少し偏った読書日記

エッセーや軽い読み物、SFやファンタジーなどの海外もの、科学系教養書など、少し趣味の偏った読書日記です。

惣十郎浮世始末

2025-01-31 13:30:37 | 読書ブログ
惣十郎浮世始末(木内昇/中央公論新社)

初見の作家さんだが、「捕物帳の新たな傑作誕生!」という帯の言葉に惹かれて借りてみた一冊。読売新聞連載作品。

天保の改革が進められる時代の北町奉行所同心、服部惣十郎を主人公とする捕物帳。物語の発端は薬種問屋の火災。焼け跡から2つの死体が見つかり、惣十郎は犯人を捕まえるが・・・

主人公の定町廻同心としての心構えは見事だが、何かと周囲との摩擦を生まずにはいられない。主人公の亡くなった妻や、配下の小物や岡っ引き、下女、同僚などにも、それぞれの思いや執着があり、それがものごとをややこしくしたり、よい方向に導いたり・・・

軽い短編連作ではなく、単なる勧善懲悪でもない。江戸の市井に生きる人々の、この「冷たい馬鹿げた世界」への身の処し方を描いた世話物とも読めるが、いくつかの事件を積み重ねて大きな謎を解いていくスタイルは、確かに捕物帳としての質を保っている。また、下女のお雅が作る料理がいかにもおいしそうなのもポイントが高い。

大きな構図の事件で、今作に匹敵するテーマを見つけるのは難しそうだから、当然に続編が出る、とは思わない。しかし、お雅との関係の進展など、気になることもあり、どのような形であれ続編を期待したい、とも思う。

張良

2025-01-24 15:17:09 | 読書ブログ
張良(宮城谷昌光/中央公論社)

昨年2月に『諸葛亮』を紹介して以来の、宮城谷氏の著作。かなり前に『太公望』も書いているので、三大軍略家が揃うことになる。

あとがきに、張良は「情報を多く早く得て、それを武器として戦い」ぬいたと書いてある。本書で張良が用いたのは、重要人物の元に部下を置くことと、方士のネットワーク。

方士は神仙術を行う修行者であり、この頃の中国には神仙的な逸話が多いが、本書ではそれを歴史上の事実として取り入れている。

読んでみると、既視感のある場面がいくつかあったが、それは『楚漢名臣列伝』と『 劉邦』を読んでいるからだと思われる。

張良が常に軍略を誤らないのは、情報を得るだけでなく、正しく評価し、素早く決断できるからだ、ということがよくわかる。その根本にあるのは、私心のない志と、ものごとの本質を視る眼だろうか。

だから、『 劉邦』とほぼ同じ時代の物語を張良の視点で描くことには、大きな意義があり、これまでの氏の著作と同様、最後まで楽しむことができた。

軍略において判断を誤らなかった張良は、身の処し方についても潔さを貫き、晩節を汚すことがなかった。その生き方がとても印象に残った。

数学的な宇宙

2025-01-17 12:15:43 | 読書ブログ
数学的な宇宙(マックス・テグマーク/講談社)

先々週に続いての宇宙論読書。今回は、昨年末に紹介した『不完全性定理とは何か』で言及されていた「数学宇宙仮説」に関する本。著者はその提唱者で、宇宙背景放射の解析などで実績のある宇宙論研究者。

「究極の実在の姿を求めて」というサブタイトルのついた本書では、4つのレベルの多宇宙が紹介される。

レベル1 我々の宇宙を含む無限大の宇宙。無限大の広さゆえに、観測可能な宇宙とそっくりな宇宙を無限に含む。
レベル2 インフレーションが永続することによって生成される無限の泡宇宙。物理法則は共通だがパラメータは宇宙ごとに異なる。
レベル3 量子力学的多宇宙。量子力学の波動関数は収束せず、ヒルベルト空間内に無限の並行宇宙が展開する。
レベル4 著者が主張する最も広義の多宇宙。数学的構造ごとに、それに対応する宇宙が存在する。(当然、物理法則はバラバラ)

日本語訳は2016年とかなり古いが、著者の個人的な体験に即して「実在とは何か」という探求の歴史を顧みる、というスタイルのため、これまで曖昧だったことが明らかになる、という効果が大きかった。

