだが。

「誰」からはじまるタイトルがついた6編が収録されている。それぞれの主人公は、商家の4代目を中心とする6人の家族。それぞれの立場の思いや悩みが描かれているのだが、事態の進展に伴う心の動きの描写に、独特のすごみがある。

最初の『誰に似たのか』の主人公は、4代目の妹。大店の長女だが、親の反対を押し切って売れない浮世絵師と一緒になった後、亭主に死なれた、という設定。誰に似たのかと言われているのは、その娘のお美代。

その後、4代目の母親、4代目自身、その妻、そして一人息子へと話が続いていき、最後の『誰にも負けない』では、年頃を迎えたお美代の、将来への思いが描かれる。

作者が描きたいのは、白井屋の物語か、あるいはお美代の成長物語か。続編があるかどうかも不明だが、読んでみたい、と思わせる読後感だった。

図書館司書と不死の猫

2023-04-21 20:49:41 | 読書ブログ
図書館司書と不死の猫(リン・トラス/創元推理文庫)

タイトルに、図書館と猫が入っているので、つい買ってみた本。

不死、という言葉と、表紙の黒猫の絵から予想できたはずだが、巻末の「著者からの注釈」を読むと、中編ホラー小説の執筆を依頼された、と書いてある。やっぱりホラーだったのか、と思ったが、実は、それほど怖い話ではない。もちろん、タイトルどおりに不死の猫が出てくるし、複数の人が死ぬのだが。

作品の冒頭に、次の言葉が掲げられている。

まっとうなホラーを愛するジェマヘ
謝罪の念を込めて

つまり、ホラー仕立てではあるが、本気で怖がらせる気はないらしい。

解説の冒頭に、翻訳物の原題の話が出てくる。本書の原題は Cat Out of Hell で、直訳すれば「地獄の猫」。それを『図書館司書と不死の猫』としたことを、解説者は高く評価している。

私も原題と日本語タイトルの違いが気になるほうだが、確かにこのタイトルは本書によく合っているので、この解説者は信頼できると思った。だから、解説者が紹介している、同じ作者が書いた『パンクなパンダのパンクチュエーション』という文法書も、探してみようかという気になった。

本文以外のことばかり書いたが、いずれにしても、イギリス的なユーモアが漂うスタイリッシュな本だ。

文学少女対数学少女

2023-04-14 19:57:11 | 読書ブログ
文学少女対数学少女(陸秋槎/ハヤカワ文庫)

タイトルが気になって、とうとう買ってしまった本。

「犯人当て小説」を書くのが趣味の文学少女と、天才数学少女の交流?を描いた作品集。数学に関係する題名がつけられた、4つの作品が収録されている。

連続体仮説
フェルマー最後の事件
不動点定理
グランディ級数

文学少女が書く作中作を素材にして、数学に関連する推理の技法、あるいは推理小説の技法を論じる、という趣向。そういう意味では、タイトルのイメージを裏切ってはいない。少なくとも、数学の概念で推理小説について語る、という企みは、成功しているようだ。

解説を読むと、この作品は「後期クイーン的問題」を意識して書かれている、とのこと。門外漢としては、この言葉の意味を解説する気になれない。本格的な推理小説マニアでなければ、ある種の読みにくさをぬぐい切れず、「推理沼」の深さを、改めて思い知らされた。

しかし、半ばほど読んで、この作品を読むコツに気がついてしまった。この本は、推理好きと数学好きの、少し変わった少女2人を主人公とする「ライトノベル」なのだ。(作者にその意図がなくても)そう思って読めば、見慣れない漢字の登場人物も、少し異様な天才少女の言動も、めまぐるしく繰り広げられる推理合戦も、気楽に読み流すことができる。

あとはまあ、好みの問題だが、私は嫌いではない。


数学が見つける近道

2023-04-07 20:27:53 | 読書ブログ
数学が見つける近道(マーカス・デュ・ソートイ/新潮クレストブックス)

この人の著作を読むのは、2019年5月に紹介した『知の果てへの旅』以来、5冊目。

ちなみに、それ以前の3冊は『素数の音楽』、『シンメトリーの地図帳』、『数字の国のミステリー』で、『レンブラントの身震い』は、読み逃しているようだ。

この本は、「宇宙の構成原理としての数学」でも、「思いがけないところで応用されている数学」でもなく、様々な問題を解決するための「近道を提供する数学」について論じている。

冒頭に、ガウスが9歳のときの、あの有名なエピソードが紹介される。本論では、数学がもたらす9種類の近道が論じられた後、第十章で、近道がないと考えられている、例のプレミアム問題のひとつが取り上げられる。

近道は、退屈でつらい仕事を省略できるが、大きな苦労があればこそ大きな満足が得られる、というのも否定しがたい真実。結局、近道は旅を最速で終わらせるためではなく、新たな旅をはじめるための踏み石、ということで、決して「タイパ」を奨励するだけの本ではない。

筆者はオクスフォード大学の数学者。この人の本を探すのならば、まず、この人の専門分野である『シンメトリーの地図帳』がおすすめ。19万6883次元空間ではじめて姿を現す「モンスター」についての記述がある。