いくつかの感想。

暗黒物質、暗黒エネルギーは、宇宙の大規模構造のシミュレーションから必須とされるのだと思っていたが、宇宙背景放射の観測と分析からも同じ結論が得られている。

インフレーションの結果、我々の宇宙がとてつもなく広くなったことは知っていたが、それが必然的に無限大になることは理解していなかった。

レベル2までの多宇宙は、これまでの読書経験から納得していたが、レベル3の多宇宙、いわゆる量子力学の多世界解釈については信用していなかった。しかし、レベル3多宇宙は、結局、レベル1多宇宙と同等の意味合いだという著者の説明を読んで、少なくとも「そういう見方もあるのか」と思えるようにはなった。

レベル4多宇宙の真偽については私の理解の及ぶところではないが、著者は、ヘーゲルの不完全性定理を踏まえて、それを計算可能宇宙に限定している。

(最後に、しろうとの勝手な意見。著者は、多宇宙がシミュレーションであることに対して否定的だが、レベル2多宇宙≒超弦理論がもたらす多宇宙は、物理的に可能な宇宙をすべて生み出す、という意味でシミュレーションと呼んでしかるべきだと思うのだが。(もちろん、シミュレートする超越的な主体が存在するわけではない。))

いずれにしても、最先端物理学はほぼ哲学の領域に近づき、それを厭わない学者が増えているのは確かなようだ。




償いのフェルメール

2025-01-10 14:48:37 | 読書ブログ
償いのフェルメール(ダニエル・シルヴァ/ハーパーBOOKS)

美術修復師ガブリエル・アロン シリーズの最新作。1年ほど前、2作品を紹介したが、今回、本屋で見かけてタイトルに惹かれて買ってみた。

美術修復師で、修復のみならず、模写や何なら贋作も思いのまま、という主人公。前作『謀略のキャンバス』に続いての名画をめぐる事件。

最初の依頼は、ゴッホの《耳に包帯をした自画像》の真贋鑑定だった。それがフェルメールの《合奏》(盗難絵画では最も高額とされる作品)の行方探しへと発展する。

防諜組織の長官を引退した身ではあるが、これまでの人脈や経験を生かした捜索の手腕は水際立っており、このあたりの展開はある意味、お約束のようなところがあるが、それでも読者を退屈させないのは、絵画の盗難が思いもよらない陰謀へと結びつき、事態の解決がより困難になっていく・・・。

このシリーズは近年、同時代を舞台にほぼ1年に1冊刊行され、日本語版も翌年には出版されている。本作の舞台は2023年秋。(次作では、イスラエル・ガザ戦争が出てくるかどうか。また、どのように描かれるのか。)

いずれにしても、質の良い国際謀略小説に出会う機会が少なくなった時代に、オアシスのような作品かと。


宇宙を解き明かす9つの数

2025-01-03 13:48:31 | 読書ブログ
宇宙を解き明かす9つの数(アントニオ・パディーヤ/早川書房)

年初に当たり、少し重めの一冊を。

物理学の中に現れる特徴的な数について解説しつつ、相対性理論、量子力学、宇宙論の現在地を独自の視点で語る一冊。

取り上げられる数字と話題は次のとおり。

1 ウサイン・ボルトと相対性理論
2 グーゴルとエントロピー
3 グーゴルコンプレックスとインフレーション多宇宙
4 グラハム数と加速度的に膨張する宇宙
5 TREE(3)とホログラフィック原理
6 0と対称性
7 ヒッグス粒子の予想外の軽さと大統一理論
8 宇宙定数の理論値と観測値の途方もない乖離と人間原理
9 無限と繰り込みと超弦理論

上記のまとめは私の独断で、正しく内容を反映している自信はない。多彩な知識に独特の例えも交えて、数学と物理学のさまざまなトピックにふれながら、軽やかにステップを踏んでいく。

感想を少し。

大きな数としての「グーゴル」は聞いたことがあったが、それ以上の数については初見だった。「ポアンカレの回帰定理」という言葉も初めて聞いた。また、ホログラフィック原理については類書でも見かけたが、この本が一番詳しかった。

宇宙論、量子力学で焦点となっている問題を取り上げ、著名な物理学者に関して個人的なエピソードを紹介するなど、物理学の解説書としては面白すぎる内容になっている。

なお、著者は明確に超弦理論の側に立っており、ループ量子重力理論に対しては否定的な意見を持っているようだ。